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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
3/82

3 (三択早押しクイズ 1)


大使館の庭には大勢が詰めかけている。

まず大使館の職員たちがいる。黒のエプロンドレスとヘッドドレスを身につけた古風なメイドたち、燕尾服をかっちりと着こなした執事、そしてガナシアの装備を少し簡略化したような姿の衛兵たち。

そして大工らしき人物、どうやら魚屋らしき匂いの男、どこから見ても一般人、聖職者らしさ溢れる女性。もしかして医者、どこまでも酔っぱらい。そんな群衆の間を走り回るのはハート型の風船を持った子供。その風船は大使館の入口のあたりでメイドが配っている。

さらには屋台なども並んでいる。焼き菓子に飴細工、それにケバブサンドのような、肉をパンで挟んだ軽食の屋台。料理を作っているのはコックコートを着込んだ料理人であり、彼らはこの大使館の所属なのだという。

メイドたちはわいわいと談笑しながら観戦しているものもあれば、ものすごい速さで紙の鎖と紙のバラを作ってはその辺に飾り付けている者もいる。


ぽん、と破裂音のような音がして、公邸の一角に白煙が登っていく。そして20メートルほどの高さでぽんぽんと白の花火が弾けた。


「紳士淑女の皆様、大陸の華であり胡蝶の国、セレノウ大使公邸へようこそお越しいただきました。これより行われますは古典に則り、儀礼を重んじる正式なる決闘でございます。お集まりの皆々様におかれましてはその立ち会いとさらには暖かな声援をよろしくお願い申し上げます。なお業務連絡です、落とし物の届けが出ております、大使館一階女子トイレにて花柄のハンカチを落とされた方――」


アナウンスしているのは若い女性である、彼女は大使館の職員ではなく、イベントの司会進行、クイズの読み上げなどを正業とするプロなのだという。10分以内にどこにでも駆けつけるらしい。


三日月型を描く人垣はどんどんと厚みを増している。その中央にあるのは白い台座が2つ、その奥に椅子がふたつ。テーブルのような台座にはまだ何も置かれておらず、無機的な印象を与える。

台座は2つあり、一つには儀礼鎧に身を包んだガナシアが構えている。その赤と青の飾り紐や、金色の房飾りで装飾された鎧は、群衆の視線を集めてひときわ映える。


そしてユーヤはというと、ノリのきいた白いシャツに黒のタキシード、厳密に言えば元いた世界とは微妙に形状が違うが、もう面倒なのでユーヤはそれをタキシードと認識していた。全て手縫いであり、驚くほど体のラインに合っている。この決闘の前にメイドたちがすさまじい速さで仕立て直したものだ。

胸元のポケットには懐中時計が入っており、金の鎖が装飾となって下がっている。さらに言えば髪も切られた。ざんばらだった髪を短くオールバックにまとめられ、ポマードらしき液体でかっちりと固められている。少しだが化粧まで施された。


二人とも、頭には筒型の帽子をかぶっている。中にはハテナマークの板が仕込んであった。細かいことだが正確にはそれはハテナマークではなく、この世界で神獣とされる蛇の図案なのだという。手も足もなく、頭だけで生きていることから知恵の象徴とされるのだとか。


「ユーヤ様、こうなってしまった以上、もはや私にも止めることはできません。どうか、妖精王グラニムの加護があらんことを……」


エイルマイルもこの会場の熱に浮かされているのか、心配そうにしながらも、どこか高揚したような声で熱っぽく語りかける。


「ちょっと……確認、なんだが」


ユーヤが、言葉を選びつつ問いかける。


「……決闘、なんだよな? これから……」

「はい、唐突なことで困惑されているとは思いますが……」

「困惑はそれなりに……」

「怖気づいたか! 異世界の住人よ!」


ガナシアはというと目に見えて興奮していた。息も荒く、肩のあたりから湯気を放つかのようだ。


「決闘に臨む相手としてそんなことでは思いやられる! これは我が金文字の家名と職責の名誉をかけた……」

「わかったから少し黙っててくれ……」


頭を振り、再度エイルマイルのほうに意識を向ける。


「ところで早押しボタンがないけど、解答は挙手とかでやるのか?」

「あ、お待ち下さい、いまハチミツを練っていますので」



「は?」

「エイルマイル様、準備整いました」


若いコックが言う。その目の前には麺でも打てそうな木製の台があり、両手に収まるほどの壺が置かれている。そこから漂うのは刺すような甘い香り。

複数人で協力して作業が行われる。台の上にベリー系の果物がひとつかみ、それを木べらで押しつぶしつつ、ハチミツが少しづつ注がれて練り合わされる。黄金色のハチミツに赤や紫の色がマダラに混ざり、やがて暗色へと近づく。

