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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
35/82

35 (イントロクイズ 4)






「第三深度とは、ブレスだ」

「ブレスだと?」


走る馬車の中で、ガナシアが問い返す。


「そう……楽曲を頭出しする瞬間、その一瞬には様々な気配がある。ブレスを吸い込む者。ギターに触れる・・・音、ピアノのペダルを踏む音、第三深度に達した者は、通常の人間が感じるよりずっと小さな音まで聞きとり、気配で曲の始まりを見極める。第三深度とは、そのような「曲の始まる気配」を知る能力のことだ。そして「読ませ押し」の要領で第一音を聞く」

「そんなことが……」

「これは生来的に良い耳を持ち、日常的に音楽を聞き続け、さらに頭出しだけを何万曲も繰り返すようなクイズ戦士だけが辿り着ける境地。この第三深度を極めた戦士は、他の戦士に比べて0.1から0.2秒ほど早く押せる」

「た……たったそれだけか!?」

「早押しの技術を極めた者にとっては大きな差だ。この技術こそが王を王たらしめる。だが別に問題はなかった。興行的には凄まじい早押しにしか見えないし、不正とも言えない。圧倒的に強い選手は人気も出るからな。しかし……」

「しかし……?」

「その先が現れたんだ」




「第四深度に到達した選手が」









「正解です! これで13対15! ユギ王女! あと1問でも正解すれば勝利が確定いたします!」


司会者は声を張り上げて宣言する。


「ゆ、ユーヤ様……」


エイルマイルは、両手を胸の前で揉みあわせて祈る。ガナシアも、コゥナも瞬刻も目を離さず見守る。

ユーヤの表情は変わらない。それは技術なのか、あるいはそのような体質なのか。追い詰められているのは間違いないはずなのに、その表情に寸毫の揺らぎもない。


「続いて参ります! 第19問!」


ユーヤは、ただ立ち尽くしたまま。

ずっと数えて・・・いた。


(……あれが可能な曲は、100曲の中で6曲)


(まだ一つも出ていない、確率的にはそろそろ……)







―♪ぴんぽん。




蛇を打ち上げるのはユーヤ。ボタンに密着させていた指が、顔の高さにまで跳ね上がる。


「ユーヤ選手! お答えをどうぞ!」

泥濘之竜でいねいのりゅう 「ダスト」」

「正解です!!」


「ちいっ、悪あがきを――」


ユギ王女が悔しげに呻く。


(――早い)


その動きを、早押しの名手として知られるガナシアの目が見極める。


(今の早押し、ユギ王女と0.1秒の差もない。おそらくあれが第三深度の早押し)


集中して聞いていれば、確かに音楽が流れ出す瞬間、楽器を叩いた音がしたようにも思える。それを感知して押したということか。しかし、もし何かの勘違いであったなら音が一音も聞こえず、誤答を免れない危険な賭けである。


(まさに骨身を削るような攻防……イントロクイズにおける早押しが、ここまで熾烈なものだとは)


しかし、本当に刹那の差だった、とガナシアは肝を冷やす。ここからユーヤが勝つとして、20問目、そして決勝問題となる21問目を連取せねばならない。本当に可能なのだろうか。


(あるいは、ユーヤも詳しくは語らなかった、第四深度、それを使う気では)

(……あそこまで聞けば、私にも予想はつく)


家ほどもある巨大な足跡から、それを刻んだ幻想の生物を想うような心地だった。


第三深度、ブレス音や楽器を叩く音により感ずる、出だしの気配。それよりもに存在する音。

それはもう、録音ノイズしかありえない。


(第四深度とはつまり、ノイズ音、本来は録音されるべきではない音のことではないか)


(現実の世界において、空間が完全な無音であることはありえない)

(特に楽曲を収録する場においては、数人の人間がスタジオに入り、足音や呼吸音が存在している。それに蝋読精パラフィニアの録音が完全なものとは限らない。ラジオのように、わずかなノイズが存在しているのやも)


(作成された記録体には、楽曲が始まる前のノイズが混入しているのだ)

(もしや、それを聴いて、ノイズ音だけで楽曲を言い当てることができるとすれば)


(楽曲が分かれば、出だしのタイミングも分かる、寸分の狂いもなく、出だしの瞬間にボタンを押せるという道理……)

(――しかし)


ガナシアは、己でも半信半疑の想像ながら、そのことだけは強く意識する。

第四深度、そんな技術は。


(それはもはや、クイズではない・・・・・・・

(ただの曲芸、離れ業、奇術師の手妻でしかない)


(だからユーヤは、それがイントロクイズの世界を壊すと言ったのか。ノイズの段階で曲を当ててしまっては、それはもう興行として成り立たない、人外の争いになってしまうと)


(――しかし)


その想像を思いついてからの短い間。ガナシアは何度も自問した。


(あの双王に勝つには、やはり第四深度を使うしかない)

(だが、この場でどうやって使う?)


(いくらなんでも、一音も鳴っていない状態で早押しをするのは不自然だ。物言いを付けられても文句は言えない。先程のラジオの件で、心情的にはこちらが不利なのに)


(どうするつもりだ、ユーヤ……)




「さあ、これで勝負が決まるのでしょうか、参ります。第20問!」

「ゆくぞ! セレノウのユーヤよ!」

「……」


神経が研ぎ澄まされる。


空間が急激に広がるような。


壁も天井も消え失せるような。


埃の舞う気配すら肌に届く。


超集中の一秒。













(――!)


