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半熟魔法使いの受難  作者: 有沢真尋
【第三部】

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暗闇(前編)

 騎士団長が、宮殿内で刃傷沙汰を起こし、ジークハルトに歯向かった。

 衝撃の知らせはすぐに駆け巡り、王都への撤収作業は一時停止の措置がとられた。


 * * *


「『血と鋼』の狙いははっきりした。おそらく『時』の魔導士、エリス本人だ。近いうちにまた、その身を狙って現れるはずだ」


 それがアリエスの見解だった。

 眠るエリスは、守りの固いジークハルトの私室の寝台に横たえられている。


 その場からジークハルトが宮殿の警戒と防衛の指示を出しつつ、一同が揃って会したのは日が落ちてからだった。

 団長であるロアルドが抜けた穴を、当面の間ひとりで埋めることになったエンデ。

 その補佐として、一時的に騎士団に籍を移した宮廷魔導士のファリス。ジークハルトはまだ、剣を手にしてはいない。

 

「はじめから、少し疑っていたな。ロアルドをこちらから引き離そうとしていた」


 ジークハルトの問いに、顔を曇らせたアリエスが答えた。


「確信はなかった。判断が甘すぎた。エリスには『騎士団長』に気をつけるように指示は出していたが」


 その言葉を聞きつけたエンデが、目つきも口ぶりも極めて剣呑な調子で言った。


「団長とずっと一緒にいた俺らでさえ、裏切りには気づかずどうしようもなかった。昨日今日ここに来たお父さんに、過剰に責任を感じられても困る」


 怒り苛立ち。アリエスに向けたものではなく、自分自身を呪うような響きがその声にはあった。

 誰もが、裏切りに傷ついた心は覆い隠して、当面の対策だけに集中しようとしていた。


「まさか『時』の魔導士に仕掛けてくるとは、俺も考えていなかった。『血と鋼』も彼女の余力についてはわかっているはず。命を危うくするほどの怪我を負わせたら、魔力の行使が困難になること。もしかしたら、彼女の目の前での荒事は、ロアルド団長(あの男)の独断だったのかもしれないが」


 考え考え言うアリエスに対し、ファリスが慎重な面持ちで尋ねた。


「そもそもなぜ『時』の魔導士は、『血と鋼』に狙われるのですか。僕が未熟なせいかもしれませんが、『時』の魔法体系というのは聞いたことがありません」


 アリエスは目を伏せた。長い睫毛が、頬に優美な影を落とす。

 言葉を選びながら、遠い記憶を思い起こすかのようにゆっくりと紡ぐ。


「過去に何人かは確認されているが、基本的に『時』の魔導士というのは、この世界における唯一の存在で、同時に二人以上存在することはない。尋常ではない魔力を持つが、『時』以外の魔法には極端に適性が低い特化型で、弱点も多いんだ。当代の『時』の魔導士の場合は、あの眠りと、一度に魔力を消耗しすぎると記憶を失い無防備になるところ……」


 アリエスは一同を見渡して、続けた。


「『時』の魔導士の魔法は、この世のすべての『時』に干渉する。たとえば同時代に生きる魔導士たちの不老長寿とも、密接な関係を持っている。大きく魔力を損耗し、不老長寿を損いながらも、長命を諦めきれぬ魔導士などは、こぞって『時』を狙ってくる。おそらく『血と鋼』も、先の一戦で渾身の鋼の魔法を、彼女に叩き折られた影響が出ているんだろう。恨んでいるだろうな。それでいて、この先も生き続け、多くの血を望むためには、敵である『時』の魔導士の力こそが自分に不可欠だと判断したに違いない」


 黙って聞いていたジークハルトが、そこでようやく、重い口を開いた。


「俺の中には、『血と鋼』と敵対することに躊躇いがあった。父王は、その甘言に唆されて多くの血を流す戦争を引き起こしたことを悔いて退位を決めたわけだが……、実際に剣を振るったのは俺だ。血に塗れた俺がこの国の王として立つにあたり、迷いは常にある。あんな悲劇は二度と起こすまいと思いながら、心のどこかで『血と鋼』を欲していた。俺はいつかまたあいつを必要とするのではないかと、ずっと意識していた……」


 エンデは物言わず、くっと奥歯を噛み締め、顔を逸らした。視線は、エリスの眠る寝台の方へと向けられていた。

 音もなくジークハルトに歩み寄ったファリスが、その肩に手を置いた。そのまま二人で、目を合わせぬままじっとして寄り添っていた。やがて「大丈夫だ」とジークハルトがファリスの手に手をのせて、そっと離させた。


