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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
34/82

34 (イントロクイズ 3)





「深度?」


「そうだ、イントロクイズにはいくつかの深度がある。あのパルパシアの双王が無敵というなら、おそらくは第二か第三深度だろう」


馬車が夜のハイアードを走っている。それはエイルマイルを救出に、南西の工房街に向かっている最中での会話だった。


「第一深度というのは何だ?」

「ええと……説明の前に、まず、すべてのイントロクイズ戦士は、全ての楽曲に対して第一音を聞けば答えられるように仕上げてくる、これが前提であり、この域に達していない者は考慮する必要はない」

「そんなことが可能なのか?」

「可能だ。僕たちのいた世界においては、毎日、新しい楽曲が5000曲ほど生まれると言われていた。その中で大きな知名度を持ち、ウィークリーランキングに入る曲だけを考慮して年間で約2000曲。その他に懐メロ、クラシック、童謡、CMソングなどで2万曲ほどが現実的にありうる出題範囲。しかし番組のような……この世界で言うなら公式の試合では、出題範囲は更に絞り込まれる。せいぜい5千曲というところだろう、このぐらいなら全て丸暗記できてしまう」


「ま、まさか……それだけの数を最初の一音だけで覚えるというのか」

「そうだ、僕たちの世界では通信カラオケという便利なものがあって……楽曲の頭出しが簡単にできる。これを使って、朝から晩まで、毎日楽曲を暗記するようなマニアが存在したんだ。僕もその真似をすることになるだろうが、短時間で覚えるためには相手にジャンルを指定させる必要がある。完全ノンジャンルだけ避ければいい。出題範囲・・を指定しろ、と言えば、懐メロとか童謡という大雑把なくくりでなく、ヒット曲ベスト100のような明確な区切りをイメージするだろう、そうやって誘導する」

「ううむ……」


ガナシアは、まだユーヤという人物の語る誘導とか、話術というものが理解できない。ユーヤとしてはエイルマイルとガナシアにはなるべく誠実に、企図しているままを語ろうとする姿勢はあるのだが、無意識のうちにその口調は早く、説明は簡素になりがちであった。己の語ることはとても卑劣で、目も当てられぬ、忌むべきことと感じているかのように。


「戦士たちの到達するその状態、つまり一音だけ聞こえれば答えが浮かぶのが第一深度・・・・だ」

「何……!?」

「ここからが早押しとしての技術になる。ボタンの「遊び」を意識して少し押し込んでおくこと、腕の筋肉の動きを意識した構え……まだこの世界のボタンを検討しきれていないので、使い慣れた二本押し、つまり中指と薬指で押すやり方を使ってるが、もっといい押し方があるかもしれないな。

ともかく、音楽が聞こえるか聞こえないかの瞬間を見極めて押す。現実的にはボタンが押されてハテナの……蛇の板が打ち上がってから、スタッフが曲を止めるまでにわずかなタイムラグがある。それで押した後に確実に一音が聞こえ、解答できることになる。「読ませ押し」などと呼ばれる技術だ。これらの技術をすべて万全に行える段階、これが第二深度だ」

「うむ……読ませ押しか、その概念は我々も知っている。そこまで接戦となることはあまりないな……。ヤオガミのベニクギ殿も早押しの名手だが、あの国は誤答を極端に嫌うし、そもそも西方圏の問題を苦手としているし」


ユーヤは短くうなずく。

そこまでは理解したものの、ガナシアは首を傾げて話の先を促す。


「しかし、それが第二深度だとすると、それ以上はもう無いだろう。あとはヤマカンで押すぐらいしかない、運良く押した瞬間に曲がかかれば幸運というぐらい……」

「…………」


ユーヤは、馬車の窓から外を眺める。


ふと、ガナシアは思い出す、今の会話の冒頭。ユーヤは確かこう言った。


――パルパシアの双王が無敵というなら、おそらくは第二か第三深度だろう。


(第三深度……そんなものがあるのか?)

