第七話
「明日の試験ですが、君の対戦相手はアルノルト君に決まりました」
入学後、初めての試験前日、クラウスはAクラス担任のマランに呼ばれていた。翌日に控えるテストの予定を伝えるためだ。
「そうですか」
「順番は一番最初です。くじ引きで決まってしまうので、ご理解ください」
「……はい」
「会場は、この前の授業と同じ練習場です。朝9時から開始になりますので、その15分前には準備を終えておいてください」
「まあ、準備することなんてないんですけどね」
クラウスは苦笑いしながら言った。
「ですが、よく1週間連続で召喚し続けられてますね」
マランは、クラウスの両肩に乗るジジとギギを指さして言った。
「鳴いたり、肉を食ったり、消費魔力が少なかったり、よくわからないところで高性能みたいです。一晩寝ている間に、バカみたく大量に巣を作りやがるんで、朝起きると大変なんですよ」
クラウスはおどけるように笑う。
「そうですか。普通なら、連続して10時間も召喚しつづけていれば魔力切れになるものですが……」
「魔力だけは、無駄に持ってますから」
「……とりあえず、明日の試験頑張ってください」
「ええ、まあ。それより、先生、父の本をくださってありがとうございました。しっかり活用していきたいと思います。それじゃあ、これで失礼します」
「ええ、また明日」
クラウスは職員室を後にした。
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中庭では、木々が雄弁に咲き誇っている。
クラウスは、芝生の上に腰掛けただ宙を眺めていた。
明日で、この学年ともおさらばか。就職先を見つけて、セシリアが卒業するまでは金でも貯めてるか。そうすりゃ、何とか村のみんなに対して面目も保てるだろうし。
「ちょっといいか?」
クラウスは不意に頭上から声をかけられる。後ろに手をつき、上を見上げるとリカルドの顔があった。
「……急にどうかしたんですか?」
「まあ、ちょっとな」
リカルドがクラウスの隣に座る。
「聞いたよ、君の召喚の件については。その2匹の蜘蛛がそうなんだろう?」
「……ええ、まあ」
「あっさりと認めるのだな」
「もう、自分に召喚士の才能がないことは受け入れましたから」
「そうか。では、単刀直入に話そう」
リカルドが、クラウスのほうへ体を向ける。
「第1類に来ないか?」
クラウスは一瞬口をぽかんと開けたのち、笑った。
「何の冗談ですか? 僕は第3類、召喚士を目指していた生徒ですよ。剣士やパラディンなんかを育てる第1類に行ったって、どうしようもないですって」
クラウスは信じられないといった風に笑っているが、リカルドは表情を変えない。
「確かに、普通の第3類の生徒なら、第1類に来てもうまくいかないだろう。だが、君は肉体測定もA評価だ。十分やっていける。それにこのままでは、明日の試験で君は退学処分を受けることになるだろう。まだ、確実とはいいがたいが私から学園長に打診してみる。おそらく君なら、大丈夫だろう。どうだ、第1類に来ないか?」
クラウスはリカルドから目をそらす。だが、視線を向ける場所もなく、ただそれを泳がしている。
「……でも、俺は」
「君が召喚士を目指していたことは知っている。だが、このままではどうしようもないのはわかっているだろう」
「けど、やっぱり僕に剣術は無理ですよ」
「まあ、いい。それでは、次回のテストが終わるまで、つまり1か月間の猶予をあたえる。その間にどうするか決めなさい。取りあえず1か月は退学にならないように掛け合ってやる」
「……」
「現実的に考えて、判断を下せ。君は村の期待を背負っているのだろ?」
クラウスは手を握り締め、じっと地面を見つめる。
頭では、わかっている。第3類に残ることに、召喚士を目指すことに固執していたってうまくいくはずがない。どれだけ、努力してもジジとギギとでは、獅子や鷲を相手に戦えるはずがない。だが、夢が無謀だとわかっていても、第1類に行きたくはない。ただ、怖いのだ。
「恐れるなよ。召喚の才能がなかったのは偶然だ。剣術も同じというわけではない」
核心を突かれ、クラウスの肩がビクンとはねる。
「確かに、君は召喚については才能がなかったようだ。そのことにショックを受けたことだろう。だが、安心しろ。もし、君が剣術を不得手としたとしても、私がつきっきりで教えてやる。2年第1類主席の私が」
リカルドは、クラウスの言葉を待つ。
「……一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして、リカルドさんは俺にそこまでしてくれるんですか?」
「君は評価がAランクまでしかないことをおかしいとは思わないか?」
「どういうことですか?」
リカルドの言葉に、クラウスは意表を突かれる。
「君の入学試験の結果だが、普通のAランクの数値を軽く超えていたらしい。魔力、筋力ともにね」
「えっ?」
「ただ、1人の王子として考えているんだよ。君という優秀な人材を放っておくのはもったいないと」
クラウスは呆然としている。
「よく考えるといい。君がどうするべきなのか。返事はいつでも構わないが、来月の試験までには伝えてくれ。それじゃあ」
リカルドはクラウスのもとを去った。
その後、クラウスは自身の選択について考え続けていた。だが、答えは簡単には出なかった。
確かに、俺に召喚の才能はなかったのかもしれない。だけど、それはAクラスにおいての話なのかもしれない。取りあえず、来月まで考えてみるのもありなのではないか。クラウスはそう考えていた。夢をあきらめる踏ん切りがつけられなかった。
少し更新ペースが遅くなるかもしれません。あくまで可能性の話ですが。