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九話




 昼休みに入ってすぐ、賢治はクラスメイトに連れられるまま裏庭へやってきた。

 今更だが賢治は自分が加担する派閥がマ○ブルなのかアポ□なのか把握していない。向かってくるやつを全員殴り返せばいいだろうと非常に大雑把な決定を自身の中で下し、始まった喧嘩で期待されるままに拳を振るう。


「全ては我らがアポ□の名誉のために!」

「マ○ブルの誇りを穢させはしない!」

「もうやめろよ! こんなの間違ってる……アポ□もマ○ブルも……きのこやたけのこだって皆に笑顔で食べてもらいたいんじゃないのかよ……! こんなの、こんな哀しいの……おかしいよ……ッ!」


 お菓子なだけに。

 白熱するかと思われた戦争はしかし、お菓子本来の輝きに目を覚ました兵によって収束する。

 アポ□もマ○ブルもかわいらしくて美味しい、人々に喜ばれるお菓子だ。平和と喜びの象徴だ。

 なんて馬鹿なことをしていたんだと自嘲する彼らの間に講和が成立、記念してそれぞれお菓子を持ち寄ったパーティーの開催が決定されるが賢治はそれを辞退した。戦いの終わった戦場に傭兵は残るものではない。なによりも、賢治には駆けつけるべき場所があった。

 裏庭に向かうときよりも急ぐ足、屋上の扉を開けば会長がフェンスに肘をついてその背中を見せていた。

 振り返る会長の顔が逆行で見えない。


「……遅れて悪い」

「来てくれた……それだけで十分だ」


 穏やかな声、その中に一片も寂しさがなかったとは賢治が断言することはできない。

 会長は足元に置いていた弁当を持ち上げ、賢治のもとへ歩み寄ってくる。

 ようやく見えた会長の顔は、あどけない笑みを見せていた。


「一緒に食べよう。そのために、俺は待っていたのだから――」


 賢治も会長もいつもより食べるのが遅れたために空腹を抱え、殆ど会話もないままにひたすら弁当を貪った。

 香ばしくカリッとさせた皮に、トマトベースの野菜盛りだくさんソースが絡んだ鶏肉メインの弁当は今日も大変美味しく、お~いお茶を飲んでいひと息吐いた賢治は会長を拝む。


「いつも助かる」

「なに、食費は貰っているからな」

「手間賃とか払ってねえじゃん」

「自分のついでだしな。気になるのか?」

「そりゃな」


 頷いた賢治はさっと視界を走った影に顔を上げ、頭上遥か遠くを旋回する鳶の鳴き声に目を細める。だから、会長がぎらりと目を光らせたのに気付かなかった。


「そうか……ほんとうに気にしなくてもいいんだが、気負わせるのも悪いしな。ああ、そうだ。次の土曜日、外出に付き合ってくれないか?」

「外出?」


 いかにもとってつけたように用事を作った会長、逆に気を遣わせたかと賢治はため息を吐く。その様子に会長は「嫌なら構わんよ」と言うので慌てて否定する。面倒だと思ったが故のため息ではない。


「喜んでお供します」

「うむ、苦しゅうない」

「で、どこ行くんだ?」

「そろそろ夏服を何着か買おうと思ってな」


 あー、と賢治は日本人の大半が使う同意と理解を込めた気の抜けた声を出す。

 やたらと設備が整っているために空調が快適な学園だが、だからこそうっかり季節感を疎かにして服に困るときがある。しっかりと備える会長は流石だろう。

 それならば自分もついでに見繕おうと呟くと、会長は賢治の私服について訊ねてくる。そういえば、お互いに制服か昨日見た寝巻き代わりの部屋着しか見たことがない。


「キレカジ……」

「なんか不満か会長この野郎」

「不満というか、冠城の口からキレカジという言葉が出てくるのが大層違和感だ」

「笑いたけりゃ笑え」

「っひー! き、れ、か、じ!」

「なにがおかしい!!」

「理不尽!」


 指さして引き笑いする会長の頭を賢治は叩いた。笑っていいと許可を出しておきながらこの仕打ち、流石不良。流石賢治。


「まったく、優秀な頭がポンコツになったらどうしてくれるんだ。腫れてないか? 逆に凹んでいたりしたら怖いんだが」

「そこまで強く打ってねえだろ、なんともねえよ」


 大丈夫だいじょうぶと差し出された頭を撫でれば会長が「もっと切なく狂おしく頼む」と注文してきたので、賢治はわしゃしゃしゃしゃと激しく会長の頭をかき混ぜた。


「セット乱れたぞ、なんてことをしてくれるんだ」

「会長も大概理不尽な」


 いつもより遅くに食べ始めたとはいえ、その分勢い付いて早く食べ終わったのでこうして会話をする時間がある。

 賢治は会長と昼休み終了五分前まで屋上で過ごし、いつも通りそれぞれの教室へ向かうために別れた。

 教室にはFクラスの生徒の何割が見ているかも定かではない行事表にアポ□マ○ブル講和記念式典が書き足されていたが、やはり正規兵ではない賢治には関係のないことだ。


「あ、冠城ー、今度の土曜日遊びに行かね?」

「先約あるからパス」

「女か!!」


 前の席のクラスメイトが色めき立つが、賢治は冷静に否定する。


「じゃあ誰と出かけるんだよ、俺以外と遊ぶとかジェラシーなんですけど!」

「幼稚園児か。ってか、お前だって散々他と遊んでるだろうが」


 昼食後、腹いっぱいで眠気を感じたが故にぐずっているのだろう。クラスメイトがしつこく「ねーねーだれとでかけるのー」と訊いてくるので、賢治は「会長」と答えかけて踏みとどまる。Fクラスの自分と休日にまで一緒に行動しているというのは会長にとって外聞が悪いかもしれない。折角毎日昼食を作ってくれる相手にそんな恩を仇で返す真似はしたくない。雨の日のことは三歩歩けば忘れるFクラスではとっくに流されているし、校内全体で見ればそこまで広まっている出来事ではないのだ。


「……頭が良くて人望があって料理上手できれいな奴と出かけるんだよ」

「…………分かった、今度合コンセッティングしてやるから哀しい妄想はやめような」


 生暖かい目で見てきたクラスメイトの脳天に賢治が唐竹割りを落としたところで教師が教室に入ってきて、賢治は授業が終わるまで長いバネの先にちょうちょのモチーフがついたカチューシャをつけることを強いられた。びよんびよんちょうちょが飛ぶカチューシャは教師の私物らしいが、彼がなにを思って授業を行う教室にこれを持ってきたかは誰にも不明である。

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