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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
22/82

22




「まあ、ユーヤ様、新しく服を仕立てたのですね?」


エイルマイルが帰ってきたとき、日は既に西の空に落ちようとしていた。

ロビーで待っていたユーヤは、のっそりと手を上げて応じる。


「ああ、うん、大丈夫大丈夫、完璧……」

「?」


その反応に少し首を傾げたものの、ともかく予定は迫りくる壁のように容赦がない。

エイルマイルが言う。


「私もこれから準備をしませんと。今夜はパルパシア双王の主催で夜会ですからね……」

「ああ、ときどき名前が上がる人だな、双子の王女だとか……クイズ大会でも強豪の一角なんだったな」

「はい、とても一言では語れぬお二人ですが、クイズ大会においては、芸能や服飾、食文化などに強く、特にイントロクイズにおいては無敵の強さを誇ります」

「イントロクイズ、ね……」


ですが、と、エイルマイルは用事をいくつも片付けてきたというのに、なお気勢を上げてぐっと拳を握る。


「もう大丈夫です、微力ながら私もクイズ戦士として戦えることが分かりました。きっとお手伝いできると思います」

「いや無理だよ」





「え……?」

「たしかに君はクイズ戦士として目覚めたけど、最初に言っただろ、問題をすべて聞けば確実に答えが分かる、そこがクイズ戦士としてのスタートラインだと」

「は、はい」

「技術的な要素というのはその先にある。問題文を分析したり、読み上げのアクセントを意識したり、あるいは駆け引きの中で誤答を覚悟で早押しする……。その技術はとても数日のうちに伝えられるものじゃないんだ。何度も練習を重ねて体で覚えないと……」

「で、ですが、国屋敷のときのやり方なら」

「僕が代わりに押すってやり方か、あんな方法が何度も通じるわけがない。ベニクギはあれが不正なのか何なのか分からなかったから放っておかれたんだ。何回も使ったらさすがに抗議する者もいるだろう。他にも司会者のアオザメの癖が読めたり、ヤオガミ側の風習で、誤答を極端に嫌う傾向があったこととか、複数の要素が合わさって奇跡的に成功した作戦なんだ」

「……で、ですが、それでは」


では、次はどのように戦うのか。

そう言おうとして、それがあまりに辛辣な問いに思え、エイルマイルは言葉を飲み込む。


そう、根本的なことを言えば、異世界の住人であるユーヤがクイズで戦う、それ自体が無理無体もいいところなのだ。

だから、自分から無闇に不安を重ねることはするまい、とエイルマイルはそっと息を吸い、気を落ち着かせる。

そして、思い直したようにぽんと手を打ち合わせる。


「そういえば、そろそろドレスコードの指定が告知される頃です」

「指定?」

「はい、今夜のパルパシアの夜会は、参加者のドレスコードが直前になって申し送られる決まりになっています。ラジオで通達があるはずとか……」

「は……? え、じゃあ、もしかしてタキシードみたいなフォーマル以外が指定される可能性もあるのか?」


なぜか焦り始めるユーヤである。


「いえ、パルパシアの場合、ドレスコードはいつも女性側を指定してきますので……ですので大変なのです、色ですとか、型ですとかの違うドレスを、着られる状態でいくつも用意しておかないと……」


「エイルマイル様、どうぞなのでぇす」


メイドの一人、紫の巨大なリボンで髪をまとめた少女がそれを持ってくる。

ユーヤがそれを見た第一印象は、まさに「古いラジオ」である。


外装が木でできており、全体は横に細長く、左右にはスピーカーと思しき網目状の穴が空いた部分、上部にはボタンがいくつか並んでいる。本体の中央が透けており、中には人形のようなものが見える。それはコンクリートのような鈍い灰色の妖精であった。

王室の所有物であるためか、全体が革や布、彫金などで装飾されている。


「これがラジオか……。これも妖精の力なんだったな」

「はい、放送用の七彩妖精プリズミティアは極めて貴重な妖精ですが、受信用の蝋読精パラフィニアもそれなりに高価なものです。このモデルですと、80万ディスケットほどでしょうか。蠟読精パラフィニアはラジオの受信だけでなく、音楽の再生や録音もできます」

「たっか……。でもまあ、CDラジカセみたいな複合機なのか。この世界のメディアはこれだけだからな、テレビを買うようなものと思えば……」


と、そのラジオの箱を撫でて、ユーヤはふと首を傾げる。


「ところで、このラジオの箱の部分にはどんな機能があるんだ? この箱のボタンでボリュームの調節とか、チャンネルの変更ができるのか?」

「はい、蝋読精パラフィニアの音の調整は左右の腕を撫でることで行なえます。またチャンネルの変更は背中を撫でるとか、音を消すには頭を撫でるとか色々と面倒だったのですが、それを機械的な仕組みで自動化したのがこのラジオなのです。音も本来の妖精のそれより拡声できます。ラジオの外装はハイアードで発明されたものですが、ハイアードはこのような、妖精の力を機械的に操る技術を数多く開発しています」

