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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
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1







かつて、クイズ黄金時代があった。


アメリカ横断ウルトラクイズ、FNS1億2000万人のクイズ王決定戦、史上最強のクイズ王決定戦、この3つを指して三大クイズ番組と呼び、日本の誰もがクイズを愛し、クイズを学び、そしていつの日かの参戦を夢見た狂瀾の時代。


クイズ番組は、ラジオ、テレビ含めて最盛期は20以上あったという。

高度な知識を求められる競技性の強いもの、ゲーム性を重視したバラエティ向きのもの、特定のジャンルに絞ったマニア向けのもの、などなど。時代の花であったテレビマンたちは知恵を絞り、工夫を凝らして新たな番組を生み出していった。


そして数多くのクイズ番組は、クイズ王と呼ばれる綺羅星のような人々を生む。


ある王は知識の申し子、驚異的な読書量をこなす知の巨人。

ある王は技術を極める、目にも止まらぬ電光石火の早押し。


クイズ王たちもまた切磋琢磨を繰り返した。多くの高校や大学にクイズ研が存在し、民間のクイズイベントも開かれ、ネットも普及してない時代でもクイズ王たちの交流は盛んだった。

多くの少年少女たちが、王の輝きに魅せられた。


それらはクイズバブルと呼ばれる1989年から1995年までの間に隆盛を極め、その後ゆるやかに衰退を辿ることになる。


なぜ、クイズは衰退したのか? 

その理由ならいくつか答えられる。


一部のマニアが力をつけすぎて、視聴者のついていけないレベルに達してしまったこと。

テレビ局側の人間が、扱いにくい素人よりも知名度のある芸能人同士を競わせるべきと考えたこと。

それ以外にも、制作費の止めどない膨張、番組荒らしの存在、マンネリ化とアイデアの枯渇……。


だが、あるいは。

クイズ王が人々の前から去り、クイズ番組がどこかへ消えてしまった原因は。


それは、この僕。


この僕、七沼遊也ななぬまゆうやが、あの宝石のような時代を終わらせてしまったのだ。


だが、僕にそれが止められただろうか。

それは一種の必然だったのだ。火が森を焼くように、砂浜の城が波にさらわれるように、誰にも止められぬ僕自身の宿業であったのだ。

だからといって、僕の罪が消えるわけでもない。

僕はすべてを終わらせて、そしてすべてを背負って生きていくしかないのだ。


僕はすべてを壊し、すべてを砕き、すべてを終わらせるしか能のない、そんなどうしようもない男でしかなく――。

















異世界クイズ王  ~妖精世界と七王の宴~













体が僅かに沈み込むような感覚。彼は自分がベッドの上に座っていることを意識した。

おそろしく巨大な寝台であり、四隅に柱がそびえ、いわゆる天蓋がついている。自分の服装が一瞬遅れて意識された。濃い青のジーンズに黒いシャツ、合皮のジャケットという一般的な服装。なぜこんな格好でベッドの上にいるのか、ということを最初に思う。

そして目の前には一人の女性。同じくベッドの上に膝立ちになり、巨大なベッドの上で長裾のドレスがゆるやかに広がっている。女性は必死な様子で目を閉じ、何かを口の中でつぶやいている。その手には虹色のような真珠色のような、複雑玄妙な光沢を持つ七角形の板が捧げ持たれている。


「――境界の彼方より来たれる魔人よ、万難を滅する叡智、万軍を排する知慧の極み、かの妖精王グラニムと人の王との契約に依りて、我が願いを聞き届け賜わんことを、境界の彼方より来たれる魔人よ――」

「……」


座している男の目は、最初は酩酊するように揺れ動き、次第に焦点が定まってくると、周囲の空気の匂いを嗅ぐように鼻を動かし、そして首を巡らせて部屋を見る。豪奢な部屋である。天井は高く、壁の一面をワードローブが埋め、身の丈ほどもある姿見、細部に彫刻が施された書き物机、そんなものが意識される。

ふと、女性が目を開けた。目の前に座す男をまじまじと見つめ、その大きな青い瞳が星空のようにうるみ、くるくると複雑な感情を宿して揺れ動く。

それは美しい女性だった。最初に意識が吸い込まれるのは目である。海の底のような深い藍色の瞳。その目にかかる髪は透き通るような金色、肌はミルクに雪を溶かしたような、ほのかに血色を匂わせる白。まるで白磁の人形のような美しさを湛えている。彼女がどこかの王族であり、姫君であるというイメージに一分の疑いすら抱かせない。

