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ギブミーカフェイン!  作者: バケツロリータ
2箱目 目覚めよ、クソ兄貴。
17/17

9本目 痛いのは辛い

 それはそれは、今までの人生で最高の気分であった。

 自分の思い通りに事が運ぶのがこんなに気持ち良いとは。人差し指で弾く様に錠前を破壊し、どんな警備システムにも怯む事なく金やモノを盗み、そして天敵の警察官ですら嬲る様に倒せるなんて。

 治験バイトを勧めてきた、あの女には感謝しないとな。

 俺は、女の命令通りに指定場所で強盗を実行してきた。最初はスーパー等のセキュリティが甘い場所から始まり、難易度の高い郵便局や信用金庫、更には警備会社の現金輸送車も襲った。最後がレストランと聞いて肩透かしを食らったが、まあ問題はないね。

 何故かって、目の前に“カラス”が現れたからね。実は女からもう一つ、強盗とは別の命令も出ていた。


『カラスと魔女を殺して。』


 あの乳のデカい女に言われた。それを達成すれば、“身体”を好きにしても良いとまで言われた。こんな条件を飲まない男が居ますか?居ないだろ!

 魔女がなんだか知らないが、とっとと殺して俺のモノにする。そして怯える事も悩む事もなく、この世を謳歌する。

 嗚呼、興奮するねぇ。興奮しすぎて警棒がめり込んだ脇腹が少し痛むが。

 苛ついて殺そうと思ったが、腹いせに腕を折ってやったから、それで満足してやるか。


「で、オマエがカラスか?」


 拳銃を十円玉で叩き落とした、目の前の男に声をかけた。女から聞かされていた人物像とは、似ても似つかないと判断したからだ。

 カカシの様な細い四肢を、安物のグレーのジャージで包み、ぎこちない動きで素振りを繰り返している。絶対に野球やってねえなコイツ。何ならスポーツもしてこなかったな、コイツ。代打以前にベンチ入りも無理だろ、そんなスイングでは。


「やっ!うりゃっ!ほっ!へやっ!」


 ――もっと腰をいれろや。ダメダメ。腕が高いんだわ。違うんだよ、もう根本的にスイングの動きが間違ってるんだよ。もうその変なスイングやめろって。肩を痛めるから。やめろや。もう本当にやめろって。


「ゔっ、腕痛え。」


 俺の問いかけを無視した男は、ようやく肩を抑えて素振りを止めた。腕が痛いなら、尚更止めろって。何なのだ、この男は。

 しかし、あの十円玉を撃ち出したのは、状況的にはコイツしか居ない。やはり、この男がカラスか。


「と、見せかけて滅殺!」


 肩を押さえていたカカシが、不意を狙って殴りかかる。素人の様な右ストレート。ガキの頃に絡まれた半グレの方が良いストレートだと思わせてくれる、酷いストレート。あの頃は殴られていたが、今は違う。

 俺は、へなちょこストレートに対して、強化された左腕を思い切り突き出す。

 この話を持ちかけられてからは、カラスについての噂を、よく耳にしている。今年に入って続いてる小さな地震はカラスが起こしてるとか、廃車台数が増えてこの地域の新車販売が好調なのもカラスのおかげだとか、嘘か真か怪しい情報も耳にしている。さしずめ、このへなちょこストレートも相当な威力のはず。

 俺を楽しませろや、カラスさんよ。


「あだぁぁぁぁぁーッ!」


 拳が衝突した瞬間、凄まじい断末魔と共に、カラスの拳が砕けた。それどころか、前腕の二本の骨すらも砕くと、勢いそのままに上腕骨も潰してしまった。安全性能評価の悪い、一昔前の乗用車の如くひしゃげた腕を揺らしながら、カラスは突き飛ばされる様に倒れこんだ。

