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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
25/82

25 (上下左右イントロクイズ 3)



――


イントロの瞬間。

ユーヤの指先が、コゥナの右肩甲骨側にねじ込まれる。

そして一音。


「うぐうっ!?」


右側面の蹴り。それは音が聞こえるのとほとんど同時。

どしいん、と押されるボタンと同時に、コゥナのクイズ帽から蛇が打ち上がる。


「正解!! ハリーボッシュの「ライトサイドテール」です!」


観客から歓声が上がる。盛り上がりは最高潮に達している。


「……!」


もちろん、正解に驚いているのはコゥナも同じである。


「よし、この感じで行こう」

「せ、背中に手をねじ込むな……」

「仕方ないだろ、手の平を当ててるんだから指だけを動かすと不自然になってしまう。君の動きで偶然に手がめり込んだという形しかできない。別に子供の体にどうとも思わないよ」

「こ、子供扱いもするな……」


胸当てと、体の中心を掌握されているせいか、何となく生殺与奪権を握られているような気分になる。声も心持ち小さくなり、我知らず内股になっている。


八問目はパルパシアの王女が取り。九問目。


(右上上下)


音が鳴る瞬間、上方向にねじ込まれる手。


「!」


ひゅん、と空気を裂いて伸びる蹴り。水が打ち上がり、その低い身長から見事な蹴りが放たれる。


「正解! アッパーフランシスのデビュー曲「アッパーフランシス」です! お見事!」


難易度の高い問題だったのか、司会者も興奮気味に叫ぶ。もちろん観客の興奮もすさまじい。もはや男は全員ずぶ濡れであり、その高そうな礼服もかなりダメージがありそうだが、ここまで濡れてしまえばもはや一緒と、ますますテンションを上げてきている。

モスグリーンのボディコンギャルが、感心したように言う。


「ううむ見事、よく今の曲を知っておったの」

「も、もちろんだとも、フォゾスにもラジオぐらいあるからなっ」


そしてユーヤはというと、司会者でも会場の喧騒でもなく、得意げに鼻をそらすコゥナでもなく、

ただじっと、長机で曲をかけるスタッフを盗み見る。


なくて七癖、あって四十八癖という言葉がある。

どれほどに癖のない人間でも七癖ぐらいはあるという言葉であるが、通常、人間の動作というものは非常にノイズが大きく、その中から特定の意思を汲み取るのは容易ではない。

ランダム性に埋め尽くされた人間の挙動、そこから何かを見出そうとする場合、ある技術を習得した者たちは、意図的に意識の窓を狭めようとする。


ユーヤは司会者に言った。その大きな動作では「次に何の曲をかけるか分かってしまう」と。

この言葉によって、スタッフは「ラジカセに記録体を入れる」動作にだけ意識を囚われることになる。


ここで重要になるのは、ラジカセの位置と、その背後のスペースの広さ。


スタッフの心理として、正面にいる観客から、記録体を入れる手元が見えないようにするのは当然である。

それに加えて、今は横方向のユーヤからも見えないように気を付けている。そのため、記録体を無造作に散らばるように置いていたものが、横一列にきちんと並べるやり方へと変化している。これにより、記録体を真ん中の二つから抜き取る動作のときだけ、肘がそっと引かれるので見えやすくなった。ここで「真ん中の二つから抜いた」事が初めて分かるようになっている。

出題が終わると、抜けた隙間を左に詰めて埋め、右端に新たに記録体を加える。そこまでがローテーションのような同じ動作に矯正されている。

さらに言えば、「麻袋から抜き出した曲をすぐにかけるパターン」というものも封じられている。心理的に、いま抜き出したばかりの記録体は使いにくいのだろう。まったくアトランダムに選んでいた時は存在しなかった自分への枷。心理的な緊張が齎す作用である。


心理分析において、無造作というのは一番の敵。

むしろ慎重に、気を付けて、心理を見抜かれないように動いてくれたほうが、微細な癖が強調されて読み取りやすくなる、それもユーヤという人間の知る技術であった。

ここまで来れば、ユーヤであれば読める。

今、ラジカセの裏にどのように記録体が並んでいるのか、どの記録体を抜いたのか――。


ユーヤはコゥナの背中に当てる手を意識し、やや声を強めて言う。


「その調子だ、だが、上を突く時は気をつけろ」

「? なぜだ?」

「「上」の問題は3ポイントだ、このゲームはつまるところ、「上」を確実に取ることがカギになる。それに、ハイキックが空振ったらそのまま転びかねないからな、しっかりと腰に力を入れて、足を大きく振り上げるんだ」

