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エイルマイルは自分を王族と名乗っていたが、この建物は王宮ではなく、大使館なのだという。
この大陸に存在する国家は、七つ。
エイルマイルは大陸の片隅、セレノウ胡蝶国の王女であった。
大陸に存在する全ての国家が参加し、一年に一度行われる最大の祭典こそが妖精王祭儀であり、各国の王が集う大々的なクイズ大会が開かれる。そして前回の優勝国であるハイアード獅子王国がホスト役となって、他の6つの国からの代表を受け入れているらしい。
「七つの国の七王により定められた約定……。この妖精王祭儀で優勝すれば、他の国に一つ、要求を突きつけることができるのです。多くは関税の是正、文化財の貸与、領土問題での譲歩などですが……。この要求は「他の六ヵ国すべての否決」のみで無効とできますが、現在まで実際に無効にされたことはありません」
「……まあ、当然だろうね」
そう答えるユーヤに、エイルマイルは少し小首を傾げる。
「な、なぜ、当然だと?」
「それはまあ、国同士のやり取りだからだよ。あらかじめ外交官レベルで交渉が持たれて、どのレベルの要求なら通るのかの交渉が為されているんだろう。そのクイズ大会とやらはいわば賭け事だけど、外交の範囲で解決できる程度の要求しか出さないだろうさ」
ユーヤは部屋の中の小物を手に取っている。金で装飾された置時計や、恐ろしく細かな文様の描かれた絨毯。翡翠で作られたと思しき猫の置物など、どれ一つとっても並の邸宅なら家の重心となりそうな存在感がある。
そして部屋の中をきょろきょろと見回し、一箇所にじっと視線を注ぐかと思えば、置物を手にとってしげしげと眺めたり、絨毯の縫い目を数えたりといった動きを繰り返している。その視線が西側の壁で止まる。
「……この肖像画は君か?」
絵のサイズで言うなら200号ほどになるだろうか。高さ2メートル、幅1.5メートルほどの見事な肖像画である。白いドレスを着た金髪碧眼の美しい女性、その裾を握り、背後に隠れるようにもう一人の女性が描かれている。油絵の重厚感と若い女性の華やかさ、何層にも塗り重ねた色の厚みと、白無垢のドレスの透き通った気品、そんな相反するものが同居している。おそらくは名のある人物による仕事だろう。
「いえ……中央に描かれてるのは第一王女のアイルフィルです。姉さまはいま、国元におりますが……」
「そうか……確かに耳の形が少し違う……でも、お姉さんにそっくりなんだな」
また別の方向を向く、そこにあったのは書き物机である。テーブルの足や引き出しなどに細密な彫刻が施されているが、机としては簡素な作りだ、左隅に筆立てが置かれている。テーブルの上には何冊かの本が投げ出されており、そのタイトルが日本語として意識される。それをつらつらと目で追う。
『歴代クイズ王 その肖像』『季節の花 細密画集』『芸能クイズ100』『よくわかる「素数」の話』『最新 このケーキがすごい』
なんだかタイトルが俗っぽく感じるのは気のせいだろうか。召喚の際に組み込まれたと思しき、自動翻訳の不具合かもしれない。
また視線を動かす、筆立てに緑色の板状のものが刺さっている、それを抜き取って眺めてみる。
それは定規のようだ。細長い板の表面に、等間隔に縦線が引かれている。翡翠か何かでできているようでずっしりと重い、ペーパーウェイトの用途もあるのだろうか。
「…………」
等間隔に線が引かれたほうを上にして、横向きにしてみる。数字と思しきものもユーヤの知るものとは違う、しかし右端が「0」であり、左端が「20」であることが一見して分かる。長さの単位と思しきものも、読み方だけは分かる。
「長さの単位はリズルミーキ……か。おそらく1リズルミーキが1センチぐらい……」
