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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
17/82

17 (早押しクイズ 4)



「馬鹿な、今の早押しは、わずか四文字――」


ベニクギは信じがたいという顔をしている。何か超常的なものを目にしたときのような、自分の立脚するものが崩れるような不安定な感覚がある。


有名な早押しクイズの問題に、「いまにお問題」というものがある。

これは、問題文が「いまにお――」まで読まれたところで答えが確定するという問題で、このような確定ポイントのことをスラッシュとも言い、問題文に「/」の記号を入れることで表記する。

問題文の全容は以下のようになる。


問、今にお/う(王)となれとの願いを込めて、すべての所属力士に「琴」の一字をつけている相撲部屋と言えば?

解、佐渡ヶ嶽部屋


なぜ四文字目で確定するのか、それはこの問題が頻出問題、いわゆる「ベタ問」であるということもあるが、クイズ戦士はここにも一定の法則を見出している。

上記の「いまにお」を分解すると「今 に お――」となり、「今」という名詞、「に」という助詞、そして何を指しているのか不明であるが、「お」で始まる言葉が続くと分かる。すなわち「いまにお」とは、「四文字」ではなく「単語が三つ」と分解することが可能になる。このように整理したとき、問題文の持つ情報量が格段に膨れ上がることになる。

そして、一見してその四文字だけでは意味が通らないことが、問題文を類推するキッカケになるという、逆転の発想がある。

同様に「しかのめ」も分解が可能である。「鹿」という名詞、「の」という助詞、そしてエイルマイルすらほとんど意識に上ってはいないが、厳密に言えば問題文が「鹿の雌」「鹿の名勝地」などと続く可能性もわずかにある。しかし、それらの問題の可能性が「鹿の目玉」に対して低いことを無意識のうちに判断し、答えを絞っていた。


(違う――)


誰もが驚愕と興奮に取りつかれかける中で。

この赤い衣の傭兵だけは、今の問題をもう一度見直していた。


(確かに、しかのめ、から鹿の目玉、そして鹿眼珠ろくがんじゅ、黒真珠という連想は成立する)

(しかし、問題がそれ一つに絞られるとは限らぬ)


問、鹿の目玉のように、艶のある光沢から鹿眼珠ろくがんじゅとも呼ばれるのは黒真珠、では鹿のひづめの小ささから鹿蹄湖ろくていことも呼ばれる、庭園に造られる小さな池といえば?

解、沓池くついけ


(こう、問題が発展する可能性は十分にあるはずでござる)

(問題文が短いことを(・・・・・)知ってでもいない限り――)



「問題、頑固な人物の例えである「カナガミをあてたい」という言葉。このカナガミというのは鉱山」


ぴんぽん


「答えは――ツルハシです!」


「正解――!」


今度は、密やかな、しかし明らかな歓声が上がる。流血しているユーヤよりも、ヤオガミの代表が苦境に立たされんとしている場面よりも、エイルマイルの解答が圧倒的な存在感となって場を支配している。全員の目が惹きつけられている。

ベニクギが口に手を当て、苦しげな呻きを噛み殺す。


(今度は妙に遅いでござる……。問題文はおそらく、「このカナガミというのは鉱山において、あるものを磨くための特別な紙やすりのことですが、それは何でしょう」とでも続くのでござろう。問題文が長いために、早押しポイントがかなり後に来ている、ではなぜそのことが分かる(・・・・・・・・)のか……?)


「問題、ばん州の方言で、「牛の胃袋」と」


ぴんぽん


「ざんじぶ背嚢です!」


「正解!」


いわゆる語源問題である。クイズ戦士であれば、冒頭部分で答えを推測できる可能性はかなり高い。


「ベ……ベニクギ!」


石舞台の外縁部から声が上がる。それは白装束と仮面の人物。ズシオウ。


そちらを見たとき、ベニクギに一瞬、胸が締め付けられるような苦哀の波が押し寄せる。

自分の名を呼ぶそのか細い声に、その仮面の奥のつぶらな瞳に、不安の色が混ざっている。全幅の信頼を寄せていた側近が、地に落ち、敗北するという予感が、その年若い人物の細い肩を掴んで揺さぶっている。


(負ける――? 拙者が、雷問で――)


脇を見る、セレノウの美しき姫君の快進撃は続いている。今、彼女は何問答えた? 彼我のポイントはいくつ?