「う、うむ」


十二問目


~~♪


一瞬、背中の中央から、上方向に手がねじ込まれる感覚。


「とおっ!」

「あっ」


蛇が打ち上がるのは、コゥナ。


「正解です! ソノンシア・ティム・メイブの「夢の上、枕の上」ですね」

「むー、しまったネ……」


見れば、隣の睡蝶の足先が、彼女を囲む鉄の輪に側面から当たっている。別段、痛めるというほどでもなさそうだが、むろんボタンを側面から叩いても反応はしない。


「……」


ユーヤは何も言わない。

脚を思い切り振り上げるべきだ、というのは背の低いコゥナに対してのアドバイスであり、それが睡蝶の耳に届き、どのように作用したとしても、それは意見を参考にしたものの責任というしかないだろう。


そして十六問目


「正解です! フォゾス白猿国のコゥナ様! 三連続ポイント獲得でリーチです!!」

「よっし! 行けるぞ!!」


「……」


ユーヤは、三連リングの右側、パルパシアの王女を見やる。


(彼女、あまりやる気がなさそうだな……。一度もハイキックしていないし。まあ、ミニスカの参加者を誘い込んでハイキックさせる、という趣味のゲーム、ってことなら話は分かるが……)


パルパシアの双王とやらの実力を見ておきたかったが、それは無理かと残念に思う。

どどどど、と今も耳に届く、ホール中央の滝を見る。


(……この状況、まともにイントロクイズができる環境ではない。これは偶然だろうか)

(もし偶然でないなら、厄介だな。間違っても・・・・・全力を見せない・・・・・・・ように、あえてこんな会場を作っている、としたら……)


観客はもはや200人近くになろうとしている。周辺の立食やら演奏やらからも客が流れ込み、この一角だけ凄まじい賑わいである。三連リングの前に並ぶフォーマルの男たちは、全身ずぶ濡れになっても絶対に己の場所を譲ろうとしない。あとで何人か風邪で寝込むだろう。


ぎしり、と、どこかから音がする。


「……?」


ユーヤは会場の喧騒に関係なく、常に周辺に気を配っている。というよりも人間が常日頃、180度の視野で捉えている視界、その視界の与える情報に満遍なく意識し、ごく小さな違和感を見落とさない。

それはもはや体質レベルの習慣であったが、その視界の上端が何かを捉え――


「――! そこ! 前に走れ!!」


ユーヤが叫ぶ。その声は喧騒の中を走り、そこにいた数人がびくりと反応して走る。


その上方、ホールの外壁にずらりと並ぶ縦長の窓の一つ。それが内側に向かって膨らむように見えて、ガラス片を撒きながら黒い塊が飛びこんで来る。


絹を裂くような悲鳴。

降りそそぐガラス片の七彩のきらめき。大きな質量が水に落ちる音。意味を理解できた音はそのぐらいで、その一瞬後には周辺からの絶叫と混乱の音が波のようにすべてを覆い尽くす。


それは黒い人間。いや、人間と見えたのは一瞬で、それは黒い箱を積み重ねたような不格好な人形であった。体は土か素焼きのレンガのようで、色は炭のように黒い。飛び込む時はボールのように丸くなっていたが、立ち上がれば身長は3メーキあまり、異様に長い手足を持ち、それぞれ2メーキほどもありそうな手を左右に広げる。


ユーヤの左右で、来客やスタッフたちが後方に流れていく、その中にはユーヤの声でとっさに逃げた数人もいた。もしあの時、ユーヤが「右へ走れ」ではなく「危ない!」とか「逃げろ!」とでも叫んでいたなら、何が危険なのか、どちらへ逃げるべきなのか判断する数秒の間に、ガラスを全身に浴びていたかも知れない。


「――おい、あれは土霊精アスガリアじゃないのか!?」

「動いてるのなんて始めて見たぞ!」


土霊精アスガリア……?」


上空から、さらに二体の球体が降りる。どしんと石の床に降り立つと、瞬時に手足を伸ばして巨人になる。

その身長3メーキあまりの黒い石巨人が、ぶおんとゴムのように上半身を回して三連リングの方を向く。


「逃げろ!」


叫ぶのはコゥナである。跳ねるように後退し、ユーヤの腕を引っ張って水から上がらせる。


それは大木の倒れるような眺め、遠心力を乗せた土の腕が鉄のリングを叩き、紙の鎖のようにひしゃげさせて叩き潰す。水幕が家の屋根ほどの高さまで打ち上がる。


「なんて力――」

「くそ、弓をよこせ、あと胸当てを直さねば――」


と、そこでコゥナは一瞬だけ硬直する。

胸当ての背面部分、なにか違和感はあるが、胸当て自体はしっかりと装着されている。


「ピンで応急処置しといたよ、勝手に切って悪かった」

「いつのまに……」

七問目の前・・・・・だよ」

「……貴様、もしかしてとんでもないイカサマ師ではないのか」

「そんなことより、あの人形みたいなのは何なんだ」


その人形の足の動きは遅いが、着目すべきは腰の回転である、それは腰骨なのか積み重ねられた石なのかは分からぬが、直方体の石が石臼を回すようにずりずりと回転している。その回転運動が長い腕の先に伝わり、おそろしい広範囲で腕が躍動している。

