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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
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ユーヤはガナシアの目を見据えて言う。


「……君が水を飲んだ時の状況について、もう一度確認したい。会場のどこかで大きな音が聞こえ、いくらかの来客が君たちの方へ逃げてきた、そうだったな」

「そ、そうだ」


ガナシアは、その時のことを深く思い出すように、いちど目を閉じてから言う。


「大勢の人がこちらへ来て……。どうやら何か起こったようだと察すると、エイルマイル様は、うかつに動かぬほうがよいでしょう、と小さく呟き、壁に張り付くように奥まった場所へ動いた。そしてボーイの一人を呼び止めて適当な飲み物を頼んだ。それは小さなグラスを20個以上も運んでいるボーイで、エイルマイル様には桃のジュースを、私にもジュースを勧めたが、私は水でよいと言って、水をもらった……」

「その両方に薬が入っていた、そういうことだな」

「い、いや……そうなのだろうが、水を頼んだのは私なんだ。それにボーイはその場を歩いている者を呼び止めただけ……それに薬が入ってるなど不自然だ。ボーイがこっそり入れられる瞬間などなかったし、誰か第三者に入れられた、などということもあるはずが……」


薬はいつ・・入れられたのか? ガナシアはその部分が分からず、頭を抱える。


ユーヤは親指の爪を噛み、独り言と、ガナシアに言うのと半々の口調で呟く。


「僕はクイズ戦士であって、探偵じゃないが……」


そう前置きし、自分で自分の記憶を確認するようにゆっくりと話す。


「推理とはすなわちパズルだ。そしてパズルとは発想力のゲーム。固定観念を取り除き、あらゆる方法を想像し、一つずつ当てはめて合致するものを見つけ出す。発想力とは一種の技術であり、訓練によって身につけられるものだと思っている」





――世のすべてを、技術でねじ伏せているのは、私たち・・・の方なのに





瞬間、目の奥に走る痛み。ユーヤが片目をしかめる。

それは一瞬のことであったので、ガナシアはその変化に気づかなかった。


「……だから、ガナシア、君の言う不可解な状況にも、かならず合理的に解き明かせる理屈があるはずだ。余計な先入観を交えず、問題の意に素直に従えば……」


ユーヤは一つの問題を思い出す。

それはIT企業の入社試験であったとか、有名私立幼稚園の受験問題だったとか都市伝説的に言われる、奇妙な問題である。




問、冷蔵庫にゾウを入れるにはどうすればいいか?


解、冷蔵庫のドアを開け、ゾウを入れ、ドアを閉める




(そう、この件は、あの問題と同じ……)


「ボーイは大勢いて、常に会場内を歩き回っていた。この場合、特定の人間に薬入りの水を飲ませるための、ひどくシンプルな方法が一つある」

「……?」

全てのボーイが・・・・・・・薬入りの水を持っておき、ガナシア、君たちに話しかけられたときにだけ薬入りのを渡せばいいんだ。あの会場のボーイは、飲み物だけでなく、酒を配る者も、パンも、デザートも、一つか二つずつ、薬入りのを乗せていたんだ」

「……!?」


それは、あまりに突拍子もない想像と言わざるを得ない。

およそガナシアの想像を大きく越えている。


「ま、まさか……! そこまで大掛かりな方法を取る必要があるのか!?」


(そうだ、大掛かり過ぎる)


ユーヤは、その自問は言葉にせずに心中で呟く。


(二人を狙っていたとしても、そもそも夜会の最中に連れ出すのは不自然だ。馬車を襲撃するとか、別室に誘い出すとかいくらでも方法はある。なぜ、こんな方法を採る必要がある)

(あの土霊精アスガリアの騒動が陽動作戦だとしても、そもそもあれは陽動になっていない・・・・・・。観客は逃げ出して、会場の四方八方に散らばってしまった。大勢の耳目を集めておくことを陽動と言うなら、むしろあのイントロクイズの最中にさらうべきだった)


「……ガナシア、君たちが何か飲み食いしたのは、そのボーイにもらった水が最初なのか?」

「いや……小さなケーキだとか、度数の低いカクテルだとか、ごく軽い飲食はしていたが……」

「……」


(それはますます奇妙だ、なぜ何度目かのタイミングで薬入りのものを渡した)

(なぜそんなタイミングで……)


「……タイミング?」


ユーヤははたと思い至り、顎を引いて深く考える構えを取る。


(もしかして、エイルマイルたちは狙われていて、なぜかあのタイミングで薬を飲まされた、ということではなく)


(あのタイミングに、はじめて狙われる理由が・・・・・・・生まれた・・・・ということなのでは……)


「なるほど……おそらくだが、パルパシアの双王の目的が分かってきた。エイルマイルを誘拐した目的も……」

「ほ、本当か……。しかし、そこまで決めつけて大丈夫なのか。まだハイアードあたりが主犯という可能性も……」

「……」


それは検討する意味がない、という言葉をユーヤは飲み込む。

この大陸に何らかの混乱があるとして、その渦の中心にハイアードが、そしてジウ王子がいて、妖精の鏡ティターニアガーフという超常の器物を狙っている、という何段階かの仮定。