風景が遠ざかり、石舞台が無限の砂漠のように思える。

わずか1分あまり、この籠の鳥のようだった少女が、邸宅の屋根のように巨大な鳥となって羽ばたくかに思えて――。


「問題、南州の名物、砂州話芸さすわげいの二枚看板と言えば」


ぴんぽん


(――!)


はっと、ベニクギの視界が焦点を取り戻す。その音で、いま目覚めたかのように。

クイズ帽から蛇を打ち上げているのは、ベニクギ。


(押していた――無意識に)


「お、おおっと……ベニクギ様、お、お答えをどうぞ」

「ぐ……」


千慮一失の不覚。この会場の異様な空気に飲まれ、無意識のうちに手が動いたとしか言いようがない。

しかし、もはや答えぬわけにはいかぬ。問題文の読まれた範囲をもとに、高速で思考を巡らす。


(南州の砂州話芸さすわげいで二枚看板と言えば、「上亭下亭じょうていかてい」と呼ばれる上摺口舌うわずりこうぜつ下根太一しもねたいち、この二人のどちらかが答えとすれば、とうぜん言葉の順序からして「上摺口舌うわずりこうぜつと、あと一人は?」と続くはず。答えは下根太一しもねたいち、弟子筋でもあるから間違いないはず――)


「――下根太一しもねたいち、でござる」


視線の束が、司会者の方へと振られる。

その若い侍は、ぎしりと音がするほど問題集の紙束を掴んで、声を張り上げる。


「――せ、正解です! ベニクギ様、正解!」


司会者の宣言によって、周囲にほっとしたような気配が流れ。




「――待て」




鉄の針のように、人々の隙間を縫って飛ぶのはユーヤの声。

びしりと、その場の何人かが筋肉の緊張を見せる。ベニクギが顔を向ける。


「――?」

「親指を……見るんだ」


実質的に、ユーヤの体力はとうに限界を超えていた。肌は色を失い、目は朦朧とかすみ、解答台に手をついてなんとか立っている状態である。しかしその眼光は異様にぎらぎらと輝き、剣呑な光を放っている。


(親指――?)


誰の。ユーヤの、ベニクギの。

いや、ユーヤの眼光の先、それは司会者の――アオザメ。


「――!」


瞬間。それを理解するよりも先に、何か不吉な予感のようなものが、黒い獣となって足元を走り抜けるような感覚。ベニクギの瞳孔が引き絞られ、その若い侍の手に、問題用紙を握る指先に意識が収束する。


あの親指、問題文を押さえる指が、問題用紙の下端あたりに置かれている。指の腹の一部が、問題用紙の下からはみ出すほどに。


そしてベニクギの周囲で時間が止まる。凍った世界の中で思考するように、すべてのことが途轍もない速さで脳になだれ込んでくる。


(今まで――今までアオザメは、問題用紙をどのように押さえていた)

(親指を問題用紙のどの位置に(・・・・・)置いていたのだ)

(まさか、問題文の終端に置いていたのでは。アオザメにはそのような癖があるとでも)

(ならば親指の位置を見極めれば、問題文の長さが分かるのでは)

(そう、それならば説明できる。問題文が短いことを見越したような異様な早押しも、逆に長いことを見越したような動きも)


(そして今の位置、は――!)


