第十三話
「先生、結果はどうですか?」
クラウスは、部屋の惨状から逃げ出し職員室にいるマランのもとを訪れていた。だが、理由はそれだけでなくクラウスはマランに用事があったのだ。
「はい、こちらの書類にまとめてあります」
クラウスはマランから紙の束を受け取る。
その表紙には、ジジとギギの能力判定結果、という文字が躍っている。
先週、クラウスはジジとギギを知るために、マランに二匹の調査を依頼したのだ。何か、普通の蜘蛛との相違点を解決の糸口にならないかと思っての、また気になる点があってのことだった。
「身体能力は、このサイズにしてはとびぬけたものがあります。それに頑丈さも備えています。まあ、さすがにオルトロスに踏みつけられてはひとたまりもないようですが」
クラウスはマランの冗談に苦笑する。
「オルトロスに踏まれて、耐えられる魔物のほうが少ないでしょう」
クラウスが茶化すとマランも笑みを浮かべた。だが、直後、その顔つきは一変した。
クラウスも重大なことを伝えられることを察し、身構える。空気がはりつめ肌を刺す。
「毒の件についてですが……」
クラウスは息をのむ。
「残念ですが、試験では使えないようです」
マランの報告に、落胆を隠せずクラウスは肩を落とす。
「そうですか。本で毒をもつ蜘蛛がいるということを知ったときにもしかしたらと思ったんですが……。まあ、役に立たないんなら仕方ないですね。そんなに弱い毒だったんですか」
クラウスは必死に表情を取り繕おうとするが、うまくいかない。だが、それは仕方のないことだった。なぜなら、これまでの調査の中で、クラウスが得た有力な戦略となりうるのは、ジジとギギが持つかもしれない毒だけだったのだ。
「調査ありがとうございました。わざわざ先生の手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
そういって、クラウスは踵を返しその場を立ち去ろうとした。だが、その背後から声がかかった。
「クラウス君、話はまだあります。上手くいけば、君もガン先生同様に新しい戦い方を見つけられるかもしれません」
瞠目した直後、クラウスは首を傾げた。
その様子にマランは答えた。
「君が、ガン先生と同じ道を行くということはガン先生から聞いています。君がAクラスにいたとき、私は君に何もできなかった」
マランは自身の情けない過去を思い出し顔をしかめ、続けた。
「だからこそ、君の調査依頼を受けた。本当は、担当でない生徒をひいきしてはいけないんですけどね」
マランは笑った。
その笑顔には人の良さと教師としての矜持が現れている。
「私は君を応援しています。君の成長を願っています。だから、ガン先生に逐一クラウス君のことを聞いていたんですよ」
「……先生」
クラウスは返す言葉もなかった。
思いがけないやさしさに心を打たれていた。
「ありがとうございます」
クラウスは頭を下げた。
そこにはどこか謝罪めいたものもあったが、マランはあえてそれには触れなかった。
「それじゃあ、まず、毒の件ですが……」
「え? 毒についてはさっきもう言ってませんでしたけ? 弱くて使い物にならないって」
「クラウス君、私はそんなこと一言も口にしていません」
「え? でも……」
クラウスは、頭を悩ましていた。
聞き間違いをしたとも思えなければ、マランが嘘を吐くようには思えなかったからだ。
「私は、試験では使えないといっただけです」
「それって、どういうことですか?」
まだ事態を飲み込めないクラウスは答えを尋ねる。
「つまり、ジジとギギの持つ毒が強すぎて人を殺してしまうほどなんです」
「……え!?」
その声は、先ほどよりも一オクターブ高くなっていた。
「魔物に効くかは個体差があるのでわかりませんが、人に関してはその毒牙で一噛みされるだけで十分死ぬ恐れがあります。そんなものを試験で使うのはあまりに危険です。ですから、試験では使えないといったんです」
クラウスの頭に浮かんでいたのはジジとギギの姿だった。自身が勝手に無能だと思い込んでいた二匹は思わぬ才を隠し持っていたのだ。二匹が自慢げに鳴く様子が想像され、クラウスは顔をほころばす。
だが、喜ぶのと同時に困窮する。事実、二匹の持つ強力な毒は解決の糸口になりえなかったからだ。
「それじゃあ、結局、どうしようもないんじゃ?」
わずかに震えた声でクラウスは答えた。
その様子は、聞くのを恐れる答えを尋ねているようだった。
「安心してください。確かに、今回に限って言えば毒は解決につながりませんが、もう一つジジとギギには信じられない能力があったんです」
マランは、机の引き出しからクラウスに渡したのと同じ書類を出し、あるページをクラウスに見せる。
「どうですか? これなら、試験だけじゃなくて実戦でも相当役に立つと思いますよ」
紙に書かれた事実を理解したとたん、クラウスの表情は驚きと喜びに包まれた
そして、何も言わず突然駆けだした。その様子は、まるでなくした宝物を見つけた少年のようだった。
◇ ◇ ◇
「ただいま!」
クラウスは、勢いよく扉を開け自室に飛び込んだ。
『ジッ!』
『ギッ!』
床の上に落ちたゴミを、さらに荒らす現場を目撃されジジとギギは慌てる。ゴミから微妙な距離を取り、目をあらぬ方向へとむけ、ごまかそうとしている。
だが、クラウスは一切気にしていない。むしろ、部屋の中から目的のものを採集すると部屋を出て行ってしまった。
その軽く弾むような足取りは、知らず知らずのうちにスピードを増していた。
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