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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
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茶室とは曲がりくねった竹林の道をしばらく歩き、その果てにあるという。

玉砂利の道はだらだらと続き、周囲はすでに竹林以外の遠景を閉ざし、ここが国屋敷のどの辺りかもわからない。小さな庵のような茶室の前で、案内の小姓は一礼して去っていく。薄暗い竹林の中で提灯を下げていたため、去っていく一瞬、狐火のように玄妙な印象を残す。


茶室という存在、それをどのように捉えるかは人それぞれである。


ある人間にとっては完成された美の世界。

ある人間にとっては威圧を与える形式の世界。


しかしクイズ戦士から見れば、それは複雑怪奇な「名称の世界」である。

およそ単位面積あたりにおいて、これほどに独自かつ細緻を極める名称が入り組んでいる世界は他にない。ユーヤの知る茶室においては建築様式、調度品、茶道具、所作、流派、その一つ一つに独自の名称が散在し、さらに、それを表現する言葉にすら独自の語彙が乱れ飛ぶ。そして当然の権利のようにクイズの最前線で出題される。


こちらの世界にも千利休はいたのか、と思うほどにそれは侘び寂びの効いた茶室であったが、やはりそれは、ユーヤが知識として知る茶の湯とはかなり違う。しかし体感として違和を覚えるほど茶の湯の経験があるわけでもない。ともかくもそれは「茶室」であり、そこで行われているもてなしの儀礼は「茶の湯」なのである。それは様式ではなく、精神として確かにユーヤの世界に通じるものであった。

靴脱ぎ石で革靴を脱ぎ、四角い小さな木戸をくぐって中に入る。あまり気後れする気がしないのはユーヤの性格というわけではなく、メイドたちによって仕上げられたタキシードのためだろう。正装はときに鎧ともなる。


中は四畳半ほどの広さに畳が敷かれ、茶釜に湯が沸かされて。しゅんしゅんと控えめに湯気を上げていた。背後の柱には藤蔓で編まれた花籠が吊るされ、一輪の紫色の花が生けられている。床の間の内側には採光窓があり、簡素な掛け軸を白く浮き上がらせるように照らしている。それを見て感じるのは一瞬の懐郷、しかしそれは茶の湯の経験ではなく、クイズの経験から問題が想起されるという意味であるが。


問、茶室において、床の間の内側にあって掛け軸に光を取り入れるための採光窓を何と言う?

解、墨蹟窓ぼくせきまど


「――ユーヤ様」


声を上げるのはエイルマイル。くるぶし丈のドレスの裾を畳んで正座になり、畳の上に座っている。その奥には緋色の着物の上から藍色の羽織を着たベニクギ、そして。


「ようこそ、お客人」


それは白一色の薄物を着て、顔の半分を木彫りの仮面で覆った人物である。

鼻から上を完全に隠すような仮面は青と紫の顔料で彩られ、南洋の舞楽面のようにも見えるし、神事に臨むシャーマンのようにも見える。木肌の見えている部分が多いために原始的プリミティブな印象が強い。

白の薄物は絹のようで、薄手のためか折り目の一つも見えず、霧を纏うかのようにふわりと背中側に流れている。茶の湯においては動きにくそうにも思えるが、その人物は丁寧な所作で裾をさばきながら手を動かし、平茶碗に湯を注ぎ、茶筅で抹茶を溶いてゆく。


「まずは一杯、お召し上がりください。ぬるく仕立てております」


白い着物の人物が言い、平茶碗に入れられたお茶が回される。知識としての茶の湯の流れは覚えているが、この世界ではむしろそれは忘れたほうが良さそうだと、とりあえずは背筋を伸ばし、とりあえずで茶碗を回し、とりあえず啜るように飲む。予想通りむせそうになる。


「あの人は?」


茶碗を置いて、ユーヤが小声でささやく。会話は許されているのか、エイルマイルはごく普通の声で答える。


「ヤオガミの国主、大将軍クマザネ様の名代として、この国屋敷に着任しておられますズシオウ様です」

「へえ……まだ子供のようだが」

「ズシオウ様は……」


そこで初めて声を潜める。しかし四畳ほどの狭い茶室であるため、そこに座すベニクギにも当然のように声は届いている。

そこでベニクギが咳払いをして、やや低めの声で話に入る。


「ズシオウ様は白無粧しろぬじと呼ばれる期間にござる。いずれ大殿……クマザネ様の後を継ぐ身としてこの国屋敷に遣わされてござるが、まだ幼いために政治的な発言は控えねばならぬゆえ、その顔の半分を封じて沈黙の意思を示さねばならぬのでござる」

