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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
14/82

14 (早押しクイズ 1)



「――では、これより、セレノウ第二王女であらせられますエイルマイル様と、国屋敷の守護役であり、ロニの称号を冠されまするベニクギ殿との正格なる雷問の儀を執り行いたく存じます。司会は僭越ながら私、アオザメが務めさせていただきます」


問題用紙の紙束を持つのはアオザメ、彼も決闘の意味は告げられていたが、今はつとめて平静を保っている。彼もまた将来を嘱望された若者であり、クイズの司会進行を任されるに足る人物と目されている。


彼が手に持つ問題は、後日の国屋敷でのイベント用に作成されていたものである。同じような紙束が3つ差し出され、エイルマイルがそのうちの一つを選ぶという形で用意された。

問題用紙は正方形のカード状になっており、その隅が金属のリングで留められている。○×クイズのときと同じような形状である。一枚のカードに一問という作り方のため、30枚ほどのカードはやや分厚く見える。


「ではルールの確認をいたします。形式は早押しクイズ。問題は国屋敷で作成されていたものですが、我が群狼国ヤオガミの名誉にかけて、問題作成にベニクギ様は関わっておらず、また問題を見る機会もなかったことをお約束いたします」

「――当然でござる」

「信用するよ」


ベニクギが問題を全て暗記している、という可能性は排除できないが、ユーヤは簡潔に承諾する。


「先に10問正解したほうが勝者となります。えー、なお、本来であれば雷問におけるお手つき、誤答は即座に敗北となりますが、此度はその代わりとして、罰金100万ディスケットを場にプールするという形を取らせていただきます。なお、プール金はお手つき、誤答を重ねるごとに倍額となり、プールされた金額は最終的な勝者が総取りとなります」


アオザメはその部分の説明は目に見えておざなりだった。もとよりヤオガミのクイズにおいては、お手つきは武人の恥として現に戒められる行為であり、公の決闘でそれが出ることも殆ど無いという。だから説明する必要性を感じない、とでも言いたげだった。


「では、始めさせていただきます」




「ちょっと待ってくれ」




ユーヤが手を挙げ、司会者がそちらを見る。


「何か――」

「そこで覗いてるのは、誰だ」


言葉と同時に、その手が勢いよく振られる。


竹の香気を切り裂いて飛ぶ光、回転する小石が低めの放物線を描いて飛び、ひときわ太い竹にかあんと衝突する。


数秒の沈黙。


だが、何も起こらない。


竹の影から人がまろび出てくるとか、竹の模様を描いた布がはらりと落ちて、背後から忍者が出てくるとか、そんな展開は当然のように起こらない。


ユーヤは、ポリポリと頬を掻いて言う。


「……あれ? そこに人影が見えたんだがな」

「覗く……? 馬鹿な、いくら密度が濃いとは言え、手入れのされている竹藪に、人間が隠れられるものではござらぬ」


ベニクギもそのように言う。確かに太く立派な竹ではあるが、太さは根元の部分で15リズルミーキほど、どんなに細身な人間でも体がはみ出てしまう。

それにこの決闘、一般客には公開していないが、秘匿というわけでもない、使用人や若い侍などの見物客もいる。

つまり、今の一幕、ベニクギを含めヤオガミの全員が思うのは。

ただの茶番。である。


あるいはこの正体不明の男も、人並みに緊張しているのか、そう思ってベニクギは薄く笑みを浮かべる。


「もうよろしいでござるか、ユーヤどの、早く始めたいのでござるが」

「あ、ああ、すまない、勘違いだったみたいだな。というか本当に立派な竹藪だな、それに屋敷やら建築物も見事で……」


照れ隠しなのか、そんなことをブツブツ呟く。

やや弛緩しかける空気。


しかし、そのユーヤの傍ら。

セレノウ第二王女、エイルマイル。


彼女は、到底笑える状態ではなかった。


(今――)


もしユーヤから厳命されていなかったら、何があっても動じるなと念を押されていなかったら、この感情豊かな王女がそれを隠せたはずがない。


(ユーヤ様が、ボタンを交換した――)


