第二話
村を出発する一か月半前、クラウスとセシリアは入学試験を受けに王都を訪れていた。
二人が受けるのはミクトラス王国にある、マギアという名前の学校だ。
この学校には、二つの学部がある。戦闘学部と研究学部だ。
戦闘学部は、さらに4つに分かれる。順に、第1類、第2類、第3類、そして第4類だ。それぞれ、特定の戦い方の生徒を集めて、教育を行っている。
これに対し、研究学部は魔法開発科と魔道具製作科に分かれる。
規模は、学校としてはミクトラス王国の中では最大級のものだ。毎年、国家予算の3分の1をこの学校に使っている。だが、国民から不満、不平が上がることはない。それには、大きく分けて3つの理由がある。
まず一つ目。戦闘学部を卒業した生徒の半分は、王国の軍や騎士団に入り国の安全に貢献するからだ。ミクトラス王国が、他国に比べ敗戦の数が少ないのはそのおかげだ。
次に2つ目。研究学部を卒業した生徒のおかげで、高い生活水準が保たれているからだ。便利な魔道具や、魔力の少ない人にも使える魔法の開発によって、国民は快適な生活を送ることができる。
そして3つ目。実はこの理由が最も大きい。世界各地に発生する迷宮の攻略だ。不規則に発生する迷宮には、多くの鉱脈、宝、希少鉱石が眠っている。その獲得によって得られる利益は莫大なもので、各国が競って攻略に乗り出している。
以上から、学校に対する不満を国民は持たない。それどころか、皆こぞって入学を望む。マギアの卒業生は職に就きやすい。しかも、王国騎士団だったり、王立開発局なんかに容易に就職できるため、安定した収入や名誉は確約されたも同然なのだ。
だが、それだけに倍率も高ければ、莫大な運営費のために学費もばかにならない。クラウスとセシリアも村の皆の協力を受けて、何とか入学金のめどが立っている状態だ。村民は2人に大きな期待を抱いているのだ。それは、彼らの人となり以上に、クラウスの父の存在が大きいだろう。
「……すごいひとだかりだな」
王都についたクラウスは、その光景に驚き立ち尽くしていた。
視界にはいっている人の数だけで、村の人口の半数を超えている。しかも、見たことのない魔道具がそこらじゅうで使われ、あふれかえっている。
当然、魔道具製作科志望のセシリアもクラウスに並んで立つ。だがその様子はクラウスとは少し違った。呆然としながらも、未知に対する好奇心に瞳を輝かせていた。
「そろそろ行くぞ」
クラウスが言った。
「ん」
セシリアが手を差し出す。
クラウスは、いつものようにその手を取り、一緒に人ごみの中へ向かっていった。
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「……これって全員、入学希望者なのか?」
クラウスの目前には、長蛇の列が出来上がっていた。あまりの長さに、その先にあるはずの門が見えない。
「……すごい」
セシリアが、珍しく目を丸くしている。
「とりあえずならぶか」
並び、待ち続けること1時間半。やっと、受付が終わり、2人は試験会場に入ることができた。
試験内容は、魔力検査と体力測定の2つだ。ミクトラスでは15歳になって、初めてマギアに入学する権利を得られる。そのため、試験の基準となるのは才能による部分が大きい。第1類は、武器を得物とするものを育てるため、体力測定の結果を重視する。そのため、努力によって合格を勝ち取ることができないわけではない。だが、第2類から第4類、研究学部は魔力量を重視する。才能の有無で合否が決まってしまう。つまりは、遺伝によるところが大きくなる。合格者の大半が貴族や王族で、平民は少ない。それだけに、貴族の中には、差別意識を持つ者もいる。
「ふっ、こんな田舎者が受験するようになるとは、マギアのレベルも落ちたものだ。父上の言う通りではないか」
クラウスとセシリアが、試験を待つ列に並んでいると、隣の列の男が、わざと周囲に聞こえるように言った。
男の髪の色は金色で、貴族であることがうかがえる。
男の声に対する反応は2通りだった。似たような金色が肩を震わしているか、それ以外が無視を決め込んでいるか。
「……まったく、めんどくせえな」
クラウスはつぶやいた。無意識に口を開いていたようだ。
その声は、案外会場に響いていたようで金髪の男が、列を抜けてクラウスに近づく。
「今、何といった?」
「ああ、聞こえてたか? 悪いな。勝手に口から出てきてたんだ。悪気はないさ」
「全く、お前のようなものがいるからこの学園の程度が下がるのだ。いや、それ以前に受かりはしないだろうがな」
男がそう言うと、周りの貴族らしき者たちもくすくすと笑う。
「いや、すまんね」
そんな嫌味もクラウスには応えない。
田舎者だからと言って、馬鹿にされるのは予想している。こんなくだらないことのために、夢をあきらめたくはない。ひとたび喧嘩を起こしたら、どうなるかわかったもんじゃない。クラウスはそう考え、平静を保っていた。
