第八話
「クラウス君、悪いけど手加減はできないよ」
クラウスと対峙する、アルノルトが言った。
結局、クラウスはどうすべきなのか、結論を出すことができなかった。そして、試験当日を迎えた。
「ああ、いいぜ」
観客席から2人を見る生徒は、皆、すでに決着を確信している様子だ。
既に、クラウスの召喚の件については全校中に広がっている。同時に、アルノルトが今年の新入生の中で有望株であることも周知となっている。
「棄権はしなくていいのかい?」
アルノルトがクラウスに尋ねる。
「やってみなくちゃ、わかんないだろ」
そうだ。確かに才能に差はあるが、それを埋めるだけ心当たりもある。互いに新人なのだから、一矢報いるのは、そう、難しくないはずだ。
「まあ、いいや」
アルノルトの態度も随分変わったものだ。俺に代わって、主席の座をつかみ大層ご満悦のようだ。
「それでは、第一試合を開始します。両者、構え!」
審判を務めるマランが声を発する。
それに応じて、クラウスとアルノルトが身構える。
クラウスの両肩には、すでにジジとギギが乗っている。対して、アルノルトは授業で召喚して見せた獅子をまだ出していない。
「はじめ!」
マランが叫ぶ。
合図と同時にクラウスは、一直線に駆ける。
アルノルトへ肉薄し、右の拳を振りかぶる。
2人を観る生徒等が、クラウスの召喚士らしからぬ行動に目を見張る。
「喰らえっ!」
クラウスは叫び、腕を振り下ろす。
クラウスは、この作戦にかけていた。アルノルトは魔力不足を危惧し、試合開始後に召喚を行うはずだ。それならば、勝利するのにはその隙を突くしかない。
「「「おおっ!」」」
会場がどよめきを上げる。
予想しない事態に、興奮を隠せず、声を上げる。
だが、それは尻すぼまりになった。
「やっぱり、予想道理だね。準備しておいてよかったよ」
アルノルトは自身の左腕で、クラウスの拳を受け止めていた。
だが、クラウスの拳とアルノルトの間には空間がある。
速く、鋭い攻撃を、何らかの方法でダメージを受けることなく止めて見せたのだ。
「なっ!」
クラウスの拳には血がにじんでいる。
「どうだい? すごいだろ」
アルノルトは後方に飛び距離を取る。そして、左腕に魔力を込める。
すると、腕にまとわりついた銀色の蛇が姿を現す。
「まさか、2体目の魔物なのか?」
「いや、でも普通、1年生なら1体召喚するだけで手いっぱいだろ?」
「2年の俺だってできないのに」
驚愕によって保たれていた沈黙を破り、喚声が上がる。
「そうさ。僕は入学1週間にして、すでに2体目の召喚を許されている。もちろん1体目とは、自在に連携をとれる。クラウス君、君にはもう勝ち目はないんだよ」
アルノルトは自慢げに告げる。
「……そうか」
クラウスは構わず追撃を開始する。
だが、驚愕し動揺しているクラウスの攻撃には先ほどのような切れはない。
どうしてだよ。なんで、もう二体目を召喚できるんだよ。そんなにアルノルトと俺の間には差があるのかよ。
アルノルトは、ただ左腕を掲げるだけで、その連撃を受けきっていく。
蛇がクラウスの拳をすべてはじいているのだ。
「くそっ!」
鋼並みの高度を誇る蛇の体によって、ただクラウスだけがダメージを蓄積していく。
「いい加減あきらめたらどうですか? もう結果は見えているでしょう」
アルノルトはあきれたように言う。
「……うるせえっ!」
クラウスは激高する。そして、無意識のうちに魔力を右腕に集まる。
「っ!」
アルノルトが呻く。
魔力を込めた拳が、蛇の上からアルノルトの腕に衝撃を与えた。
「よしっ!」
やっと与えたダメージにクラウスは喜ぶ。
だが、それがアルノルトを刺激した。
「くそっ! もういい、本気を出してやる!」
アルノルトはカードを取り出し、獅子を召喚する。
授業で召喚した、父ハンスと同じ双頭の獅子――オルトロスだ。
「集めろ」
アルノルトは獅子に命令を下す。
獅子が魔力を口に収斂させる。それは次第に光を帯び始める。
やばい、クラウスはそう確信し距離を取る。
「よし、やれ!」
アルノルトが声を出すのと同時に、光線がクラウスを襲う。
「くそっ!」
クラウスは手に魔力を集め必死に抑え込む。
だが、徐々に押されている。
『ジジ……』
『ギギ……』
2匹の蜘蛛が励ますように、クラウスの声をかける。
「っ!」
懸命に耐え続けるクラウスの横っ腹を、アルノルトが蹴りつける。
クラウスは、吐血する。耐えきれなくなり、魔力団を抑え込んでいた両腕が押されていく。そして、クラウスを膨大な魔力が襲った。
「っらあ!」
クラウスは、間一髪よける。服の裾が巻き込まれ不格好に消え去っている。
『ッジ……』
『ッギ……』
よけた勢いで、両肩に乗っていたジジとギギが地面に振り落とされる。
「やれ!」
アルノルトが指示すると、獅子がジジとギギに肉薄する。
二匹は咄嗟に、よけようとするが、圧倒的な体格差にそれはかなわない。容易にオルトオスの追撃を許してしまう。
オルトロスが、跳躍し前足を浮かす。
『ッジジ!』
『ッギギ!』
ジジとギギは、オルトロスにに後ろから踏みつぶされる。耐えきれないっダメージを受けた二匹は、実体を失い霧散した。
「くそっ!」
召喚獣を同時にやられ、クラウスは憤る。
クラウスは身をかがめ、オルトロスに向かって走り出す。最高速度で獅子に突っ込み、その背に乗る。クラウスは、人間離れした膂力でオルトロスを抑え込む。二つの首を、左右の腕で締め上げ動きを封じる。頸動脈を締め上げ、落としにかかる。振り落とそうと暴れるオルトロスに負けじと、必死に力をこめる。だが、集中するあまり周りが見えていなかった。
「ッッガ!」
クラウスはオルトロスの背から吹き飛ばされる。銀色の蛇を腕に巻いたアルノルトに頬を殴られたようだ。
クラウスの唇の端からは一筋の血が流れている。
地面とぶつかった際、受け身を取ることすらできず、クラウスは後頭部を強く打ち付けてしまう。
一瞬クラウスの視界が黒に染まり、激しい痛みが襲う。立ち上がろうと力を入れるも、思うように体を動かせない。膝が笑い、腕はぐったりと地面に伏せている。支えを失った胴体は、敵の攻撃をよけることもかなわない。
アルノルトの右ストレートが、クラウスの顎を強打する。
脳に強い衝撃を受けたクラウスの瞳には、オルトロスを使役するアルノルトが父ハンスに重なって見えた。
無防備なまま致命的なダメージを受けクラウスは意識を失う。
「勝者、アルノルト」
マランがそう告げると、アルノルトは何も言わず、観客席へと向かった。その表情には怒りが浮かんでいた。
「クラウス君を保健室へ」
マランの指示に従い、数名の生徒が意識を失ったクラウスを担架に乗せ保健室へと運んで行った。