 弱い。弱すぎる。変な胸騒ぎがして妙に不安を覚える程に弱すぎる。


「痛えよ!何すんのよ!ばーか!」


 内部の骨を粉々にされて肉塊となった右腕を擦りながら、フードを被ったカカシが泣き喚く。


 なんだこれは。


「この人殺しっ!殺す気かっ!殺す気だなっ!死ね!チクショー!ばーか!」


 こんな奴に勝手に期待した俺が、まるで馬鹿みたいじゃないか。

 腹の底から煮え立ってきた怒りを吐き出す代わりに、のたうち回るカカシの頭部めがけて左足を踏み降ろした。


 骨と肉を踏み潰す音が聞こえると、カカシは黒い果汁を撒き散らして静かになった。同時に四肢から力が抜けて、ピクリとも動かなくなってしまった。

 あーあ。これで“オマケ”までついてしまった。アスファルトに広がる果汁を横目に、ちらりと女性警官に目を向けると、眼球が飛び出る程に目を見開き、動揺している。

 何を今更驚いているのさ。オマエが生きてるのは、俺が手加減したからだぜ?

 まあ、オマエが俺を無力化できていれば、無駄な犠牲者が出る事はなかったのにねぇ。助けられる距離にいたのに、助けられなかった。警官のくせに、市民も守れなかった。だっせぇ。


 こらえきれなくなって笑いだした俺に、警官はうめき声で反応する。悔しさを滲ませているのか。それとも痛みに耐えているのか。折れた腕と言い撃たれた脚といい、さぞかし辛かろう。


「大丈夫。痛くはしねえよ。すぐに楽にしてやるから、よぉ!?」


 そう呟いて警官に歩み寄り始めたところで、背中に鋭い痛みを感じた。


「ん゛んっ…?」


 注射針で筋肉の奥深くまで突き刺された、不愉快極まりない痛み。それを注射でお馴染みの腕ならまだしも、おそらく刺される事は無いであろう背中で感じたのだから、たまったものではない。


水戒(すいかい)。今、君が味わった技の名だよ。」


 背後から聞こえた声に反応し、振り払った右腕が、空を切る。右腕が描いた軌跡の先には、人影が。

 最近になって長寿命のLEDに変わった街灯は、服装を識別するには充分な暖色系の光で“子供”を照らした。紺色の作務衣に狐面を被った小さい子供だった。先程のクサい台詞回しはコイツだろうか。苛立つ。

 そう思って右腕を振りかぶったところで、俺は妙な違和感を感じた。


「なんだ、これ…?」


 右腕が重い。なんなら身体全体が、鎧を着せられた様に重い。

 この狐面、何を仕掛けたのか。

 

「不摂生な奴によく効く()()だよ。」


 狐面の子供が、俺の内面を見透かした様に矢継ぎ早に答える。先程の一撃は、俺のツボを突いたと言うのか。ケン○ロウじゃあるまいし。

 しかしながら、あの鋭い痛みをツボ押しで感じた事は一度も無い。大昔に行った旅館の足ツボマッサージも、これ程の痛みは無かった。

 そういえば、最近は健康診断も満足に行っていないな。オマケに糖質を酒で流し込む日々をしばらくの間送ってきていた。悔しいが、狐面の言うとおり、不摂生である事に異論はない。

 しかし、具体的にどこが悪いのか気になるな。


「多分だけどさオジサン、肝臓悪いでしょ?オマケに肥満体に高血圧。糖尿病予備群ってところだね。油っこいものや糖質は控えたほうが身のためだよ。あと酒もね。なに、突いただけで大体わかったよ。血行も代謝も悪そうだからアンタの身体にピッタリの技をかけてあげたよ感謝して欲しいねホントに。」


 この餓鬼、俺が聞きたい事全部に答えてくれたな。思いのほか丁寧に答えてくれるな。相槌を打つ隙もないのが苛つくが。

 まあ良い、目的は達成した。あとは逃げるだけ。


「逃げられないよオジサン。諦めて僕とお話しない?あっ、どーせそんな調子で今まで逃げてきたんでしょ?勉強も大学時代のラグビーも家族も仕事も。何かと理由をつけて逃げてきたんでしょ?だからこんな薄っぺらくて汚い仕事して明日の為の焼酎とタバコを買う銭にしてるんでしょ?ダッサいねー!いい歳こいた中年男性がこんなダサい事してるなんてホントにしょーもない人生送ってきたんだねぇこれからもこんなダサい人生歩むのかなー?いくら縁を切ったとはいえ娘さんが見たらどう思うだろうねー?せっかく刑期終えたのにまた豚箱に入りたいなんてバカな大人でも思い付かないよホントに。」


