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異世界剣士の流浪譚  作者: 邪悪丸卑劣之介
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異世界・草原・大猪との死合い


 鱗と角を持った巨大な大猪は、既に前田の数歩先に迫っている。

 徒手空拳で立ち向かう前田が凝視していたのは、猪の足運びだった。

 生前、前田は幼少期から多くの剣術家達と仕合をしてきた。体躯で圧倒的に劣った前田は、数多くの敗北から、相手の足運びに注意することを学んだ。どんな相手であっても、上半身で打ち込んでくる剣士はいなかった。必ず踏み込んで打ってくるのだ。

 必ず、足とともに剣が振り下ろされる。故に足運びを感じ取ることができれば、それは隙を見出すこと同じだった。


 相手に視線を悟られれば却って利用されかねないが、相手が獣とあれば、何の心配もなかった。

 大猪の踏み出す足、それが踏み下ろす瞬間、そして蹴り上げる瞬間、前田はそれを狙った。

「ブオオォォォォォ!!」

 猪の雄叫びが空気を震わせた。額から生えた四本の角は、まっすぐに前田を定めていた。近付いてくるにつれて、無限に大きくなっていくようにも見える大猪の姿に、恐怖を抱かないではない。額から落ちた汗が目に滲んだ。

 咄嗟に前田は身を翻し、ギリギリの所で突進をかわしたが、その角が前田の胸を掠め、鮮血が迸った。

 大猪はその速度のままに奔って行ったが、大回りに舞い戻ってくると、再び前田めがけて突進してきた。

 

 前田は再び避けようとしたが、瞬間、己の脆弱さに気付いた。

 俺は逃げていいのか、再びの命は逃げるために与えられたのか、この怪物程度に逃げ出して、俺は後藤に勝てるのか。

 そう思い出すと、前田は己の内に熱く滾るものを感じた。

 大猪の再びの突進を前田は真正面から向かい合った。引き付け、引き付け、大猪の顔の鱗一枚一枚がはっきりと見える所まで近づくと、素早く敵の懐に飛び込むと、猪の足をガシッと掴んで思いきり投げ飛ばした。

 柔術である。

 大猪の突進の威力を全てこちらの力として利用して投げ飛ばした。

 轟音とともに背中から草原に叩きつけられた猪は悶絶しながらもしかしすぐに起き上がった。

 これまで以上に理不尽な怒りを前田に向けた大猪は再び突進してくる。

 対して前田は再び猪の足を取り、投げ飛ばして大地に叩きつけた。

 しかしまた猪は起き上がった。


 これでは埒が明かない。

 前田はこの時、思い違いをしていたことに気がついた。一撃が必殺である剣術家同士の仕合において、隙を見出すことはそのまま決着を意味していた。しかし全裸で得物を持たない前田では大猪に致命傷を与えることができない。

 一方大猪の角を振り乱しながらの突進は、人間程度ならば、容易く轢き殺すものだろう。

 前田の背中に冷や汗の珠が流れ落ちた。

 猪を投げ飛ばした時に、覚悟していた以上の重さが前田を襲っていた。

 それでも一度向き合うと決めた以上、決着は着けるのが剣士の性だ。

「この前田寛正、貴様が向かって来るというのなら、何度でも投げ飛ばしてやる!」

 前田は己に活を入れたが、しかし大猪の巨体を何度でも投げ飛ばす腕力がないことは、前田自身が分かっていた。

 猪は疲れを知らずに立ち向かってくる。恐らく次に投げ飛ばしたら、もう前田の腕はもたないだろう。それでも前田はとにかく投げ飛ばすほかなかった。

 考えるのだ。あの大猪に致命傷を与えるためには……。せめて得物が欲しい。

 大猪は前田の都合など構わず、何度も突撃してくる。その度に前田は投げ飛ばした。

 しかし何度目かに、疲労から、前田は猪の足を掴み損ね、慌てて猪の角を捉え、半ば強引に猪を倒した。

 これまで以上に手応えのない攻撃に、猪はすぐに立つ。


 前田は敵を前にして、不思議な感覚を味わっていた。懐かしい記憶であった。それが前田に力を与えた。

 前田は怒声を上げながら、猪の足を掴んで投げ飛ばすと、そのまま猪に飛び掛かり、額に生える角をつかむと、全力で体重をかけた。

 ポキリと音を立てて折れた角を、前田は両手で握りしめた。

「ハッハッハッハ!! 侍とはかくあるべし!」

 その角は、前田が生前握り続けていた、刀の柄とちょうど同じ太さ、刃渡りと同じ長さだった。

 角を折られ悶絶の悲鳴を上げる猪に、前田は立ち直った。

「悪かったな化物よ! これからが本当の勝負だ!」


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