第三話
クラウスとセシリアは、マギアに到着すると二手に分かれた。
「それじゃあ、またあとでな」
「うん。頑張って」
セシリアはクラウスのもとを離れ、自身の教室に向かう。
クラウスもセシリアもともにAクラスだ。
各学科ごとに、100人の生徒はAからFの6クラスに分かれる。成績による区分で、もちろんAのほうが良い。人数構成はAクラスから順に10、15、15、20、20、20となっている。ちなみに、あまりに成績が振るわなければ、退学になることもある。国民の血税で運営されているため厳しい。
「ふぅ~、緊張するな。昨日、夜中まで練習してはいたけどさ……」
まあ、いつまでも考え込んでたってしょうがないか。
クラウスは、近くの先生に声をかける。
敷地内は、新入生と教員があふれかえっている。
「ああ、君がクラウス君かい? こっちに来てくれ」
クラウスは、言われるままについていく。連れていかれたのは講堂だ。各学科100人、計6学科、三年制。都合、1800人以上の生徒が集まることのできる広さの講堂は、外見も然ることながら、中に入ると、世界が変わる感覚がする。
クラウスは教員から説明を受けた後、自身の教室へと向かった。
「廊下に並んでください」
クラウスの到着と同時に、担任らしき人物がクラスに声をかける。タイミングが悪く、クラスメイトとの交流を図れない。
担任の指示に従い皆廊下に出る。まだ、入学したての緊張による初々しさが感じられる。
「それじゃあ、今から入学式ですので身だしなみを整えながら向かってくださいね」
先生に続く生徒たちは、まだ張りのある襟や服の裾なんかを気にしていた。
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クラウスが先ほど訪れた講堂には、すでに多くの生徒がいた。人による熱気を感じてか、それともその人数にあてられてかクラウスの頬を、一筋の汗が流れる。
入学式はつつがなく行われる。来賓の長い話に、うなだれている頭は見受けられない。代わりに、式の進行につれて、クラウスの心拍が上がっていく。
やばい。こんなに緊張したのは初めてだ。どうしよ。やばい。顎も膝も貧乏ゆすりが止まらない。うまく立てるかもわかんないって。どうしたら……。
「っ!」
不意にクラウスのこめかみに何かが当たる。丸められた紙だ。
クラウスがそれが飛んできた方向を見ると、そこにはセシリアがいた。
その表情は、いつもと何ら変わらない。だが、だからこそクラウスはいつもの落ち着きを取り戻すことができた。
セシリアの前で、赤っ恥を搔くわけにはいかないもんな。帰省した時に母さんと一緒にからかってくるに違いない。
クラウスは、覚悟を決める。
「第162期新入生代表あいさつ、第3類Aクラス、クラウス・シュタイナー」
「はいっ!」
クラウスは返事をする。
クラウスの顔の筋肉は柔らかさを取り戻し、皮膚は赤みを取り戻していた。
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「ああ~、終わった~」
講堂からクラスへと向かう廊下でクラウスは、大きく伸びをする。
隣にはセシリアがいた。
「よかった。かっこよかった」
「ありがとな。お前のおかげで何とかなったよ」
「ん?何のこと?」
セシリアが首をかしげる。
「いや、俺に紙の球当ててくれたじゃん。あれのおかげで落ち着いたよ」
「あれは、ただの悪戯。入学式は暇だっだ。何故来賓が来る。来なくてよし」
「え……」
「そんなことより、これから歓迎会。はやくいこ」
呆然とするセシリアがクラウスの手を引く。
こいつは、どこに行っても変わんないよな。まあ、おかげで助かったけど。
クラウスは手を引かれながら、笑みを浮かべた。
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新入生歓迎会は、科にかかわらずクラスごとで行われる。それぞれ、クラスのランクごとに人が集まって行われる。月に1回行われる交流会も同様に行われる。それぞれ能力にあったレベルで、刺激を受けることを目的にしている。
「それでは、新入生の入学を祝ってかんぱ~い」
3年生の音頭で、グラスどうしがぶつかる音が会場中から鳴る。
歓迎会とはいっても、ほとんど立食会のようなもので催し物があるわけではない。そのため、主席入学であるクラウスのもとには人が集中する。
「肉体測定でもAランクだったって本当?」
「ねえねえ、クラウス君ってなんで召喚士になろうと思ったの?」
「シュタイナーって苗字だけどハンス・シュタイナーとは何か関係があるの?」
クラウスは次々に質問を浴びせられていた。
セシリアは定位置を奪われ、会場の隅でいじけている。
「……ええと」
クラウスはどれから答えたらいいのかわからず目をまわしている。だが、そこに助け船がきた。
「ほら、そこらへんでやめてやれ。困ってるぞ」
質問がやむ。先ほどまで質問していた者たちは、その場は彼に預けたようだ。二人の様子をただ見つめている。
突如現れた救世主に、クラウスは感激し反射的に顔をそちらに向ける。だが、喜びはすぐに気まずさに変わった。そこにいたのは、入学式でクラウスと金髪のけんかの仲裁をした王子だった。
クラウスは口を開けたまま硬直する。。
「ふっ、そんなに硬くならなくてもいい。試験でのことは後で詳しく聞いた。お前に非はない。今更、改めて叱りはしないさ」
「あ、ありがとうございます」
王子という身分でありながら、気軽に平民の自身に接することをクラウスはいぶかしむ。
それを王子は表情から悟ったのだろう。
「なに、この学園では身分の差なんてものは些細なものだ。気にすることはない。それに私は第三王子だ。大した身分ではないさ」
「はあ……」
「それより、改めて君の名前を教えてくれるかな?」
「えと、クラウスです」
「そうか、私はリカルドだ。よろしくな。ところで、さっきこの者たちがしていた質問についてだが、順に答えてもらってもいいかな。私も気になるのだ」
「はい」
「まず、肉体測定の結果だが、君はこちらもAだったのかね?」
「はい、一応」
肉体測定におけるA判定は、魔力判定に比べて圧倒的に出やすい。努力によって伸ばすことができるからだ。だが、召喚士は、普通は身体能力が高くない。その上、体力検査のAランクは100人に10人という割合だ。そのため、皆、クラウスの検査結果の噂の真偽を気にかけているのだ。
ちなみに、魔力検査についてだれも聞かないのは、試験の際に目立っていたせいですでに情報が流れているためだ。
「じゃあ次に、召喚士を目指すわけは?」
「……父にあこがれたからです」
クラウスは少し赤くなり、頬を搔く。
「じゃあ、君の父上はあのハンス・シュタイナーなのか?」
聴衆は答えの聞き逃さないように黙り、耳を傾ける。
「はい、そうですけど……」
その答えに、彼らはどよめく。リカルドでさえ少し驚いているようだ。
「それは、すごいな。最大規模の大会、フィアース・ストライブで唯一、連覇を成し遂げた男の息子とは。なるほど、それなら君の試験結果にも合点がいく」
「すげえな」
「あのハンスさんの息子だってよ」
「いいな~、私のお父さんと変えてほしいな~。何が、自宅警備員よ!」
歓迎会が終わるまで、クラウスはずっと人だかりの中にいた。周囲の生徒はみなその双眸に嫉妬や羨望を浮かべていた。
対してセシリアは、相変わらず会場の隅にいた。口元にはべっとり料理のソースが付き、周囲には皿の山ができている。セシリアの隣にしゃがんだ、赤髪の少女がその様子を楽しげに見つめていた。