「あの……ユーヤ様?」
「クイズ大会の優勝が欲しいのか? 何か他の国に要求したいことでも?」
定規を置き、次に本を手に取りながらユーヤが言う。エイルマイルは首を振り、祈るように手を揉み合わせながら言う。
「そ……そうです、もちろんクイズ大会の優勝は我が国の大きな国益であって……」
「……」
その時、部屋のドアが重々しくノックされる。
「姫さま、失礼いたします。物音がしますが、いったい中で何が――」
一瞬、エイルマイルの目がハッと見開かれる。
「い、いえ、何でもありません、下がって」
「いいよ、入ってきてくれ」
「!」
ユーヤが言い、その声に反応したかのようにドアが勢い良く開かれる。
「姫様! 今の声は」
入ってきたのは長身の女性である。その瞳も髪も漆のような黒。髪は腰までの長さであり、染色された皮の髪留めで纏められている。赤と青の紐で装飾された軽鎧を着込み、腰には長剣を提げている。肩当てには金の房飾り、腰のベルトが銀の彫金で飾られている。実戦向けというよりは明らかに儀礼向けの装備。近衛兵という形容がすぐに浮かんだ。
「何奴!」
「下がりなさい、ガナシア!」
ガナシアと呼ばれた女性はすでに腰だめに構えて抜刀の姿勢を取っていた。その黒い瞳が鷹のような鋭さとなってユーヤに向けられる。
「この方は客人です、我がセレノウの秘儀によって異世界から招いたのです。クイズ大会に出場していただくために」
「秘儀ですと……、ま、まさか、あの伝承は本当の……」
ガナシアは一瞬、エイルマイルの方に目を向け。そして室内をすばやく見渡し。
その黒目が大きく見開かれ、硬直の時間が訪れる。
「ア……」
「ガナシア! お願い、今は黙っていて、何も言わないでください!」
エイルマイルが唇を噛んでから叫ぶ、ガナシアはそれに気圧されるように身を引きかけ、しかしユーヤへの警戒は緩めない。
ユーヤは一連のやり取りを茫洋と眺め、そして頬をかきつつ、制止するように片手を挙げる。
「ちょっと待て!」
意図的に大きく発声する。エイルマイルがびくりと身をすくめる程度に。
「いろいろと言いたいことはあるが……エイルマイル」
「は、はい」
「僕に何か隠し事をしたまま、願いだけ叶えてもらおうというのか?」
「……う」
「まず一つだけ、どうしても聞かねばならない。僕を召喚するための「代償」とは何だ?」
「……そ、それは」
「当ててみせようか、アイルフィルだな? 君の姉の」
「!?」
エイルマイルが、驚愕を顔に張り付かせて凍りつく。
「な、なぜ、それを」
「大陸すべての国が集うような大きな式典に、第一王女を国元において妹をよこすなんて不自然だろう。それに先ほどから、何かを持ったり、僕の手を取ったりする仕草を見ていると、どうやら君は右利きのようだが」
ユーヤは背後の書き物机から、翡翠の定規を抜き出して言う。
「これは、左利き用の定規だ」
「う――」
「目盛りの部分を上にした場合、数字が右端から左端に並ぶ作り、これが左利き用の特徴だ。これは翡翠か、もしくは軟玉の一種だろう。それなりに価値のある石だと思う、だからおそらく特注品、わざわざこんなものを作らせる以上、持ち主は左利きに違いない。ついでに言えば筆差しに入っているハサミも左利き用のものだ」
ユーヤは右手を伸ばし、部屋の一角にある肖像画を指し示す。
「それに肖像画だ、君も隅の方に描かれてるが、メインは姉だ、姉が中心にある肖像画を妹の部屋に飾るのはおかしい……つまりここは姉の部屋なんだ。一つ一つは大したことじゃないが、この短時間で3つも不自然さに気づくのは異常だろう」
「……そ、それは」
エイルマイルが何か言いかけるのを制し、ユーヤの言葉は続く。
