3本目 唯一のダチ、一人のダチ
「…って訳でね!おかげで疑われて、殴られて大変だったのよ!」
昼下りの休日、油臭く小汚いガレージで俺は左眉に貼られた血の滲む絆創膏を撫でながら、悩みの種となっていた一昨日の“パンツ”の話をしていた。
この油臭く小汚いガレージは、もちろん俺の家ではない。
「つまり妹のパンツにも手を出すクソ野郎って訳だな。把握。」
この余計な一言が多い、機械オタクの家の敷地内に設けられたガレージである。
緑の塗装が所々剥げた、コンクリート打ちっぱなしの床に、油まみれの一斗缶やガラクタの様なバイクの残骸。剥き出しの鉄骨が張り巡らされた壁には良く分からない工具と、色々とハミ出て大事になってるグラビアアイドルの際どいポスターが吊るされ、それらに囲まれるかの様に、車種の異なる2台の車両が黄色いシートを被ってキレイに並べられている。
…いや、2台目の奥に二輪車らしき物体が銀色のシートに包まれて2つ確認できる。アイツまた買ったのか?
そして、そのガレージのど真ん中の作業スペースに鎮座するのは、レッグシールドやカウルを剥かれ、貧弱そうなフレームや腸が剥き出しになった俺のスーパーカブ。
と、まるでゴリラの様な巨体に黄色い作業服を纏った男が一人、小さく縮こまって気怠そうに作業をしている。
「でもねぇー、そんな事よりねー、なんでこんな事やらかすの?馬鹿なの?」
溜息混じりで呑気そうな抗議の声とは裏腹に、バイクの前から腰を上げて振り返った獣の様な大男の彼。俺の唯一の親友である『芽頭 鋼一郎』である。
潔さを感じるソフトモヒカンの頭に、ローマ帝国から来た様な異国情緒溢れる顔付き。そして熱帯雨林を思わせる太い眉と、モミアゲから繋がった立派な髭。そして、彫りの深い顔の奥で光る優しい目。パッと見た出で立ちは、前にスナック菓子を摘みながら自宅で観た映画の“レオニダス”にそっくり。なんか叫びながら使者を蹴り落としそうだし。ちなみに、これでもオレと同い年。のはず。
コイツとは中学時代からの繋がりがあるが、昔から毛深くてイタズラっ子で、あだ名は“ゴリラ”や“キンコン”、あとは“森の人”とか呼ばれてた。
それと、技術者の父親の血を引いているからなのか、はたまた鍵屋の息子という事もあってなのか、機械弄りも好きであった。携帯ゲーム機を七色に光らせてたり、工作室の設備でナイフや吹き矢を作ってたり、気に入らない先生の自動車にイタズラしたり、ピッキングで施錠された教室や屋上に忍び込んだりと、色々付き合わされたっけ。
高校時代は別々の学校だったが、自転車に業務用洗濯機のモーターを取り付けて通学最速を目指してたとか、運動部の備品を廃材から創り出して顧問から賄賂貰ってたとか、いろんな合鍵を作っては同級生に売り捌き、売上金で単車買ったとか色々伝説があるらしいが、生憎ズケズケと聞ける根性は持ち合わせてない。それに、彼も自慢話をするクチでは無いので、聞かされることも無い。
ちなみに、俺が移動の脚として使っている『スーパーカブ』は、芽頭から2万で譲って貰った物だ。車体もエンジンもボディーも別々の車両から拝借してきた寄せ集めの車両だが、今の所しっかり“止まる”ので不満はない。
「いやーうっかり買ったジュースがカフェイン入りだったから…。」
俺は芽頭の抗議に対して、申し訳なさそうな顔で答えつつ、目線を芽頭の方向から反らす。いや、正確には芽頭の大きな手のひらから。腰を上げて差し出された芽頭の手のひらには、スーパーカブの鍵がちょこんと居座っている。
“ネジ切られて頭だけになった”鍵が。
いやーたまにやるのよね。鍵のネジ切り。注意しててもついヤッちゃう。他には蛇口破壊とか…。あ、前にドアノブを千切ったっけ。こんな事になるのは全てヘンテコな能力のせいな訳で…。こんな力さえ無ければ、残暑厳しい昼下がりの道を、単車引いて数十キロ歩く事も無かったのに。
いや、確認はしてるんですよ!ちゃんと『ノンカフェイン』の食品や飲料を確認して買ってるし、有事の時だけ飲食する様に決めてますし。
でもさ、やっぱりたまには飲みたくなるじゃん?ドクター○ッパー。
「あのねぇ…、今年に入ってこれで4回目だぞ?しかもお前、瞬間接着剤で折れたの抜こうとしたろ!」
頭をかきながら、「こりゃ出る幕ねえな」と芽頭は呆れ顔で物申した。どうやら「瞬間接着剤で接着して折れた鍵を引っ張り出す」作戦が駄目だったようだ。ネットを安易に信用してはいけないんだなと思いましたまる。
って、ちょっとまて。俺は今年で3回も鍵を壊してたの?マジ?しかも今回で4回目!?マジ?
