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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
36/82

36 (イントロクイズ 5)








「君たちには、今から記録体をかき集めてほしい」

「記録体ですか?」


オレンジのリボンが目を引くメイド長、ドレーシャは小首をかしげる。


「そうだ、あらゆる楽曲を……従業員の私物、大使館の備品、今からすぐに購入できるもの、とにかく手に入るだけだ」

「わかりました! 私物でしたらかなりの数があるはずです!!」

「ああ、それと、市販のものをコピーした記録体もあるのかな」

「市販のものもございますが! 職員たちが個人的にコピーしたものも大量にあるはずです!!」

「それも集めてくれ、コピーしたもののほうが都合がいいかも……」


ユーヤは顎に手を当て、少し考えてから言う。


「そのコピーというのは、完全な形でコピーできるのかな。それともラジオを二台使って、一方の音声をもう一つのラジオで録音するという形なのかな」

「それは後者です! 記録体を完全にコピーできる妖精を呼ぶには大量の貴金属が必要なのです! それは放送局ですとか音楽会社にしかいません! 我々は友達から記録体を借りてコピーしたり! ラジオの曲をエアチェックして録音することが多いかと思います!!」

「……分かった、とにかくあるだけ集めてくれ」

「かしこまりました!」


ハキハキと受け答えしていたメイドは、一礼して食堂を出てゆく。


脇にいたコゥナは、説明がほしいという顔をしている。


「イントロクイズの準備をするのはいいが、なぜコピーにこだわったんだ?」

「……僕は以前、悪魔じみた強さのイントロクイズ戦士と会ったことがあるんだが」


ユーヤの素性を知らぬコゥナに対してのため、ぼかしながらの説明となる。


「第四……いや、ともかく、ダビングした楽曲を使うと、神通力を封じることができるんだ。僕は収録で使う楽曲を、すべて録音し直して使ったんだよ」

「? よく分からんが、まあいい……」












「不正解です!!」


司会者が、万感の思いを叩きつけるように宣言する。


「何じゃと……!?」


ユギ王女は、この高慢を絵に書いたような王女は生まれて初めて、信じられないという顔をしている。

その驚愕が、段々と絶望の暗色に侵食されていく。その様子がユーヤにはひどくゆっくりに感じられた。


(コピーされたものを集めたことは、万が一の用心のつもりだったんだ)

(もし双王が第四深度に達していた時、それを封じる魔除けになるはずだと――)

(互いに持ち寄った記録体を、シャッフルして使う……。この土壇場に来て、それが仇になるなんて)


ユーヤは咄嗟に、己の心臓を握りつぶしたい衝動に駆られた。人体にそれが可能だったなら実行していたやも知れぬ。


(今のパルパシア王女の早押し、おそらく、楽曲の始まりの空白が長いことに注目しての早押しだ)

(楽曲の中には、曲が始まるまでの「間」がかなり長いものがある)

(第四深度にはそれに注目する方法もあるんだ)


(推測だが、出題範囲……昨年のヒット曲ベスト100の中で、最も「間」が長いものが「滅びの国」なんだろう。今の曲も、出だしまで長かった、だからユギ王女の推測は正しい)


(だが、メイドたちに用意してもらった記録体)

(その中にほんの数曲、不自然なほど出だしまでの「間」が長い楽曲があった)


(それはおそらく、家庭で録音された際に生まれた「間」だったんだ)

(コピーを集めた弊害が出てしまった)

(ダビングを行う際に、先頭部分に1秒ほどの空白を設けてから録音するという、そんな癖のある人間がいたんだ――)


(僕はまた、あの時と同じことを)

(罠にかけるような真似を――)



「わ、我が、間違えたというのか!」

「残念ながら、そうです、では確認してみましょう――」


司会者の声が遠ざかり、ユーヤの周囲から風景が消し飛び、一切の光や音のない、闇の世界に放り出されたような感覚に襲われる。

その中で声が響く。それはユーヤの内側から響く声か、あるいは世界の壁を超え、執拗にユーヤを追いかけてきた声か。



――それは番組側の不正とは言えない。

――僕たちはただ、すべての楽曲をダビングし直して使用しただけだ。



――不正ではない? よくそんな事が言えるものね。

――ノイズで楽曲を当ててはいけない、それはあなたの裁量でしかない。

――あなたにそんな権利があるの?