「貴様!!!」


刹那、ベニクギが一歩を踏み出す。腰の刀に手を添える。鍔鳴り、そして知覚を超越した速度で銀閃が走る。


円弧一閃。


「ひ――」


アオザメも、他の誰も一リズルミーキほどの動作も間に合わぬ神速。

それは目視で測れる踏み込みの間合い、刀の間合いすら遥かに超えている。鞭のように伸びる光が石舞台に条痕を刻み、アオザメの持つ問題用紙、その金輪の一部ごと切り裂き、アオザメの裃に糸を散らせ、皮の寸前まで切り裂く。


問題用紙が宙に舞い、重力に引かれて地に落ちる直前、ベニクギが石舞台を疾駆し、それをさっと拾う。アオザメは触れられてもいないのに、何かに押しのけられたように後退し、石舞台からまろび落ちて尻餅をつく。

そしてベニクギが、金輪がちぎれ飛んで散乱しかける問題用紙から、いま読まれていたであろう一枚を確認する。




問、南州の名物、砂州話芸さすわげいの二枚看板と言えば、「上亭下亭じょうていかてい」とも呼ばれる上摺口舌うわずりこうぜつ下根太一しもねたいち、では「(上底+下底)×高さ÷2」で面積が求められる図形と言えば?


解、台形




「ぐっ――!」


パラレル問題。


前振りと、一見してまるで関係のないことが問われる問題である。問題文は総じて長くなる。

ベニクギがきつく歯を食いしばり、その目は揺れている。憤怒と、羞恥に。


「――こちらの、重大な不正が発覚したでござる」


もはや全ては遅い。

ロニとして、国屋敷の守護役として、そして一人の武人として、その宣言だけは重厚に行わねばならない。




「我々の、負けにござる」




「そう、か――」


瞬間、ユーヤの体が大きく揺らめく。

それは失血によりふらつくのと、ベニクギが素早くそちらに駆けつけ、その体に掴みかかって引き倒すのとが同時だった。ユーヤの体を石舞台の中央付近に引きずり出し、投げるように引き倒すのと同時に、別の数人の侍がその体を押さえる。


「うお――」

「動くな!」


鋭く叱咤する声、ベニクギの腕はまるで鉄の棒のようだった。その一見して細い腕がユーヤの体の芯を掌握し、石舞台に縫い止めている。


素早く脇差を抜き放ち、ユーヤの首筋に突き立てると、襟元から差し込まれる刃がタキシードの内側を走り、その厚手の生地を紙のように切り裂く。そして皮を剥ぐように血糊にまみれた服を剥ぎ取っていく。腕には焼けるような激痛が認識されるが、ユーヤは奥歯を噛み締めて耐え、されるに任せる。


別の侍が素焼きの壺を持ってくる。それは、この石舞台で決闘の舞台を用意するためのもの、妖精たちを呼び出すための蜂蜜の壺である。ベニクギは気配でそれを感じ取り、壺の中身を後ろ手にすくい取って、中身をユーヤの左肩から左手掌にかけて塗る。鼻に届く甘い匂い、朦朧とする意識の中で、ユーヤはそれが蜂蜜だと理解する。うわごとのように口を動かす。


「は――蜂蜜を塗る、のか、理にかなってるな、蜂蜜、は、雑菌を防ぐし、こ、抗生物質のよう、な、働きも――」


すでに、ユーヤの体は上半身、下半身に渡って五人の侍に押さえつけられている。ベニクギは己の脇差の柄をがしんと叩き、目釘を外す、柄を振って刀身部分を後方に放り投げる。おそらくは業物と思われる刀身が、石舞台の表面をがらがらと転がる。

そして柄の部分、麻糸を何百回も巻かれた柄が、ユーヤの口に横向きに押し込められる。猿ぐつわのように奥歯と噛み合う位置まで押し込められ、さらに別の侍が上からかぶさり、両手でがっしりと顎を固定する。


「ユーヤどの! そなたは血を失いすぎている! この国屋敷の医師を呼んでいる余裕もない、この場で治療を行うしかないでござる! 白亜癒精ヂンクキュリアの治療を受けたことは?!」


