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第十七話

ちょっと今回は長めです。

 クラウスが会場に入り、観客席からその姿が見えるようになるにつれ、次第に彼を見る生徒らは静まり返っていった。退学するかもしれない生徒の最後を、面白半分に一目見ようと駆け付けた者たちは皆、クラウスの覚悟と集中による威圧感に圧倒されていた。


 高い壁を隔てて、円形の石床の上で二人の少年が互いを見据える。試験監督がまだ現れていないが、既に会場には緊張が張り詰められている。


 クラウスと対峙する少年は、腰に剣を携えている。背丈はクラウスと同じほどだが、腕の太さは明らかに異なる。筋張った腕や、太い脚にはいくつもの傷跡があった。その表情からは緊張は感じられなく、強い視線をクラウスにぶつけている。。


「よろしくな」


 両肩に乗るジジとギギにクラウスは声をかける。


『ジジジッ』


『ギギギッ』


 耳元で鳴く二匹は、その大きさとは対照的に頼もしくさえある。それは、実際に二匹が以前に比べ、頼もしくなったのではなく、使役者と召喚獣との間に築かれた信頼関係によるものだった。


 やがて、クラウスと剣士が入場して五分もたたないうちにガンが現れた。会場の雰囲気をものともせず、豪快にあくびをしながらフィールドの中央に近づいていく。


 ガンはフィールドの中央に行くと、両手で二人に集まるように促した。そして、受験者の確認をする。


「お前はクラウスで、お前はポールだな」


 クラウスと剣士はガンの問いに頷く。


「よし、それじゃあ、もう一回距離を取ってくれ」


 二人は先ほどと同じ位置に戻る。ガンはそれを確認すると声を発した。


「それじゃあ、開始!」


 ガンの声と同時に、先ほどまで委縮しきっていた生徒たちが歓声を上げる。その中には、二人の戦闘を促すようなヤジもある。だが、クラウスとポールは少しずつ、時周りにその場をずれていくだけで攻める気配が一切なかった。


