十三話
会長お手製の夕飯はビーフシチューだった。非常に美味しかったが会長曰く実家で作るときは赤ワインを使っているらしい。寮では流石に持ち込めないので、腹いせに肉を柔らかくもできるしやったれとぶどうの炭酸ジュースで肉を煮込んだと言っていた。賢治には料理に炭酸を使うという発想がなく驚いたが、会長に「じゃあお前は重曹をなんだと思っているんだ」と言われ、堂々とカルメ焼きを膨らます魔法の粉と答える。会長が食後の紅茶を淹れたとき「ほら、魔法の粉を入れたら甘くなったぞ。すごいな」と言いながら砂糖をいれたので、賢治は脛を蹴りたくなるのを堪えた。あちらが誘ったとはいえ食事や風呂まで用意してくれたので、賢治だって借りてきた猫のように大人しくなる。
賢治に「先入れ」と促す会長を流石に「そりゃねえよ」と風呂へ押し込み、賢治は携帯電話をいじりながら暇をつぶす。幾つか入っていた連絡で、自分の部屋へクラスメイトがやってきていたことを知るが、賢治が別のとこに泊まっていると返したら、一斉に「もげろ」「腐り落ちろ」「暴発しろ」とひっでえ返信があった。クラスメイトたちの頭は下半身直結でいけない。
とはいえ、賢治も高校生男子。そういえば最近は、などと思えば気になるものがある。
「おさきー」
「うぃーっす」
ぼんやりと考えていたら会長の声がして、顔を上げた賢治は真顔になる。
以前、こいつはエロいと思ったままの会長がいた。
暑いのか上半身は裸で、程よくついた筋肉に濡れ髪から時折落ちる水滴が伝っていく様が実によろしくない。平素ならともかく、なんとなくそちら方面へと思考が流れていた賢治には大変よろしくなかった。
「……どうした?」
水気を吸って重たくなった前髪をかき上げながら、会長がちらりと視線をよこしていることに賢治は額を押さえる。
「頭でも痛いのか?」
心配そうな声で呟き、会長が賢治の前に立って手を伸ばしてきたので、賢治は仰け反るように顔を上げた。そして至近距離で覗きこんでくる会長の若干影になった顔と体に「ひぃ」と声を上げる。
賢治はいま、開けてはいけない扉に手をかけている。
己へと必死の制止をかけるも、眼球は会長の頬を伝っていく水滴を追い、喉、鎖骨、胸へと視線を移動していく。
会長の手が伸びて、賢治の首に触れる。がちん、と固まった賢治に構わず数秒手を当て続けると、会長の手はあっさりと離れていく。
「熱はないな」
「せやな!」
「口調どうした」
「会長は別学じゃなくて共学に行くべきだった」
「なんだそれ」
会長が笑い、賢治の隣にぼすん、と腰掛ける。タオルで髪を拭いていく姿は男らしいのだが、思考が切り替わりかけている賢治にはその仕草すら琴線を揺らした。
このままではほんとうにまずいと判断し、賢治は立ち上がる。
「お風呂、お借りしまーす……」
「早くきてね、ダーリン。待ってるわ」
「先に寝ててもええんやで!!」
「だから、口調をどうした」
上手い言い訳もないまま風呂場へと飛び込み、賢治は時折タイルに額を打ちつけながらひたすら冷水を浴びた。
一応泊まるつもりで来たが、これはもう帰ったほうがいいのではと思ったところでノックの音がする。
「着替え忘れてたから置いとくぞ」
「あ、はい」
今更帰りますとは言えない空気が濃厚になった。
結局くしゃみを三連続してからようやく冷水を切り上げた賢治だが、風呂から出たら出たでそれで済むわけもなく。
「お前なんでこんな冷えてんだ。暑かったにしても季節考えろよ……ちょっと座ってろ」
ソファに座らされ、後ろに立った会長にドライヤーをかけられた賢治はだんだん己の顔が静謐なものになっていくのを感じた。
「項温めたから多少マシだと思うが、やっぱ不安だな……」
「いや、気にすんなよ」
「気にするだろうが、ばか。他の布団干してないからな、仕方ない」
賢治は嫌な予感がした。
予感は見事的中、会長はふたつの敷布団を寄せて、掛け布団を二人分重ねた。大きめの布団なので男二人でも狭すぎるということはないだろう。片方がベッドを使うことは、そちらからも掛け布団を持ってきている以上できない。賢治は会長との同衾が決定した。
「……いやいやいや、ほら、流石に悪いし」
「風邪引かれるほうが気になるわ。いいから寝ろ」
会長は賢治を布団のなかへ蹴りこむと、自身も堂々と布団のなかへ潜り込み、唐突に舌打ちした。
「やっぱりお前冷えているじゃないか」
会長が腕を伸ばして密着してきたことに、賢治は再び硬直する。だが、会長は先ほど同様に腕をすぐに引っ込める。
「お前硬いわ……でかいしな」
「そりゃ……デスクワーク多めの会長より動き回ること多いし」
「抱きしめるのしんどいからお前が俺を抱きしめろ。俺はどっかのばかと違って冷えきるまで水浴びたりしてないから暖かいぞ」
待てとか落ち着けとか、賢治がかけようとした制止の言葉は一切間に合わなかった。
賢治の腕をひょいと持ち上げて、会長は賢治の胸板に擦り寄る。下ろされた腕は自然と会長の上にのり、ぱっと見は賢治が会長を抱きしめている。
冷えていたはずの体がじわじわと熱くなってきて、賢治の脳内が「まずいまずい」でいっぱいになったころ、会長が「冠城」と賢治を呼ぶ。
「は、はい」
「おやすみ」
居心地のいい場所を探したのか、ぐり、と額を賢治の鎖骨の下に押し付ける会長。まるで安心しきったかのような顔に賢治のなかで燻ったものがふっと落ち着きを取り戻す。
「……おやすみ、会長」
賢治は自分の腕がある分、隙間で会長が寒くならないように自分より僅かに薄い体を抱き寄せた。




