第十五話
アンナに説明を終えた後、クラウスは中庭に向かった。
日はすでに沈み、空では月が煌煌と輝いている。時折吹く風が芝生を揺らし、冷涼感を感じさせる。食堂のほうからは、人々が歓談する声が魚の焼けるにおいとともに流れてくる。
「……はぁ」
クラウスは芝生の上に腰を下ろす。
草が優しくクラウスの腰を包んだ。
夜空を見上げながらクラウスは安堵していた。何のめどもつかない中、襲われていた不安から解放されてのことだった。
暗闇の中で光る星と月にクラウスは見とれている。すると、そこに声がかかった。
「……久しぶりだな」
「何か用ですか、リカルド先輩」
クラウスは、リカルドに顔を向けなかった。感情を揺らすことなくよどみのない声を発していた。
一か月前とは様子が打って変わったクラウスにリカルドは目を見張る。そして、同時にあることを悟った。
「……どうやら、召喚士としてやっていくための方法を見つけたようだね」
リカルドがクラウスの隣に座り込む。
「はい、おかげさまで」
「……そうか、おめでとう」
リカルドもまたクラウスのほうに顔を向けようとしない。
「実を言うと君にはただ純粋に第一類に来てほしかった」
リカルドがつぶやくように言った。
その目は遠くの一点を懐かしそうに見つめている。
「天才といっても過言ではない君と、ともに切磋琢磨して刃を交えてみたかった」
「そういってもらえるのは光栄です。でも……」
「ああ、わかってる。君は召喚士になりたいのだろう。ただ、間近で本物の天才というものを見てみたかったんだ」
リカルドは芝生に手を突き天を仰ぐ。そして続けた。
「主席だからか、よく天才だと私はもてはやされる」
「嫌味ですか?」
クラウスは冗談交じりに顔をしかめる。
「ふっ、まあそうとってくれてもかまわない。ただな、私は天才なんて大層なもんじゃない。ただ、王子としての権威を失わないために努力を続けているだけだ」
リカルドは芝生の草をぎゅっと握りしめる。そのうちの何本かがぶちっと音を立てちぎれる。
「いつからか、そのことに疑念を抱くようになってた。昔抱いていた、剣士へのあこがれを自分が失っているんじゃないかと思うと、現状がただ虚構にしか思えなくなってきた。だから、君を第一類に連れてきて、過去に見た才能を再確認して、もう一度自分のために剣を振るえるようになりたかった」
顔をクラウスに向け、唇の端に笑いを浮かべながらリカルドは言った。
「……」
クラウスは声をかけることができなかった。
自身が強者と思っている人間でも悩みを抱いていることを目の当たりにし、親近感を抱いていた故にうかつに声をかけられなかった。
「すまん、こんなことを言うつもりじゃなかったんだがな。まあ、とりあえずおめでとう」
リカルドが腰を上げようとする。
顔には影がかかり、リカルドの表情はよくわからない。ただ、水が反射した光だけがクラウスの目に映った。
クラウスは必死に言葉を探し、口を開いた。それは、自分に手を差し伸べてくれた人間に対する恩返しの心に起因していた。
「……あの、俺の実戦練習に付き合ってくれませんか?」
クラウスは立ち上がり、リカルドに向き合う。
「俺、何とか新しい戦い方を見つけたんですけど、まだ慣れてないんです。だから、トレーニングに付き合ってもらえませんか?」
リカルドは、立ち上がり声を上げて笑った。
差し込む光がその顔を照らす。
リカルドは笑顔を浮かべていた。
もうそろそろ、第一章が終わると思います。どうかお付き合いください。もちろん、第二章はやるつもりです。
総合評価100pt、ユニーク1500突破しました!これもひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。
感想のほうを頂けると幸いです。何分、リアルに友人が……という状態なのでww 厳しい意見で構いません。どうか感想のほうよろしくお願いします!