第四話
入学式の翌日。Aクラスの教室には、10人の生徒が既に着席を済ませている。みな、どこか落ち着きがない。隣と会話をしているものも、どこか表情が硬い。クラウスも同様だ。ずっと村に住んでいたため、話しかけるのがためらわれるのだろう。だが、彼の緊張は入学式と同様の形で崩された。
「は!?」
クラウスは教室の扉に目を向ける。扉の中央上部にあるガラスのすぐ向こう側にはセシリアの顔がある。今にも、扉をすり抜けてきそうな気迫を見せているが扉を開けようとはしない。
「どうしたんだ? もうすぐ授業だろ」
セシリアのもとへ行き、クラウスは尋ねた。
「朝の挨拶をしに来た。おはよう」
セシリアは、何故だか堂々と胸を張る。まさに中庸を体現したその胸は、相応の主張をしている。
マギアは全寮制であるため、2人は昨日の歓迎会が終わってから顔を合わせていない。
慣れない土地であるために、セシリアは無意識のうちに不安を感じていたのかもしれない。
「それだけかよ。それじゃあ、もう済んだな。ほら戻れ、授業始まるぞ」
「むっ……あ・い・さ・つ」
セシリアは少し眉をひそめ、頬を膨らませる。
「わかったよ。あはよう。これでいいか?」
「ん」
セシリアは、その身をひるがえして自身の教室へと帰っていった。
「全くなんなんだよ……」
クラウスは席に戻りつぶやく。すると、前の席の男子生徒がクラウスに話しかける。
「ねえねえ、今の娘、君の彼女?」
「いや、違うけど。なんで?」
クラウスはぶしつけな質問に顔をしかめることはなかった。可及的速やかに、友人と呼べるものがほしかったのだろう。
「いや、君と話している時だけ表情が違ったから。生き生きしてたよ」
「そうか? 見間違えじゃなくて?」
「いや、違うと思うけど……」
少年はそこでクラウスを一瞥していた。
「まあ、いっか。干渉しないほうがいいね。そんなことよりさ、君だろ? トップ入学のクラウス君って?」
「ああ、そうだけど」
「僕は、アルノルト。よろしくね」
「よろしく」
交した言葉こそ少ないが、これで、ボッチは回避できたと思って2人は安心感を得ていた。
扉の開く音がクラスに響く。それが生徒たちの体を固くさせる。入ってきたのは入学式と同じ教師だ。彼が、このクラスの担任を務めることになっている。
「それでは、一回目の授業を始めます。各々の自己紹介と行きたいところですが、今回の授業は内容が盛りだくさんですので、また、別の機会を用意します。私の今回は私の自己紹介で我慢してください」
担任の朗らかな笑みと冗談にクラスの空気が少し和らぐ。
「私は、マランといいます。皆さんAクラスの担任を務めさせていただきます」
拍手が起こる。たった10人の生徒によるものだが、音は厚みがあった。
「……それでは早速ですが、説明を開始します。メモの準備をしてください」
生徒たちが、一斉に紙とペンを机に出す。
「それでは、まずこの学園の成績評価のシステムを説明します。この学園では、毎月テストが行われます。戦闘学部の私たちは、クラスランクの同じもの同士で実践的な戦闘を行ってもらいます」
そこで、生徒の一人が手を上げる。
「つまり、私たちは第1類の剣士や第2類のウィザードなんかとも戦うということですか?」
「はい、そうなります。そのテストを参考に毎月クラス編成が行われます。ちなみに、1回目のテストは来週になります」
「「「「えっ!」」」」
クラスがどよめく。
第3類の生徒は、皆、召喚士を目指しているがまだ何も召喚できない。そのため、間近に控えるテストに驚きを隠せない。
「安心してください」
「どういうことですか?」
さっきとは別の生徒が手を上げすに疑問を投げかける。
「質問するのは構いませんが、次からは手を挙げてからにしてくださいね」
「は、はい。すみませんでした」
マランが生徒にほほ笑んだあと、説明をつづけた。
「今日、早速ですが召喚を行ってみたいと思います。この第3類に合格した皆さんなら、すぐに召喚できるとの判断です。それで、テストに臨んでください」
先ほどの生徒が、今度は手を挙げて質問をする。
「でも、それだと召喚した魔獣との連携がうまくとれないんじゃないんですか?」
「その点は、大丈夫です。今回は1回目のテストということで、そこを考慮したうえで成績がつけられます。それに、召喚結果は魔力量で大きく左右されます。よっぽどのことがない限り、クラスランクは変動しないですので特に気負わず臨んでください」
