表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

七話




 なんとなくふわふわと心地いい夢を見ているような気がした。明晰夢と言い切れるほど意識がはっきりして自由自在に物事を動かせるわけではないが、夢を見ているんだなあ、とぼんやりした理解を得られる程度には夢の支配から逃れている。

 しかし、夢はあくまで夢であって、賢治をそこから現実へ引き上げるのはぽすぽすと体を叩かれる感触。

 ぽしょぽしょとなにかのささやき声を聞き、賢治はふっと瞼を開けた。

 目の前に会長の顔がある。


「おはよう、朝だぞ」


 近い。

 とても近い。

 アップにも堪えられる顔ってすげえな、と思いつつ、賢治は寝起きで声を掠れさせながら「おはよ」と返した。にこ、と会長が笑う。

 少しずつ動き出した頭でどうして寝ている自分のすぐそばに会長の顔があるのかを考えた賢治がのっそり首を起こせば、会長は賢治に添い寝するように横になっていた。上着とネクタイを外した制服姿にアップルグリーンのエプロンが爽やかだ。


「あなた、朝ごはんが冷めちゃうわよ」

「…おーけー、はにぃ。顔洗ったらすぐに行くよ」


 会長は素晴らしい腹筋で起き上がり、賢治もネックスプリングで起き上がる。それを見た会長はもう一度横になり、自身も試してみるが踵を布団に打ち付けるに終わった。


「……起こしてくれ」

「腹筋使えよ」

「心が折れて気力も失せた」


 賢治は伸ばされた会長の両腕を引っ張る。そのまま会長がぶつかってきたので後ろに倒れ、べしゃりと賢治の上に会長が乗っかった。


「重い」

「酷い」

「モツが出る」

「頑張れ」


 どこまで気力が失せているのか、一向に退く気配を見せない会長。朝ごはんが冷めちゃうとは誰の言葉だったか。

 折角作ってもらった朝食が冷めるのはいただけない。賢治はごろりと横になり、会長を自分の上から退かす。腕を突っ張っているため会長に賢治が経験した重力は感じないだろうが、自分の上に野郎がいるという状況には変わりない。


「……優しくしてネッ」


 手を組んできゅっと目をつむる姿に賢治は笑う。無意識にくしゃと会長の頭を撫でて起き上がれば、気力が回復したのか会長もきちんと起き上がった。


「じゃ、顔洗ってくるわ」

「おう」


 何事もなかったように分かれ、賢治は自分の部屋よりも広々とした洗面台で顔を洗う。用意されていたタオルはガーゼで、下手に吸水性を謳うもこもこタオルよりも優秀だ。使い捨て歯ブラシまであって、用意した会長の手際の良さが窺える。有能な人間は私生活においても然り。

 自前のジェルを持ってきていないのだが、会長はマットタイプのワックス派だった。勝手に使うのはどうかと思い、ドライヤーをかけるのも億劫で賢治は「まあいいや」と軽く梳かしただけで洗面所を出る。

 会長は既に皿を並べてテーブルに両手で頬杖をついていた。


「お待たせ」

「いま来たとこ。まあ、座れ」


 手軽に食べられるものというリクエストをしたが、会長が作ってくれたものは賢治にはあまり見たことがないものだった。おにぎりなんだかサンドイッチなんだかその間の子なんだか。


「おにぎらずというらしい」

「おにぎらず」

「弁当には向かないという意見もあるが、朝食ならば問題あるめえよ」


 さあ食え、と促され、賢治は両手を合わせる。更に並べられたおにぎらずから手前のものをひとつ取れば、家事前から窺える具はどうやら卵とそぼろ。大口開けて齧りつくと卵の塩気とそぼろの味付けに使われたほんのり甘い味噌がきゅう、と腹を刺激する。他にもザワークラフトと刻んで炒ったサラミ、ツナマヨコーンなど多彩だ。米なので腹にも溜まる。


「んまい」

「それは良かった。茶いるか? 珈琲のほうがいいか? チャイもあるぞ」

「お茶ください」

「あいよ」


 至れり尽くせりの朝食だったが、食べ終えてもまだ普段よりもぐっと時間に余裕がある。賢治は洗い物を手伝って手を拭いたあと「部屋戻るわ」と会長に声をかけた。制服もなければ鞄もないのだ。


「そうか、じゃあまた昼に」

「朝作ってもらって昼もってなんか悪いな」

「俺とお前の仲じゃないか」


 HAHAHAと会長は笑うが、賢治はそういえば自分と会長はどんな仲になるのだろうかと考えた。友人というには違和感があるし、とまで考えたところで会長が目の前で大きく手を叩く。


「うおっ」

「すまん、虫がいた」


 虫なんかいただろうかと戸惑うが、会長が態々ティッシュを取り出して手のひらを拭っているのでいたのだろう。驚きのあまりなにを考えたか忘れてしまった賢治に「寮に戻るんだったな」と会長が言う。


「え、ああ、うん。じゃあ、また後で」

「ああ、また後で」


 にこやかに笑う会長に手を振られ、賢治は会長の部屋を出る。

 まだ早い時間だからか、特別室の使用者が多くないこともあり静かな廊下を歩いていると、ドアのひとつが慌てたように開いた。

 携帯電話片手に飛び出してきたのは風紀委員長だった。賢治を見て目を丸くする彼は既にぴっしりと制服を着こなしている。


「なんで此処にいるんだ」

「会長のとこに泊まった」


 この場で半端な嘘を吐くのは逆によろしくないと判断して、賢治は正直に白状する。


「……え?」


 今なんて? と訊き返す風紀委員長にもう一度答えてもまた訊き返されそうだと思い、賢治はスタスタ歩き出す。後ろでは未だに「え……えっ?」と風紀委員長が戸惑い続けていたが、携帯電話に着信でもあったのか「え? かけ間違いだった? 紛らわしいにもほどがあるだろう!」と怒鳴って部屋へ引き返したようだ。

 賢治は自身の部屋へ戻り制服に着替えて髪をセットし、まるで優等生であるかのような時間帯に登校した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