そして年齢の頃は十代半ばと言ったところか。わずかに幼さを残す顔立ちながらも、その肢体が急速に丸みを帯びてきた気配があり、精神に先立って肉体が成熟しつつある時期の、あの光のあふれるような魅力が全身から匂い立つかのようだった。しかしその祈るように組まれた両手に、背を丸めて一心に祈るようだった姿に、どことなく悲壮な、ひたむきな健気さが感じられたのは何故だろうか。


「魔人さま――。千里の千乗の彼方より至れるお方。私の言葉が解りますでしょうか」

「分かるよ」


男がそう答えると、女性は心底ほっとしたように表情をゆるませ、その体に弛緩した気配が走る。


「魔人さま、貴方はセレノウの王室に伝わる秘儀によって召喚されました。どうか私の願いを聞き届けて下さい、貴方のお力を――」

「……お力と言っても、何をすれば?」

「もちろん、クイズです」



……



…………



長い長い沈黙。


男が呟く。


「……クイズ?」

「はい、毎年執り行われております妖精王祭儀ディノ・グラムニア、そこで行われるクイズ大会に出ていただきたいのです」

「……ちょっと待ってくれ」


男はこめかみに指を当て、自分の脳内に意識を向ける。

確かに目の前の女性が語っている言葉の意味は分かる。日本語とは発音も語彙も異質なものだが、ほとんど意識する必要もなくそれが日本語として感じられ、また自分の言葉も、おそらくはこの世界のものと思われる言語がするりと出てくる。おそらくそれは召喚の秘儀とやらに組み込まれているのだろう。召喚した相手と言葉が通じなくては頼み事もできないのだから、当然の仕様とも言える。

しかし、言葉だけだ。

それ以外にこの世界のことについては何も記憶にない。この世界のすべての情報がインストールされているだとか、アカシックレコードのように外部的な知識にアクセスできるだとか、そんな気配は微塵もない。単に言葉が通じるだけの日本人でしかない。


「……とりあえず名を名乗ろう。僕は七沼遊也ななぬま ゆうや

「ナ・ナ・ヌ・マ・ユーヤ様ですね」


彼女の言語体系では発音しにくいのか、女性は名字の部分を短く区切りながら応じる。舌で上顎を弾くような口の動きに可愛らしさが漂う。そして手のひらを胸に当て、自分の名を名乗ろうとする。

名乗る一瞬、彼女の動きが少し止まり、ゆっくりと息を吸い込んで気を落ち着かせるような「溜め」があった。異世界からの来訪者を前に緊張しているのだろうか、とユーヤは思う。


「私は、エイルマイル・セレノウ・ティディドゥーテと申します。セレノウは王家の家名、ティディドゥーテとは現王ティディルパイルの娘という意味です。どうぞエイルマイルとお呼び下さい」

「じゃあエイルマイル……。僕はこの世界について何も知らないんだけど、クイズとか無理だと思うけど……」

「……え? いえ、そんなはずはありません!」


エイルマイルの顔に不安の波が走り、膝立ちのままユーヤににじり寄る。鼻が触れ合うほどの距離まで来て、いちど虹色の板をベッドに置くと、ユーヤの手をひしと両手で包む。


「この秘儀は我が王室と、妖精王グラニムとの間に結ばれた契約なのです。最奥の神秘にて完全無欠なものなのです。数え切れぬほどの星の彼方から、我らの願いを叶えられる存在を召喚する秘儀なのです。あなたはその力を持っているはずなのです」

「……そ、そう言われてもな」


ユーヤは我知らず身を引き、彼女の体を直視すまいとするかのように目をそらす。白い長裾のドレスに覆われてはいるものの、その肉体の成熟度は熱源のようにありありと感じられる。

ユーヤは少し言葉を選んでから、慎重に口を開く。


「たしかに……僕は元の世界でクイズ王と呼ばれていたけど」

「やはり! そうなのですね!」


エイルマイルの目は猫の目のようにくるくると変化する。その大きく見開いたアズライトの瞳で、ユーヤの顔を羨望をこめて見つめる。


「……でも、別に一番だったわけじゃない。僕より知識が豊富で、早押しのうまいクイズ王はたくさんいた……。それに、この世界の知識が何もないんだ。クイズというからには、この世界の情報が必要だろう?」

