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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
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28

「ユーヤよ、聞け、コゥナ様は先刻、これと同じ矢を射った」


コゥナが背中の矢筒から矢を引き抜く。長さ1メーキほどの木製の矢、その先端には鏃ではなく、ガラスの小瓶が取り付けられている。


油馼鹿ヒラルジの耳腺から集めた香料が入っている。獲物に対する目印となる矢だ。訓練を受けていなければ常人には嗅ぎ分けられず、野生の獣もその油馼鹿ヒラルジ以外はまったく反応を示さない特殊な香料なのだ」

「何かのフェロモンのようなものか……」

「コゥナ様ならば、この矢の匂いを追跡できる」

「……? しかし、外に出た時、すでに馬車は視界から消えていたはずだ。ちょうど、十字路を右に曲がって消えたところ……」

「森の民はその日に通った道のことは忘れない、あの十字路の右奥にどのような道があったか、馬車が通るとすればどのあたりか、はっきりと想像できる。だから森を飛び越えて放物線の矢を打った。十中の七、八、というところだが、当たっていると思う」

「本当か、なら……」

「ただし」


と、そこでコゥナは声を潜め、目に強い意志をみなぎらせて言う。それは10を少し過ぎたばかりの少女とは思えぬ火のような意思。それは彼女の人格の背景にあるもの、その巨大さを思わせた。脈々と受け継がれた掟、敬うべき偉大なる王と、己を敬う多くの人々。そのようなものが目の奥に見える。個人の些末な感傷などで揺れ動くことのない、王としての片鱗が。


「コゥナ様がお前のためにその仕事をする、というのは簡単なことではない。コゥナ様は大族長トゥグートの娘として、お前に対する同情で手を貸すことはできず、またセレノウに恩を売るというような、具体性のない打算的な理由で動くこともない。コゥナ様が動くには、お前と契約せねばならぬ」

「……契約」

「そうだ、族長に何かを願う時、代わりに族長から何を願われても拒むことができない、それが悠久なるランジンバフの森での掟だ」


コゥナは己の胸元を指で示し、次にユーヤの胸を示す、という動作を行う。


「この契約において願いの大きさに軽重はない。天秤は常に一つの願いと一つの願いによって釣り合う。過去には、餓えたる時に一杯の水と一掴みの木の実を族長に願った男がいた。彼はその翌年、族長に己の愛娘を差し出したという。そんな話も残っているのだ」

「…………」

「お前には先ほどの余興で手伝ってもらった恩がある、だからその報酬として動いてやってもよかった。しかし、その後にコゥナ様はお前を助けてしまった、あの人形からな。だから貸し借りは無くなってしまったのだ」


コゥナは少しだけ言葉を切り、ユーヤの目を見つめる。そこには鉄壁の意思と、少女性が影を潜めた気高さが宿っていたが、その奥に、わずかに揺れ動くような光が見える。それはやはり眼の前の男に対する憐憫か、あるいは惻隠のようなものであっただろうか。己の言葉が族長としての重みを持つということを解するには、やはりコゥナはまだ幼かった。人生を左右するかも知れぬ、ということの意味を真に知ってはいなかったやも知れぬ。


「どうする?」

「わかった」


ユーヤは即答する。

コゥナの持ち出した契約の意味を、言葉の意味を最大限に拡大して受け止めても、なおユーヤには即答しかない。この迷い込んだ土地において、世界の果てまで変わらぬ答えであるというかのように。