「俺は『血と鋼』に都合よく使われたのかもしれないが、俺自身が戦争で勝つために奴を利用した事実もまた消えない。人を殺し尽くす鋼の剣に魂をもぎ取られる前に、『時』の魔導士たるエリスに救われたのだと聞いても……。果たして本当に俺は『血と鋼』を打ち滅ぼすべきなのかと。奴を殺さない理由を、どこかで探していた」


 ロアルドを失ってよくわかった、と言ってから、次代の王たるジークハルトは厳然として宣言した。


「俺は俺自身を正当化する為に、奴を生かす理由を探していた。しかし、この先の人の戦争に奴を関与させるべきではない。綺麗ごとだが、戦争自体この先はどうにかして回避すべきだと、俺は考えている。次の時代に『血と鋼(あいつ)』を残すわけにはいかない。『時』の魔導士も渡せない」

「同意します」


 エンデが短く告げる。ファリスもまた、ジークハルトの横を過ぎ、開け放たれたバルコニーから見える夜空に目を向けて言った。


「同じく。従います。僕らは同じ闇を抱えて、向き合えずに、その弱さゆえに『血と鋼』を許す理由を探していた。しかしそれが次代への禍根となるのならば、断たねばなりません……」


 戦場における必勝の魔法を、自らの剣に受けたことがあるからこそ。

 彼らの後悔を滲ませた告白は、どこまでも苦く。

 エンデは剣の柄に手をかけた。


「俺の闇はオレだけのものです。俺はまだ殺せる。陛下、その時は」

「討てる人間が討てばいい。言っておくが、この場において剣で一番強いのは、この俺だぞ」


 二人の視線が絡む。


「もう陛下の腕は鈍っているでしょう。どうぞそのまま鈍らせて平和な時代を生きてください」

「毎日鍛錬を怠っていない。平和な時代はいまだ約束されてはいないからな」


 ジークハルトとエンデは、どちらからともなく顔を逸らした。


「警備の様子を見てきます。団長相手なら何をしても無理筋かと思うので、対処しようと思わないで、見かけたらすぐに俺を呼べって言って歩くだけですけど」


 エンデが一人、歩き出す。


「ロアルドがここに戻ってくるとすれば『血と鋼』の魔法を受けてくるかもしれないからな。あの恐ろしさを知らない者は我が国にはいない。いかに敵国だったとはいえ、先の大戦で俺はあの魔法を受けた剣で多くを殺めた」

「ジーク。今それは口にしないで。エリスを守ることだけを考えましょう。過去は変えられないけれど、未来はまだ決まっていません。どうぞ闇にとらわれずに」


 窓辺から引き返してきたファリスが、ジークハルトの顔をのぞきこむようにして、言い聞かせた。

 いつもよりゆっくりと歩きながら、エンデはアリエスとすれ違い様、低い声で切りつけるように言った。


「今回の件、『時』の魔導士の覚醒を促す為、『血と鋼』が仕掛けてくるのをわざと見過ごしたわけじゃないよな」 

「俺はそれができるほど、彼女に対して冷静じゃない。たとえ彼女がどう考えていたとしても、囮になどできるものか」


 ふん、と不満げに答えてエンデは去った。

 眠るエリスを守る為、出来る限り部屋を離れず、適宜見張りに立ち交換で睡眠を確保しつつ夜を過ごすことになった。


 * * *


 夜半に一度、目を覚ました。


「アリエス……」

「ここにいる」


 暗闇の中、消え入りそうな儚い「彼女」からの呼びかけに、寝台から片時も離れず、一睡もしていなかったアリエスはすぐに答えた。寝具の上に力なく投げ出された手を取って、両手で握り込む。


「また私は、あなたを忘れてしまう……。せっかく思い出したのに……、忘れてしまう」

「大丈夫だ。慣れている」


 うっすらと瞼をあげて、弱い瞳でアリエスを見上げ、その人は小さく言った。


「何度もごめんね」

「俺が今さら気にするわけないだろ」


 アリエスの手の中で、ゆるく彼女の手が動いた。何かを探しているのかと、アリエスが解放すると、緩慢な仕草で手はゆっくりと伸びて、アリエスの頬に触れた。


「傷つけたくないのに、ごめん」

「恨み言なんて一回も言ったことないはずだ」

「そうだったかな……。忘れただけな気もする」


 口元に柔らかい笑みが浮かぶ。

 やがて、すぅっと呼吸が眠りに変わった。

 持ち上げられたままの掌に頬を摺り寄せるように押し付けて、アリエスはひっそりと囁いた。


「好きだよ」


 これは何度も言ってるんだけどな、と。


「うん……」


 小さな声が返った。

 吐息がもれただけだったかもしれない。

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