刹那。


ユーヤの指が、妖精を押し込む。



ッ ぴんぽん



凄まじい強打。紫晶精アメンジアのボタンが跳ね上がって空中で回転する。そして重力の糸に惹かれて床まで落ちる。


「なっ……」


それは数ミリ秒の光景。

目を見開くのはユギ王女。物陰でスタッフが妖精に制動をかけ、司会者が大きく腕を振り。


「ユーヤ選手! お答えをどうぞ」


(すまない――)

(これがこの世界の、イントロクイズの終焉だ)







「ブラッドガバメンツ 「ライフ・イズ・シガレット」」







沈黙。


「――正解です!!」


司会者が叫び、スタッフから、そして見守る立会人たちから歓声が上がる。

溜められていた力が解放されるような、山並みを駆け上がる薫風のような怒涛の歓喜、昂揚、そして称賛の声。


「ばっ……馬鹿な」


ユギ王女は。震えている。

それを正確に理解していたのは、おそらくユーヤの近くにいたユギ王女のみ。


(今の問題――鳴っておらぬ・・・・・・


間違いなく一音も鳴っていない。研ぎ澄まされた彼女の耳は何も記憶しておらず、そしてイントロクイズに生きてきた者としての肌感覚で分かる。「ライフ・イズ・シガレット」の曲の出だしはあとコンマ数秒遅い。


(この曲の第一音は、たしか、タップ音。踵を打ち付ける音)

(この男――)




自分で・・・音を出しおった!)




楽曲をノイズ部分で見極め、第一音と似た音を自分で出す。そしてボタンをけたたましく強打し、さらに床に落とす音で、鳴った音の印象をぼかす。

それはまさに驚天動地の奇策。

もし、曲をかけるスタッフが十分に注意していたならば違和感を持っただろう。しかし、全身全霊をボタンの押下おうかだけに集中していたために、手元のラジオが音を出したかどうか、第一音がどこから鳴ったのか、スタッフも意識していなかった。世界で最初の一度だけ通用する技。そんな大胆不敵の魔法としか言いようがない。


この技が可能な曲は、ユーヤの見立てで100曲中6曲。ハンドクラップ音、指を鳴らす音、犬笛のような甲高い口笛。そのうちの一つがこの土壇場で出題されたことは、幸運と言うべきか、粘り勝ちというべきであろうか。


(くっ……意図的に音を出したら反則負け、と取り決めておいて、なんと大胆な――)

(いや、問題はそんなことではない)

(今の早業……この男はもしや、楽曲が始まる前の環境音だけで曲名が分かる――)


それが、ユギ王女の背中を、ぞっとするような予感となって這い登る。


(そのような方法が、存在するとは)

(では、我らは、この男に勝てぬのでは――)


「ユギ! まだ終わっておらぬ!! 気をしっかり持つのじゃ!」


声が飛ぶ。見れば、モスグリーンの王女が羽扇子を握りしめて立っている。


「くっ――」


(知っていたなら)

(空間音だけで曲名を知る、そんな方法があると知っていたなら、きっと我らにも習得できたはずなのに)


(いや、違う)

(冷静になるのだ、あとは決勝問題の一問のみじゃ)

(我らとて数え切れぬほど聞いておる曲ばかり……)


(それに、そうじゃ、出だしに特徴がある曲ならば、我らも押せる、あの理外の早押しができるはず)

(集中するのじゃ、ノイズを、音楽の前の音楽を――)


「さあ!! 泣いても笑ってもこれが最後の問題となるでしょう! 参ります! 第21問!」


(我らは負けぬ、絶対に、イントロクイズでだけは――)










(――!)



ぴんぽん。


またも凄まじい強打。紫晶精アメンジアのボタンが跳ね上がり、ユギ王女の上半身が四分の一周ほど回転する。


そして蛇を打ち上げるのは、ユギ王女。



「審判!!」



次の瞬間。ユーヤが槍のような鋭さで声を飛ばす。


「今の問題、一音も鳴っていないぞ! こんな押し方が認められるのか! 彼女は当てずっぽうで答える気だ! この土壇場でそんな賭けを認めるのか!!」


声に強い気迫を込め、畳み掛けるように鋭く問いかける。


(なんてことだ! こんなことが起こるなんて!)


しかし、もしユーヤのことを赤子の頃から見ているほど深く知るものがいたなら、その目の奥に、声の調子に、はっきりと焦りの気配が隠れていることに気づいただろう。


「う……」


司会者の男性。この落ち着き払った印象だった五十がらみの男は、一瞬強い困惑を見せたものの、数え切れぬほどのイベントを仕切ってきたという経験が、多くの従業員を抱えるイベント業者において筆頭の人材であるという自信が、眼前の男が放つ気配を受けてなお、裁定者の威厳を保たせる。


「――認めます」


司会者は二人の選手と、立ち会う全員を見回してから言う。


「この場はハイアード・クイズオフィサー社の100年になんなんとする歴史と、わたくしの経験にかけて裁定いたします。これは決してどちらかの陣営に肩入れしての発言ではなく、また正格なる決闘の儀を軽んじているわけでもございません。今の問題、たしかに私にも音は聞こえませんでした。しかし、完全に当てずっぽうと言えるほど早いタイミングでもなかった。本当に曲がかかる瞬間であった可能性があり、10分の一音ほども音が鳴らなかった・・・・・・とは断言できません。また、ヒット曲ベスト100という出題範囲から計算して、完全に当て推量で答えたとしても確率は80分の1、偶然を期待するには小さすぎる可能性であると考えます。よってパルパシアのユギ王女の解答を認めます。なお誤答については相手に1ポイント進呈となります。外した場合はユーヤ選手の勝利となります」

「ぐっ……」


ユーヤは拳を握り、わななく様子を隠さない。


(ここまで戦ってきて、こんな結末なのか)


「ユギ王女、お答えをどうぞ!」


その王女は、目を爛々と光らせながら、火を吐くように言う。


「クリスタルクイーン! 「滅びの国」じゃ!」



(頼む――)







正解してくれ・・・・・・――)



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