「エイルマイルを探してくれ。だが、もし彼女が連れて行かれた先を見つけても、危険なことはしないでくれ、場所を教えてくれるだけでいいんだ」

「わかった、ではコゥナ様はあの馬車を追おう」

「僕はガナシアを連れてセレノウの大使館に戻っている、そこへ連絡に来てほしいんだが」

「うむ」


コゥナは入口の方へと駆け出していく。

背後を見れば、そこではマルタート大臣の手によって、ガナシアが炭を溶かした水を飲まされていた。


ホールのどこかから音楽が聞こえる、人々の楽しげに語らう声も、そして水音も。

すべての音は綯い交ぜになって、ユーヤの周囲で意味を失う。


一瞬だけ、ヤオガミの二人のことが脳裏に浮かぶ。しかし彼らと接触しようとすれば、ジウ王子やパルパシアの双王に会う可能性が高い、それは避けたかった。一秒たりとも彼らに姿を晒すべきではないと思った。パルパシアかハイアードが誘拐の主犯かも知れぬというだけでなく、今の己を見せることに強い忌避感があった。


ユーヤはマルタート大臣の協力を仰ぎ、一緒にガナシアを連れ出す。この太った大臣は苦労人のようだが、ユーヤには協力的であったのが救いだった。

乗り込んだセレノウの馬車は、ほとんど間を置かずに走り出す。


もはや一瞬たりとも、この場にいたくなかった。


夜の喧騒を駆け抜ける間も、様々な考えが浮かびかけては、形象を結ばずに消えてゆく。

ユーヤは、己の心を鎮めるべきだと考えていた、しかしそれはとても困難な事に思われた。


今はただ、敗北感の他には何もなかった――。







過日。


四角に切り取られた、硬質な風景。

それは過去と現在をつなぐ通路か、あるいは過ぎ去りし過去を覗く穴か。


凍りつくような白い廊下の中で立ちつくすのは、七沼遊也と呼ばれた男。


襟元の伸びただらしないTシャツ、裾の擦り切れたジーンズ、寝癖の残る乱れた髪、常に寝不足気味で隈の残る目、常に疲れと倦怠に囚われるような人物、それが七沼遊也という人間の日常であったか、あるいは生き方というものであったのか。


時刻は深夜12時を過ぎ、局内でも起きている箇所は部分的になるような時刻。


その人物は、廊下の向こうから歩いてくる。


見た目は30手前、どこにでもあるようなワンピースと、ローヒールの靴。どんな職業でもありそうだし、既婚のようでも未婚のようでもある。太ってもおらず、痩せてもいない。印象に残るほどの美醜も持っていない。彼女は特に印象に残るような外見ではない。

クイズ王にはこのような者が多い。それは興味が内側に向いているからだろうか、とぼんやりと思う。この世のあらゆる知識を習得していながら、外の世界にまったく興味が無いかのような影の薄さが――。


「満足でしょう? 私の敗北が見られて」


その女性はのっそりと視線を上げ、剣呑な気配とともに言う。

ユーヤは職業意識として、つとめて感情を出さずに言う。


「……仕方ないでしょう。僕はクイズ番組のアドバイザーであり、クイズ界全体を守るために働いているのです。それに、今の収録、何一つ不正はなかった、あなたにも、我々にも――」

「不正はなかった……?」


その女性は息がかかるほどの距離で立ち止まり、ユーヤの方に黒目を向け、その頭蓋の内側を見ようとするかのように視線を強める。


「よくそんな事が言えるもの……」

「あなたは強すぎる」


いくぶん、ユーヤは視線をそらす。それは相手を逆上させないようにする技術的なことか、それとも女性の視線を受け止めかねたのか。


「あなたを放置すれば、おそらくイントロクイズという世界そのものが壊れてしまう。そのぐらいの自覚はあるはずだ」

「だから、私の妨害をしたと言うの? 純粋な超イントロクイズだけでなく、サビからイントロとか、複数の曲を同時にかけるとか、出題方式を変えてきた……。超イントロ以外では、私の技術が通じないことを知っていて……。しかも、その超イントロにまで細工を混ぜてきた、なんという問題を……」