マランは生徒を一通り見て、質問がないとを確認してから続けた。
「それでは、今から練習場で召喚の練習を行います。着替えが済んだものから、各自練習場へ向かってください。私は、先に行って準備をしています。くれぐれもサボることのないように」
マランはそう告げると、教室を出て行った。
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着替えを終えたクラウスは、アルノルトとともに練習場へ向かっていた。
「楽しみだね。どんな魔獣が出るのかな」
アルノルトは言った。
「やっぱり、でかくてかっこいい獅子とか竜とかがでるといいよな」
クラウスが言った。
「やっぱり、主席は目標がでかいね」
「普通、男ならあこがれるだろ?」
「まあ、そうだね。それじゃあ、僕はペガサスが出したいな」
2人は、希望を抱きながら笑っていた。
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皆が練習場に集めると、マランが説明を始めた。その手にはカードと針を持ち、見えるように掲げている。カードには魔法陣が描かれているが、それ以外は何も書かれていない。
「召喚の仕方を説明します。方法はいたって簡単です。今から渡すカードに血を一滴たらし、魔力を注入してください。そうすると、カードが一瞬光って、ランダムで魔物が召喚されます。血が必要なのも、光るのも初回のみです。召喚後、カードに召喚した魔物の情報が明記されるので確認してください。それでは、1枚ずつ取って回してください」
マランは最寄りの生徒にカードと針を渡し、流させる。
今回、1枚のカードしか配らないのには理由がある。同時に複数の魔物を操るのは多大な集中力と魔力を要するからだ。2枚配ったところで、1年生では上手くいかない。中には、1年生のうちに2枚目のカードを要求する者もいるが、2枚目以降を得るのには担任の認可が必要となる。
「よし、クラウス君やってみようよ」
カードと針を受け取った、アルノルトが言った。
その声は、期待に弾んでいる。
「ああ、お先にどうぞ」
「うん、それじゃあ、早速やらせてもらうよ」
そういうと、アルノルトは自分の指先に針を刺した。
「っっ!」
一滴の血がにじみ出る。
アルノルトはそれを魔方陣に落とし、魔力を注入する。
刹那、まばゆいばかりの光がカードから発せられ、クラウスは思はず目を閉じる。
「えっ!」
クラウスは目を開けると素っ頓狂な声を上げた。
目の前に、双頭の獅子がいたからだ。
昔、映像の中で父が操っていたものに比べ2回りほど小さくはあるが酷似している。
クラウスが、幼少期に憧れを抱いていた魔物と同じものだ。
「やっ、やった!」
アルノルトが歓喜の声を上げる。
それに反応して視線が集まる。
「ほお、オルトロスか。どうやら君は才能があるようだ」
近づいてきたマランが、アルノルトをほめる。すると、ほかの生徒も負けじと召喚をし始める。
練習場を光がつつむ。
直後、練習場には多くの魔物が現れた。しかもそのすべてが、大型だ。大鷲、大猪、ユニコーン、大蛇等とう大物だ。その、鋭い嘴や牙、威圧感を放つ巨体が圧倒的な攻撃力をしめしている。
生徒が皆、召喚の成功に喜びの声を上げる。
「どうやら今年は近年まれに見る豊作の年ですね」
召喚された魔物の様子を見て、マランは言った。
「ほら、クラウス君もやってみてよ。僕、君がどんな魔物を召喚するのか見てみたいよ」
アルノルトは嬉しそうな笑いながら言った。
「私も楽しみだな。この学年の主席がどんな魔物を召喚するのか」
召喚をすでに終えた他の生徒も、クラウスに注目し、どんな魔物が出るのか期待している。
「……じゃあ、やってみるよ」
クラウスは、そういうと手に針を差し、血を魔方陣にたらす。そして、魔力をカードに込めた。
今までとは比べ物にならいほど、強い光が発せられる。
アルノルトたちの期待が高まる。
そして、発光がやんだ。
「「「「「「えっ!」」」」」
クラウスを除く全員が驚く。
クラウスのみが現状を理解している。
うつむき下を向いていた。まだ日の高い日中だが、クラウスの顔には陰りがみられる。
生徒らがクラウスの視線をおう。奇声を上げそうになるのを、皆こらえる。
クラウスの視線の先、そこには手のひら大の蜘蛛が一匹いるだけだった。