「では、政治的な交渉の窓口は誰が行うんだ? 君か?」

「すべては書面として、ヤオガミの都、フツクニに持ち帰らせていただきとうござる。本国にて検討ののち、時期を見て回答いたしとうござる」

「……露骨なまでに日本的だな。どこの世界も似たようなものか」


そう小声でつぶやき、ユーヤは一度、大きく頭をもたげて言葉を続ける。


「僕たちはこの茶会にお呼ばれした身だが、今日はそれとは別に、頼みたいことがあって来たんだ。今回の妖精王祭儀ディノ・グラムニアでのクイズ大会のことで」

「それはお伺いするでござるが、何かしらの要求であれば、書面にて頂きたい。国元に持ち帰らせていただく」

「……いちおう聞くが、回答までどのぐらいかかる?」

「さて、ここから陸路でラウ=カンまで行って定期便に乗せるか、あるいはこのハイアードキールから船を出すか、いずれにしても一ヶ月はかかるでござろうな」

「……」


どうも、態度が硬すぎる、とユーヤは思う。

思えばこの国屋敷に来てからずっとだ。他の侍ふうの人物はにこやかなのに、このベニクギだけが異様に冷淡である。

それはズシオウの側仕えとしての責任感から? あるいはロニと呼ばれる傭兵として、対峙する人間すべてを警戒するような彼女だけの気質のため? 


「……そんなに大した要求じゃないんだ。ただ、今度の大会でハイアードが優勝した場合、その要求に反対を表明してほしい。どんな要求であれ、すべての国が反対票を投じれば無効にできるんだろう?」

「……」


何でもないことのように発言したつもりだが、ベニクギはしばらくユーヤを見つめる。その表情から感情というものが慎重に隠され、沈黙は冷たい鉄のようだった。その内側で、苔むした岩のような頑迷ぶりを蓄えるかに思えた。

ややあって、誰の耳にも明らかなほど、感情を込めない口調で答える。


「ともかく、書面にて頂きたい」

「……」


やはり妙だ、とユーヤは思う。

ベニクギは、というよりヤオガミ側としては「ハイアードが何を要求するか分かっているのか?」とか、「すべての国にそのような根回しをするのか?」という質問が当然あって然るべきなのに、最初から要求を拒否すること以外、何も考えてないように思える。

腹芸の応酬をするより、早く話を進めたほうが良さそうだ、とユーヤは交渉の段階を進める。


「……この大陸では、クイズで決闘を申し込む風習があるらしい。ヤオガミにクイズが伝わったのは、大乱期が終わってからずっと後のことだというが、とうぜん決闘のことも知ってるだろう?」

「……存じてはござる」

「じゃあクイズで決めないか。僕たちが勝てば、ハイアードの要求に対して反対票を。負けたら君たちから何か要求してくれてもいいし、相応の金銭を支払ってもいいが、いいだろ? エイルマイル」

「はい、多少であれば、いえ、お金で解決できることでしたら、できるだけ」

「それはでき申さぬ」


ぴしゃりと、雨戸を閉ざすような声が下される。


「我らヤオガミの意思は、あくまで大将軍クマザネ様の元にござる。我らは名代として国屋敷を任されているものの、それはひとえに大陸諸国との友誼のため。まつりごとをするためではござらぬ」

「大げさだな。たかが反対票を一つ投じるだけじゃないか。それに、もしハイアードの要求が跳ね除けられる事態になれば、それはハイアード以外のすべての国が反対で一致している状態だ、そこでヤオガミだけ何もしないのは逆に不自然だろう?」

「それはその時に至って我々が判断すること。この場でセレノウとの間にだけ何かを約束することは出来申さぬでござる」


沈黙。


ベニクギが否定の意思を示すたびに、茶室の空気が固化していくかに思える。ざざざと笹の葉擦れの音が遠く聞こえ、さらに遠方から鳥の囁きが届く、一瞬のような数分のような、停滞に似た沈黙。


「ちょっと、相談させてくれ」

「……かしこまり申した」


茶室の並びで言えば、風炉が部屋の奥側中央にあり、そのそばに白装束を着たズシオウが、それを客人から守るような位置にベニクギ、それと1メーキほどの間を置いてエイルマイル、その隣にユーヤという並びになる。ユーヤの側には木戸口がある。定員は四人、ぎりぎり詰めて五人という程度の小さな茶室である。


ユーヤは手で口元を押さえ、エイルマイルに囁きかける。うら若き第二王女も頭をもたげて応じる。


「どうも感触が悪いな、この国は普段からこうなのか?」

「いえ……」


エイルマイルは首を向け、その桜色の唇が、ユーヤの耳の産毛に触れるほどの距離で話す。この茶室の中で密議を交わそうとすれば、必然、ほぼ限界の距離まで近づくことになろうか。