小石が竹に当たる一瞬、その場の全員がそちらを見た。

さしものベニクギも、ヤオガミでも有数の武人である彼女も、その軌道を目で追った。

その時、ユーヤの手がエイルマイルの手前に伸び、瞬時に引き戻されるその一動作の中で、互いのボタンが交換されたのだ。


早押しボタンに変化する紫晶精アメンジア。それは互いの帽子と紐付けされているが。その線は紐づけの際に一瞬だけ見えるのみで、その後は消えてしまう。

つまり今は、ユーヤのボタンがエイルマイルの帽子、エイルマイルのボタンがユーヤの帽子に紐付けされている状態である。


だが、その事に何の意味があるのか?


それはなにかの技術なのか、思いもよらぬ奇策なのか、エイルマイルは問題を聞いて、眼の前のボタンを押してもよいのか。


何もわからない。この哀れがましい第二王女にとっては、あまりに想像もつかぬことが起こっている。


そして問題が読み上げられる。




「第一問、閣都三大大路と」




ぴんぽん










過日。


それはもはや失われた時間。しかしまだ思い出とするには近すぎる、今まさに過去になろうとする刻の情景。


エイルマイルは化粧台の前に座り、ごく薄い化粧を丁寧に施していた。その髪の流れは光の川のようで、白い肌と相まって浮世離れした美しさではあるが、まだ少女らしさを過分に残したエイルマイルにあっては、その可愛らしさ、あどけなさは、古い物語などに残る「妖精にさらわれそうな」という形容が相応しかろうか。

その桃色の唇からはセレノウの古い歌が流れ出て、指先は蝶の脚のように踊る。足元もぱたぱたと落ち着きなく動き、なにか楽しい予感に打ち震えるような、あの少女特有の速く流れる時間の中にいるように思える。


「姫様、ずいぶんとご機嫌宜しいようで」


ガナシアが言い、主君の首筋から耳にかけてを香水を含ませた布で撫で、次に鼈甲の櫛を髪に当てる。


「だって一年ぶりのお祭りですもの。今年のクイズ大会でも、姉さまの活躍が見られると思うと心が浮き立つようです」

「そうですね。私が副官を務めさせていただきます。此度こそ、セレノウの優勝を勝ち取ってみせましょう」

「頼りにしていますわ、本当に楽しみです」


そこでガナシアは、長らく心にかかっていたことを、さも今になって思いついた風に口にする。


「……そういえば、クイズ大会は開始の直前まで、いつの段階でも参加者の変更は可能なのです。そこで、いかがでしょう、今年からはアイルフィル様とエイルマイル様のお二人で出るというのは。かのパルパシアの双王のように」

「本来なら、そうあるべきなのでしょうけど」


エイルマイルは少しはにかむように笑い、頬に手を当てて応える。


「私はまだ未熟ですし、それにまだ公の場に出た経験が不足しています、きっと姉さまの足手まといになってしまいますわ」

「そんなことは……」


ガナシアは、鏡で見えないように気をつけつつ渋面を作る。アイルフィルは確かに優れた王女だ。第一王女として国際社会の矢面に立ち、その知識の豊富さは決して諸外国の怪物たちにも負けていない。セレノウの国民性として、古典の儀礼や作法にも深く通じている、およそ国内の大臣や古老たちにも並ぶものはない。

きわめて優秀な才女ではあるが、そのためエイルマイルは姉に憧れすぎている、というきらいがある。


妹として蝶よ花よと育てられたためもあろうが、自分は姉を崇拝するだけで十分であり、自身に政治的な意味など何も求めない、という、ある意味では純真無垢で控えめな、悪く言えば人生への熱情のようなものが欠けている印象がある。ガナシアはそのように思う瞬間があった。

衛士長として二人の王女を守るだけでなく、幼少期からその姿を見てきたガナシアとしては複雑であった。ごく幼い頃は、この美しき姉妹に差はなかったはずだ。それが成長するに連れて姉は国際社会の寵児となり、妹は壁の花になりつつある。しかし現実として王家の姉妹、第一王女と第二王女の関係とはそういうものかも知れないな、と身中でひとりごちる。


