表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

嵐の前の静けさ (2)

 『訓練場へご案内いたします』その言葉と共に、フルークに案内され長い廊下を何度も曲がり、階段を何度か上り下りした。そして、義隆たちは小さな薄暗い部屋へ辿り着く。窓の無いその部屋は、訓練場と言うには狭すぎるし、特に何の準備もされている様子は無い。フルークはそのまま部屋の奥にある祭壇の前まで進むと、徐に銀色の燭台に手を掛けた。


 「さあ、こちらです。どうぞ」


 そう言ってフルークが燭台を捻ると、少し間をおいて祭壇が横へと大きくずれ動き、その跡に地下へと続く石の階段が現れた。フルークは祭壇の上に置かれた二つのランプに灯をともし、その一つを義隆に手渡し、もう一つを自分で持つと先を案内するように、足元を照らしゆっくりと階段を下りる。その階段はこれまでに上り下りを繰り返した魔法省のどの階段よりも遥かに長かった。このままでは奈落の底に辿り着いてしまうのではないかと、義隆たちの顔に明らかに動揺が現れ出した頃に、ようやく最後の一段が見えて来る。そして、一行は更に真っすぐに伸びる石の廊下を進む。


 その道のりは、訓練場と言うより何かを厳重に保管するかのような、意図的に辿り着きにくくした造りに強い違和感を覚える。やがて辿り着いたのは、重厚な両開きの木の扉だ。フルークはゆっくりと扉を開くと、戸口に立ったままお辞儀をし、義隆たちに中へ入るように促す。また、このパターンかと内心で舌打ちしながらも、義隆は恐る恐る中へと入る。


 『ガゴンッ』と重い扉が閉められる音に、義隆たちは驚いて振り返る。重厚な扉に阻まれて、フルークが扉の向こうで待機しているのか、既にそこにもいないのかまったく感じ取れない。薄暗い部屋の中は良く見えないが、奥の方に微かな灯りと人の気配を感じる。


 「ようやく来たね」


 部屋の奥から藤子の声が聞こえた。慌てて義隆がそちらへランプを向けると、藤子と一緒にブランとブッハの姿が暗闇に浮かび上がった。


 「お待たせしました」

 「いやいや。私たちもついさっき着いたばかりで、先に交渉を済ませたとこさ。灯りを点けるからちょっと待っておくれ」


 そう言って藤子が部屋の隅にあるロウソクに火を灯もした。ぼんやりとした明かりで照らされたその部屋に、義隆は訓練場というよりは牢獄に近い印象を受けた。こんな場所でいったい何の訓練をすると言うのか。次の瞬間に義隆は闇の中に別の大きな人影を見付け、ビクリッと背筋を硬直させた。直後に茜と恵が小さく驚きの声を洩らすのを感じる。それに気付いた藤子が、ゆっくりとその人影の近くに寄った。


 「紹介するよ。こちらはイグロス=アスワルドだ」


 そう言って藤子が視線を向けた先には、こげ茶色のローブに身を包んだ、黒色の肌をした二メートルを超す巨躯の男が立っていた。ランプの灯りに照らされて、深く被ったフードの奥に猛禽類を思わせる金色の瞳と、深紅の口元に浮かべた薄い笑みの隙間から白い牙を見え隠れする。全身に独特な雰囲気を纏ったその男は、義隆に向き直り深々とお辞儀をした。野性味と不気味さが漂う印象からは想像もつかない綺麗なお時儀に、義隆は挙動不審気味に慌ててお辞儀を返した。


 「さて、それじゃ準備は良いかい?」


 藤子が皆の顔を見回す。明らかに張り過ぎてテンションが変な事になっている恵と、開眼の啓示もまだ現れていないのに、こんな所へ連れてこられて困惑気味の茜と、本当に自分たちが行かなくてはいけないのだろうかという思いの義隆では、藤子の呼び掛けに対する反応は自ずと違った。しかし、相変わらずそんな事はお構いなしに物事は進む。藤子がブランとブッハに視線を送ると、二人はそれに目礼で準備が整っている事を示す。


 「それじゃあ、最後に一度だけ確認させておくれ。これからアンタたちは魔法の修行に入る。魔法の修行というのは生易しいものではない。百合香を救出するためとは言え、本来であればアンタらがするべき事ではない。その事は私たちも十分に承知してる」


 藤子は義隆、茜、恵の顔を順に見る。そして、最後にブランに視線を向けると、ブランは先を促すように小さく頷く。


 「私たちも出来るだけの事はするつもりだ。だが、修行が始まれば泣き言は無しだ。どうだい? やれるかい?」


 藤子の顔にはいつもの笑みは無かった。これが遊びでは無い事が幼稚園児の恵にも明確に通じる。義隆たちは誰からともなく『はい』と返事をした。


 「よし! じゃあ、イグロスお願いするよ」

 「畏まりました」


 まさかこの期に及んで『いいえ』とは言えない。そんな諦めにも近い思いが義隆の脳裏を過ったのは間違い。しかし、それ以上に『百合果を助けたい』という気持ちが自分の中で大きかった事に気付き、少し気持ちが楽になった気がしていた。


 藤子の言葉に答える様に、イグロスは両手を軽く前に差し出し、目を瞑って天井を仰ぎ見る。フードから見える顔は、真っ黒な肌と金色の瞳、白く輝く牙以外は、意外なほどに鼻筋の通った、端正な顔立ちとも言えるものだ。イグロスは胸と両腕で何かを支えるような恰好のまま動かなくなった。精神を集中させているだろう事が、魔法使いに成り立ての義隆にでも見て取れる。やがてイグロスを中心に奇妙な圧迫感を感じたかと思うと、両手がぼんやりと紫紺色に発光し始めた。薄暗い部屋の中で、奇妙な紫紺色の光に照らされるイグロスの金色の瞳には、狂気にも似た気合が満ちている。


 『空間創造魔法(ライモンクレリカ)


 その言葉と同時にイグロスの眼前の空間が、紫紺色に輝く小さい扉くらいに切り取られパックリと口を開けた。


 「ご契約通り現世の時間で、7時間でお戻り願います」


 イグロスはそう言うと、その場を明け渡す様に数歩下がり深々と頭を下げる。


 『では参りましょうか』ブランのその軽い一言で、藤子たちは当たり前のように、その切り取られた空間へと入って行く。それに釣られるように恵も中へと入った。茜が後ろを振り返り『お父さん、行こう』と声を掛ける。ああ。この感覚は少し前にも感じた事がある。そうだ。こちらの世界に来る時に、ナーゼと一緒に漆黒に染まった誠一郎の肖像画を潜った時の恐怖感だ。


 義隆はそんな事を思いながら、勇気を振り絞り茜と手を繋いで切り開かれた空間へと入って行く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