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165時間 (2)

 遥か昔、一人のダークエルフの女の前に異教の神が姿を現した。神は跪く女に『汝は我が子を成す者』と伝える。異教とは言え相手は神。しかし、どうして自分の様な者のところに現れたのか。不思議に思いながらも、ダークエルフの女は神の言葉を受け入れ、その後に双子の稚児を授かる。


 双子が誕生した夜に神は再び現れ、双子にバルドスとファティギスと名付け、女に『この子らを立派に育てよ』と言い、近くにあったテーブルの上に食べきれない程の食料と、水桶の中には溢れんばかりの銀貨を出した。その後も神は何度か現れては、大量の食料と銀貨を置き双子の成長を確認して姿を消した。


 バルドスとファティギスはすくすくと成長した。八歳にもなると成人男性を思わせる体躯となる。神は分厚い魔導書をバルドスとファティギスに与え『日々学びに励め』と申し付けた。二人は驚くべき進度でその魔導書を読み進め、次々と魔法を覚えていく。


 やがてバルドスとファティギスが十五歳になる頃、神は再び彼らの前に現れ、自分と一緒に来るか、この地に留まるかと聞いた。二人は考え抜いた末に、バルドスは神と一緒に旅立つと答え、ファティギスは母とその地に残ると答えた。神はテーブルの上に置いてあった器に、溢れんばかりの金貨と、いくつかの魔法具を出し姿を消した。そして、二度とその地に現れる事はなかった。


 この時、その地に残ったファティギスが、トイフェリアの始祖と言われている。



 「魔神の血筋を継ぐ者たちよ。従わねばお前たちを殲滅する事も、私は辞さない」


 魔装騎士の言葉に、トイフェリアたちの抱く困惑は、怒りと恐怖がない交ぜとなった敵意へと変わっていく。それをいち早く察知したグロイアスは、血気盛んな若者たちを制すると静かに話を続ける。


 「潜伏ではございません。我々は古くからこの地に住まう者でございます」

 「ほう。魔神の血筋を継ぐ者であることは否定せぬ訳だな?」

 「証拠など何も無い口伝ではございますが──」


 パウルは冷たい笑みを浮かべ、馬上からグロイアスを見下ろす。その鎧の胸元には二匹の大蛇(サーペント)が絡み合う紋章が輝いている。トイフェリアの村から遥か北西に位置する王国『ウワンドゥロ』が掲げる紋章だ。


 ウワンドゥロの騎兵は、同国の外れに位置する鉱山地帯に囲まれたドワーフ都市『山頂都市(テオスヴェルグ)』で製造される良質の武具に、魔法効果を付与した特別な装備をするため魔装騎兵と呼ばれ、隣国にその名を轟かせる。魔装騎兵はその装備の違いにより、機動力を生かす軽魔装騎兵と攻撃力と防御力に優れた重魔装騎兵に分けられる。これらを束ねるのが魔装騎士だ。魔装騎士の装備には更に高位の魔法が付与され、その実力は一騎で魔装騎兵の数十倍と言われる。


 当然、若くしてその腕を買われて魔装騎士となって以来、数々の功績を上げて来たパウルも腕には自信があった。いかに魔神の血を引く者とは言え、非武装の相手に後れを取る気など更々ない。騎士団長の命令は『代表者の拘引』だが、万が一それが困難と判断した場合には『速やかに殲滅せよ』だ。眉唾ものとは言え魔神の血族を殲滅したとなれば、騎士団内での自分の地位も更に高いものになるに違いない。あとは連れて来た軽魔装騎兵たちに今夜しっかり飲ませてやれば、こんなに美味い手柄は無い。パウルは笑みがこぼれそうになるのを必死に堪え、鼻息の荒い愛馬を宥める。そして、軽魔装騎兵に村長を拘引するよう目配せをする。


 それを遮るようにトイフェリアの若者が立ちはだかる。一瞬にしてその場の空気が張り詰めた。


 「お前、手向かう気か!」

 「ちょっと待ってくれ。それは誤解だ」


 片眼が銀色に輝くトイフェリアの若者が言った。両手を軽魔装騎兵に向けて、抵抗の意思が無い事と、拘引を踏み留まる様にと強調する。


 「アルギュロス!待て──」

 「オルグロの魔神の事を言ってるなら、それは誤解だ!」


 グロイアスの制止を振り切ってアルギュロスが続ける。


 「私たちの先祖が話す魔神とはそのようなものではない」

 「ほう。ではどう言うものなのだ?」

  

 パウルは兜の奥で片眉を吊り上げ、口の端に微かな笑みを浮かべながら芝居じみた口調で問い掛ける。


 「魔神とは神そのもの。異教であるがゆえに、魔神と呼ばれるだけの事だ。かつてこの地を訪れた者たちの話からすれば、恐らくオルグロの魔神とは人造兵士(ゴーレム)の類だ」

 「人造兵士(ゴーレム)だと?」


 パウルの顔から歪んだ笑みが消え、アルギュロスを見つめる瞳が微かに血走る。確かに宮廷仕えの魔法使いの一人が、同じような事を口にしていると耳にした事がある。だが、騎士たちの中には誰ひとりそんな話を信用する者はいない。


 『ウワンドゥロの騎士たちが強いのは、魔法効果を付与された特別な装備によるもの』隣国の兵士たちは陰でそう嘲笑う。断じてそんな事は無い。自分たちの強さは日々の鍛錬と、戦いに臨む決死の覚悟だ。魔法の力を借りずとも我々は強い。ウワンドゥロの騎士たちはそう盲信する。確かにあの魔神が振り撒いた厄災は、想像を絶するものだった。大勢の魔装騎士で幾重にも包囲し、苦労の末にどうにか打倒した。もし、あの魔神すら魔法の力で造られた物だとすれば、魔法とはどこまで強大なものなのだろうか。結局、魔法の力の前にはいかなる鍛錬も意味を成さないのか。パウルはその思いを掻き消す様に頭を左右に振る。


 「貴様、口を慎め!」


 軽魔装騎兵の一人が怒りの声を上げ、アルギュロスの胸を目掛けて槍を突き立てた。そう思った刹那、槍は空を切り軽魔装騎兵は、無様に軍馬の上で体勢を崩した。それが引き金となった。次々と軽魔装騎兵たちが槍を構えアルギュロスを目掛けて突進する。しかし、どれも紙一重で身をかわされた。パウルは鍛練を積んだ軽魔装騎兵たちの攻撃が、簡単にかわされた事に内心穏やかではない。


 「くそ、舐めやがって!」

 

 頭に血が上った軽魔装騎兵が、闇雲に振り回した槍が空を切る。加勢に駆け付けた軽魔装騎兵たちの一撃もアルギュロスには届かない。それどころかすれ違いざまに軍馬の脚を撫でたのを、パウルは見逃さない。驚いた軍馬は立ち上がって興奮し、流石の軽魔装騎兵も手綱さばきが追いつかない。ここまで見せられればパウルもその目を疑う気は無い。アルギュロスの動きは決して訓練されたものでは無い。驚くべき事に、その動体視力と身体能力の高さのみで、軽魔装騎兵の攻撃を辛うじてかわしているのだ。


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