「あー、これじゃシリンダーまで交換…。費用はざっと見て…。」
「ざっと見て…?」
「5万円ネ。」
返答にかかった時間は0.2秒だった。
その言葉を理解するのに数十秒程かかったと思う。つまり5万円。思わず「ヴェ!?」っと、踏まれたカエルみたいな声が出た。
過去の行いに少し動揺をしつつも、瞬時に表情を“懇願”に変えて合掌して決め台詞を放つ。
「そこをなんとk」
「嫌どす。」
こうかは いまひとつの ようだ ▼
「いや今月キツいので…」
「ハァ、知らねえよ。」
無慈悲だなぁ。ならば。
「ラケーテちゃん…」
「…今、なんと?」
おっ、芽頭君が食いついてきたな。更にプッシュしてみる。
「『魔法少女』…。」
「まっ、まさか…!?」
さあ唱えよう。芽頭を落とす呪文を__。
「『魔法少女プリウス☆ラケーテ』!!!」
説明しよう!『魔法少女プリウス☆ラケーテ』とは、ツインテールな主人公「ラケーテ」ちゃんの必殺技がよく外れてコンビニに突っ込んだり、そもそも主人公のラケーテちゃんがエゴの化身だったり、色々とギリギリでアウトな表現を多様するなどで視聴者を混乱に陥れた深夜アニメである。ちなみにBDやDVDでは謎の光がしっかりと消えている。(Wakipepeaより引用)
ちなみに芽頭君は、この作品の熱狂的ファンである。解説終わり。
「………は?」
こうかは いまひとつの ようだ ▼
「…の!」
「の?」
まだ終わらんよ__。
「『魔法少女プリウス☆ラケーテ』のラケーテちゃんの濡れ透けマイクロビキニ仕様フィギュアァァァァァァ!!!!!」
「8番くじのラスイチ賞を何故貴様がぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁああっ!?!?!?????!!!!!!?!?!!!!」
コンビニで何となく買った8番くじの景品が、ココで活きてくるとは。帰宅時間帯の買い物で混み合うコンビニの店内で、抱える程の大きさのドエロいフィギュアの箱を渡され、カウンターから出口までの数メートルの間に来店客達に蔑む様な視線を送られて泣きそうになったが、まさかここで活きるとは。
こうかは ばつぐんだ!▼
「……を、引き換えに!部品代及び工賃無料を要求する!!!」
「いやそれは無理」
めのまえが まっくらに なった!▼
「えーケチじゃん。」
「おまっ、ケチって………俺がどんな大変な思いして修理したと思っt」
芽頭が呆れ顔を怒り顔に変えようとしたところで。
「んじゃクソエロい『ハイレグバニーガールプリウスちゃん』のタペストリーも付けちゃう」
「へへへへへっ!話の分かる奴は嫌いじゃねーぜ!」
見事に手懐けました。こういうのはタイミングよ、タイミング。芽頭がヤル気を出し始めたところで、俺は「フリマアプリに出さなくて良かったな」と思いつつ、安心して工場に置かれたドラム缶に腰掛けた。
「んで、また始めたの?“族狩り”。」
スーパーカブのハンドル周りをバラしながら、芽頭が話しかけてきた。てか族狩りってなんだ。
「どちらかと言うと“パトロール”が良いかな。」
そう返しながら、芽頭がくれた“デカフェ”の緑茶のペットボトルに口を付ける。が、それは芽頭の一言で遮られることとなる。
「4ヶ月前の事があったのにか?」
思わず飲みかけたボトルを離し、「あー、まぁな。」と歯切れの悪い返事で答える。そして思い浮かぶは4ヶ月前の記憶。
吹き飛ばされる四肢。腹部を自身の左手で殴られ、眼の前には己の胴体。頭を蹴られ、地面を転がされる感覚。
嗚呼、思い出すだけで背筋が凍る。いくら不死身とはいえ。
「………あー悪い。」
察してくれたのか、芽頭が話を変えようとした。それに合わせて俺は新たな話題を振る。
「そう言えばこの前の__」
「空き巣の事か」
それだそれ。ニュースでやっていた話題を繰り出し、更に続く言葉も捻り出す。
「…空き巣ってどうやってんだ?」