「なぜ君が姉の部屋で、姉のベッドの上で僕を召喚するんだ。それは儀式を行ったのが「姉」だからじゃないのか。そして姉――アイルフィルがここにいない、ならば、儀式の代償になったのは姉なんじゃないか。さっき一度、君はこの部屋の中を見て驚いたな?」
硬直していたガナシアを指してそう言う。長身の近衛はまだ抜刀の姿勢のまま、頭だけをわずかに引く。どう答えたものかと思案する素振りを見せ、エイルマイルの方を気配だけでうかがう。
「そ、それは……」
「それは部屋にいたのがエイルマイルだけだったからだな? 君は儀式の伝承を知っていた、だからこの部屋で何が行われたのか察したわけだ」
ユーヤはあえて言わなかったが、一番最初に彼が目を覚ました時、エイルマイルの目は僅かにうるみ、様々な感情の中で揺れ動くかに見えた。それはユーヤに向けられた大きな期待や高揚だけではなく、何かしらの不安や悲しみも秘めていた。何か大きな喪失、取り返しのつかない道を歩み始めたという危うげな感覚、それはうら若い少女が表現し尽くすには余すほどの混沌たる感情、そんなものを秘めたアズライトの海であった。
ユーヤは大きく腕を振り、肺からすべての空気を吐き出すような声を上げる。
「冗談じゃない! どんな理由があるにせよ、人間を犠牲にする儀式なんてあってたまるものか!」
「し、死ぬわけではないのです!」
エイルマイルが、すがりつくような悲壮な声を上げる。
「そ、その儀式を行うのは、必ず当代の王か、第一王位継承権者でなくてはなりません」
「……」
「10年です。10年だけ、儀式を行った人間はこの世界から消え去るのです。そして10年後、同じ場所に戻ってきます。10年分だけ年輪を重ねていますが、その間の記憶は何も残っていない……そして消え去った人物と引き換えに、願いを叶える力を持った魔人が遣わされる、それが妖精王との契約による秘儀なのです。過去百年あまりで儀式は何度か行われましたが、皆、きちんと元の場所に帰還しています、記録の上では……確かに」
「まるでチェンジリングだな……。なるほど、妖精王との契約か」
だが、と一息を置いて声を張る。
「だから問題はないとでも言う気か! 10年だぞ、あの肖像画は何年か前のもののようだが、それから計算しても君の姉は20前後という所だろう。それが10年分も歳をとって、記憶もなくして帰ってくるだなんて……」
「儀式を望んだのは姉上なのです!」
泣き出しそうなほどの勢いで叫ぶ。
「どうしても……どうしても今回の祭儀で、ハイアード獅子王国を優勝させる訳にはいかないと……」
「そうか、やっと少し正直になってくれたな。この国が何か要求を出したいわけじゃない、そのハイアードという国の要求を防ぎたいということか。……だが、だとしても腑に落ちない。他の六カ国全てが否決すれば要求は通らないんだろう? 逆を言えば「その程度の」要求しか突きつけられないんだぞ、いったいそのハイアードとやらの優勝を阻止することに何の意味があるんだ」
「……それは」
エイルマイルは、紙を絞るようにその身をすくませる。顎を強く引き、組み合わせた手を胸元に引き寄せ、かたくなな姿勢のままに固まる。
「……ご、ご容赦下さい、今はそのことを語る気心が、私の裡に無いのです、そのことだけは……」
「……」
「エイルマイル様! いかに魔人とはいえ、このような不躾な言動、見過ごせませぬ!」
それは職務上の義務感からというわけではなく、主人を守ろうとする本能のゆえだろう。ガナシアが急に語気を強め、エイルマイルとユーヤの間に割って入る。
「そもそも、魔人とはいえ異世界の住人、クイズとはこの世界の知識を問う勝負でしょう、異世界からの来訪者にできることとは思えません!」
「……」
ユーヤはそれには答えず、ただ目の前の近衛を静かに見つめる。
「ご安心ください、このガナシア・バルジナフも、一年のあいだ研鑽を積んできました。今年こそは我国の優勝を勝ち取ってみせましょうぞ」