すると空の一角から光球が降りる。それは淡い光に包まれた小人。赤や黄色の燐光を放つ、羽を持つ小人だ。妖精という以外に形容の余地を許さぬ姿。それらがハチミツと果物を練ったものに群がり、遠巻きにして何かを囁くように口を動かしたり、無遠慮に手を突っ込むものもいる。エイルマイルがそれらに声を投げる。


「早押しボタンを2つ、得点表示板を2つ、残りは全て装飾を、賑やかな舞台を」


光が弾ける。

七色の光が一斉に散り、周辺の柱や立ち木の上を旋回し、その発する光量を増す。ユーヤの構える台の上には紫色の妖精が来た。それはテントウムシのような丸っこい羽を持つ妖精で、台の上で羽を閉じてうずくまる。


「ユーヤさま、頭の帽子でその妖精に触れてください」

「……こうか?」


帽子を脱ぎ、帽子でその妖精に触れる。すると紫の光が糸のように現れ、帽子と妖精を結ぶ、紐は空気に溶けるように消える。

そして、うずくまった妖精は急速に硬化し、半球形のガラスのような物体になる。生物らしき気配が消え失せ、もはや最初からその姿、一個の早押しボタンであったようにしか見えない。

ボタンに触れてみる、それは機械式ボタンの質感と殆ど変わらない。わずかに冷たく、ミリ単位の遊びがある、そして深く押し込むと帽子の「?」が立ち上がる。


「これは……固まってると機械と見分けがつかないな。見てたから分かるが、これが妖精なのか」

「そうです。紫晶精アメンジアですね。その帽子と紐づけされています。作動してから数秒、近くにあるボタンは作動しなくなるという特徴もありまして、つまり先にボタンが押された方の木板だけが上がります。木板が上がったほうが解答権を得られるというルールです。問題の途中でもボタンを押すことはできますが、その場合最後まで問題を聞けず……」

「いやそのへんのことは分かるんだが……」


妖精、というのはどうもこの世界に深く根付いている要素らしいが、ひとまずそれについて考えている場合でもなさそうだ、要はただの早押しボタンなのだと割り切って構える。


そして、群衆のざわめきがさらに高まり、柵状の塀の外にまで観衆が詰めかけた頃、高らかにアナウンスが響く。

先ほどのような決闘開始のアナウンスが大仰に、大げさに繰り返され、次に選手二人の紹介、例のクイズ大会とやらに参加経験もあるガナシアがやたらと大層に紹介されたのは当然として、ユーヤはというと、ただの一般人との紹介だった。異世界からの召喚云々は秘されているようだ。と今さらながらに思う。

さらに言えば大使館職員の中でも、ユーヤの正体について知っているものはエイルマイルとガナシアだけのようだった。

ユーヤも後になって知ったことだが、エイルマイルとガナシア以外の職員には、ユーヤは「エイルマイルが個人的に見つけてきた市井のクイズ戦士」と説明されている。そのユーヤとガナシアの二人が、クイズ大会への出場権を賭けた決闘という体裁だ。

ユーヤの耳に、アナウンサーの声が届く。


「お二人とも、準備はよろしいでしょうか」

「もちろんだ!!」

「いいよ」

「ではこれより、このセレノウ大使館公認、決闘クイズマッチを行います!! ルールは双方の合意により、一問一答早押しクイズ、出題は三択形式で行われます。先に10ポイント獲得した方の勝利、お手つき誤答は一回休みとなります! ではお二方、意気込みをどうぞ!!」


意気込みを述べるという決まり事があるのか、それともイベントとしてのノリの一部か、どちらが先とも言わなかったが、ガナシアが椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。


「この決闘、百難を踏み越えし我が家名、名誉あるバルジナフの名にかけて必ず勝利する! いいかユーヤよ! この決闘はただクイズ大会への参加権を賭けるだけではない! 私が勝利したならば、貴様には姫君への数々の無礼を侘びてもらうぞ!」