腰骨の可動範囲に限界などないのか、上半身だけを回転させるような動き。人の頭ほどの土の塊である拳が、空気を引き裂いて振られる。


「おおう」


そこにいた睡蝶が上半身をそらす。風圧がかろうじて存在する程度の裾をはためかせる。


「危ないネ、あんなの当たったら挽肉になるネ」


その石の巨人を見て、コゥナが言う。


「――あれは土霊精アスガリアだ。無機物に取り付いて動かすことのできる妖精で、簡単な命令に従う」

「ゴーレムみたいなもんか……。動きを止める方法は?」

「人間が妖精を傷つけることはできないが、土霊精アスガリアは一度でも媒体から離れると即座に帰還・・する。体のどこかに存在する妖精を見つけ出し、媒体から引きはなすか、媒体が四割ほどの質量を失えば妖精の世界に帰る」

「なるほど、足の先とかに隠れてても、大きな破壊を受ければ帰るわけだな」

「くそ、コゥナ様の弓を預けた男はどこだ、あやつ、逃げおったな」


ユーヤらの上に影が降りる。ホールの天井から降りそそぐ光源――言うまでもなくそれも妖精であるが――を大きく遮って、黒い巨人、手長足長の異形の影が腕を振り上げる。


「跳べ!!」


との声にユーヤが反応するよりかなり早く、コゥナがその腕を引いて放り投げる。コゥナはその勢いによって反対側に飛び、元いた場所を破滅的な拳が爆散させる。投げられる瞬間に腕が抜けそうな痛みが一瞬あって体が重力の枷から離れ、一秒の浮遊感の直後に全身をしたたかに床に打ち付ける。


「ぐおっ……」


先刻、あの太った大臣を引きずっていた時から予想はしていたが、あの少女の膂力は外見からの予想を大きく上回るらしい。投げられた衝撃によってユーヤの横隔膜がせり上がり、肺の息が全て吐き出される。


「む、無茶しないでくれ……」


と、そこにさらに降りる影。

箱を積み上げたようなアンバランスな異形が、目鼻のない顔でユーヤを見下ろし、腰が回転して長腕が振られ。


「……冗談だろ」




「――踏影如膠とうえいじょこう、影を踏むことにかわのごとく」




黒い拳が、何もかも破壊し尽くす黒い暴風が。

そのさらに後方から、赤い雷影が。


「――嚇刀闇絶かくとうあんぜつ、おそろしき刀にて闇を絶つ」



音もなく抵抗もなく。振り抜かれる黒腕の先端が離れ、明後日の方向に吹き飛んで壁に衝突。蜘蛛の巣状のひび割れを生む。巨人の腕薙ぎの風圧が、ユーヤの体にびりびりと当たる。


「――無事か、ユーヤどの」


赤い裳裾を引いて立つのは、紅の武人。

その緋色の裳裾が、天井からの光を受けて鮮やかに輝く。


「ベニクギ! 来てたのか!!」

「騒ぎが聞こえたので駆けつけてみれば……。お主は一日に二度も死にかける気か」

「気をつけてくれ、この巨人、おそろしい力で」

「ふ、誰に言っている?」


ベニクギが走る。左腕の先端を失った巨人は、しかし痛みなどとは無縁なのか、一切ひるむことなく再び腰を回転させる。回転性を伴う上体のひねりから、遠心力を乗せて放たれる拳。その石塊が連結しているだけの腕が、蛇のような柔軟性を見せて踊る。

黒い拳がベニクギを撃ち抜く刹那、その体が赤い煙となって霧散する。


それはまさに雷速の踏み込み。その箱を重ねたような胴体に一瞬で肉薄し、刀が抜き放たれる刹那、それは石の胴体をすり抜け、旋回し、ノミの跳ね回るような光の軌道が一瞬だけ見えて、そしてベニクギが巨人の後方に着地する。


「――八相の型。環龍剣鱗かんりゅうけんりん!」


巨人の形象が崩れる。

腕に、脚部に、胴体に幾本もの輝線が走り、その線に沿って石がずるりと滑り、重力に従って地に落ちる。あるいは石の床に、あるいは水の中に落ちて、そしてどこかに潜んでいた妖精も己の世界へと帰り、石は元のまま石へと還る。


すべては刹那の出来事――。

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