と、そこで、髪に櫛を通しながらふいに思い出す。エイルマイルが王家を継ぐ可能性もなくはないことを。

それはアイルフィルがセレノウを去る可能性、もちろん不幸という意味ではなく、他の王家へ嫁ぐという意味だ。ガナシアも聞かされてはいないが、噂は確かにあるのだ、かのハイアードの――。


壁をノックする音がして、ガナシアははっと現実に引き戻る。


「エイルマイル、中にいますか」


第一王女の声である。エイルマイルは勢いよく振り向いて鏡台を降りる。


「姉さま! お帰りになっていたのですね!」

「あ、姫さま、まだ髪が」


髪どころか、まだ化粧も半端である。足は部屋履きのままでぱたぱたと絨毯を飛び進み、勢いよく扉を開ける。


「姉さま、昨夜の夜会はいかがでしたか、きっと豪華なものだったのでしょうね、お話を聞かせてください。それに、今夜は一緒にパレードを――」


瞬間。その体が止まる。

眼の前にいたのはセレノウ王室の第一王女にして、第一王位継承権車でもあるアイルフィル・セレノウ・ティディドゥーテ。それは間違いない。

しかし、その顔から受ける印象が異なる。


まず、あのふくよかだった顔が少し痩せて見える。髪が乱れて、エイルマイルと同じ金髪が、黄金の糸となって片目にかかっている。その目はほんの少ししか開かれておらず、目の周りに影が深まっている。その眠たげなような疲れているような、暗鬱とした目はエイルマイルを直接見てもいない。

しかしエイルマイルは、そのような姉の状態をぴしりと言い表す語彙を持っていなかった。外見的な情報で姉であることは分かるが、まるで別人を見るような印象がある。


「ガナシア」


姉はエイルマイルには一瞥を投げただけで、部屋の奥にいるガナシアを呼ばわる。


「はい」

「国元から持ってきた黒い長櫃ながびつがあったでしょう。あの中に長さ1メーキほどの、銀の収納箱が入っています。蓋に王室の紋章があるものです。私の部屋に持ってきて下さい」

「? は、はい、今すぐに……」


そして第一王女は妹の手を取り、廊下へと引っ張る。


「エイルマイル、私の部屋に行きましょう」

「お姉さま……?」


エイルマイルは、姉のどこか差し迫ったような真剣な様子に当惑していた。銀の箱といえば、特に貴重な宝飾品ばかりを入れていた箱のはずだ。夜会に身に着けていく宝石でも選ぶのだろうか、と思いたかったが、明らかにそのような意図ではない。

ガナシアも廊下へ出て、二人とは反対側へ、一瞬けげんな顔で振り向きつつ荷物のある部屋に向かう。


そしてエイルマイルは、姉に手を引かれて回廊を征く。

その手はぎょっとするほど熱を持っていた。姉はどこか悄然としたような、疲労困憊しているようにも見えるのに、血のすべてが手に集まってるのかと思うほどに熱い。

その歩く速度は速く、妹の手を半ば強引に引っ張っている。


「姉さま、どうされたのですか、ハイアードの王宮で何かあったのですか」

「ご免なさい、全て私の責任。私の認識が甘かったの……」


それはエイルマイルの問いかけに答えた言葉だったのかどうか、姉は口の中でぶつぶつと独りごちるように話している。


「エイルマイル、今から全てを知らねばならない。歴代の王族と、ごく一握りの爵位ある家しか知らぬ妖精との約束を。貴方はお伽話と思っているかも知れないけれど、全ては現実。いえ、あれは本当に現実のことなのか。この世界と妖精の世界の間にある、秘すべき契約の領域のことなのか。きわめて危うい、この世界のことわりのきざはしでの約束なのか……」

「お姉さま、手が痛い――」


つと、姉が立ち止まり、


その体が回廊の中で振り向く。


可憐な花のような妹は、その姉の様子にぎょっとする。

姉は泣いていた。いや、何度も何度も泣いて、泣き腫らしたような赤い目をしていた。


「絶対に――絶対に渡してはいけない。あの王家の宝を――」





「妖精の鏡、ティターニアガーフを……」




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