「普段はもっと和やかな方なのですが……。国元にいちいち持ち帰るというのも妙です。ある程度の裁量権は国屋敷でも持っているはず……。意志の確認に一か月もかけていては外交の窓口としても機能しません。それに妖精王祭儀ディノ・グラムニアはあくまで友好の場です、政治的な意味は薄いのです」

「うーん、何かあったのかな……。あ、ところで、なんであのベニクギという人がずっと喋っているんだ? 名代はあの白い着物の子なんだろう? ただの護衛という割には前に出すぎている気がするが、事実上の国府代理はあのベニクギなのか?」

「いえ、ロニとその雇用者は対等の関係です。ズシオウ様が言葉少ななのは、まだ9歳という若さのためでしょうか……。しかし、ロニはあくまで被雇用者ですので、雇用主に真っ向から反することは無いと聞いています。ズシオウ様が沈黙している以上、ベニクギ様の意思と自分の意志は相違ないという意味になるのかと……」

「「白無粧しろぬじ」だったか、政治的な発言を封じるために仮面を被せているらしいが、この国屋敷が存在していて、そこに着任している以上、権限がゼロということもないはずだが……」


そこで少し考え、違う角度から質問する。


「そういえば、そもそも彼は王子なのかな、男か女か分かりにくいが」

「いえ……「白無粧しろぬじ」の期間は「性別がない」のです。ヤオガミにおいて、権力者のご子息は15歳まで性別と名前を持ちません。幼少期にどういう人物だったかを知られることは弱みになるからだとか、15を迎えるまでその身柄は神のものであるからとか、色々な説があるそうですが、ともかく15までその素顔を人前に晒すことは避けるべきとされています。ズシオウというのも古い英雄の名前を渾名として用いているだけで、本名ではありません。それに体格も知られるべきでないとされていて……あの白い長物は、手足の長さを隠すためでもあるのです」

「……ふうん、七つまでは神のうち、というのは僕の世界にもあったが……。それで、ロニのベニクギと契約してるのはズシオウなのか? それとも彼女は本国にいる大将軍とやらに雇われているのか?」

「いえ、ロニの雇用関係はあくまで個人間のみで行われます。ズシオウ様がこの国屋敷に赴任したのは三年前ですが、その後、この国で仕官の口を探していたベニクギ様を見出したのだとか……」

「……なるほど、つまり彼女は、ヤオガミの意思であんなに頑なな態度なわけじゃない、ということか」


ユーヤはそこで少し固まる、短い思考。

ややあって、そっと言葉をこぼす。


「……あまり、やりたくないが、少し挑発してみよう。これからしばらく、僕とベニクギの会話に口を挟まないでいてくれ」

「? はい」


さて、とユーヤは居住まいを正し、こころもち、片膝を前に出してベニクギと向かい合う意思を示す。


「ベニクギさん、だったかな。ちょっと『不躾な態度』を取るかも知れないが、いろいろ世間話をしたい」


ユーヤは、括弧で区切るように不躾という部分だけを明確に発音した。それ以外の部分など聞かずともよいと言うように、口中でもごもごと消えるような話しぶりである。


「……世間話? 如何様いかような?」

「聞けばヤオガミが大陸と国交を持ち始めたのは100年ほど前らしいな、地形的にはラウ=カンの真東にあり、まだ閉鎖的な政治風土が残るため、開かれた港もラウ=カンに一つあるだけとか」

「相違ござらぬ」

「そうしてみると、やはり政治でも軍事でもラウ=カンを意識しないわけには行かないのかな、『地政学上の不安』というのは潜在的に抱えているんだろう。ラウ=カンも大国だからな、『隣国との不和』というのは避けたいものだし、国際社会を鑑みればヤオガミだけが独自に『不穏当な動き』をしたくないのも分かる。諸外国との『不協和』にならないとも限らないしな。

また妖精が伝わったのも近年になってからだと聞くが、この妖精によって豊かな文化が花開いている大陸と比べると、『経済力の不利』だとか『文化的な不明』を意識することもあるかもしれないな。しかしそれは今後、大陸の文化文物を吸収していくことによって進歩していき、いずれこのハイアードのような大国に並ぶかもしれないな」

「……?」


ベニクギは、この唐突な切り出しに首を傾げるまでは行かなかったが、片方の目を細める程度には訝しむ姿勢を見せた。

これはヤオガミを挑発しているつもりか、それとも国元の内情に探りを入れてるつもりなのか、思いつく端から並べ立てるようなダラダラとした話し方である。

その中でパッと明滅するように、明瞭な発声が混ざる。


ベニクギは、ともかくも反応を示さぬほうがいいだろう、と思い、意識して表情を固めた――。



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