第十六話
クラウスは、マギアに入学してから二回目の試験を迎えていた。
体中には多くの傷跡が残り、何度も泥にまみれたためか服は少し黄ばんでいる。だが、その貧相な身なりとは対照的に、以前に比べ深く強くなった視線は、精悍な顔立ちは、彼の確かな努力とその成長を表している。ガンには及ばないが、それでも召喚士にしては十分な筋肉もつき始めていた。
クラウスは、練習場の控室にいた。丸椅子に座り、何か考えているようでその足がせわしなく揺れている。額を流れる汗が、目の横を通ろうともクラウスは目をつむることはなく、ただ一点を見つめている。不意に控室の扉が開かれるも、クラウスはその音に気付かなかった。
「ほら、しっかりしなさい!」
アンナがクラウスの肩をたたく。バンッという音が控室にけたたましく響く。アンナは、コートと台座の付いたリストバンドを持っていた。
「っっ!」
極限状態にあったクラウスは、急に肩をたたかれ、体が一瞬こわばる。
「そんなに緊張することはない。お前の実力は私が保証しよう」
リカルドは、クラウスの頭を乱雑に撫でる。
クラウスは、少し顔をしかめた後、笑みを浮かべた。そして、立ち上がり二人に向かって頭を下げた。
「アンナ、リカルド先輩、俺に付き合ってくれて本当にありがとう。絶対にこの試験突破して見せます」
「あんたの試験がどうなろうとかまわないけど、これに関してはそのうちあたしの試験で使わせてもらうし、あんたの評価も書いてもらうからね」
アンナは、自身の持つコートを指さしながら言った。
「ああ、わかったよ。数行ちらっと書けばいいんだろ?」
「はぁ? んなわけないでしょ。着心地、耐久性、改善点もろもろ含めた感想じゃなきゃ、あたしが試験ではねられるでしょ。少なくとも四百字詰めで五枚、いや十枚は書いてもらうわよ」
「んなっ! そんなにかけるわけないだろ!」
「んなこと言ったってしょうがないじゃない! あんた以外に、学生の作った物使うやつがいるかもわからなければ、これを何着も作るのは面倒なんだから。これを作るのに、どれだけあたしが大変な思いして、ジジとギギから糸を取ったと思ってんの!」
「まあ、お互いにそれぐらいにしておけ。クラウスもたかだか四千字程度なら書いてやればいいじゃないか」
二人を見かねたリカルドが二人をいさめる。少し唇の端を持ち上げている。
「……わかりました」
クラウスはリカルドに言われて、しぶしぶといったようにアンナの要求を飲んだ。
「はい、それじゃあ、早速着てみなさい」
アンナが差し出したコートを受け取り、クラウスはそれを着た。
迷彩色のコートには、フードがついており、その丈はすねのあたりまで延びている。足の付け根のあたりにはポケットがついており、両手首のあたりには少しくぼみがあった。
「……ちょっと重いな」
「まあ、それはしょうがないでしょ。けど、同じサイズの牛革のコートに比べたら全然軽いわよ。素材が良かったみたいね」
『……ジッ!』
『……ギッ!』
アンナの賞賛に反応して、部屋の片隅で遊んでいたジジとギギがアンナの肩に乗った。
「ほんとに、いい子だわ。どうクラウス? ジジとギギのどっちか私に譲ってくんない?」
『ジッッ!』
『ギッッ!』
アンナの言葉に、二匹はすぐさまクラウスの肩へと飛び移った。
「ぷっ!」
その様子にこらえきれずクラウスは吹き出しそうになる。
それに応じて、アンナの額には血管が浮かび始める。今にもクラウスにとびかかりそうな形相をしている。
「ところで、どうしてこんな色をしているんだい? 随分と珍妙なデザインだが」
リカルドは慌てて話の内容をそらした。
「ちっ! それは迷彩色って言って、最近できたばかりのデザインです。草の茂みの中で保護色になってくれるそうですよ」
「……そうか。なかなか興味深いな。さすがAクラスなだけある」
リカルドはあえてアンナの舌打ちと急に甲高くなった声色には触れなかった。
「まあ、ありがとうございます。それじゃあ、クラウス、後これつけていきなさい」
「え、でも俺、もう持ってるぜ」
クラウスはポケットから同じものを取り出す。だが、それには多くの傷がつき一部欠けてすらいる。
「けど、それもうボロボロでしょ。リカルド先輩と毎日バカみたく練習してたんだし」
アンナはクラウスの腕を強引にとって、コートのくぼみにバンドを付けた。
「はい、これで、よし」
『試験開始五分前です。受験者は会場入りしてください』
不意に流れたアナウンスにクラウスの顔つきが一変する。緊張の波が再び押し寄せ、背中と額から汗が噴き出し、急に口の中が乾きだす。
『ジジっ!』
『ギギっ!』
ジジとギギがクラウスを励ますように鳴く。
「まあ、その、なに……頑張んなさい。あんたが退学になったらセシリアの機嫌が悪くなって、同室の私が困るから」
「クラウス、緊張することはない。相手が私より強いことはまずない。楽しんで来い。ただ、極力あれは使うなよ。まだ、完成していないからな」
クラウスの目の端に涙が浮かぶ。自身の恵まれた環境を、周囲のやさしさを改めて実感したのだろう。
「わかりました。……それじゃあ、行ってきます」
クラウスはそういうと、扉を開け、歩み始めた。
ガタッと扉が閉まる音が後ろから響く。廊下は薄暗いが、歩を進めるにつれて会場から差し込む光で足元が照らされていく。コツコツと自分が歩く音だけが響く。やがて、それに人の声が混じり始め、次第に大きくなっていった。
次の投稿は明後日くらいになると思います。ご了承くださいorz
すいません、嘘です。一日か二日伸びます。ごめんなさい。