(そして、それに勝てると断言しているユーヤには、まさか、その先が)

第四深度・・・・の世界があるとでも――)


ユーヤは、やはりそれを言わずに済ませることはできぬ、という暗鬱たる気配のような、一種の気だるさのようなものを身にまとい、ゆっくりと口を開く。


「第三深度とは――」









♪ぴんぽん


蛇を打ち上げるのは、パルパシアのユギ王女。



「サクラヨカゼの「紙細工の愛の家」じゃ!」

「正解です! お見事!!」


会場となる屋敷に柔らかな音楽が響く。あまりにも二人の解答が早いため、間違いなくその曲が答えだった、という証拠を示すかのように。


「ふん、見たか、これで12対11じゃ」


12問目、13問目をパルパシアが奪取し、一点のリードとなっている。

ユーヤは手をボタンに置いたまま、身動き一つしない。中指と薬指の先端が、吸い付くようにボタンに乗せられている。


「少し焦ったが、我らとて早押しは熟達しておる、そうそう負けはせぬ」


ユーヤは目の周囲に影を宿し、心の中で呟く。


(……だめだな)


「第14問です!」







―――♪ぴんぽん


「ユギ王女! お答えをどうぞ!」

「剣獣ミクロ! 「アルカンシエル」じゃ!」

「正解です!!」


司会者も興奮が窺える。その技術の応酬、策略の気配などは意識していないが、眼前の戦いが、大陸でも見たことのないほどのレベルなことは肌で感じている。


「さあお二方、これで13対11、パルパシア側の2ポイントリードです。もちろん逆転不可能な差になった場合、そこで試合は終了となります。セレノウのユーヤ選手、ここで粘りを見せられるか――」


(やはりだめだ、肉眼では分からない)


ユーヤは、その司会者の言葉など聞いていなかった。


今は何問目なのかも、彼我のポイント差すらも意識していない。

ただじっと、周辺視野でユギ王女の手元を見ていた。


(「押し」の技術はそれなりに洗練されている。スタッフの練度を確認しようにも、手元が完全に隠されていて分からない。ボタンが押されてからの猶予はおよそ0.3から0.4秒だが。第三深度と断定できない……。やはり、あの作戦に期待するしか)


音が聞こえ、音階を判断してから押すのが第一深度。

音が聞こえる瞬間、楽曲が止まるまでの猶予に期待するような早押しが第二深度。


では、第三深度とは――?


「余裕なんだな、パルパシアの双王」


唐突に、ユーヤが語りかける。今まで意味のわからぬことをブツブツと呟いてた人物だけに、ユギ王女は多少ぎょっとしたものの、すぐに王族としての鷹揚さを取り戻して背筋をそらす。


「ふん、我らが本気を出せば敗北などありえぬ、儚い夢じゃったのう、ユーヤとやら」


ユーヤはというと、タキシードの懐から抜き出した懐中時計を確認する。時刻はもう深夜である。


「そうかな? あと6問ほど、サクサクと進行したとしても5分はかかる。そのぐらいあれば、何が起こるか分からない」

「たった数分で何が――」

「例えば――」



「雨が降るとか」



たっ たっ


建材を、点で突くような音がする。それは雨の兆候、先触れの数滴。


「なっ――!?」

「雨じゃと!」


ユギ王女が、そして傍で見ていたユゼ王女も動揺を示す。腰を思い切り捻って背後の窓を見る。


「馬鹿な――空には星が出ておる、雲もほとんど見えぬ……」

「そうか、では天気雨かもな、僕の住んでいた土地では狐の嫁入りとか言うが、動物や妖怪、悪魔が天気雨の時に婚礼を行うという俗信は世界中にあるらしい……」


細い、針のような雨だれが打ち付ける音がする。まばらに、しかし一つ一つの音が存在感を持って。


「バカな、今夜は雲ひとつない晴天との予報だったはずじゃ」

「ふうん、どこでそれを聞いたのかな? もしかして、僕の持っていたラジオか」

「……む、そうじゃ、確かそこで聞いた覚えが」

「あれは録音・・だ」

「なに!?」

「数日前の録音を聞いてたんだよ。メルティー・レムの「眠れぬ夜にお会いしましょう」。彼女のファンでね。何度聞いても飽きない」

「貴様! まさか我らに天気予報を聞かせるために――」


双王は毛を逆立てるように怒りを見せる。


だが。


「待て!」


騒然となりかける場の中で鋭く発言し、周囲を鎮める者がいる。モスグリーンのボディコン服を着た双王、ユゼ王女である。


「……む?」


ユギ王女も動きを止め、ふいに熟考に沈む第二王女を見守る。


(…………おかしい)


扇子を斜め前に突き出し、周囲を黙らせたまま、目に力を入れて思考する。


(いくらなんでも、こんなにタイミングよく雨が降り出すはずがない、しかも天気雨じゃと)

(それに、この雨の音……)