 しっかりとした滑舌でペラペラと。


 この餓鬼。


 気が変わった俺は間合いを詰めて腕を振り被り、狐面の餓鬼を殴りつけていた。

 狐面もただ殴られるだけではなく、左右から素早く繰り出される殴打を腕や身体を用いては、しっかりと受け流していく。

 負けじと渾身の力で繰り出すが、拳が持つ運動エネルギーを上手く反らされ、まるで暖簾に腕押しをしているかの如く、手応えを全く感じない。嗚呼、苛つく。

 ならば。

 ここで俺は、意表をついてしゃがみ込む。そしてアスファルトに手をついて下段から突き上げるような上段蹴り。

 これも狐面は、ヒラリと上体を仰け反らせて回避される。ここまでは想定通り。

 じゃあ、コイツは――


「どうだッ!クソ餓鬼ッ!」


 俺は、受け流された蹴りの反動で上体を起こし、ショルダータックルの動作へと変えると、渾身の力で地面を踏み込み、狐面の小さな胸板に右肩をめり込ませた。

 現役時代とは比べ物にならない突進で、小さなうめき声と共に宙を舞った狐面の餓鬼は、そのまま舗装路を転がり、大の字の姿勢で止まった。

 上体を仰け反らせてしまえば、重心は後方へ移動する。重心が移動してしまえば、安易に横方向への回避や、先程の様に攻撃を受け流すのは困難だろう。腕は良いが、経験不足と言ったところか。

 あーあ、またオマケがついた。この仕事が終わっても、しばらくは世の表に出てこれないだろう。心配はしてないが。

 しかし、まあ俺の事をよく調べたもんだ。どこの誰かは知らないが、こんな俺の為に必死になってくれて嬉しいよ。


 もっと、周りが必死になれば、俺は逃げずに済んだのにな。助けて欲しかったのに、誰も手を差し伸べなかった。声もあげたのに。どいつもこいつも俺を見捨てていく。

 きっと、あの女も俺を見捨てるのだろう。だったら、見捨てられる前に全てを俺のモノにして――。




「…良いタックルだね。プロテクターが無かったら死んでたねホントに。」


 狐面が、うずくまりながら喋りだした。


 まだ生きてたのか、あの餓鬼。

 その声に反応して、俺は“カカシ”を仕留めた様に踏み潰そうと狐面へ歩み寄ろうとするが、妙に脚が重い。無理矢理太ももを上げようとするが、筋肉痛のような痛みを感じて思わず動きが止まる。


「そろそろさ、効果が出てきた頃合いじゃないかな?」


 狐面の問いかけに違和感を感じ、黒いナイロン製のジャンパーを触ると何かで湿っている。

 そして、上がらない太ももに視線を落とすと、脚の輪郭がわかる程に濡れたワークパンツが張り付いていた。

 これは水?雨?いや、温い。これは――


「お、俺の汗…!?」


 人間、短時間でこんな量の汗を流せる訳がないだろう。

 足元には、飽和状態となり吸水出来なくなったズボンの裾から、雫がポタリと落ちては、アスファルトに模様を描いている。その光景が目に入ると、ぐらりと身体がよろけた。


「やっぱりね。バケモノも脱水症状には弱いんだね。」


 狐面の餓鬼の声が、頭の中で反響して聞こえる。マズい、足元がふらつく。何故だ。身体は強化されたはずだ。あの女の薬で。

 危うく倒れこみそうな所で、動きの悪い右足で踏ん張る。

 何者だ、このクソ餓鬼は。ありえねえだろこんなのよぉ!