 ポールは、予想以上に隙のないクラウスに攻めあぐね、クラウスはポールの動きを読むためにあえて観察に徹っするのと同時に一抹の不安を感じていた。


 同じくFクラスであるはずのポールには、リカルドほどではないが威圧感があり、隙も少ない。既にポールのそれはFクラスのものを超えていた。


 二人が沈黙を保つ時間が続くのに比例して、生徒たちの野次が次第に大きくなっていく。二人の耳には一斉それは届いていない。


 歓声が上がった。


 飛び出したポールを見て、生徒は目を見開き前のめりになる。


 互いの殺気に満たされた空間の中でクラウスは汗をかいてしまった。目の前の相手に集中するあまり額を流れる一筋の塩水に気づけなかった。


 一瞬のチャンスを逃さまいとするポールの表情は鬼気迫っている。


 振りかぶり、冗談から放たれる素早い一太刀。


「くそっ!!」


 クラウスは両目を閉じながら、苦し紛れに太刀筋の先に腕を出す。


 クラウスは自身の愚行に対する後悔と刃に対する恐怖を覚えていた。故に、反射的に閉ざしてしまったのは、汗のしみる右目だけでなかった。


 ヒュウッと剣が風を切る音がクラウスの耳に届く。訪れるであろう痛みを脳が先に予測し、肩がすくみ上り、体はこわばる。


 クラウスは差し出した右腕に力を籠める。反射的に込められた力は、恐怖の影響か集約されてはいない。


 だが、クラウスに届いたのはは少しの衝撃と頬を撫でる風圧だけだった。恐れていた事態は、ジジとギギに弾かれていた。


 クラウスは目を開けた直後瞠目する。


 そして、ジジとギギを一瞥して、口の端から笑みをこぼした。


 ◇ ◇ ◇


「……というわけなんだ」


 向かいに座るアンナに説明を終えたクラウスは、その反応をうかがった。


 だが、アンナはクラウスから渡された資料にくぎ付けで、目を離そうとはしない。やがて、資料を持つ手が震えだし、アンナが立ち上がり、叫んだ。


「なんじゃ、こりゃ~~~!!」


 額に血管を浮かべ、赤い髪を振り乱す。


 アンナの、半ば狂乱した様子にクラウスは声を発することができなかった。


「はぁっ、はぁっ……」


 乱れた呼吸を整えるように深く息を吸いながら、アンナは椅子に座りなおした。その目には正気が戻っている。


「……どうした?」


 クラウスは恐る恐る尋ねた。


「どうしたもこうしたもないわよ。何この数値!? これ下手したら迷宮(ダンジョン)深層でとれる素材より質がいいわよ」


 アンナは資料の束を膝にたたきつけ、怒鳴る。


「……はぁ、それで、アンタはこれをどうしてほしいわけ?」


「ああ、ジジとギギの糸で防具みたいなのができないかと思って持ってきたんだけど……」


「はぁ? それだけでいいわけ? もっとこれを活用した戦い方があるっていうのに」


「そんなのがあるのか?」


「ええ、見てごらんなさい」


 アンナは資料のあるページを広げた。そこにはジジとギギの吐き出す糸の性質について記されている。


 頑丈:A 衝撃吸収:A 伸縮性:A 


 他にも、多くの項目でとても蜘蛛の糸とは思えない数値をたたき出していた。 


 ただの蜘蛛かと思われた二匹は、その糸に優位性を持っていたのだった。


「もっと、直接的に使えばいいのよ」


 新素材の発見に無邪気に笑うアンナに、クラウスは不覚にも少しばかりときめいてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 ポールは、目の前の状況に驚き動きを止めている。腕を切り落とすほどのスピードを持っていた刃が、コート一枚に阻まれている。布一枚に受け止められている剣の刃こぼれを疑いさえしてしまった。


 そんなポールは頬に風圧を感じると、反射的に後ろに飛び去り拳をよけた。


「ちっ」


 必中と思った攻撃をよけられ、クラウスは舌打ちする。自身以上に驚愕していたポールは隙だらけだったのだ。


 ポールは呼吸を乱し、肩を上下させている。構えも大きく乱れている。クラウスは、なおも残った隙を見逃さなかった。


 全速力で、真正面からポールへ走り出す。


 それに応じてポールが剣を振り上げる。


 神速が互いにぶつかり合うあと思われたその瞬間、クラウスの姿が消えたように生徒たちの目に移った。

 

 目の前に剣の切っ先が迫った瞬間、クラウスは転がり、ポールの足元に体を滑り込ませた。両肩のジジとギギは必死にクラウスにしがみついている。そしてクラウスは立ち上がる勢いを利用して、アッパーをポールの顎めがけて放つ。死角から飛んで一撃にポールは反応できない。


 ガンッという鈍い音とともにポールは横へ吹き飛ぶ。だが、ポールは失った意識を瞬時に取り戻し、すぐさま受け身を取り体勢を立て直し、深く息を吸いなおす。その表情にはもう焦りも驚愕も見えなかった。皮肉にも、クラウスから受けた痛烈な一撃で、正気を取り戻すに至っていた。


 クラウスもすぐさま立ち上がり腰を低く構えるが、体が少し傾いている。ポールを殴った右手は赤く腫れあがり、血がしたたり落ちている。痛みに顔をゆがめ、右手をかばうようにしてクラウスはポールと向かい合う。


 ポールは弱点を見逃すほど甘い男ではなかった。けがを負った右側から執拗に攻め続ける。卑怯とも思えるほどのしつこさには、ポールの戦意があらわれていた。


 ポールが繰り出す連撃の手数の多さに、クラウスは両腕でそれをはじかざるを得ない。血のにじむ右腕を懸命に動かす。そのたびに一滴の朱が宙をまい、地面の灰色を隠した。


 コートのおかげで、伝わる衝撃は少ない。


 だが、一打一打が傷口と骨に響きクラウスは痛みと恐怖を感じる。


 何度かカウンターを狙える機会があったが、クラウスは手を出せなかった。痛む右手がクラウスの覚悟を鈍らせていた。本能が放った攻撃を理性と恐怖がからめとり、クラウスを止める。


 会場には生徒の溜息と鞄を持ち上げる音が響き始める。すでに結果は決まったと判断したのだろう。戦意を喪失した人間に勝利を訪れないことを知らないものはマギアにはいない。だが、そんな中セシリアだけは必死に戦うクラウスから目を背けようとはしなかった。


 次第にポールの勢いは増していく。コートの上からでは大したダメージを与えられないことを察したのか、手や顔、脛など無防備な部位に狙いを定め始める。


 次々と生まれていく生傷に、痛みにクラウスは顔をしかめる。必死にポールの攻撃から身を守ろうとするも、剣士の動きについていくことはかなわない。


 不意にポールの放った上段蹴り。気づけば後方へ吹き飛ばされていた。


 とどめを刺そうと、剣を振り上げポールが駆ける。


 クラウスは腰をついたまま、迫りくる敵をただ呆然と仰ぎ視界に入れていた。その目には、もう戦意はなく遠く一点を見つめている。映る景色は焦点が合わずぼやけている。光を反射した刃が一層存在感を放っている。


 会場中が決着を予想する。試験の控えるものは準備を始めようと腰を上げ、賭けをしていた者は買った負けたと内心で喜ぶ。


 だが、ポールの斬撃が目の前に迫った瞬間、突如クラウスがそれを避けた。その反射的な動きはクラウスまでをも驚かせた。

 

 自身の身に何が起こったのかクラウスはよくわかっていなかった。ただ、真横に落ちた剣の追撃を避けるためにポールから距離を取った。その瞬間視界の端に、セシリアの姿が映った。


