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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
18/82

18








――



――



ああ。



――



ああ、泣かないでくれ、お姫様。


僕は泣かれるような立派な人間じゃない。


君をとことんまで追い込んだ、ひどい外道なんだ。


それしか方法がなかったなんて、言い訳でしかないんだ。




君の成長を見たかっただけなんだ。


君の殻を壊して、何が生まれてくるか見たかったんだ。




この僕が。


このどうしようもなく卑劣ないかさま師が、その生命を投げ出すことで。


新たに何かを生み出せるということが。


たまらなく、魅力的だったんだ――












「は――」


意識が、天の高みから体に叩きつけられるような感覚。


両手両足がぶるぶると震え、悪寒が手足の先にまで伝播してから体の中心に戻ってくる。


そして意識が覚醒する。


「ユーヤ様!」


その首筋を抱きとめる影がある。それは金髪碧眼の少女、服を着替えたのか、白い浴衣のような部屋着を着ている。ユーヤの血と、蜂蜜で汚してしまったからだろう、と理解する。

ユーヤが面食らっていたのは一瞬だった、はっと目を見張って声を掛ける。


「エイルマイル、いま何時だ。ここは畳敷きみたいだけど、まだヤオガミの国屋敷にいるのか。夜には妖精王祭儀ディノ・グラムニアの一環で夜会に出る予定があっただろう、急いで大使館に戻らないと」

「……まったく、起きるなり心配事の多い御仁でござるな」


見れば、ここは20畳ほどの和室である。客間か何かのようで、その中央に布団を敷いて寝かされている。

周囲には白い部屋着姿のエイルマイルと、赤い着物のベニクギがいる。真新しい印象であるから、似たような別の着物に着替えたようだ。


「今は昼過ぎにござる。貴殿は数分ほど叫び続けた後、妖精が去ると同時に体力を使い果たして気を失い、小一時間ほどここで眠ってござった。腕の負傷はいかがか」


見れば、そこには包帯も巻かれていない。ナイフで切り裂いた部分に薄皮が張って赤みが差しているものの、今は痛みもない、まるで何年も前に受けた古傷のように見える。


「すごいな、治ってる……」

「完全に消えるには数週間はかかるでござる。稀に痛みが残ったり、腕の動きに違和感を覚えることがござるが、その際は医師の診察を受けられよ」


さて、とベニクギは襖を開け、外に出ようとする。


「貴殿が目覚めたならば、ズシオウ様を呼んでくるよう申し渡されてござる。しばしここで待たれよ」


と、ベニクギが出ていき、ぱたりと襖が閉められる。

その途端。


「ああ、もう!」


と、エイルマイルが上半身ごと倒れかかって、布団にどすんと拳を打ち付ける。


「うわっ」

「心配したんですからね! 本当に死んでしまうかと思ったんですから! それに小切手のこととか、紫晶精アメンジアのボタンを取り替えることとか全部秘密にして! 魔人様だからって何でも好き放題しちゃダメなんですからね!!」

「え、あ、ああ、ごめん、作戦だったから……」

「それにユーヤ様、白亜癒精ヂンクキュリアのことなんか知らなかったんでしょう!? それなのにあんなバカなマネして! あれをやって大怪我した後に他の国となんか戦えないでしょう! 今後のこととか考えてなかったんですか!? ユーヤ様はバカなんですか!?」

「う、いやその……。ご、ごめん」


布団に顔を埋めて叫ぶエイルマイルに、ユーヤもどうして良いのか分からず、彼にしては珍しいほどに目に見えて動揺を示す。


「もう本当に怒ったんですからね! 容赦なんかしませんから! しばらく休んだら馬車で大使館に戻って、夜には夜会なんですよ! ちゃんと出席してもらいますからね!!」

「そ、そうだな、分かってるよ」


ユーヤは、騒がしく叫ぶエイルマイルの様子を受け止めかねていた。怒りのようでもあるし、元気になったとか、ハイであるとか、そういう表現もあるが、どれも適切でない気がする。あの籠の鳥のようであったお姫様が、まるで庭を駆け回るニワトリのようだ。一皮むけたと言うより、まったく別人になったような気さえする。


