第十二話
クラウスがガンから新たな道を示唆されてから時がたち、入学後二回目の試験が一週間後に迫っている。つまり、クラウスはあと一週間で大きな選択をしなくてはならない。
召喚士が、魔物のサポートを受けて戦闘に参加する。常識破りなその方法に、クラウスは希望を見出し一縷の望みをかけて、模索してきた。だが、二匹の蜘蛛――ジジとギギをうまく生かす方法はいまだ見つかっていなかった。
クラウスは、学校の授業を終えると再召喚したジジとギギを寮において、図書館に向かい資料を読み漁るという生活を繰り返していた。過去の召喚士の中に、似たような状況の中で何らかの改善策を発見したものが、いないかを確かめようとしてたのだ。しかし、それは難航した。
ガンが提案したような作戦を思いついた人間が、過去にも多くはいなく、その上に蜘蛛にピンポイントで発案されるわけもない。クラウスが、これまでに得ることができたのはわずかなものだった。
「調子はどうだ?」
クラウスがガンに声をかけられたのはそんな時だった。
「何とも言えません。いくつか分かったこともありますが、それでも決定打にはなりません」
クラウスの言葉にガンは顔をしかめる。
「……そうか」
それと対照的にクラウスの表情は明るい。その両肩に乗る、再召喚されたジジとギギも主人を信頼しているようだった。
「状況的には厳しいですけど、方向性はわかってます。最悪、独学で召喚士を目指せばいいんです」
クラウスは、はっきりと言い切った。
「お前……それって、つまり……」
ガンは予想外の言葉に驚きを隠せない。
「ええ、もし今回の試験を乗り切れず退学処分を受けることになったとしても、夢をあきらめるつもりはありません。自分の力で父さんを超えて見せます」
クラウスには一切の迷いがなかった。覚悟と努力に裏打ちされた自信が彼を支えていた。
そんなクラウスを見て、ガンも思わず安堵する。
「ああ、きっとお前ならできるさ。最近のお前の頑張りは以前に比べて段違いだし、過去にも類を見ない。お前ならやっていける」
ガンはクラウスを心から称賛した。そこには、同情はなくただ応援したい一心だった。
「……ありがとうございます」
クラウスの頬に朱がさす。
少しの間、二人の間に沈黙が流れた。
「まあ、とりあえず今日は休め。少し頑張りすぎだ。体調管理も重要だ」
ガンは言った。
「わかりました。それじゃあ、今日は部屋の掃除でもして過ごしますよ」
クラウスは笑う。
休みを取ることに、焦りを感じる様子はなかった。
「おう。何かあったらいつでも言いに来い」
ガンはそういうとクラウスに背を向け歩き出した。
クラウスはその背中から少しの間目を離すことができなかった。
◇ ◇ ◇
「ああ言ったものの、本当に退学になったらどうしようかな」
寮へと向かう道でクラウスはひとりごちる。
「戦い方を模索するのは自分一人でもできる。召喚についても時間はかかるけど、独学で何とかならないわけじゃない」
クラウスは言葉を止め、考える。
ただ一つ問題があった。この一週間、先生の勧めもあり、身体能力の向上に努めた。ガン曰く、「お前が、俺と同じ方向性を目指すんなら体を鍛えておいて損はない」とのことだった。おかげで、以前に比べてだいぶ動けるようになった。けど、退学になるとその練習をする場も、師事する人もいない。
「あ~、こんなこと考えるのはやめるか。目の前のことにに集中!」
クラウスが頭を搔きむしりながら言うのと、寮につくのは同時だった。
「ただいま」
寮の中に誰かいるわけではないが、クラウスは言った。村に住んでいたころの癖だろう。
扉を開けるのと同時にクラウスの目に飛び込んできたのは、部屋の惨状だった。
「うわぁー」
クラウスは驚きを隠せなかった。思わず声を上げる。
ジジとギギが作ったであろう巣はいたるところにある。
よくもまあ、こんな短期間にこれだけの数の巣を作れたものだとクラウスはあきれずにはいられない。
だが、部屋を汚しているのはそれだけではない。
選択されずに床に放り出された衣類。使われたままかたずけられることなく積み上げられた食器。夜食にと思い売店で買った串焼きの棒。約一か月の生活の痕跡が悪臭を放ち、床を隠していた。
げえ、とクラウスは心の中で叫ぶ。
クラウスは、最近戦略を練るのに夢中になりすぎていた節がある。そのために、自身の部屋の状態をしっかりと確認したのはこれが初めてのことだったのだろう。
退学をも恐れない少年が、悲鳴を上げそうになる。
「あっ!」
クラウスは何か思い出したように声を上げる。
「ちょっと確認しなきゃいけないことがあったっけ。ジジ、ギギ留守番よろしくな」
クラウスは二匹を部屋に残すと、現実逃避をするようにその場を去った。
だが、用事があるというのは本当だった。クラウスが向かったのは前担任のマランのもとだった。