クラウスは金髪の言葉に作り笑いを浮かべる。だが、それがむしろ金髪の侮辱を促した。
「ふん。どうせこの女も大したことはないのだろう。何せ、黒髪なのだからな。こんな奴は奴れ……」
そこまで言ったところで金髪の言葉は止まる。いや、クラウスによって止められた。
「セシリアが何だって?」
クラウスは激高し、男の襟をつかむ。
その表情は仁王にも負けない。怒髪天を衝く勢いだ。
「ひっ!」
金髪は、クラウスに怯え、先ほどとは打って変わってその態度は縮こまっている。
「やっ、やめろ。父上に言いつけるぞ」
「うるせえ。おい、もう1回言ってみろよ」
クラウスは、徐々に襟をしめていく。それにつれて、金髪の表情は青みがかる。周囲の貴族はクラウスに恐怖を感じ、見て見ぬふりをしている。金髪が死を覚悟したところで、クラウスの腕の力が抜けた。
「やめてっ!」
セシリアが、クラウスに飛びついたのだ。
「私は大丈夫。落ち着いて」
「……ああ、すまん。取り乱した」
クラウスは金髪から手を放し、深呼吸をする。表情は元に戻っている。
だが、金髪の少年は悔しさからか、見栄を張って再び挑発を始める。
「この田舎者どもめ! 誰に喧嘩を売ったと思って……」
「こら! いい加減にしないか!」
制服を着た、別の金髪の青年の介入によって高慢な少年の言葉は遮られる。
だが、頭に血が昇っているようで少年は止まらなかった。現状の認識もまともにできていないのだろう。
「うるさい! 誰に向かって口をきいているのだ!」
「君こそ誰に向かってその口のきき方をしているのだね?」
「誰だろうと私に……おっ、王子ではないですか!」
金髪高慢少年は取り乱す。
「ごっ、ご無礼を。どうかお許しください」
「この学園では、身分の違いによる差別をしてはいけないと学園長によって定められているのを知っているだろう。それに、ミクトラスはとうの昔に奴隷制を廃止している。2度と、さっきのような発言をするな。わかったな」
「わ、わかりました」
王子と呼ばれた男は、少年の返事を聞くとクラウスのほうへ体を向けた。
「君も手を出すんじゃない。今回は見逃してやるが、以後注意しなさい」
「はあ……了解しました」
返事を聞くと王子はその場をを去っていった。受験生の視線が集まっていたからだろう。急に、王子が現れれば無理もない。
「セシリア、止めてくれてありがとう」
「ん」
クラウスが礼を言って、セシリアの頭をなでる。セシリアは満足そうな表情を浮かべていた。
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「それでは、水晶に手をかざしてください」
試験監督のお姉さんが言う。彼女の座る椅子の前の机には透明な水晶が置いてある。魔力量をはかるためのものだ。
やっと順番が回ってきた。ひと騒動起こしたせいで、待っている間は苦痛だった。周囲の視線が集まって、居心地が悪かった。
「こうですか?」
クラウスが水晶に手を乗せる。すると、水晶の中に様々な色が浮かんでは消えていく。
「はい。しばらくそのままにしていてください」
30秒ほどたったころ、やっと色が一色に落ち着いた。紫色だ。
「この結果ってどうなんですか?」
判断基準がわからず、クラウスは目の前の女性に尋ねる。だが、返事はない。
「……あの」
「はっ、はい。結果ですね。あなたの魔力量はAランクです」
女性の発言に、周囲がどよめく。
クラウスの斜め後ろでは、先ほどの金髪の少年が信じられないという表情を浮かべている。
「あの、それってどうなんですか?」
「7段階評価で最もいい結果です。素晴らしい結果ですよ」
「そうなんですか!」
クラウスは自身に才能があることを知らされ喜ぶ。
「はい。Aランクはそうそうでないですね。学年に1人いれば多いほうです」
「そうなんですか」
「クラウス、さすが」
セシリアがクラウスをほめる。
「ほら、お前もはかってもらえよ」
「うん」
「それでは、手をかざしてください」
クラウスはセシリアに場所を譲り、先ほどの金髪のほうを振り返る。
金髪はバツが悪いようで目をそらす。だが、クラウスは目をそらさない。
「えっ!」
クラウスが優越感に浸っていると、再びお姉さんが驚き、声を上げた。
何かと思い、クラウスを含め周囲のものが水晶を見る。するとそこには紫が浮かんでいた。
「クラウス、ほめて。私もAランク」
「お、おう」
幼馴染のセシリアの結果が良いのは喜ばしいことだが、それを驚きが上回り言葉がうまく出てこない。
「ねえ」
「わかったって」
クラウスは、セシリアの頭をなでる。
セシリアは満足げだ。
周りは、試験監督も受験者も動きを止めて、クラウスとセシリアから目が離せずにいた。