「……君も出るのか?」
「そうだ、クイズ大会は各国王家の代表と、その副官の二名で戦う。私はすでに四度も副官を務めている」
「なるほど、で、前回大会の順位は?」
「ろ、六位だ。しかしそんなことは関係ない、クイズは知力、体力、そして時の運だ。私は力ならば誰にも負けぬ、智と天運を備えし姫様の補佐として、私以上の適任はない!」
「知力、体力、時の運、その言葉はこっちの世界にもあるのか、感涙ものだな」
ユーヤは相手に聞こえない程度の声で、そう呟く。
そして一度ガナシアを斜めに睨めつけ、一言ずつはっきりと発声する。
「たしかに、僕は異邦人だが、君よりはマシだろう」
「なっ……」
「クイズに時の運は存在するが、それは同じレベル同士での話、大きな実力差を覆せるほどじゃない。まして根拠もなく、時の運だけで一位を取れるなどと思っている人間に幸運は訪れない、必ずや泥のような敗北にまみれる」
「ぶ、無礼な! 近衛兵長でありバルジナフ公爵家に連なるこのガナシア・バルジナフに対して」
「君が公爵令嬢なら僕は異世界のクイズ王だ! クイズの舞台にあっては全員が平等だ、現実の地位や財力など何の意味もない。クイズは君が考えるほど甘くない!」
その胸元に指を突きつけ、槍で突くように宣言する。
エイルマイルはというと、何が起きているのか訳がわからないという様子で、ただおろおろと視線を彷徨わせている。
「信用できないか? なら問題を出してみるといい」
「な、なに……」
「何か問題を出してみろと言っている。僕が十秒以内にそれに答えられなかったら、クイズ大会とやらには君が出たらいい。今すぐこの場で一問、作問するんだ」
「う、な、何を突然……」
「さあ、やってみろ!」
ばん、と傍らにあった書き物机に平手を打ち付ける。その唐突な宣言に近衛兵長といえどさすがに動揺が見て取れた。荒く息をつく音が聞こえ、漆黒の瞳が振動するように動く。
そして数秒後、その口がわななくように動く。
「そ、素数で、二桁で最大のものは97、三桁で最大のものは997、では」
「9973だ」
「!?」
「四桁で最大の素数、それはいわゆるベタ問の一つ、さらに言えば9973の一つ前の素数は9967、この言葉がこっちの世界にあるのかは分からないが、四桁で最大のセクシー素数でもある。ちなみに四桁で最小の素数は1009だ」
「う、うう……」
「そんなベタ問をここ一番で作るようではまるでダメだ。君はこの場で、僕が絶対に答えられないような意地悪な問題も作れたはずなのに」
「ま、まだだ! まだ別の問題……」
「だ、ダメです!」
ようやくと言うべきか、エイルマイルが金髪を振り乱し、勢い込むガナシアの腕を押さえる。
「こ、これ以上は看過できません。本来、クイズ王に知識を試すような質問をすることは無礼なことなのです、それは異世界のクイズ王であるユーヤ様でも同じことと考えます。この私の目の前で、その知識を試すようなことは許しません」
「ひ、姫さま……」
ガナシアは一瞬、その目に強い困惑を浮かべた。エイルマイルの言葉が鋼鉄の鎖となってガナシアの首に三重に巻き付くかのようだった。近衛兵長だという彼女にとってエイルマイルがいかに重要な存在か、その言葉を重んじるべきか、それとも内なる憤慨を示すべきかを迷うような一瞬の葛藤。しかしそれは貴族の出自ゆえか、それとも彼女自身が生来持つ気質なのか、プライドが、誇りが砕かれるままに任せることを絶対に許さないという強い自我が、恭順の情に流れんとする彼女を踏みとどまらせる。
そして一度目を閉じ、思考を切り替えるかのようにかっと目を見開いてユーヤを見る。
「な――ならば、私と決闘しろ! 近衛兵長として、セレノウ王家に七代使えた爵位の誇りをかけて! 貴殿に決闘を申し込む!!」
