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半熟魔法使いの受難  作者: 有沢真尋
【第一部】
13/47

夜の静寂

「時間遅くなって悪かったな。夕食は無事に食べられたか?」


 夜。

 朝以来の、ジークハルトのおっとりとした笑顔を見て、エリスは自分がかなり安堵しているのを自覚した。


(まさかジークハルトに癒される日が来るとは)


 出会ってまだ二日目。

 最初はどうにもやりづらい相手とは思っていたけど、おそらくそれはお互い様。

 打ち解けて話してみると、そこまで相性が悪いわけではないのかもしれない。

 少なくとも、裏表のある食わせ者のファリスや、どうにも調子の良いエンデよりは、ずっと。


「食べましたよ、お魚は。ただ、海老というのがですね、初顔合わせで、どう食べて良いものか」


 エリスのばつの悪そうな薄笑いを見て、察したのだろう。ジークハルトはくすっと笑みをもらした。


 夜に時間を取るとは言ったものの、本人の予定よりもだいぶ押してしまったらしく、エリスがもう自室で寝支度を整えた頃の訪問であった。

 自分の食事の席なり部屋なり、ジークハルトが選べただろうが、呼びつけるにはいささか遅いと判断したのかもしれない。

 開け放った窓の外は静かな闇。波の音が微かに聞こえていた。

 ジークハルトは特に躊躇う様子もなく、灯りを置いた窓辺の小テーブルそばの椅子に座った。持て余したような長い足を組むと、小テーブルに軽く片肘をつき、肩越しに窓の外に視線を向ける。


「何か、不便はないか」

「全然ありません。むしろすごく親切にしてもらっています」


 一日を通しての感想としては、概ね大過なく過ごせたと言えた。

 エリスに目を向けたジークハルトは、今気づいたというように言った。


「どうして立っている? その方が楽なら構わないが、ここに来て座らないか」


 テーブルを挟んでもう一つの椅子を示されて、エリスは意地を張るところでもないので腰を下ろした。ただし、すでに夜着一枚にガウンを羽織っただけの姿であり、なんとなく気まずくて視線を泳がせてしまう。


「近いか?」

「何がですか」

「いや、顔が緊張している。別に何もしないぞ」


 さらりと言われて、逆に(何もって何を)と意識してしまい、エリスは表情を見られまいと思いっきり顔をそむけた。


「最初に着ていた服はまだ、鑑定中だ。あとは近辺で失踪した令嬢の情報を一通り探させているが、めぼしい話が出てくるとは思っていない。記憶の方は」


 問われて、エリスは「まだ」とだけ答えた。半分は嘘で、半分は本当。


「一時的な混乱でないとすれば、長引くかな……。何か希望はあるか。あ、いや、願望という意味だ。出来る限り力になる」


(ジークハルト、親切~~~~~~~~~~)


 そんな揶揄みたいなことは、口にできなかったけど。


「ジークハルトはとてもえらい身分の方なのに、ずいぶん気遣いのひとですね。これは感謝であって、嫌味ではないですよ」

「エリスを構っていると周りが喜ぶらしいからな」


 悪びれなくそんなことを言って、視線を流してくる。なんとなく目を合わせられなくて、エリスはあちこちに落ち着きなく視線を向けつつ言った。


「今日は、王宮探索に一日使いました。エンデさんが案内をしてくれました。ファリスさんからは、今後魔法の訓練に参加するように言われました。わたしは魔力が強いそうです。もし暴走してしまうほど魔力があるなら、訓練した方がいいのかなと思いました」


「その話は聞いてる。ただ、ファリスは特殊だからな。他に魔導士がいないこともないが、今この離宮に逗留しているのはファリスだけだ。悪い奴ではないが、一緒に修行となるとかなりきついかもしれない」


「たしかに、本人が特化型と言ってました。つまり……?」


 エリスの知る魔導士はアリエスだけだが、見習いの目から見て能力が限定されている印象はなかった。自信満々のせいか、すべてが突出しているとすら思っていた。とはいえ、魔導士には触媒を必要とする者や、扱う対象との相性がある者がいるというのは知識として知っている。

 ジークハルトは窓から吹き込むあるか無きかの風に目を細めて外の闇を振り返り、低い声で言った。


「炎だ。魔法剣を使う。普段は薬草学などを研究しているが、戦場でこそ能力を発揮する男だ。先の戦では『紅蓮の業火』などと言われてな」

「ぐ、紅蓮の業火!?」


 エリスの食いつきをなんと思ったのか、ジークハルトはじっとエリスの顔を見た。


「言いたい奴が言っているだけだが」

「そうですか……」

 

(それは騎士団長の二つ名では?)


 その言葉は記憶喪失違反らしく、言葉にならなかった。エリスはなんとか他にないかと考えつつ言う。


「それだとファリスさん、すごく強いみたいですけど。この国にはもっと強い人とか」


(この会話、前にもしたような覚えが?)


 嫌な感覚が背中をはしってエリスは小さく震える。ジークハルトに視線をすべらせた。目が合ったところで、ジークハルトはそっけなく言う。


「俺もそれなりに強い」


 いかにも、何か隠した言い方だった。

 エリスは他に言い方はないかと考えを巡らせ、言葉を探す。だめだ、肚を探るような気の利いたことは言えない、と思いながら喉の呪いを気にしつつ尋ねる。


「もしかして騎士団長さんとか、エンデさんにも何か二つ名があります?」

「ああ。誰が考えるんだろうな。団長は『剛勇無双の猛獣』だったか。エンデは『百戦錬磨の殺戮者』……だったかな」


(お師匠様~~~~~~~~~!!)