「……じゃあ、僕が勝ったら君はどうするんだ?」

「そんなことはあり得んが、もし貴様が勝ったなら何でも言うことを聞いてやろうではないか!」




 ざ



    わ





司会者が、大使館前庭が、その外側に詰めかける群衆までがざわりと揺れ動く。なにか巨大なものが空を通り過ぎたかのような、質量を伴うような重いざわめき。


「……ん?」


ガナシアはふと違和感を覚えて周囲を見渡す。かなり興奮していたのか、いま自分が何を口走ったのかもよく分かっていない様子である。何か、冷水の池が温水に変化したような、目に見えぬ変化が群衆に起きたのは感じるが、それが何なのか分からず困惑を浮かべる。

ユーヤはどうでもいいように耳に小指を突っ込む。


「……ま、それは覚えておくよ、とっとと始めよう」

「う、うむ」


ふたたび、観衆は燃え上がる。一斉に声を上げ、黄色い声援が跳ぶ

だが、それまでほぼガナシア一色だった声援に、一部男性によるユーヤへの声援がいくらか混ざっていたことは、選手も司会者も聞き取れていなかった。



「では参ります! 第一問!」


ででどん、という音がどこからともなく響く。見れば燕尾服の執事が革張りの太鼓のようなものを脇で固定し、先端がカギ状になった杖で叩いていた。その楽器も何らかの定番らしい。


「愛、憧れ、疲労、化学の実」


ぴんぽん、とボタンが押される。


「な――」


ガナシアの腰まである黒髪が、馬の尾のように勢いよく振られる、体ごと振り向いた先ではユーヤが、その帽子から立ち上がる、蛇の木板が。


「――愛」


水を打ったような一瞬の静けさ。

やや遅れて、アナウンサーが声を震わせつつ――。


「せ――正解!」


周囲に光が散る。熱のない火球のようなものが周囲を三次元的に飛び回る。隅にいたメイドがチューブラーベルをきんこんかんと乱打する。

観客は一瞬遅れて歓声を上げる、そこには少なからず疑問符も舞っている。


「愛、憧れ、疲労、化学の実験においてモストゥーク瓶を用いた鈍足撹拌のことを、俗に何の撹拌と呼ぶ? 正解は愛です。見事正解です!」


司会者の女性が叫ぶ、しかし誰も理解できなかった。今、何が起きたのか。

だが一問ずつ吟味しているような時間はない、イベントは円滑に、客の興奮に薪をくべ続けるようにハイテンポで進んでいく。


「だ、第二問!」


ででどん、と律儀な効果音。


「ざら塩、反り塩、レーヴェンソルト、その形状に特徴があり、ハリキュール地方の」


ぴんぽん、と押すのはユーヤ


「くっ」


ガナシアが一瞬遅れて押していたのか、悔しげな呻きを漏らす。


「レーヴェンソルト」

「正解です!」


観客から歓声の雨が降る。


「馬鹿な――! なぜシュネス赤蛇国の塩のことなど……」

「第三問!」


ででどん


「黄金文書、青銅文書、白銀」


ぴんぽん


三度、押すのはユーヤである。木板が勢いよく跳ね上がる。


「ぐうっ!」


またも一瞬遅れたのか、ガナシアが台座を拳で打ち付ける。


「青銅文書」


またも正解――。怒涛の如き三連取に、観客の熱狂が爆発する。


「す、すげえ! すげえぞあの男!」

「あのガナシア様が手も足も出ねえ! 信じられねえ!」


(なぜだ! この男は異世界の住人、青銅文書など知るはずがない!)


ガナシアは歯噛みしつつ思考する、混乱と焦りのために考えが上手く像を結ばない、とうてい信じがたいことが起こっていることは分かるが、それが何なのか分からない。


(考えられることは一つしかない……この男、適当に答えているとしか)


「おのれ! クイズを汚すか! そのような当てずっぽうが10問も続くと思っているのか!!」

「……」

「どうせ誤答でも一回休みになるだけとでも思っているのだろう! だが10ポイント先取までまだ先は長い――」

「静かにしてくれ」


冷徹に、鉄の針のような声でユーヤが応える。


「……この世界ではクイズは国同士の交渉の道具であり、賭け事であり、また決闘の道具でもあるらしい。クイズを賭け事に使うなんて、と呆れたもんだが、それだけじゃなかった。クイズはやはり娯楽であり、誰からも認められる立派な競技だった。そしてこの世界の人々も、やはりクイズを愛していた」

「?? な、何を……」

「クイズはお祭りなんだ、壊したくないんだ、だから無粋なことを言わないでくれ」


顔を向けることはなく、そっと口元に指を当てる。その冷ややかさ、無機質さとは違う神妙さの宿った横顔に、ガナシアは何かしら侵しがたい意思を感じて息を呑む。


「第四問――!!」




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