「決闘か、あいにく僕のいた世界は平和ボケでな、剣なんか持ったこともないぞ」
「決闘はクイズだ! この私と、古典に則った早押しクイズ対決で勝負しろ!」
「いいだろう」
一瞬の迷いも躊躇も見せず、ユーヤはそう答える。
「今すぐやるのか?」
「これから準備を行う。一時間後、この大使館の前庭で勝負だ! さあ、クイズの形式を指定しろ!!」
「なるほど、決闘を挑まれたほうが得意な形式を選べるわけか。ちなみに、君の得意な形式は何だ?」
問い返されて、ガナシアは一瞬だけ虚を突かれたように停止する。もしこの場で正直に自分の得意を答えれば、目の前の男はそれを避けてくる――。
その逡巡は一秒のさらに何分の一も短かった。くだらない考えだと身中で吐き捨て、宣言する。
「早押しクイズだ! 早押しの速度ならば誰にも負けぬ!」
「いいだろう、では一問一答、早押しクイズで勝負だ」
「なっ……」
驚愕するのはエイルマイルである。一問一答の早押しクイズ、それこそはまさにクイズの王道、知力と反射神経の問われる純然たるクイズの戦い。そして先程からユーヤ自身も言っているように、設問は当然、この世界の知識から出題される――。
ユーヤが、つと手を挙げる。
「ただし、問題はすべて三択形式で出してもらおう。たとえば「赤、青、黄色、人間の血液の色は?」といった具合にだ」
「……? い、いいだろう! では今から準備を行う! 決闘となればその妙な服も改めてもらう! メイドを寄越すから、この場でしばし待ってもらおう!」
「わかった」
ガナシアは大股で部屋を出て行く。
後に残されたのはユーヤとエイルマイル、そして奇妙な湿度と熱気をはらんだ空気だけだった。
「――な、なぜ」
まだ浮足立ったような空気が残っている。エイルマイルは頬に熱を宿したまま、ユーヤのほうを見て言う。
「なぜ、ガナシアは素数の問題など……」
「これだよ」
ユーヤが顎を書き物机の方に向ける、そこに置かれていた本は一つにまとめられ、平らに重ねられている。その一番上にあるのは。
――「よくわかる「素数」の話」
「彼女の視線をここに誘導した。この本は「素数」と書かれた部分が大きくて読みやすい、文字も彼女の方に向けておいた」
「まさか……そんなことで」
「もっと言うと……クイズ戦士はすぐに出題できる問題ぐらいいくらでも持ってるものだが、今すぐこの場で作問しろ、と言えばこの場で一から問題を考えるだろう。そして十秒以内に解けなければ、と言えば計算要素のある問題を連想するかもしれない。素数の問題なら世界が違っても共通だろう、それなら解ける」
「……ほ、本当に、そんなことが」
エイルマイルはまだ信じられない、という顔で、空色の目をくるくると微細に変化させている。
無理もないだろう、とユーヤは思う。
(こんな作戦、100%で成功するわけないしな)
それなりに伏線は張っていた。ガナシアの挙動を観察し、その視線を誘導する、さらに言うなら彼女の思考を追い詰め、異世界人に解けない問題を出す、という発想を封じようとはした。部屋にある調度品から、ガナシアが連想しそうな問題もいくらか予想していた。
だが、心の中まで踏み込めるわけではない。この世界の固有名詞が答えになるような問題が出たなら、そこまでの話。
すべては偶然、浅はかな人間の策略など通じぬ、人智の及ばぬ偶然の領域に踏み込んだ話。
「異世界、か、なぜ僕が呼ばれたんだ。クイズが重んじられる世界とはいえ、なぜ僕なんかを……」
ユーヤは口の中だけでつぶやき、そして耳に海鳴りのようなざわめきが届く。
この公館全体が、セレノウの大使館が、にわかに騒々しくなるようだった。
「妖精王とやらが本当にいるなら、そいつは僕なんかには想像もつかない、神のように優秀な奴か」
頭を振り、一つ大きく息をつく。
「それとも、悪魔じみて無能なのか……」