 そこでクラウスはなぜ自分が窮地から返ってこれたのかを察し、一瞬前の光景を思い出した。脳裏に浮かぶのは、中心の刃以外の大半がぼやけた映像、だが、そこには確かにセシリアの姿が映っていた。


 いまだに痛みで熱すらも感じる右腕をを一瞥した後、クラウスは右手を握り締めた。流れ出る血液の量が増えるがクラウスにそれを気にする様子はない。


「……怖いけど、尻込むわけにはいかないな」


 セシリアを意識しながら、クラウスは自身に言い聞かせるようにつぶやく。


「ジジ! ギギ!」


 クラウスが両肩にいる二匹に合図する。


 ジジとギギが、リストバンドの台座に飛び乗る。


 クラウスが腕をポールに向かって伸ばす。


 珍妙な行動にポールは油断した直後、瞠目した。


 ポールの目の前に糸が迫る。


 ポールはのけぞり、紙一重でよけるも腰を床につけてしまう。


 クラウスは糸を切って、駆け出しポールを蹴りつける。


 何回転かしたのち、ポールは立ち上がり、先ほどまでいた場所と糸をわき目に確認する。


 だが、クラウスは隙を与えずに、すかさず追撃する。


 両腕のジジとギギから糸を吐き出させ、ポールの背後にある壁にそれをくっつける。その張力を利用して加速する。真っ白な糸には血がつたう。だが、クラウスは湧き出すアドレナリンに痛みを忘れていた。


 ポールは飛んでくるクラウスに反応しきれず、胸板に膝蹴りを浴びてしまう。後方に何度も転がり、壁にぶつかってやっと静止する。ポールの肋骨は今の衝撃で何本か折れていた。だが、彼は立ち上がった。呼吸するたびに胸元に走る痛みに耐え、懸命に剣を構えた。


 勝敗はすでに決していた。だが、クラウスは降参を進めようとはしなかった。目の前の気高い剣士に畏敬の念を抱いて向き合った。


 剣を振り上げ、ポールがクラウスめがけて走り出す。


 それに応じてクラウスも加速する。


 二人の世界から音が消え、ただ互いのみを見つめる。


 最高速に達した瞬間二人は、互いにゼロ距離の位置にいた。


 ポールが放つ袈裟切り。クラウスはよけることなく、右腕でそれを受け止める。恐怖を忘れたクラウスにためらいはなかった。刃はジジとギギのコートによって、再度その威力を失った。


 クラウスはすれ違いざま、ポールの足元に糸を放つ。


 互いに、今の攻防で傷は負わなかったが、クラウスは勝利への道筋を作り上げていた。


 必死にその場から動こうとポールはもがくが、地面に張り付けられた足は動かすことがかなわない。


 クラウスは再び糸をポールに吐きつける。何度もそれを繰り返す。次第にポールも観念した様子を見せ始めた。


 何重にもまかれた糸にポールはただ立つことしかできない。それ尾を見てクラウスも攻撃の手を止めた。


 その様子を見て、ガンが声を発した。


「……勝者! クラウス!」


 試験開始時に比べると会場にいる生徒は減ってしまっていたが、ガンの声に応じて上がった歓声はそれを凌駕していた。


「やったな、クラウス」


 ガンは勝利した教え子に賞賛をおくる。


「ええ、おかげさまで何とか」


「それにしても、まさかジジとギギの糸を使って戦うとは思わなかった。なかなか面白い戦い方じゃないか」


 ガンは腕を広げ、大げさに笑う。


「実はこれ練習不足でたまたま今回うまくいっただけなんですよね」


「なに、今回これだけ良い勝負をしたんだ。これから、ここ(マギア)で練習していけばいいさ」


 クラウスは全身の筋肉が弛緩するのを感じた。と同時に背中に衝撃を感じた。それは、試合中に感じたものの何倍も大きなものだった。もちろんクラウスはまだコートに身を包んでいる。


「やったじゃない! さすが私が作った魔道具に、私の勧めた戦法! 完璧ね」


 アンナは笑いながらクラウスの背中をたたき続ける。剣のダメージをも防ぎぎったコートを、アンナはものともせずクラウスに衝撃を与えていく。


「グォゥフッ!」


 耐えきれずクラウスはむせ返る。


「ほら、それくらいでやめてやれ」


 見かねたリカルドがアンナの腕を握りとめさせる。


「いやん、リカルド先輩。さわらないでくださいよ」


「……クラウスさすがだった。よく不慣れな戦い方であそこまでできたものだ」


 一人で顔を赤らめているアンナを無視してリカルドは言った。


「ええ、まあ」


「うぅ……リカルド先輩のイケズ……」


「……行かなくていいのか?」


 リカルドは再びアンナを無視して、観客席を指さした。


 クラウスはその先を見るとすぐさま駆けだした。





今日で、第一章最後まで投稿しちゃいます。

あと、二話です。

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