 評判が、数名分混ざっているのだ。


(騎士団長が二つ名まみれという時点で何かがおかしいとは思っていたけど! けど! まさか、複数人の情報が混ざってるなんて)


 ファリスとエンデと、可能性としてはジークハルトも。

 つまり、()()()()()()()()()()()評判の騎士団長という前提がそもそもの間違いで、この国には「戦場で能力を発揮する戦士」が複数いることになる。


【暗殺対象って、ロアルドさんだけで大丈夫、なんですよね……?】


(いますぐお師匠様に、魔法の書で聞きたい。切実に、確かめたい。確かめなきゃ)


 エリスの使命は、次の戦に騎士団長が出てこないように止めること、だったはず。

 今のジークハルトの話を総合すると、二つ名を持つ人物は、誰を見逃しておいても任務失敗なのでは……。


 膝の上においた手でガウンをぐしゃっと握りしめながら、黙ってしまったエリスに対してジークハルトが困惑したように声をかける。


「何か飲み物でも用意するか。水差しくらいあるか」


 立ち上がりかけたが、さすがに身分が上のひとにそれはさせられませんと、エリスから呼び止めた。


「大丈夫です、大丈夫。ちょっとびっくりしただけです。皆さんのんびりした様子だったので、にわかにはこう、戦の話と結びつかなくてですね」

「それはそうだろう。あまり心配するな。当面、戦はない」

「……ないんですか?」

「俺の把握している限りでは」


 エリスは黙りこくってしまった。

 ジークハルトは「エリスに真実を話す義務はない」関係であり、嘘を言う可能性は考えられる。だが、さしあたり嘘を言う理由がないとすれば、本当なのかもしれない。


(その場合、故国(メオラ)がこの国に、一方的に仕掛けようとしているということになりませんか? 不意打ち? それは賛成できません……!)


 そもそも山深いメオラの国は、天然の要塞が自慢で、守るには適しているけど、打って出るのは格別有利ではない国のはずだ。

 エリスの一年間はほぼ魔法の勉強と実技(成果なし)に費やされてしまっていたので、外交や国家間の緊張状態などろくに気にしたこともなかったが、気にしなければならないほどの緊迫は、王宮全体に漂っていなかったはず。 


(必ずしも、殺す必要はないという命令の主旨もようやくわかってきましたが。殺してしまってから間違いでしたとは言えないし。殺……、殺せる……? そもそも誰一人勝てる気がしないんですが?)


 その時、カチャカチャと音がして、顔を上げるとジークハルトが小テーブルに瓶とグラスを並べていた。


「それは……」

「なんかすごい顔をしていたから。蜂蜜の酒だ。一口飲んでから寝たらいい」


 エリスが一人で考え込んでいる間に、手配したのだろうか。グラスは二つだが、ジークハルトは一つだけに注いでエリスに差し出してきた。

 確かに神経は昂っていたし、喉も乾いていたので、特に考えもせずエリスは唇を寄せて一口飲んだ。


「美味しい……」


 続けて、くいっと飲み干す。


「甘いから、飲みやすいんじゃないかと」


 そう言って、手持無沙汰な様子で椅子に深く座るジークハルトを、エリスは不思議に思って見てしまう。


「飲まないんですか」

「いや俺はここでは」

「でも、二人分ありますよ?」


 言いながらエリスは瓶を手に取って、空いたグラスに注ぐ。その様子をなんとも言えない様子で見ていたジークハルトに、エリスは確認した。


「今日はもうお仕事はないんですよね」

「そのつもりだが……。まさかもう酔ってるのか?」

「わたしが? どうしてですか? 何がですか? 飲まないんですか? 弱いんですか?」


 瓶を持ったまま問い続けるエリスを前に、ジークハルトは小さく溜息。グラスを手にして品よく傾ける。

 しばし会話が途切れ、ただ寄せては返す波の音だけがしていた。

 夜が深まったせいか、心なしかさきほどより音の輪郭が明瞭に聞こえた。ザザン……と。


「エリス。エリス……寝たのか」


 遠くからジークハルトの声が聞こえる。


(寝てません)


 そうは思うが、視界に何も無い。瞼が落ちてるかもしれない。

 手の中から、瓶の重みが消えた。そのまま横になりたいなと思い、椅子に座っていたんだっけと思ったら崩れ落ちる前に誰かに拾い上げられた。


「そんなに強い酒だったかな。水で薄めるべきだったか」

 

 耳の側でジークハルトの声がする。

 起きた方がいいとは思ったが、あまりに眠りが心地よく、それ以降の記憶がまったくない。

 魔法の書にはただ、ジークハルトが来る前に書き込んだ文章のみ。


 * * *


【海の国の人はとても親切です。あと、魔導士の方に魔法の訓練を受けた方がいいと言われました。何か力があるそうですが、わたしは全然知らなかったです。どういう力なんでしょう?

今日の晩御飯では海老を食べました。明日はタコがいいんじゃないかと言われましたが、タコってなんでしょうか。全然想像がつきません】


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