第一話
「喰らえっ!」
剣を持った男の放った斬撃が、無防備に立つ男の足元を襲う。男が後ろに飛び、よける。闘技場の石でできたフィールドが砕け、粉塵を巻き上げる。男の周囲を砂煙が取り巻き、その姿を隠す。
男の視界には、煙の色しかうつらない。
「うらぁぁぁ!」
剣士が加速し距離を詰め追撃する。
上段から放たれた刃が男を容赦なく襲う。
『っ!』
闘技場に集まる観客が一斉に息をのむ。
キンッ、という金属音が響くのと同時に砂煙が霧散する。
歓声が沸き上がった。
『うぉぉぉぉぉぉおおお!』
不可避の攻撃と思われた、剣士の一閃は鉄での腕に阻まている。
男の前に突如現れたゴーレムが、両腕を交差させ剣を受け止めているのだ。剣士とゴーレムは動きを止めていた。
力は拮抗し、互いに押し合う。
その隙に男は、手に持ったカードに魔力を送る。すると、男の隣に双頭の獅子が現れ、剣士を襲う。
剣士は、とっさに後ろに跳躍してよける。だが、獅子が迫り、隙を与えず攻撃を繰り返すため次第に追い込まれていく。
会場は、戦いの行方に注目し、沈黙に包まれている。剣士の剣と、獅子の爪が交わる音だけが響く。
「ほんとは使いたくねえんだけどな……」
剣士はそうつぶやくと、左手に魔力を集中させる。すると獅子は距離を取り、二つの口に魔力を集中させていく。両者の魔力が輝きを放ち始めると、同時に相手に向かって放った。互いの魔力がぶつかった瞬間、すさまじい轟音が鳴り響き、先ほどとは、比べ物にならないほどの粉塵が巻き上がる。
会場も再び息をのむ。皆、フィールドの煙が晴れるの息を止め、前のめりになって待つ。
そして、煙が消え、フィールドの状況が明らかになる。
観客が熱狂し叫ぶ。
剣士は、無傷で立っている。対して、獅子はその姿を消し、腕を前で構えるゴーレムの体にはひびが入っている。
魔力による攻撃は、獅子を消し飛ばしただけでなく、その後ろにいたゴーレムにもダーメジをあたえていた。
「っらぁ!」
一気に加速した剣士が、最高速でゴーレムに肉薄し、横なぎの一撃を食らわせる。ゴーレムの体は、二つに割れ、地に落ちる。そして地面とぶつかる衝撃でひびが広がり、無数のかけらになった。
「これで、最後だっ!」
剣士は勝利を確信し、男に突きを放つ。だが、男の表情には焦りが見えない。
男は、神速の剣を軽々と横によける。
「なっ!」
自身の攻撃をかわされ、剣士は驚愕する。
それもそのはずだ。世界でも彼の突きをよけられるものは片手の指の数ほどしかいない。召喚士には躱せるはずがないのだ。
そんな剣士を横に、男は腰に下げた袋から二枚のカードを取り出し、先ほどとは比べ物にならない魔力をそそぐ。刹那、深紅の竜と鋼の大鷲が現れ、剣士を襲う。剣士はとっさに剣で身を守るが、鉄でできたそれは、ゴーレムと同じ運命を迎える。剣が砕け、無防備になった剣士は後方へと吹き飛ばされ、壁にぶち当たり、気を失った。
ついについた結果に、観客のボルテージが最高点へ達する。割れんばかりの歓声が、男へとむけられる。
そこで映像は終わった。
*******************
「また、これ見てんのか。いい加減やめてくれよ」
映像に映っていた男は、目の前で興奮する少年に声をかける。
その顔は、少し赤らみ、気恥ずかしい様だ。
「だって、父ちゃんすげえ強くて、かっこいいんだもん!」
少年は、目を輝かせながら自身の父に言う。息を荒げ、歯を見せて笑う。心底、自分の父に羨望を抱いているようだ。
「俺、将来父ちゃんみたいな召喚士になるんだ。それで、父ちゃんみたく、ふぇあーすすとらいびゅで優勝するんだ」
五歳の少年は、興奮し上手く発音できない。
「フィアース・ストライブな。まあ、頑張れよ」
男は、後頭部を搔きながら答える。
自分を目標とされ、うれしく思うのと同時に、昔の姿を見られた恥ずかしさがあるのだろう。
「うん!」
少年は満面の笑みを浮かべて頷いた。
*******************
「よし! 準備万端だな」