「ふうん……。確かにこんな小さな妖精を、いちいち腕を揉んだり背中を撫でてたら面倒だからな……でも、なんだか物の弾みで妖精が怪我しそうで怖いけど」

「? いえ、妖精は私たちが傷つけることはできませんが……」

「……そうなのか」


と、話している間にメイドがラジオの調整を終えたため、その箱型の機械がざざざとかすれた音を発し始める。


(ノイズが聞こえる……。やはり電波なのかな。別に妖精だからってテレパシーだとかそんな超自然的な現象じゃなくて、単に電波の発信と受信の機能があればいい話だし……)


ユーヤがそんなことを考えている間に、声は明瞭になりつつあった。


『――親愛なる大陸諸国の方々よ、我ら、パルパシアの双王は今宵、ハイアードキールのヴァッサール宮において夜会を執り行う』


『ついては今宵のドレスコードを発表しようぞ、男はフォーマルであれば何でも良い、女性は』


ごくり、と、なぜかエイルマイルが唾を飲む気配がした。

そのドレスコードとは。


『――――じゃ』




――――



――






日は暮れて、街の賑わいはいよいよ高まりつつある。


馬車を走らせ、夜半の市街地を行けば、そこはまさに祭りの気配であった。

道の左右を埋めつくすほどの人の群れ、誰もが楽しげで、足早である。大通りに関してはハイアードの兵士なのか警察なのか、ともかく制服に身を包んだ男たちが人の流れを整理しており、大通りの中央はひらけて、馬車を走らせることができる。すれ違う馬車はどれも豪勢な造りで、全体を彫金や布飾りが覆っている。この混雑の中を馬車で移動できるのは、特権階級だけなのだろう。


道に目をやる。どの隘路にも人が詰め込まれ、屋台が並び、大道芸人や流しの物売りがいる。さらには建物の壁面を飾る風船や人形 通りを練り歩くのは紙でできた巨大な馬、複数人が棒で操る手足の長い人形。無数の風船を鱗にして、シャボン玉を吐きながら飛ぶ魚。そんなものが無造作に存在している。


どこの飲み屋の中からも楽器と歌声、そして人々の笑い合う声が聞こえ、商店や町工場は早めに店じまいして祭りに加わる。

それにクイズ。町のどこかから早押しボタンの音がする。辻の角で暗号問題を出している屋台がある。正解すれば景品がもらえるようだ。子どもたちが地面に書かれた◯と×のエリアに分かれる遊びをしている。


そして最も街を輝かせるものは、妖精。

それは屋台の食べ物に引かれてか、誰かが賑やかしのために呼んだのか、色とりどりの光球が人の間を縫い、さらには建物の上まで飛び上がって光の装飾となる。光の線を残して飛ぶ妖精、音を発する妖精、あるいは炎や風を生む妖精すらも、祭りの一部として組み込まれている。


馬車の窓から、そんな光景をぼうっと眺めているうちに、ある瞬間から市民がいなくなる。

それは兵士の守る関所を通過したためだった。公邸街から市街地に踏み込んだあと、今度はハイアードの王宮街に入ったのだ。

馬車が石畳を進む音がにわかに大きくなり、喧騒が急速に遠ざかるかに思える。


馬車は、ハイアードキールの一角にて止まる。


「ついたな」

「え、ええ……」


緊張した声を出すのはエイルマイルである。ユーヤはあえて見ないようにしていたが、馬車に乗っている間、そのうら若き姫君は、ずっと恥ずかしそうに体をもじもじと動かし、大きめのひざかけを胸元まで引き寄せて体を隠していた。

馬車は会場の手前、一言で言うならロータリーのような円形の空間に止まる。そこで貴人を下ろし、馬車は近くに設けられた控えの場所に向かう決まりとなっている。


「えーと、じゃ、行こうか」


ユーヤが先に降り、エイルマイルに向かって手を差し出す。


「は、はい……」


降りてくるエイルマイルに、周辺の馬車から視線が集まる。経験豊富な老齢の御者が、今まさに妻の手を引こうとしていた老紳士が、エイルマイルのほうに見とれて首を真横に向けている。


そして街灯の並ぶ通りを征く。周囲の人間はみなそれなりに地位があり、紳士淑女たちであるから、じろじろと不躾な視線を送ったり、まして写真を撮られたりということはないが、それでも周囲の注目が集まっているのは明白であった。声にならぬ声が周囲を走りまわり、帽子の奥で目を見張る気配がある。