「それがねぇ、ありえーるんですよ!オッサン!」





 心の叫びに応答する声が、背後から聞こえた。

 どーなってんだ、“こいつら”は。あの時、確実に仕留めたはず。



 なんで生きてんだ。



 カカシのようなカラスさんよ。


「残念だったなぁ!トリックってやつよ。」

「自己再生しただけじゃん。」

「なんだテメェ!文句あんのかーっ!」

「でも僕が居なければ、お巡りさんも死んでたよね?秒殺された君には文句を言う権利は無いよね?というか君、毎度毎度初見で死んでない?そろそろ成長したらどうかな?君のIQならもう少しなんとか」

「あ゛あ゛あ゛っ゛!ゴチャゴチャうるせぇぞ!はん、あっ、えーとスズミヤァ!」


 こいつら、目の前で面白くもねえ茶番をしやがって。


 また復活したのならば、もう一度潰してやる。


 痛みと怠さを振り払い、アスファルトを踏み抜く勢いで脚を踏み出し、一瞬でカラスとの間合いを詰め、脇腹に蹴りを一発。

 そして体勢が崩れたところで、ヤツの右頰に向けて、渾身の右ストレートを直撃させた。

 不安定になったところに、更に追撃となれば、一溜りもないだろう。受け止めようにも、脚は踏ん張れない。回避しようにも、身体は慣性の法則に従って、言う事を聞かない。

 終わりだ。カラス。


「…とでも思いまふたかぬぇー?(ましたかね?)


 頬にめり込んだ感触は、確かにあった。第一、俺の拳は右頰を正確に捉え、パーカーのフードを吹き飛ばし、顔を露出させる勢いで殴りつけたのも視認している。

 しかしながら、カラスは右頰に拳をめり込ませたまま何事も無かったかの様に、またしても俺の心の声に返答する。

 脚を広げ、俺の拳を顔面で受け止めながら!

 どうなってる!俺のストレートが効いていない!?


いひほひんはほへふぃ(一度死んだ俺に)ー! ほはひふぇ(同じ手)がよぉー!」


 カラスが何か喚き散らしながら、先程の様子からは比べ物にならない筋力で、俺の拳を右頰から引き剥がした。浮き上がった血管に包まれた、鬼の様な表情を浮かべながら。


 力の面で圧倒されてると、俺は瞬間的に悟った。


「通じるわけ無いでしょうがこのバカチンがぁぁぁぁぁ!!!!!」


 叫びだしたカラスが、掴んだ右腕を引っ張り、担ぎ上げる様に俺を空へと投げた。

 凄まじい勢いで夜空へと投げられ、カラスの姿や街の景色がどんどんと遠ざかり、小さくなっていく。

 なんて筋力だ。ダメだ、理解が追い付かない。


 そもそも、あのカカシの様な体型からは想像出来ない程の筋力。そして、あの禍々しき顔。オマケに致命傷を与えたというのに、何事も無かったかの様な驚異的な再生能力。

 本当に人間か?いや、人間じゃないだろう。

 アイツも俺と同じ存在ではないのか?

 同じ様に、あの女から能力を与えられた?でもアイツは何も語らなかった。裏切り者?あの女と何があったのだ?わからない。

 でも、心配には及ばない。いくら投げ飛ばされても、脱水症状を起こしていても、着地ぐらいは安々と出来る。この与えられた能力(壊れたダンプカー)ならば、それができる。

 森の中にでも着地したら、上手く逃げられるだろう。目標達成には、至らなかったが、2度目があれば。

 そう安心しきっていた俺は、追い討ちとして飛んできた“何か”に気が付くのが遅れた。


 見覚えのある紅い光を瞬かせ、こちらへと飛んでくる。


「ここに血判、お願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!!!」


 あれは何だ――、


「ぱっ、パトカぁぁぁっ!!!」


 迫りくるモノを見事に当てたところで、俺の意識は途絶えた。



「って話だよ。これが全部だ。」


 味気ない病室に、俺の声が少し響くと、沈黙が流れる。

 2秒、3秒。4秒、5秒。流れゆく沈黙に堪えきれず、包帯で巻かれた顔を触った。


「…はぁ?」


 取り調べに来た目の前の角刈り刑事が、乾燥した顔で呆れた表情を作る。なんだよ。本当の事を話せと言ったのは、そっちの方だろ?


 俺は、包帯の下で決まりの悪い顔を作って、ため息をついた。

すいません、これで一応終わりです…。理由は活動報告にて。

余力があれば書いていきたいと思い、うろ覚えの設定を思い出したり再設定やプロットも起こしてますが、いつになるかわかりません。ごめんなさい。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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