第十話
試験翌日、クラウスは一週間ぶりにAクラスを訪れていた。マランから試験結果を聞くためだ。
生徒らは順に廊下で待つマランに呼ばれ、個別に結果とアドバイスを伝えられている。悲壮感を漂わせるものは少なく、皆結果に胸をなでおろしている。
「残念ですが、クラウス君にはFクラスに行ってもらうことになりました」
廊下で、クラウスと向き合うマランは言った。
「やっぱり、そうですか」
クラウスは、突きつけられた現実に落胆を隠せない。
「でも、まあ、退学じゃないだけましですよね」
クラウスは苦笑して言った。
「その件についてですが、リカルド君から話は聞いています。一応、来月までは待ってくれるそうです。学長先生も、クラウス君が転科することについては特例として認めてくださってます」
「……そうですか。けど、第一類に行くしかないですし、もう返事をしようかと思ってます。今回アルノルトと戦って分かったんです。自分に才能がないことも、その差がどれだけ残酷なのかも」
「クラウス君、それは違います」
マランは、普段の様子からは想像できないような、声を発した。威圧感を発して、目は鋭さを帯びている。
マランの様子にクラウスは肩を震わす。
「君は、アルノルト君が二匹目の召喚獣を出せたことが勝敗の決め手、つまり才能の差で負けたと思っているのかもしれませんが、それは違います。彼は、試験までの一週間懸命に努力をしていました。その頑張りには目を見張るものがありました。過去にも、こんなに努力する生徒は見たことがない。確かに、オルトロスを召喚できるのは彼の才能かもしれませんが、それを手懐けたのは彼の功績です」
「……そうだったんですか」
クラウスは信じられなかった。アルノルトがそんなにも努力を重ねていたことを。そして思い出す。自身の部屋に置かれたままの本を。数ページめくったきり読まなくなったマランからもらった本のことを。授業に出ずにいたことを。
「確かに、君には強大な魔物を召喚する能力はなかったのかもしれません。ですが、あなたの魔力量は本物です。それをいかに生かすのかを考えましたか? ジジとギギとの連携を取ろうと考えましたか?」
クラウスは自身の甘さを指摘される。こみ上げたのは、悔しさよりも自身に対する情けなさだった。ただ、蜘蛛しか召喚できないことに全責任を転嫁して、召喚士をあきらめようとしていた。逃げるように剣士を志そうと自身に思い込ませていた。
「召喚士にとって才能がないことは明らかなハンディキャップになります。ですが、それより重要なのは、いかに召喚士た魔物を生かすのか、つまり戦い方なんです。無理にとは言いません。せっかく1か月猶予があるのですから、それまでは頑張ってみてはいかがですか?」
マランは、いつものような優しい笑顔で言ったのだった。
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翌日、クラウスは、リカルドではなく第3類Fクラスに向かっていた。
絶対に次のテストで挽回して、Aクラスとは言わないから、退学を逃れたうえで
そこには見覚えのある顔があった。
その顔は、クラウスを視認するや否や、喜々としてクラウスのほうへと向かってきた。
「おやおや、これは主席入学者さんではないですか。Fクラスに何か用ですか?」
クラウスに、馬鹿にするように話しかけたのは、入学試験でクラウスに因縁をつけていた金髪の貴族の少年だった。
彼は、自身がFクラスであることを棚に上げ、落差の大きいクラウスを揶揄する。
「まさか、魔力量A判定の君がFクラスに落ちてくるだなんてそんなことないっ!」
金髪少年は、頭上から降ってきた鉄拳をくらい、セリフをさえぎられた。
少年の後ろには、筋骨隆々の肉弾戦が得意そうな男が立っている。
「先生、やめてください。父上に言いつけますよ!」
少年は叫び訴えるも、男は一切動じない。
「テオ、うるさいぞ。もう少しおとなしくできんのか」
先生と呼ばれた男は、少年をにらみつける。
少年は、先ほどの勢いを失う。目線をそらし、頬には一筋の汗が流れている。何か嫌なことを思い出したようで、唇は真っ青だ。
「すっ、すみませんでした!」
少年は、慌てたように詫びる。
「まあ、いい。それより、お前はクラウスだな。俺はFクラス担任のガンだ。よろしくな」
ガンは、クラウスの前に出て、腕を差し出す。その腕には筋肉の筋に加え、多くの傷跡がのびている。
「……よろしくお願いします」
クラウスは恐る恐るといった感じで、その手を取り握手を交わす。
うわ、なんだこの手。すげえ固い上に、肉刺だらけでごつごつしてる。本当は剣士かなんかなんじゃねえの。
「ん? お前、俺が召喚士には思えないみたいだな」
ガンはクラウスの心を読み指摘する。
「えっと、まあ、剣士なのかなとは思いました」
これって失礼なんじゃないのかな。第三類の教師に向かって召喚士らしくないっていうだなんて。クラウスは、そう思うと脳裏に先ほどの光景が浮かび、とっさに頭をかばう。だが、拳が飛んでくることはなかった。
「気にするな。俺が体を鍛えてんのには俺なりの理由がある。それに、剣士よりも体格のいい召喚士だなんて笑えるじゃないか」
ガンは、親指を立て、ニカッと顔面を崩して笑う。茶目っ気のある笑顔にクラウスは目を奪われる。
「そんなことより、テオ、お前クラウスに謝れ。誰にもあんなことを言う資格はない」
ガンは、金髪の首根っこをつかみ、クラウスの前に移動させる。その様子はクレーンのようだ。
「……す、すみませんでした」
プライドが邪魔をするのだろう、少年の声は蚊の鳴くようなものだった。
「声が小さい!」
ガンは、拳を構える。
「すみませんでした!」
テオは、急に覚悟を決め、叫ぶように言いながら、教室から走り去っていった。
恐怖に追われるテオのスピードは第3類の生徒のものには思えなかった。
クラウスはその速さに呆然とする。
「全く、あいつは……」
ガンは、参ったというように頭を搔く。
「いや、俺がAクラスからFクラスに落ちたのも、召喚士には向いていないのも本当ですから」
クラウスは、反射的に自分を卑下してしまった。まだ、召喚士としての可能性を、その方法を見いだせていないからだろう。
「おい、クラウス。Fクラスに落ちたってのは納得いかんな」
ガンはクラウスの失言を指摘する。
「すみません。でも……」
でも、Fクラスに集まるのは落ちこぼれの生徒ばかりのはずだ。
クラウスは、謝罪をするが納得はいかない。
「お前の言いたいことはわかる。確かに、普通はFクラスの生徒はAクラスに比べたら不出来さ。でもな、だからと言って将来Fクラスのほうが無能とは限らない。お前の父親だって実は最初はFクラスだったんだよ。お前だって十分立派な召喚士になる可能性を秘めてるんだ」
「え?」
虚言としか思えない、ガンの言葉にクラウスは耳を疑い、ガンの目を凝視する。だが、とても嘘をついているようには見えなかった。
「よし。それじゃあついてこい。見せてやるよ、お前が進むべき方向性を」
ガンは胸を張ってクラウスに言ったのだった。