たつ たつ


その音にじっと耳を澄ませ、目を三角に立てて視線を投げる。天井から部屋の右隅、左奥――。


「! そこじゃ!」


真横にあった鎧から兜をむしりとり、広間の左奥へ投げる。兜は鋭く回転し、身の丈ほどの青磁の壺にものの見事に激突。数百年を経た壺が粉々に砕け、その中には布に包まれた物体が。


「このような仕掛けを!」


ユゼ王女は大股でその物体まで歩き、腰の高さに上げた足を力の限り踏みつける。木とわずかな金属部品がひしゃげる音が。


「妖精の世界へかえれ!!」


ばしゅ、と空気が破裂するような音がする。

ユゼ王女が布を取り払った時。そこには粉々に砕けたラジカセと、銀メッキされたガラスの立方体、すなわち記録体の残骸だけが散らばっていた。

ユーヤが、肩の力を抜きつつ言う。


「おや、そんなところにラジオが、一体、誰が置き忘れたんだろうな」

「白々しいことを――」


ユゼ王女が、ユーヤの胸に扇子を突きつけ、真下から睨め上げる。


「このような小細工が通じると思うてか! 我らが双王の耳を舐めるでないわ!!」

「何を言ってるのか分からないが……」


ユーヤは眉一筋も動かさず、おそらく脈拍すらも変えす、ただ静かに口を開く。


「新たに取り決めを設けよう。今後、出題の瞬間に意図せぬ音が鳴った場合、それが不可抗力であると認められる場合はその設問はやり直し。もし、どちらかの選手、あるいは選手の属する陣営が意図的に音を出した場合は、その瞬間に反則負けだ」

「望むところ! 二度とおかしなマネはさせぬ!」


ユゼ王女は肩をいからせ、また元いた位置へ戻る。解答席についていたユギ王女も、ユーヤをにらみつつフンと鼻を鳴らす。


そして周囲の人間は。

司会者は、エイルマイルは、ガナシアは、そしてコゥナは。


一様に、ただ呆気にとられていた。


(い……)


エイルマイルは感情を表に出さぬように努めていたが、それでも目の端に動揺と、疑問の色が浮かぶ。


(今のやりとりは……何なのです?・・・・・・


試合の前、あの壺の中にラジオを仕掛けたのは、他ならぬエイルマイルである。

会場の下見をしたいと申し出ての細工。すべてはユーヤの指示であった。

破壊されたラジオはセレノウ大使館のメイドの私物だ。むろん、ラジオから足がつくことは無いように注意を払っている。ユーヤの指示で用意した記録体は、「最初の二十数分は空白、その後は雨の音を入れたもの」である。雨の音は厚紙の端を手で持ち、少しづつビーズを撒くという方法で作られた。ユーヤのいた世界での、アフレコ技術というものらしい。


音は試合の中盤以降に鳴り出すようにセットし、ユーヤは懐中時計でその時間を見極めてから双王に語りかけた。

双王は動揺を見せたものの、ユゼ第二王女がラジオの存在を見抜いた。それが作戦の顛末、そこまでは分かる。




だから・・・




(雨の音が、双王にとってイントロクイズの妨げになる……それは、何となく分かる気はしますが)


出題用のラジオはかなりの音量にセットされている。あのような数滴の雨だれが邪魔になるものだろうか?


エイルマイルは作戦の作戦たる部分について考える。ラジオが録音だと思わせることで、双王に「偽の予報を聞かされた」と思い込ませる。そしてラジオから雨の音を流す……。

ガナシアが言うには、あれは別に録音ではなく、丁度メルティー・レムの番組で天気予報が流れることを利用しただけだと聞いているが。


(この作戦、ユーヤ様の作戦にしては、あまりにも……)


あまりにも、粗雑という印象が拭えない。

もっとも脆弱なのはラジオである。作戦の細かな筋道や、その狙いはともかく、「作り物の雨音を本物と思い込ませる」という部分にかなり無理がある。天気予報を聞かせるという部分が絶対に必要とも思えない。まるで、ことさらこれは作戦なのだとアピールしているかのような。


(それとも、何か別の目的が)


(双王が、この作戦に反応したことに・・・・・・・意味があるのでは)


そして、その偏屈そうな印象の異世界人は。


(やはり)


ユーヤは、いよいよ混沌を極める場の中で、静かに思う。そこだけが台風の目であるかのように、あらゆる策略と思惑の渦巻く中で、ユーヤだけがその観測者であるかのような。


(やはり、雨に反応した)


(彼女たちは達している、第三深度に――)





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