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ギブミーカフェイン!  作者: バケツロリータ
2箱目 目覚めよ、クソ兄貴。
12/17

4本目 ロストパンティ・マイライフ

「………おぉいしぃぃぃい!!!」


 感想に思わず感嘆符が付く美味さ。今日は珍しく一人の食卓。面倒くさいので、今日はレトルトカレーに世話になっていた。


 ちなみにレトルトカレーを初めて市販化したのは日本企業だというのはご存知だろうか?元々医療機関や軍用糧食として研究開発されていたレトルト技術に目をつけた製薬グループが、点滴の殺菌技術を応用して製造。

 当時は2ヶ月程だった賞味期限もパッキング技術を発展させて2年に延長し、当時はボロボロだった評判も、地道な営業による努力の積み重ねで売上を伸ばし、最大の特徴である手軽さが時代と相まって瞬く間に普及していったの。


 正に努力と英知の結晶。嗚呼、レトルトは偉大だ。普通に美味しい。むしろどうしてここまで美味しく作れるのか気になる。

 あまりにも美味いので、すでに丼2杯目を平らげてしまった。体重なんか気にしねえ。あたしゃ成長期だよ。


 私は満足した顔で、空になった丼にスプーンを置いたが、やはりそれでも向かいの空席が少し気になる。

 いつもなら向かいの席に冴えない私の兄貴がいるが、ローマ人みたいな顔立ちにヒゲがマングローブ林みたいにモッサモサの友人の家に行ったきり帰って来ない。何やってんだろ。アテナイでも攻めてるのだろうか。

 ちょっと心配なので、先程メッセージアプリで夕飯が必要かと聞くと3秒程で「今日は食べて来る」と返事が来たが、「りょ」と書き込んだメッセージには全然既読が付かない。


 多分兄貴は昨日の事について怒ってるのだろうと、私は思っている。

 下着を失くしたのは、洗濯をした兄貴の管理不足だと思い、その後口論。その口論も段々と互いのボキャブラリーが尽き、『バーカ』『アーホ』『ボケナス』『チンチクリン』等の語彙力が幼稚園児レベルの口喧嘩となり、反撃として放ったであろう兄貴の「ペチャパイ発言」にカッとなり、反射的に拳が出てしまった。あ、そういえば脚も出た。兄貴の左の“こめかみ”辺りに気持ちの良いハイキックがクリーンヒットしてしまった。

 もちろん微妙な空気になって、謝ることも出来ず、寝てしまった。

 今思えば申し訳ない事をした。失くしたのは多分兄貴じゃない。

 部屋から『それイけパンパンWOMAN』とか『緊縛少女48時!!』とか『ヤッテミーター4』とか変なDVDが出て来る兄貴だけど、多分違う。絶対に違う。


 とはいえ、じゃあ私の下着はどこへ行ったのだろう。あ、下着と何度も書いてはいるが、正確に言うとスポブラとボクサーショーツ。個人的にピンクだとかフリルとかが反吐が出るほど嫌い。リボンがついてたり星の模様とか水玉も嫌。なんか「女だからKawaii下着付けとけ」みたいな押し付け感がクソ。色気とか意味わかんねえよアホタコ○ね。勝負下着とか何だそれ。服着たら見えねえだろアホか。街中で脱ぐんか。クソ喰らえ。

 だからこそ、私は黒やネイビーやグレーの下着だけを、それぞれ3枚づつ持っている。しかしながら、グレーのショーツが1枚紛失している。何故。


「…空き巣?」


 いやまさか。と思いたいけども、可能性が捨てきれない。それどころか本当に空き巣や下着泥棒の仕業とも思える。最近は近辺で空き巣被害や強盗も多いと聞く。


 嗚呼、クソ。

 そうとなればまた、1セットを余分に揃えなくてはならないではないか。余計な手間をかけさせてくれる俗物め。なんか不快感よりも腹立たしい。


「…いや、家のどっかに。」


 そうだよ。それだよ。もしかしたら家の中にあるだろう。隅々まで探さないで何を言うか。全く情けない私よ。


 そもそも他人を責める前に、自分自身はどうなのだ。私。

 部屋のドアを開ければ、通販のダンボールや参考書、そして脱いだ服や下着が床のフローリングやテーブルを覆い、父が買ってくれた勉強机は物で溢れ、辛うじて空いている机上の小さなスペースでスマートフォンからボブ・ディランを垂れ流しながら参考書の問題を解いているではないか。


 おまけに学校では常に独りぼっちで、毎日毎日“しかめっ面”で教科書とにらめっこし、休み時間は一人でゼリー飲料を食べては机に突っ伏して寝て、下手すれば1日中一言も話さずに帰宅する日もあるじゃないか。

 あと、この前は「一海ちゃん頭良いけどさー、無口だし目付きがなんか怖いよね」とかをトイレで言われてたり、男子からは、「美人だけど目付きが母親を猟師に狩られたオオカミの子供みたいで怖いよな」とか微妙で面白くもない例えでからかわれて、アイツらの話の種にされてたのを聞いていたじゃないか。涙目で。

 

 そのくせ家では兄貴に対して強気という、まんま“内弁慶”じゃないか。

 しかも美味い飯も作れないと来た。いつも兄貴は大量のタバスコをかけてなんとか完食してくれるけど、毎度20分はトイレに籠もっているじゃないか。気を使わせてどうするのだ。そろそろ上達せんか。

 そんなお前に、他人を咎める事が出来るのか?


「うぅぅ…………。」


 ぐうの音も出ない。完全に自分自身を捻じ伏せてしまった。勝手に自己分析して勝手に自滅してしまった。

 メンタルを自分でゴリゴリ削ってどうするのだ。


 なんか涙出てきた。辛い。帰りたい。今居るのは家だけど。

 今日は泣いてしまおう。


「……ん!?」


 なんて思っていたら、急に聞こえてきた音に、涙と感情が引っ込んだ。何か割れる音だ。窓?いや、色々割れてる気がする。皿?なんかやたらめったらめっちゃ割れてない?

 擬音で表現すると『パリリリリン』って感じで…、いや割れ過ぎでしょ!?

 今日は部屋の窓を網戸にしていたから、余計に良く聞こえる。


 そういえば我が家の一軒隣はアパートだったな、と思い返す。壁が薄い事で有名な会社のアパートじゃなかったかな。インターホン押すと一斉に住人が出てくるとかいう都市伝説があるアパート。名前なんだっけ。


 …ってそれどころではない。DVとか虐待だったらどうしよ。どうすれば――その為のスマホだろうが!

 私は慌てて反射的に検索エンジンで『dv 通報』と検索欄に指を滑らせていた。

 途中で誤字るも、エンターを押して――えっ、録音?あー、『証拠があれば警察も動いてくれる可能性が高くなります!』って事か――めんどくせぇ馬鹿か電話アプリ開いて警察に通報じゃ通報!


 番号なんだっけ?911?117?117?



 いや、これだ!


「………あっ!もしもし!」


 と、軽くパニックの中でやっとこさ番号を打ち込み、『火事ですか?救急ですか?』と緊急通報が繋がったころで、聞き覚えのある声がアパートから聞こえてきた。




『何してんだテメェ!!!』



 それは、いつも向かいの席に座る、冴えない男の声だった気がした。根拠は全く無い。



「あ、えーと、じゃあ、救急で…。」


 そして我に返った私は、ピザ屋へ注文するテンションで、救急車を呼ぶ事にした。




 情けない。まんま“内弁慶”である。

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