少年は、パンパンにつまったボストンバックを見て頷く。
ついに、この日がやってきたのだ。夢の第一歩を踏み出す日が。思えば長かった。父さんにあこがれて、召喚士を幼いころから目指していた。だが、年齢の規定を満たせず、その場で足踏みせざるを得なかった。すごくもどかしかった。時間は減る一方で、父の背中は思い出の中でさらに遠ざかっていく。ついに、スタートが切れるんだ。
彼はバックを持って階下に行く。
そこには少年の母と幼馴染がいた。
「待たせてごめん。もう何時でも出発できるよ」
「まったく、もう十五歳なのに前日までに準備ができないなんて母さん不安だわ。学校での寮生活なんて、まともい遅れるのかしら」
口うるさいなあ。まあ、それも俺のことを心配してのことだろうけどさ。
「母さん、大丈夫。クラウスには私がついてる。なんなら、炊事に洗濯、私が面倒を見るわ」
幼馴染は、表情は乏しいが、だがどこか強い意志を持って言った。
肩まである黒髪が、彼女の無機的な表情を引き立てる。
付き合いの長いクラウスや彼の母でなくては、雰囲気から感情を読めず誤解してしまうだろうが、彼女もまた、新たな生活が始まることに期待を抱いているのだろう。
「セシリア、何度も言ってるけど俺とお前は別の寮なんだから、そんなん無理だぞ」
「大丈夫。どんな手を使ってでも成し遂げる」
セシリアは、両手のこぶしを握って構え、胸を張る。
「ふふふ。相変わらずセシリアはクラウスが大好きね」
「もちろん」
「母さん、やめてくれよ」
「はいはい。それより、そろそろ門に行かないとみんなを待たせちゃうわよ」
時計が示す時間は、予定まであと5分だ。
「わかったよ。セシリア、行くぞ」
クラウスはセシリアに手を出す。
「うん」
セシリアは差し出された手を握り頷く。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってきます」
そして、二人は家を出た。
*******************
「おお! やっときたぞ!」
門には、人だかりができていた。
クラウスとセシリアの門出を祝いに、わざわざ集まってくれたのだ。
「わるい、待たせた」
「ごめん」
「いいんだよ、少しくらい。そんなことより、皆こんな田舎から英雄が出るかもしれないって期待してんだ。頑張ってくれよ!」
人ごみの中の一人の男が声をかける。
「おう! 期待しててくれ。俺は絶対父さんみたいな召喚士になって帰ってくるからさ」
「ああ、お前ならきっとできるぜ。なんなら、父親探して、首根っこつかんででも連れ帰ってこい。こんなに将来有望な息子を放って、放蕩するような奴だからな。それくらいしたって問題ないさ」
男の冗談に村人が皆笑う。
だが、聞こえてくる笑い声の中には、涙交じりのものもあった。
きっと、二人との別れを惜しんでのことだろう。
「セシリアもがんばれよ!」
1人の村人が言った。
それに続いて、多くの激励がセシリアへとぶ。
だが、セシリアは腕を後ろに回して、地面を足でならし、目線を合わせない。
「ほら、セシリアもなんとか言えよ」
クラウスが、隣で沈黙を保っていた少女に耳打ちする。
すると、彼女は一歩前に出て叫んだ。
「絶対に、一番の魔道具製作者になって帰ってきます!!!」
普段の様子や、彼女の体躯からは考えられないほどの大きな声だ。
その声に応じて、村人たちから歓声が上がる。
「それじゃあ、いってきます!!!」
セシリアは、クラウスの手を引いて村を出発した。
「行ってきます!」
クラウスも、引っ張られて体勢を崩しながら別れを告げた。
村の人々は、二人の姿が見えなくなるまで、手を振り、旗を振り、声援を送り続けていた。
御読了ありがとうございます。
少なくとも週に1回、できれば毎日投稿していこうと思っています。
今後とも引き続きよろしくお願いします。
よければ、ブクマ評価感想してやってくださいorz