ベニクギが顔を寄せ、胴間声で呼ばわる、ユーヤはもはやその言葉の意味がわかっているのかいないのか、首をわずかに振る。


「ユーヤ様は――受けたことはないはずです」


数人の侍に押さえつけられる中で、わずかに空いていた左肩の方角からエイルマイルの声がする。エイルマイルの白磁の肌が視界の端に見えて、ユーヤの耳にそっと声を届けようとする呟きが聞こえる。


「ユーヤ様、白亜癒精ヂンクキュリアという妖精がいます。蜂蜜と、白夜の花という希少な花を乾燥させたものを練り合わせて呼び出すのです。ヤオガミの侍は非常用にその花びらを持っていると聞いています。その白亜癒精ヂンクキュリアは傷を「食べる」のです。傷口の閉塞、体温の上昇、増血、膿んだ部分の排除などの作用があり、およそ11日から14日の自然治癒に相当する効果があると言われています。特に裂傷や刺創などの外傷には目覚ましい効果があります」


すでにその花は練られている。その場の侍が、少しずつ持っていた花びらをかき集め、蜂蜜の塗られたユーヤの左半身に少しづつ振り撒き、ベニクギが慎重に、撫でるように混ぜていく。もちろん火で焼くような激痛があるが、ユーヤはもはや意識が遠くなっている。唾液のあふれるままに刀の柄を噛む。


「ですが、この妖精が傷を食らうとき、その傷が本来生み出すはずだった「痛み」を数分のうちにすべて与えると言われています。しかも強烈な覚醒作用もあり、気を遣ることもできないのです。このため、白亜癒精ヂンクキュリアの治療を受けた兵士は重度の心的外傷トラウマを背負うことがあり、戦闘を恐れるようになったり、稀には激痛のために死亡する方もいたそうです。本来は医師の立ち会いのもと、お酒や睡眠薬などで時間をかけて意識の明晰度を落としてから呼び出すのです。セレノウなどいくつかの国では、医療行為として認められていません。ですが、今は他に方法が――」


ユーヤにそれが聞こえていたのかどうか、刀の柄を咥えた口から荒い息を漏らすのみである。


そして、空中に白い光球が。

鉛白のような紙粘土のような、透明性がなく目玉も分からない、白一色の妖精が、空中から何体か出現する。


それらは微笑み交わすようにユーヤの左腕に降り立ち、その蜂蜜と花の粉末が塗られた傷を見て。

まるで後頭部に蝶番がついてるかのように、頭部が耳を結ぶラインで上下にばっくりと裂け、鋭い牙が何十本も並んだ巨大な口腔に変化し、そのユーヤの左腕に、鮮血を上げ続ける傷口にばくりと噛み付く。


瞬間。


ユーヤの全身が弓なりに反り上がり、獣の咆哮がほとばしる。


「が――――!!!!」


それはとても言語化できず、また聞くに耐えぬ叫びだった。その場の全員の耳を聾するほどの絶叫。石舞台を割り、遠景の竹がざわざわと揺れ動くかに思えるほどの。

ユーヤの顔と言わず全身と言わず血管が浮き上がり、筋肉は痙攣と剛直を小刻みに繰り返し、目は限界まで見開かれて瞳までも脈動し、舌が引きつりそうなほどに固まって絶叫のままに震える。

それは恐怖すべきことには持続性を持っていた。本来なら意識など吹き飛ぶレベルの激痛。雷光のような灼熱のような、悪魔じみた痛みが何十秒も持続し、個人の意思の強さなど歯牙にもかけぬと言わぬばかりにその全身を跳ね動かし暴れさせ、喉が張り裂けるばかりに絶叫させる。ベニクギを含む屈強な侍たちが押さえつけるも、その体を完全に押し止められないほどの力が生まれている。そしてその胸元に寄り添い、抱きしめる影が。

絹のドレスを血と蜂蜜で汚しながら、ユーヤの体を押さえつける姫の姿が。


「ユーヤ様――!」




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