「で、ですが、そんなはずは……、確かに伝承のとおりに儀式を……。召喚の代償も……」

「代償?」


ユーヤがそう疑問を発した瞬間。エイルマイルの動きが一瞬、硬直し、視線を右下にそらす仕草をする。

ふと見れば、ベッドの上に七角形の板。そのホログラムのような奇妙な輝きに何度か視線が惹きつけられる。エイルマイルはそれをそっと右手で拾い上げて枕の影に押し込む。その動作をユーヤは一瞥するが、特に何も口は出さない。


「……いえ、ともかく、詳しい説明をいたします……」

「……」













ある夜の最中、どこかの国の、どこかの部屋で、何人かの人物が卓を囲んでいる。

語り出すのは琥珀で装飾された竪琴を持ち、帽子を真紅の羽で飾った詩人である。彼は歌うような口調で、この世界に伝わる古い神話を語る。


「かつて、この大陸は七十七の国に分かれていた。

戦乱は混沌を極め、剣戟の止むことはなく、流血の絶えることはなく、酸鼻は極まることを知らなかった。

数百年の混沌が褐色の泥となって大地を覆い。海は紫色にただれ、雲すらも腐り落ちた頃、大地を割って、一体の巨大な影が現れた。

その存在は自らを妖精王グラニムと名乗り。人間からすべての争いを奪った。全ての剣は錆の塊となって崩れ、弓矢は飛ぶことをやめ、怪しきまじないは地の底へと逃げていった。妖精王グラニムは百万の腕を人々の中に挿し入れ、闘争に逸る心をくじき、力を比べようとする猛りを冷ました。


そして人と人との争いには、知恵を持って競い合うべしと教えた。知恵を持って争う競技、それは世界に齎された新しき色。新しい味覚、新しき概念であった。その競技を指して妖精王グラニムは新しい言葉を与えた。


――クイズ、と」


詩人の語りが終わると、一人の老人が立ち上がる。彼は大陸最大の国家、ハイアード獅子王国にて、歴史ある大学の教授を務める人物であった。


「伝承は多少の齟齬はあるにせよ、すべて真実と考えて何も問題はない。現実に妖精たちの統治は盤石であり、彼らの存在は我々に大いなる豊かさを与えてくれる。クイズの勝ち負けに何らの怨恨はなく、我々はあくまで平和裏に外交を行えている。もはや古い時代の血なまぐさい闘争など、想像することも難しい」


老人がそう述べると、また別の席で立ち上がる者がいる。黒い口ひげを蓄えた壮健な男である。彼は大陸じゅうを股にかけた大商人であった。


「馬鹿なことを。この大陸に戦乱がないのは、圧倒的なまでの武力を有するハイアード獅子王国の存在があるからではないか。他国が、外交上での様々に不平等な条約を結ばされている現状のどこが公平なのだ。確かに数年に一度、クイズでハイアードに一矢報いる国も現れるが、やはり最大の人口を持ち、最高水準の工業力を持つハイアード獅子王国の優位は揺らぎがたい――」


その隣に座っていた人物が手を挙げる。熊の毛皮を纏い、椅子の背に長弓を立てかけた熟練の猟師であった。


「我らの国、フォゾス白猿国は、いざ武力での戦いになったとて負ける気はない。群狼国ヤオガミの力も未知数だ。クイズの結果には従うが、それをハイアードの武力で脅されているとは思わぬ」


そこで場の一角から、紫煙がふうと吐き出される。そこにいたのは朱色のワンピースを着た二人の女性。かつて王族すら魅了した娼婦であり、とある歓楽街の顔役を務める双子である。


「分かってないのね、この大陸のかなめはパルパシア双兎国よ。最大の農業国というのもあるけど、芸能と文化の要でしょう? どれほどに優れた文化を生み出すかがつまりは国の格というものよ」


「何を言う、文化であれば我がラウ=カンの七十七書に勝るものなど……」

「我がシュネスには太古から伝わる遺跡が……」


また別の賢者が立ち上がり、文学者が、哲学者が、技師や占い師が次々と意見を述べていく。少なくともこの時代、人間たちが最も盛んに語り合い、知恵と知識を凌ぎあった時代であることは疑いなく――。





H30 12月27日

章立てを設けました


H31 1月11日

全体が長くなってきたため

クイズの行われている部分のサブタイトルにその旨を書き加えました



H31 3月6日

タイトルを少し変更しました

旧題 異世界クイズ王 -妖精世界と七王の宴-

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