――それはもはやクイズではない、ただの曲芸だ。

――クイズ王とは、クイズとは、もっと純粋であるべきなんだ。



――あなたの思うクイズ王など。

――この世界の、どこにもいない……。



「ユーヤ!」


背後からガナシアの声が飛ぶ。はっと意識が浮上し、気を失っていたのかと思うほどの、深い忘我の時間から引き戻される。


「さあ、もう勝負はあった。ユギ王女から妖精の鏡ティターニアガーフを!」

「ぐ、うう、わ、我が負けたというのか」


二人の双王は、壁際に二人で固まって硬直している。


「双王よ、この大族長ドゥグートが一子、コゥナ・ユペルガルが確かに見届けた。お前たちの負けだ。いさぎよくユーヤたちの指示に従ってもらおう」

「うぐぐ、お、おのれ、こんなことが」

「…………」


ユーヤは、一度きつく目を閉じてから、喉の奥で息を固める。そして気合を入れるように首を反らす。


(……ユーヤ様)


己を奮い立たせるようなユーヤの動作を。エイルマイルがアズライトの目で見ている。

その一瞬、彼女の目元をよぎる感情は複雑玄妙であり、エイルマイル本人すら形容しきれぬ綾なる感情の渦であった。喜ぶべき場面であるはずなのに、憂いや悲哀の気配が去ってくれないような。大きな山を超えるたびに、たどり着くべき場所が遠ざかるような――。


ユーヤが口を開く。


「コゥナ、ちょっとこっちへ」

「む?」


コゥナは呼ばれるがままに近づき、ユーヤから何事か耳打ちを受ける。


「む、わかった。コゥナ様は立会人だからな、義務は果たそうぞ」


と、何やら納得したような顔で離れる。


「くっ……このようなもの……。欲しければ持っていくがよいわ」


モスグリーンのギャル、ユゼ王女が真珠色に輝く鏡を掲げる。


「誰がそんなものが欲しいと言った」


ユーヤの言葉に。双王が怪訝な目をする。


「何じゃと、では何を」

「君らの尻を叩く」


ユーヤの言葉に。

場の全員が、五秒ほど固まる。


言葉が周囲を跳ね回り、飛び回り、何度かパルパシアの双王の耳を通過して、その何度目かでようやく頭に染み入る。


「なっ……何じゃとっ!?」

「当然だろう。君らのやったことを忘れたのか。パーティー会場に石霊精アスガリアの人形を乱入させた。達人が居合わせてたから良かったものの、事故が起きていた可能性は十分にあった。そしてエイルマイルとガナシアに薬を飲ませて誘拐した。王族だからって到底許されることじゃない。さらに言うならエイルマイルを無断で撮影した。これも十分に犯罪だ」

「じょ……冗談ではないぞ! お主らの目的は妖精の鏡ティターニアガーフではないのか!」

「一人20発ずつだ。ガナシア、まずユギ王女からひっぱたく、彼女を押さえてくれ」

「……ユ、ユーヤ、一体何を言って」

「ガナシア」


と、その衛士長の背中から、主君の声が飛ぶ。


「エイルマイル様……?」

「ユーヤ様の言うとおりに」


衛士長は背後を振り向き。

数秒だけ固まる。

背後にいた主君の顔に何を読み取ったのか。

再び双王の方を振り向いた時、そこに迷いとか困惑の気配はなかった。平たく言うなら目が座っていた。


「ユギ王女、お覚悟を」

「はっ!? いや! ちょっと待たぬか!! まさか本気で」


ずかずかと歩いて、はっしとその手を取る。ユギ王女はさほど背が低いとは言えぬが、ガナシアとの差は20リズルミーキ以上、接近すれば大人と子供の差である。


「待て!! 分かった!! 何が望みだ!! 妖精の鏡ティターニアガーフに加えて金も払うぞ! それとも金に替えられぬほどの宝石か! 美術品がいいのか! 望むならハイアードにある公宮も――」

「そこの木箱の上にうつ伏せにさせて、上半身を押さえてくれ、腹から上だけを木箱に乗せるような塩梅で」

「承知した」


その脇で、コゥナは司会者とイベント業者たちに指示を飛ばす。


「さあ、そこのお前たち、これからお仕置きの時間だ、15分ほど屋敷を出ておけ。くれぐれも言うが、ここで見聞きしたことは他言無用だぞ。世間に流布したならば、お前たちが喋ったものと見なす」

「わ、わかりました、決して……」


司会者の男が、全員を引き連れて外に出る。

その間も、ユギ王女の悲鳴はいよいよ強まりつつある。


「ま、待て! こんなことをしてただでは済まぬぞ! 国際問題になりたいのか!!」


それにはコゥナが答える。


「双王よ、決闘で破れたものが何でも言うことを聞く、そういう取り決めだ。命を取るとまで言うならともかく、尻を叩かれるぐらい我慢せい。もしこの仕打ちに禍根を持つなら、立会人であるフォゾスの顔も潰すものと心得よ」