「でも」


そこで顔を上げ、ユーヤのほうをついと見やる。


その顔はやはり美しかった。少女性の中にどこか匂い立つような存在感が潜み、これから大輪の花として花開く直前のような、百合の蕾が見せる慎ましやかな美の気配が感じられる。そしてアズライトの瞳はくるくると光を受けて輝き、溌剌な子供のような色から、男を射すくめる魔女のような色まで、そんな無数の人格が重なり合ったような玄妙な光を見せる。それはユーヤなどには及びもつかない、女性のみが持つ無限の深淵のようでもあった、あるいは無限に枝分かれしうる人生の、その分岐の瞬間の花火のようでもあった。


「――本当に良かった、ユーヤ様が、ご無事で……」

「……ごめんな、本当にいろいろ、ごめん……」


我知らず、ユーヤも深く頭を垂れていた。本当に申し訳ないという胸が締め付けられるような思いがして、それが自分のどんな思考から去来する感情なのか理解できなかった、しかしその混乱すら心地よかった。


「――お目覚めですか」


さっ、と襖が開けられ、そこに立っているのは木製の仮面をかぶり、巫女服のような白装束に身を包んだズシオウである。

背後にはベニクギがいて、部屋に一歩だけ入ったところで襖を閉じると、片膝をつき、何かを見張るように入口近くに構える。

ユーヤがまず発言する。


「あ、ええと、申し訳ない、あの石舞台は神聖なものと聞いていたけど、そこを汚してしまって……」

「構いませぬ。あの場所で行われることはすべて祖霊への捧げ物なのです。それが必要なことである限り、すべては許容されます」


そう言うズシオウは、少し力が抜けているようだった。どうでもいいようにそう言って、ユーヤの枕元にそそと座る。


布団から上体を起こしていたユーヤは、組んだ拳を己の股座の当たりに置く。

布団を挟んで、ヤオガミ側の二人と、エイルマイルとが向かい合うような格好となった。


「まずは、こちらをお収めください」


ズシオウの袂から抜き出されるのは、紙で包まれた俵型の物体である。大きさは手のひらに収まるほど、畳に置かれる時にちり、と金属音を奏でる。


「これは、もしかして小判?」

「はい、小判で20枚。金含有量にして97%前後の三礼中葉判です。金の価格にしておよそ120万ディスケットは下らないかと……。試合の最後、ベニクギの誤答に対する罰金ですね」


ユーヤは紙に包まれた小判を手に取り、その重量を手に感じ取ると、何かを恐れるようにそれを畳に置く。


「いや……勝負はついてないよ。あれは僕たちの勝ちとは言えない。あれはあくまで司会者の独断だったし、不正だとしても反則負けとまでは言えない。あの問題だけ無効にして継続してもいい状況だった。それに、あの時点からそちら……ヤオガミ側が、誤答も恐れず早押しのタイミングを早めてきたら僕たちは負けてたかも知れない。

ああそれと、あのアオザメって人はあまり怒らないであげてくれ、まさか切腹とかないよな?」

「切腹など大昔の話でござる。追って沙汰は致すが、おそらく二十日ほどの謹慎でござろうな、もしセレノウ側がそれ以上を望むなら別でござるが」


ベニクギが告げる、ユーヤはどことなく安堵したような感情を背中のラインににじませて、軽く手を振る。


「いや、そちらの裁量に任せるよ……。で、あの勝負は無効試合で構わない。残念だけどね」

「しかし……」


ズシオウは何かを言いかけて押しとどまり、しばしの沈黙の後。全く違うことを言う。


「私は、感動したのです」

「?」

「確かにベニクギの敗北はとても残念ですが……。それ以上に、あのエイルマイル様の神業のような早押し、その力を引き出したという、ユーヤ様の勇気ある行動に。私はこの国屋敷の名主である前に、ベニクギの雇用者である前に、やはり一人のクイズ好きの人間として、あの試合のことを思い返すたび、その光景に感服を覚えることでしょう。それだけは、まずもって言っておきたかった」


それは少年のような、純朴な気持ちが十分に現れた言葉だった。その言葉の間だけ、彼は役目や出自から解放され、一人の少年としての姿を取り戻したかのように。

言い終わって、ズシオウはその幼年期の面影のようなものをふいに表情の奥に引っ込め、ユーヤに向き直って言う。


「では、勝負については置くとして、こうして挨拶に伺ったのには他に理由があるのです。貴方がたへの非礼を侘びねばならぬと」

「非礼?」

「左様、そもそもは貴方がたが来訪されてから、ベニクギはひたすらに勝負を拒むような、ユーヤ殿を遠ざけるような行いに終始していました。この大陸において、決闘は拒まれるべきことではないのに」