そしてハイアードは、少なくとも今は、クイズによって目的を果たそうとしている。

そのハイアードがルールを曲げてきたら。

誘拐や、その他の有形無形の暴力によって目的を果たそうとしてきたのなら、それはもう全ての終わり・・・・・・を意味するのではないか。我々は今、ハイアードキールという蛇の腹にいるのだから。


そんな想像を、ユーヤはなるべく考えぬように気を落ち着け――


「ユーヤ様、お客様なのでぇす」


紫の巨大なリボンをつけたメイドが、横からユーヤの顔を覗き込みつつ言う。


「ん、お客か……褐色の肌の子かな?」

「そうなのでぇす、いま玄関でお待ちいただいて」

「馬車の逃げ込んだ先がわかったぞ! ユーヤよ!」

「おう」


紫のリボンを押しのけ、ずかずかと入ってくるのは褐色の少女である。全身にしっとりと汗をかき、肌が熱を帯びているように見える。


「お客様、いまお取り次ぎ中なのでぇす、玄関ロビーで待って――」

「いいんだ、彼女がフォゾスの姫だ」


ユーヤはテーブルを立ち、コゥナのそばまで歩く。コゥナは軽く息を整え、一度胸をなでおろす。


「――王宮街から3ダムミーキほど、大きな倉庫や問屋のようなものが並ぶ一角に、三階建ての大きな建物がある。社屋兼住居のような印象だったな。

その家の灯は一つもついておらず、庭や外壁もやや荒れていたが、廃屋というわけでもなさそうだった。馬車はその屋敷の門をくぐったと思われる。場所の目印として、屋敷の向かいには絵画工房、右隣には大きな店構えの「ディナンシェア」という名前の骨董店、左隣は青い屋根の倉庫」

「その場所なら分かるぞ! ハイアード南西の一角だな! 工房や問屋の多い地域だ、祭りとは縁遠い、しかも夜間は人気が少ないあたり……」


言いつつ席を立ち、食堂を出ていこうとするガナシアの袖をユーヤが掴む。


「ちょっと待つんだ」

「しかし一刻も早く……」

「コゥナ、ありがとう、この御礼は必ずする」

「うむ、まあしばらく同行するぞ、これ以上の協力は約束できんが、コゥナ様には事の顛末を見届ける義務があるからな」

「わかった、それと、ドレーシャ」


呼ばれて、背後にいたメイド長はバネ仕掛けのような勢いで敬礼の構えをする。


「は、はいっ! 何でしょう!」

「ラジオはあるかな? 手で持ち歩けるほどのサイズで、音楽の再生もできるもの」

「再生機能付きのポータブルラジオですね! ございます!!」

「それと――――」


しばし言葉が続き。


「――――を用意してほしい」

「そ……そんなものをどうするんだ?」


問うのはガナシアである。ドレーシャは命じられたことをメモし、周囲にはさらに数人のメイドが集まりつつある。


「イントロクイズに使うものだ。おそらくエイルマイルを救出した先で、そのままパルパシアの双王と闘うことになる。クイズ大会の本戦まで時間がない、この機会に決闘を申し込む。相手はおそらくイントロクイズを指定してくるだろう。それにイントロクイズでなければ、あの双子に敗北感を与えられない」

「け、決闘だと? 今はそんな状況では」

「……」


ユーヤはガナシアに背を向け、メイドたちが要求されたものについて打ち合わせるのを見守っている。

その斜め後ろからの顔に、何かの表情が窺える。奥歯を噛みしめるような頬の強張り、細めた目、肩には強張りと熱が宿り、わずかにシルエットが膨らんで見える。そこには何らかの隠忍なる気配が、押し殺した感情が垣間見える。


「……ある大物プロデューサーが、あるいは歴代のクイズ王たちが、こんな言葉を残している」


ユーヤは少しだけ背後に首を向け、ガナシアに低い声を放つ。


「クイズは、二日にまたがってはいけない」

「……?」

「劣勢の焦り、あるいは勝勢の余裕、天秤の傾きを抱えたまま、勝負が途中なままに夜を越えて、朝を迎えてはいけないんだ。心が疲弊してしまわぬように」

「そ、それは、何となく分かるが……」

「決着は夜のうちにつける」


その声に、やはりとガナシアは確信する。


準備に万全を期さんとする隠忍な気配、感情を外に漏らすまいとする冷めた眼差し、押し殺した低い声。

この気配こそがユーヤという人物の怒りなのだと。この着々と作戦を組み立てるような時間こそがユーヤの戦いなのだと察せられる。


ユーヤは独り言のように言う。


「クイズ王は時として傲慢だ。この世のすべてを知り尽くしてると思い、自分がイベントの華であると思い込む。この世界が、あるいは時代が、自分を中心に回っているとでも言いたげに」

「パルパシアの双王のことか……」

「それは時と場合によっては魅力にもなるだろう。だが、彼女たちが王の持つ以上のものを求めるなら、この世を思いのままにできると本気で思っているなら、お仕置きが必要だ――」


語るうちに、ユーヤもまた昂ぶりを押さえかねるのか、あるいは一瞬だけ感情を発露させることで自らを制御しようとする技術なのか。ユーヤは拳を握り、打ち付けるように言う。






「今宵、必ず、あのクソ生意気な双子の尻をひっぱたく、赤く腫れ上がって悶絶するほどに――」





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