「こ、こんなこと認められぬ!! 我らはパルパシアの王なのだぞ!! 今まで誰にも叩かれたことなど無いのだ!!」

「なんと、そうなのか、コゥナ様は昔よく父上に叩かれたぞ。きっと良い経験になるな、めでたいことだ」

「ユギ――」


ユゼ第二王女は、事態のあまりの展開に狼狽を見せたものの。

血を分けた双子の王が本当に尻を叩かれる、ということをようやく理解し、ぎり、と奥歯を鳴らす。


「許さんぞ、我ら双王にそのようなこと――」


己の持っていた羽扇子を開き、その背面に手をあて。



ばし



突然、それが視界から消える。

羽扇子は長さ1メーキほどの矢に撃ち抜かれ、背後の壁に縫い留められていた。ウェーブのかかった髪が、瞬間的な風圧を受けてめくれるように動く。


「え」


呆然とするユゼ王女を見て、ユーヤが口を開く。


「やはり何か持ってたな。石霊精アスガリアが乱入した時、本来は君たちが退治する予定だったんだろう? あの会場に達人が居合わせたのはただの偶然。騎士だというボーイたちも武器など持ってなかった。だとすれば妖精しか無い。何か攻撃的な妖精を呼び寄せる道具を隠し持ってたんだな」

「その通りのようだな、お前に言われて警戒していて良かった」


コゥナが言う。撃ち抜いた扇子と壁の隙間から、きらきらと光る砂が流れ落ちる。そして蜂蜜の匂い。


「宝石の粉末だな。何らかの希少な妖精を呼ぶ道具が仕込んであったようだ。しかし妖精は、武器としては扱いが非常に難しい。こんなに人間のいる場所で呼び出そうとするとは、まったく度し難い双子だ」

「ひ……」


言っている間も、コゥナはユゼ王女をじっと見つめている。その手の弓にはすでに次の矢がつがえられており、狙いは床まで下げられているものの、もし妙な真似をすれば手足を射抜く、と無言のうちに語る姿である。


「では行こうか」


ユーヤが冷酷さを乗せて宣言する。

木箱に寝かされたユギ王女は、まだ足をバタつかせて身を捩り、何か早口でわめいていたが、ガナシアに体重をかけて押さえられ、それ以上の抵抗は出来ていない。

当然ながら肌に密着するタイトワンピースは、ヘソのあたりまで捲り上げられている。


ユーヤは思い切り右手を振りかぶり。そして振り下ろす。


「痛ったあああああああ!!」


間髪いれず、第二撃。


「な゛ーーーっ!! ま、待て! これは無理じゃ! ほんとに無理じゃから!!」


第三撃。


「あいーーーっ!!!」

「ちょっとは反省してるのか君らは!!」


ユーヤが怒鳴る。そして第四撃。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「事故があったらどうするとか考えないのか!! 後先考えずに好き勝手しやがって!!」


第五撃。


「いっぎゃあああああああ!!!」

「それに金の使い方が荒すぎるんだよ!! 何だあのパーティのふざけた演出は!! あの滝を作るのにいくら使ったんだ!!」


第六撃。


「ん゛ーーーっっ!!!!」

「あのボーイは騎士だって!? 騎士になんて格好させてんだ!! ビキニパンツとかふざけてんのか!!」


第七撃。


「もう無理!!! もう無理ああああああ!!」

「あのラウ=カンの壺だって相当な値打ちものだろうが!! 作った人のことも考えろ!! 簡単に割ってんじゃない!!」


第八撃。


「な、何でもする、何でもするからもうあ゛あ゛ーーーーっっ!!」

「だいたい君たち15か16ぐらいだろ!! 何だこのとんでもない下着は!!」


第九撃。




「あ、ああああ……」


それを見ていたユゼ王女の方は。

膝をガクガクと震わせ、恐怖に目をうるませながら壁にへばりつく。

その顔は、もし五歳の子供が幽霊と妖怪と怒り狂った母親を同時に見たならここまで乱れようか、という風情であった。


「さ、ユゼ王女、次はそちらの番だぞ」

「ゆ、許し、ゆる、ゆる」

「心配いらん」


コゥナはそこで、少し優しい声音になって、目だけで笑う。


「子供は皆、尻を叩かれて大人になるのだ」





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