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怪物 (2)

 藤子はそう言って、微笑みながら茜と恵を優しく抱き寄せる。藤子から受け取った小瓶の液体を飲み干した怪物が小さく呻き声を上げる。心配そうに恵が体を強張らせるが、藤子は大丈夫さと言って恵の背中を優しく撫でた。やがて怪物の全身の毛が見る見る抜け落ちて、中からグッタリとベッドに横たわる義隆が姿を現した。


 「お父さん!」


 本当に義隆だったのだという思いの茜の声と、どうしてお父さんがそんな姿にという恵の声が揃う。その二人の声に掻き消されるようにフルークも小さくクルッと喉を鳴らした。


 「義隆さん、気分はどうだい?」

 「二日酔いの十倍くらい気分が悪いです……」


 藤子は優しく微笑むと、フルークに薬草を煎じたお茶を持って来るように頼んだ。フルークは畏まりましたと、いつもの様に深々とお辞儀をした後に、義隆を見て先程は大変に失礼いたしました。と更に深く頭を下げた。義隆は手を上げてそれを制する様に『気にしないで下さい』と述べた後に、むしろ怪物から娘たちを守ってくれてありがとうと言って苦笑いを浮かべた。それを聞き届けフルークは、会釈をして薬草のお茶を取りに向かった。


 「藤子さん、さっきのアレはいったい……」

 「開眼の啓示さ。少し激しく現れたみたいだけどね。どうやら義隆さんは『身体変化魔法(ダプネーゼ)』に属する魔法を開眼したようだ」

 「毛虫の怪物になる魔法ですか?」


 それを聞いた藤子が声を出して笑った。そして『身体変化魔法(ダプネーゼ)』について説明した。『身体変化魔法(ダプネーゼ)』とはその名の通り身体の外観や内容を変化させる魔法の総称だ。階位が高くなるに連れて変身できるものや状態も多彩になり、その状態を維持する時間も長くなる。また、次第に自分以外の者にもその魔法を使えるようになる。ナーゼたちがあちらの世界に入る前に、姿を変えるために唱えてもらう呪文もこれと同系統のものだ。


 藤子は更に良い機会だとばかりに、根本的な魔法の説明を続ける。以前にも説明したが、そもそも呪文を唱えるためには『胆力(チャクラ)』を消費する。胆力とは呪文を唱える際に必要となる精神力のようなものだ。使い切ってしまえば、体力が底を突くと動けなくなる様に、胆力が底を突いても頭が朦朧として身動きが取れなくなる。どの程度の運動をすればどの程度の披露を伴うのかを経験上から覚えるように、どの程度の魔法を使うと胆力が底を突くのかは経験上から学ぶしかない。また、それらはトレーニングによって体力が増すように簡単ではないが、修行によって胆力も増やす事も可能だ。


 更に魔法を使う際には術者によって三つの違いが生じる。


 まずは魔法の種類自体の違いだ。例えば、三人の魔法使いが同時に『火球(プロクシ―)』の魔法を使ったとする。『火球(プロクシ―)』は最も代表的な魔法の一つで、文字通り火球を操るものだ。一人目は掌から拳大の火球を、敵の一団へ向けて連続で放つ。二人目は無数のロウソクの炎のような小さな火球を使って、自らの周囲に害獣などから身を守るための防護柵を築く。またある者は相手の一瞬の隙をつき口から火球を吐き出す。一見、どれも同じ火球の魔法に見えるが、厳密には『同じ魔法』ではない。これは多くの魔法において多種多様な亜系統が存在するためだ。


 次に魔法への相性だ。開眼の啓示と同時に使えるようになる魔法は、ほとんどの場合が一種類だ。その魔法は同時に術者の生まれ持った魔法性質を現している。もちろん、開眼時に習得した以外の魔法も、その後の修行で習得する事は可能だ。ただし、魔法の習得には相性がある。


 例えば、水系統の魔法を開眼した者が、先程の『火球(プロクシ―)』の習得を試みたとする。ほとんどの場合は、習得できても下位の威力の低いものとなるか、下手すると習得自体が失敗に終わる事も少なくない。逆に火炎系の魔法を開眼したものが『火球(プロクシ―)』の魔法を習得した場合は、一般的に習得に要する時間も短く、上位の威力の強い魔法の習得に成功する可能性が高い。つまり生まれ持った魔法の性質を知ることにより、その後の魔法使いとしての指針が決まると言っても過言ではない。


 そして、最後が威力だ。同じように『火球(プロクシー)』の呪文を唱えても、その威力に大きな違いが生じることは珍しくない。これはその魔法への相性だけでなく、術者の魔法力とその魔法への熟練度や使用環境などの外的要因など多岐に渡る理由によるものだ。その中でも魔力の違いによる威力の違いは、歴然とした差が表れる。つまり、新米で魔法力の低い魔法使いの『火球(プロクシー)』と、熟練した魔法力の高い魔法使いの『火球(プロクシー)』では、同じ魔法でありながらも、花火とダイナマイトほどの違いが生じるのだ。


 先程の義隆が毛虫の怪物の様な姿になってしまったのは『身体変化魔法(ダプネーゼ)』を上手く制御できていなかった事による、『胆力(チャクラ)』の著しい消費によるものだ。最も朝起きて自分が突然、怪物になっていれば誰もが混乱し、その後に元の姿に戻った際に強い疲労感を覚えるのは当然の事だろう。


 「茜は何ともないかい?」


 突然、藤子に話を振られた茜は驚いたように背筋を伸ばし、自分の体を見回す。しかし、これと言って違和感を覚える個所も、恵のように魔法らしきものが出現する気配もない。


 「うん。何も変わったとこはないみたい──」


 茜は義隆のように全身毛むくじゃらの姿にならなかったことに安堵しつつも、なぜ自分にだけ開眼の啓示が現れないのか少し不安な気持ちになった。


 「そうかい。心配ないよ。さあ、それよりも着替えて食事でもしようじゃないか。義隆さんもシャワーを浴びるとこだったんじゃないのかい?」


 藤子にそう言われて、元の姿に戻った義隆は自分がパンツ一枚の姿だったことに気付き、『すみません』と叫びながら慌ててバスルームへと走った。


 「フルーク、食事の準備を頼むよ。ブランがこの子たちと一緒に食事をしたいって言ってたからね。こちらも準備が出来たら行くとブランに伝えて来てくれるかい?」

 「畏まりました。藤子様」


 フルークは深々とお辞儀をすると、早速ブランの元へ向かった。


 「ねえ、お婆ちゃん。私たち魔法使いになったの?」

 「ん?そうだね……まだ半分魔法使いってとこだね」


 少し自慢気に鼻の穴を膨らませながら聞いた恵は、藤子の答えに小首を傾げる。てっきり、そうだと答えると思っていたからだ。


 「半分魔法使い? 何で半分なの?」

 「魔法使いってからには、使いたい時に自在に魔法が使えなきゃ困るだろ? アンタたちは魔法を開眼した。でも、それは使いこなせる訳じゃないからね。だから半分さ」

 「なるほど。半分かぁ……」


 恵は腕組みをしながら、妙に半分と言う部分に納得した様子で頷いた。


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