「それは別にいいよ、何か警戒してたんだろ」

「こちらも唐突なお願いでしたから、無理もない反応かと……」


エイルマイルも同意する。

元より、警戒されることはユーヤにとって初めての経験でもない。何を考えているか判じかねるようなユーヤの剣呑な気配は、警戒されるには十分だろう、そのぐらいの自覚はある。


「いえ、それには理由があるのです。ベニクギ、あれを」

「はい」


ベニクギが、着物の胸元から銀色の輝きを取り出す。両手両足を折りたたみ、眠るような姿勢で固まった、銀色の妖精。


銀写精シルベジアだな」

「これをご覧頂きとうござる」


部屋の片隅、緑の土壁に描かれるのは、倉庫の内部のようだった。大きな白磁の壺や、長櫃、反物などが散乱している。

散乱しているというのは比喩ではない。壺は横倒しになって転がり、長櫃の蓋は開けられ、反物は放り投げられたように散らばって、いくつかは結びが解けて極彩色の絨毯となって流れている。他にも書物、小箱、香炉、そして刀などが無造作に散らばっている。


「つい二日前、この国屋敷の宝物庫、緑倉院りょくそういんに賊が入ったのです。それはこの広大な竹林の最奥にあり、詰めの者たちであっても正確な位置を知るものは十人といないはず。そして不寝番の二人は、頭を殴打されて昏倒しておりました」

「何か盗まれたのか?」

「いえ――」


ズシオウは、それは本当に理解できないという様子で、頭を振りながら言う。


「何も――。少なくとも収蔵目録にある物は何もなくなっていないのです。倒れた壺がいくつか欠けて、それだけで確かに数百万ディスケットの損害ではありますが、とにかく何も盗まれてはいない……。この端に写っている瑪瑙の硯、これだけで数千万ディスケットの価値があるのです。大きくて持ち出せなかったというわけでもない……」

「…………」

「かといって、別にユーヤ様がその賊に関わっているなどと疑っているわけではありませぬ。それは発想の飛躍も甚だしいと言うべきでしょう。ただこの賊の侵入、そして不可解な現場の状況ゆえに、ベニクギが、そして私を含めた国屋敷全体の態度が硬化していたことをお詫びしたい」

「いや、本当に気にしないでくれ……。むしろそんな重大なことを、他国の人間である僕に話してくれたことを申し訳なく思うよ」

「今回の妖精王祭儀ディノ・グラムニアは何かおかしい」


ベニクギが言う。その体には彼女の本来の姿である、ロニとしての剣気のようなものが宿っている。彼女なりに、不穏な気配を探ろうとしているのだろうか。


「ひいてはセレノウの急な選手変更もそうでござるが……。風の噂によればフォゾス白猿国、それにラウ=カン伏虎国にも妙な動きがあるとか……。あのパルパシアの双王が何を考えているか分からぬのはいつものことでござるが、さらに根本的なことを言えば、かのハイアード獅子王国のジウ王子、あのあまりにも異常を極めるクイズの才覚、これらの全てが何らかの異変に思えて仕方がない……。具体的にどう、とは言えぬながらも、何かしらが大きく動いている、という気配があるのでござる」


常人が、何らかの異変に気づくさらに何段階も前に、言葉にできぬ微細な危険を感じ取る、それがロニであるベニクギの特性であると言えるだろう。現実として、ユーヤを遠ざけた彼女の判断は、それは護衛としてはまさに正しかったとしか言えぬのだから。


「私は、あなたのようなクイズ戦士を初めて見ました」


ズシオウはついと膝を進め、ユーヤに仮面の奥の目を向ける。


「あなたは、我々の知る雷問、そしてクイズとはどこか異質。クイズを知識だけではなく、何かもっと別の軸から見ている。教えていただきたいのです。あなたは、この大陸に何らかの異変があると感じておられるのですか。それが、あなたのような……言葉を選ばずに言えば、異端の戦士を産んだと、そういう事なのでしょうか」

「……」


しばらくの沈黙。

ユーヤはじっと視線を巡らす。己の寝かされている二十畳ほどの部屋を、傍らのエイルマイルを、ズシオウを、ベニクギを。

そして、ゆっくりと考えをまとめてから口を開く――。

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