あれ・・は番組側の不正とは言えない。それに、技術だ戦略だと、クイズはいつからそんなものになったのです」


ユーヤは、わずかに感情の色をにじませて言う。


「クイズ王は、もっと純粋であるべきだ。技術や、特殊な訓練や、研究などが及びもつかない、真のクイズ王が存在するべきなんだ」

「真のクイズ王など、あなたの想像の中にしかいない。それによくも、そんな白々しいことが言えるものね。あなただってクイズ王と呼ばれた人間でしょう」


女性は、ついと首を振って歩み去る。

廊下の奥に消える瞬間、静かに響く言葉が、呪いのように遊也の胸を突き抜けた。





「この世の全てを、技術でねじ伏せてるのは、私たち・・・の方なのに……」







「死なせてくれ……」


セレノウ大使館、食堂のテーブルに突っ伏して、この世の終わりのような声を出すのはガナシアである。

彼女の周囲だけ重力が十倍になったかのように、どんよりとした空気が降りている。


「仕方ない。盛られたのは常人では嗅ぎ分けられない薬らしい、僕だってまさかエイルマイルが誘拐されるとは思ってなかった」

「我が金文字の家名が……バルジナフ公爵家の誇りはもはや永久に失われた……。幼少のみぎりよりずっと側に仕えていたのに……。どこかに嫁がれたならばその家に仕えようとすら思っていたのに……」


ガナシアのひとりごちる言葉には脈絡がなく、言葉はテーブルからこぼれ落ちて足元に溜まっていくようだった。


背後ではメイド長のドレーシャが立っていたが、さしものメイド長も、事態の深刻さの程を受け止めかねて動揺しているようだった。目は左右に泳ぎ、額には汗が浮いている。


「ともかく、フォゾス白猿国のお姫様に捜索を依頼している、その帰りを待つが……。二時間待っても連絡がなければ、この国の警察機構……あるいはハイアードの王宮だろうか、その協力を仰ぐ必要があるだろう」

「……そうだな。我ら衛士隊はせいぜい10人な上に、人探しなどできそうもない……」


ガナシアは諦念を交えた声でそう応える。


ユーヤの中には予感があった。

もし、エイルマイルの誘拐が大々的な事件となれば、それは当初の目的、すなわち大陸諸国の代表すべてと会って交渉するという計画など、煙のように立ち消えてしまうだろう、ということ。

ともすればクイズ大会も中止になり、セレノウの至宝が守られるという可能性もなくはないが、おそらくそんなことにはなるまい。

自分たちの立場は、いわば柱を抜かれ続けている城のようなもの。迅速に事態を解決できなければ、計画という城は崩壊するのみ、それが何かしらの良い結果を生むことなど絶対にありえない、それは予感と言うより、確信に近いものだった。


第一、エイルマイルが無事に戻ってこない可能性もあるのだ、まずもって憂慮すべきはその事に違いない。

召喚者サモナーを失った被召喚者サモンドの末路など、おそらく悲惨の一語であろう。もちろんより正確に言うならば、ユーヤがこの世界に来た時点で、彼を召喚した召喚者サモナーも、その意思も、この世界のどこにもいなかったのだが。


「今は、コゥナが……つまりフォゾスの姫が戻ってくるまで、この件について検討しておこう」

「……検討と言っても、犯人も動機も想像もつかない……」

「違う、犯人は十中八九、パルパシアの双王だ」

「な……!?」


ガナシアは、そこで初めてがばりと身を起こして言う。


「なぜそう言える!?」

「さっき簡単に説明したとおりだ。パルパシアは、あの土霊精アスガリアの襲撃を余興だと言い放った。しかしそれは嘘だ。この件において、行動に不自然さがあるのは双王だけだ。それにガナシア、君はボーイからもらった水を飲んだんだろう? あの夜会はパルパシアの主催であり、ボーイもパルパシアの人間だ、水の件だけでもパルパシアの容疑は濃厚だ」

「し、しかし……何度思い返しても、薬を盛るタイミングなど……」


それは特段、パルパシアを庇い立てする発言というわけではない。

一国の王が誘拐を侵すという想像が、この時代、この大陸の人々にとって、あまりにも縁遠いものであったからに他ならないのだから。



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