十話
土曜日、待ち合わせ場所であるバス停に向かった賢治は先についていた会長に声をかけながら近づく。最初は寮の出入口を会長に指定されたのだが、それではひと目につく。なんのために賢治がクラスメイトに哀しい妄想野郎疑惑を持たれたのか分かったものではない。
賢治の声にぱっと顔を上げた会長が、すぐにばっと顔を背ける。
「……キレカジがそんなにご不満か」
「似合ってる。ちょう格好いい」
「こっち見て言え」
「いや、ほんとうに似合っているんだ。だが、きれ、キレカジという言葉がだな……」
ため息ひとつ、賢治は硬い声で会長を呼ぶ。気まずそうに顔を向けた会長に向かい、俯きがちに片手で髪をかき上げ、イケメンヴォイスを心がけて囁く。
「――キレカジ?」
会長はイケメンがしてはいけない顔で笑い出した。ひーっひーっともはや鳴き声のような引き笑いで腹を抱え、とうとう噎せて吐きそうになっている。
「おえっ」
「落ち着けよ、せっかくのサロン系が朝食と胃液の和え物で大変なことになるぞ」
「……おう」
「『サロン系』は平気なのな」
「まあ、キレカジよりふひいっ」
落ち着き始めたのにまた吹き出し、暫くびくびくと震えた会長により賢治はキレカジ唱えるべからずを求められた。以降、賢治は自身の服装の傾向について「なんか小奇麗でラフなの」という少々頭の良くない説明をするようになる。
目的地には昼前につく予定なので、買い物を済ませてから昼食を摂ろうとバスのなかで話し合っていると、はずみでちょうちょびよんびよんカチューシャによる不名誉を零してしまった。
何故か会長は目を輝かせ、見たい見たいと言うけれど当然賢治が画像に残しているわけがない。
「分かった、俺が鼠園に行くときリボン付きのほうのネズミ耳つけて語尾はネズミにするから」
「そこまでして見たいか」
「見たい」
当たり前に鼠園へともに行くフラグが立ったことに気づかず、賢治は渋々クラスメイトにメールを送る。抱腹絶倒しながらも手ぶれ補正がフル活用された画像を撮っていたクラスメイトは快く画像を添付した返信をくれた。
ん、と会長に見せると笑い出すかと思いきやにこにことご機嫌な顔で、いそいそと自分の携帯電を取り出すと送ってくれと言い出す始末。
「送ってどうすんだよ」
「待受にする」
「嫌がらせ?」
「愛だよ」
「上級者向けだな、おい」
「おいおい、これで上級者とはとんだネンネがいたもんだ」
カチムカした賢治は上等だと会長に画像を送った。クリスマスプレゼントを開けるこどもの顔で待ち受け設定にした会長は、お礼にと賢治に画像を送ってくれたのだが、開いた瞬間に出てきたマレーグマに賢治はとても不安な気持ちになる。
「犬熊」
「いぬぐま……」
「熊のなかで一番のおちびちゃんだ」
「おちびちゃん……」
「ゾウアザラシのほうがよかったか?」
「とてつもなく嫌な予感がするからいい」
しかし、賢治は後日好奇心に勝てずゾウアザラシを画像検索して後悔することになる。
賢治の心に一滴の墨を落としつつ、バスは目的地最寄りの停留所に到着。賢治は会長とふたり仲良く久しぶりでもない娑婆を満喫する。
学園の立地は不便で、故に全寮制なのだろうが休日だからといって毎回街へ向かう気にもなれない。通販が発達した時代というのも敷地内引きこもりの一因となっているだろう。
目当ての店に入って服を見ていると、会長が賢治の袖を引いた。
「なに?」
「これ着てくれ」
会長が見せたのは黒いTシャツ。背中に「運命の相手サーチなう」と書かれている。
「……どっから見つけてきた」
「すっげえ隅っこにひっそりとあった」
「なんで発掘したんだよ……」
「俺はこっち着るから、ふたりで学園に笑顔をもたらそう」
そう言って会長がさらに取り出したのは白いTシャツ。背中には「私が運命の相手です」と書かれている。この手のTシャツに考えるのは無駄だと分かっているが、賢治はなにを思ってこんなロゴにしたのかとデザイナーに問い詰めたくて仕方ない。
「これ来たら笑顔もたらすどころか、俺が会長過激派に暗殺されると思うんだが」
「なんのために喧嘩やってるんだよ」
「少なくともそんな連中を返り討ちにするためじゃねえよ」
「まったく、我侭さんめ」
「なあ、これ俺が我侭なの?」
覚えのあるやりとりを繰り返し、じゃあこっちな、と会長は別の服を取り出す。ロングパーカーだった。ただし、フードにはうさぎ耳がついているし、裾には尻尾に見立てたポンポンがある。
賢治は店内を見渡す。会長好みの服を扱っているだけある品揃えなのだが、なぜこんな服があるのだろうか。
賢治は会長に向かって両手の手のひらを向ける。分かりやすい「No.thank you」に会長はやれやれと首を振る。仕方ないやつだと言わんばかりの態度に賢治は会長の頭に手刀を落とす。クラスメイトの脳天をかち割ろうとしたものより大分やさしい。
「分かった分かった、これなら文句ないだろ?」
会長が見せたのはようやくまとも、それもセンスの良いシャツだった。場所を選ばず着やすそうだ。前ふたつを考えると拒否してとんでもないものを持ってこられるのでは、と思ってしまい、賢治は深く考えずに頷く。
サイズの確認だけすると会長はあれよあれよという間にレジへ持って行き、賢治が財布を出す間もなく支払いを済ませてしまう。
「勝手に選んで金払えなんて横暴なことは言わんよ」
「気になるんだが」
「じゃあ、今度お願いとかあったら叶えてくれ」
会長は自身の分の服が入った袋を揺らしながらチェシャ猫のように笑う。
それを見越した行動ではないだろうな、と思ったが、ここ暫く付き合ってみて会長が常識はずれの無茶ぶりを要求するとは考えられず、賢治はまあいいかと流した。
気になる店をもう二軒ほど巡り、ふたりは昼食にと入った店で開店一万目の客としてクラッカーを鳴らされる。
超歓迎ムードであれも食え、これも飲め、サービスだ受け取りな小僧ども、とシェフからですという言葉を五、六回ほど聞いて店を出れば、賢治も会長も逆流が先か破裂が先かという有り様だった。
「……俺、会長の美味くて丁度いい量にいつも感謝してる……」
会長は声もなくこくこくと頷き、賢治に凭れながら歩く。
学園まで寄り添い合って歩くふたりの姿はとても仲睦まじげであったが、ひと目でも顔色を見ればすぐに引き離してそれぞれ担架に乗せたくなるものでもあった。