エイルマイルは水着であった。乳白色のワンピースタイプで、腰に水色の布地を巻き、それはくるぶしほどの丈がある。布地の端がかるくパンプスにかかり、薄手の布を透かして麗しき足が透けて見える。

周囲の視線を多少気にしつつ、ユーヤが言う。


「……別に、水着を着なくてもいいんじゃないか? 水遊びのできる服って指定だし、撥水の生地なら何でも……」

「い、いえ、パルパシアの双王のことですから、頭から盛大に水を被るぐらいの仕掛けはしてきそうで……」

「こらユーヤ、あまり姫様の体を見るんじゃない」


と、呼ばわるのは後ろからついてきていたガナシアである。彼女も馬車に同乗していたが、着ているのはいつもの礼装鎧である。水着じゃなくていいのか、とユーヤが問うと、「騎士が雨の中で鎧を脱ぐのか」と返された、正論である。

ガナシアは、祭りの気配を振り払うかのように、あえて真面目ぶって言う。


「夜会を楽しんでいる場合ではないのだ。我々には目的があるのだろう」

「ああもちろん、分かってる」


夜会の行なわれるヴァッサール宮とは、切り開かれた森の中に存在する、平らな円筒形型の建物である。伏せた洗面器をいくつか並べたような、という不躾な形容が浮かぶ。

位置としてはハイアードの王宮より裏手側、1ダムミーキほどの距離。ハイアードの王宮街をすり抜けて森に向かう形となる。ユーヤが後ろを振り向けば、夜景の中で月に向かってそびえる尖塔群のシルエット。つまりはあれがハイアードの王宮だろうか、と何となく思う。

エイルマイルが解説する。


「ヴァッサール宮とは以前、ハイアードの大貴族の建てられた邸宅だったそうです。芸術のお好きな方で、居住用の邸宅とは別に、ホール状の巨大な建物を建てて音楽や演劇を楽しまれたそうですね。このような、ハイアード宮の裏手の森を切り開いた場所に作られたのも、余計な騒音を避けるためだそうです。その気質のために生前よりパルパシアに深く傾倒し、没される直前にパルパシアに帰化されました。その縁あって今でもこの離宮はパルパシアの貴族や、かの双王の別荘として利用されているようです」

「……それは文化的侵略されたってことじゃないのか?」


ユーヤが誰にも聞こえない程度にそう呟き、歩を進める。


周囲には女性連れの客が多い。出で立ちは、男はみな正装であるが、女性は水着であったり丈の短いスカートであったり、そんな中でも宝飾品や鍔広の帽子で何とかフォーマルさを出そうとしているのは貴族らしさと言うべきか。

一つ気になったことは、女性の二人連れ、しかも双子が目についたことだろうか。ヴァッサール宮へと続く短い道のり、ユーヤの見える範囲だけで三組もいる。


ほどなくその建物に至る。それはまさにホールケーキのような円筒形の建物。高さはざっと10メーキほど、外周にずらりと並ぶ縦長の窓からは皓々と明かりが漏れている。察するに内部は一階建ての広大な空間であり、コンサートや演劇には使いでがありそうだ。


「水の音がするな」


ユーヤがそう口にする。


中ではプールか、あるいは小川でも作られているのかと思いつつ。エイルマイルに先立って会場に踏み込む。中と外の明暗差に一瞬目がくらみ、そして視界がひらけた瞬間。


眼の前に、巨大な滝があった。


ホールの直径がざっと200メーキほど、外縁部に沿って円柱がいくらか並んでいるが、中央部分には建物の基盤となる大黒柱がそびえていたと思われる。その柱を囲むように、壮大な量の水が柱を伝って落ちているのである。建物の中央に滝が作られているような眺めだ。

その水音のすさまじさ、水煙が霧となって隅々にまで吹き付ける迫力。滝壺からは四方に伸びる川が掘られ、外周に設けられた穴より勢いよく外へ抜けていく。


「こ、これは……」


驚愕の呟きを漏らすのはガナシアであるが、誰もがその光景に多少なりと驚いたことだろう。このホール状の空間だけでも十分に広大で、人の気勢を飲む迫力があるのに、さらにそこに滝と川を作るという豪胆さである。


「こりゃすごい……毎分何リットルだこれ。どこから水を引いてるんだろう? それとも、とてつもなく強力なポンプでもあるのかな」


ユーヤは関心しきりである。元の世界でもこれほど大規模な人工の滝、あるいは噴水など存在するのかどうか。


「それとも、水を大量に生み出す妖精でもいるのかな」

「いえ……炎や風ならともかく、水を生み出す妖精など聞いたことがありませんが……」


エイルマイルも不思議がっている。


「ようこそ、エイルマイルさまですね」


と、銀の盆を捧げ持ったボーイが三人のほうへと近づく。上はドレスシャツに黒のベスト、下は黒のビキニパンツという格好だったが、それには誰も突っ込まなかった。


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