なんか俺が空き巣をやりたがってるみたいじゃねぇか。なんて思ったが、芽頭は気にすることもなく「俺も気にはなっていたんだけどねー」と、作業をしながら答えた。
「まあ、やった事無いから流れは分かんないけどもー」
既に慣れきった手捌きで用無しとなったシリンダーを引き出しつつ、新品のキーシリンダーのビニール包装を開封して、俺の質問に対しての回答に答える。
「侵入するのに特別な技術は要らねぇな。」
「えっマジ?」
意外な回答に少し面食らった俺は、前のめりで芽頭に話しかける。
「あぁ。ピッキングも、今じゃ鍵の技術が上がって面倒くせえしな。あんなのフィクションだけだ。」
「へー。んじゃ窓から?」
「それもあるけど、音がどうしてもな。オマケに最近は集合住宅も多いし。『三角割り』なんて小技もあるが、最近は防犯フィルムが普及してるしな。」
「ならどうやって?」と、俺はペットボトルの緑茶を飲みながら質問をする。
「呼び鈴鳴らして『宅配便でーす』とか言って開けてもらうのよ。んで、空いたところにボルトクリッパーをねじ込んで…、ドアチェーン切ってお邪魔するのよ。」
作業の手を止めながら、芽頭がクリッパーで切断する動作をして答える。
「なかなか強引だな。でもカメラ付きのインターホンの家とかは…」
「そこは最初から避けておくのよ。んでターゲットを『一人暮らしの女性』とか、『老夫婦』に絞るのさ。予め下調べをしてな。」
「あー。反撃されない為にか。」
「そうよ。弱い方が“楽”だしな。」
少し気味の悪い笑顔を浮かべながら答えた芽頭は、新たな鍵をシリンダーに差し込んでは、鍵を捻って電源のオンオフを繰り返していた。正常に動くか確認してる様だ。
「犯罪ってのは、以下に楽に実行できるかって考えるもんだ。例えば車をパクるなら、止まってる車を必ずしも狙う必要は無い。道路で車を停めて、運転手を引きずり出せば良い。」
「それも、防犯技術の向上故なのか?」
俺の回答に「そのとおり。」と、ラチェットを握る右手で俺を指差しながら答え、話を続けた。
「いろんな防犯装置――。イモビライザーやスマートキーにハンドルロック。色々ついたからコソコソやるのが面倒になったのさ。」
彼はそう言いながらも、作業の手を止めることなく、少し乱暴にスーパーカブのカウルを車体に被せ、金具を取り付けては、ラチェットで小気味良い音を響かせながら締めていく。
「他の方法としては、スマートキーの反応範囲を広げるリレーを用いた『リレーアタック』ってのもあるが、これもさっきのと同じ考えだ。技術が発展するほど、犯罪は大胆で、それでいてとってもとっても単純になるのよねーっと。」
「……世の中、皮肉なもんだね。」
俺の呟きに「あぁ、全くよ。」と返した芽頭が、立ち上がりながら鍵を俺に放り投げた。
「直ったぞー。もうこれで勘弁してくれ。」
ため息混じりに話した芽頭は、大きく腕を広げて普通に背伸びをした。何だよ。びっくりしちゃったじゃん。ドラミングをすると思って、俺ちょっと身構えちゃったじゃん。
「ホント悪かったよ。“御礼品”は、また後日な。」
ジェットヘルメットを被りながら御礼を言うと、彼は「必ずな!忘れんなよ!」と念を押した。
分かってるって。俺は苦笑いで答えると、キーを捻ってキックペダルを蹴りつけてエンジンを始動させた。
相変わらずのエンジン音を奏でながら目覚めたスーパーカブに跨がり、「ありがとう!」と、彼に言いながらギアを入れて走り出す――、
「だー!!!ストップー!」
――のを、芽頭が俺の右手を掴んで止めたのだ。
そして、熱帯雨林の様な眉毛をひそめ「お前…、正気か?」と問いかけた。
「えっ、何?」
俺は芽頭の言葉に呆気にとられていると、“レオニダス”は言葉を続けた。
「このバイク、もっとよく見せろ。」
後にバイクの修理箇所が多過ぎて、俺の懐から数万円程が吹き飛ぶとは、この時は考えもしなかった。