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魔力開眼 (3)

 「藤子さん、いったい何が──」


 まったく事態を飲み込めていない義隆が、呆気に取られた表情で藤子に尋ねた。その問いかけには、恵をはじめ、茜や他のメイドたちも答えを待つかのように視線を向ける。


 「驚かせて悪かったね。ブランには視えていたのさ。恐らく魔力が暴走して、この部屋が大変な事になる予知夢だったんだろ」


 その言葉に義隆をはじめ部屋のメイドたちが青褪める。藤子はお構いなしに話を続ける。


 「だからあのタイミングで、私にあの光を吸わせたのさ。そうだろブラン?」

 「魔法諜報部にいた頃よりも切れ味が上がっているようですね。お陰で事故も防げましたし、それ以外の収穫もあったようです」


 そう言って二人は顔を見合わせ、声を出して笑った。義隆は一つ間違えば未曾有の事態になりえたにも関わらず、当たり前のようにそれを回避して笑い合う二人に、底知れぬ頼もしさと恐ろしさを感じていた。


 「ところでブラン、アンタの言ってた秘策ってのはアレかい?」

 

 ブランは秘策とは言っていないとしながらも、強くは否定しなかった。儀式後、僅か五分足らずで出現した開眼の啓示が只事では無いのは、メイドたちも感じていた。しかし、それが何を意味するかを理解しているものはこの部屋の中でブランと藤子とブッハの三人だけだった。


 「まさか自分の孫が『超適合者(アーダルマギリア)』とはね。話には聞いた事はあるが実際に立ち会うのは初めてだよ」


 藤子の呟きに部屋のメイドたちが一斉にざわついた。事態を飲み込めていないのは義隆と茜と恵本人だけのようだ。それを察する様に藤子は義隆に向き直り説明をする。


 超適合者(アーダルマギリア)とは生まれながらにして、魔法に対して何らかの極度な特異体質を持つ者の総称だ。本来であれば、儀式終了後に早くとも数時間は現れるはずのない開眼の啓示が、ものの五分足らずで出現したのも、その後の魔力の暴走も超適合者である恵の開眼に伴うものであった。超適合者(アーダルマギリア)の特異体質は大別すると『胆力(チャクラ)』『魔力』『魔法数』『魔法耐性』の四種類のいずれかに現れる。そのいずれか、もしくは複数に特化するのが最大の特徴だ。


 「それでアンタの見立てはどうだい?」


 藤子は興味深そうにブランに問い掛けた。ブランは少し考える様な仕草を見せた後に、あくまで自分の私見だと念を押して話し始める。


 「先程の開眼の啓示を見た限りでは、恵さんの胆力(チャクラ)は質も良く、その保有量は開眼したばかりの魔法使いのそれを遥かに超えています。ただし、魔力のコントロールに関してはまったくの駆け出しレベルです。胆力(チャクラ)が多い分、コントロールが難しくなっているのもあるでしょう」

 「確かにあの胆力(チャクラ)量は下級諜報員にも匹敵するかもしれないね──」


 藤子が頷きながらブランの見立てに納得する。恵は自分の事を皆で話されるのが何となく照れ臭いようで、体をくねらせながら義隆の陰に隠れた。義隆を含め、周りの者たちは二人の話に真剣に耳を傾ける。


 「魔力のコントロールはこれから学べば問題ありません。修行を積めば徐々に身に着くはずです。開眼した魔法の数もどうやら複数ありそうですね。恐らく『火炎系魔法(イグニータス)』か『閃光魔法(ブライテス)』あたりでしょうか」

 「ああ。どうやらフランメの眷属は恵の胆力(チャクラ)に反応したようだね」

 「フランメの眷属が現れたのですか?」

 「ああ。八体ね。暖炉の中ではっきりと姿を見せて、踊り狂っていたよ」

 「素晴らしい。それなら間違いなさそうですね。ただ、魔法への耐性は先程の開眼の啓示を見ただけでは、まったく未知数です。これから少しずつ試してみるしかないですね」

 「そうだね──」


 恵の開眼の啓示からこれほど多くの事が解ったのは、ブランと藤子の魔法使いとしての経験と格の違いによるところも大きかったが、それ以上に、かつて一流の諜報員として活躍した経験によるところが大きかった。様々な環境で諜報活動を行う者にとって、少ない情報の中から、瞬時に対象の魔法の特徴を読み取る事は、生還率を高める上で最も大切な能力の一つであった。


 藤子は近くにあった椅子に恵を座らせると、ブッハに体が温まる飲み物とクッキーを恵に準備してやるようにお願いした。


 「さて、茜さん。儀式を再開しましょうか──」


 そう言ってブランは何事も無かったかのように、魔法陣の中央で佇む茜に優しくほほ笑みかけた。恵の開眼の啓示を目の当たりにしたことで、茜の心の中では少し前までの早く自分も魔法使いになりたいという思いより、儀式に対する恐怖心の方が大きくなっていた。ブランの優しい笑顔の奥に有無を言わせない迫力を感じ、今更とてもそんなことを言い出せる雰囲気ではないと、観念したように目を瞑った。


 「茜! 無理する事ないぞ」


壁際から義隆が声を掛ける。茜はぎこちない笑顔を浮かべて『大丈夫』と言うと、再び覚悟を決めたように目を閉じる。闇の中では辺りの小さな物音までが鮮明に感じ取れた。さっきの恵の手の先で輝きながらグルグルと回転していたあれは何なのか。藤子が助けてくれなかったらどうなっていたのか。自分にはどんな開眼の啓示が起きるのだろうか。もしかして、恵の様に自分も魔力が暴走してしまうのだろうか。そんなことを考えていると、次第に暗闇に霞が掛かるように辺りは一面が白色に染まる。


 しばらくして茜はその夢か幻のような空間が、まるで音の無い白色の部屋の中である事を認識する。天井全体が微かに発光しており、それによって壁と床と天井の境目には薄らと影が見える。壁に等間隔で刻まれた浅い溝が、茜に僅かばかりの遠近感を与えてくれた。体育館ほどの大きさのその部屋には窓が無く、暑くも寒くも無いことから何らかの室温の管理がされているものと思われた。茜は立ち上がろうとして、自分の体が思うように動かない事に気付く。


 床に座り込んだ茜の体は、立ち上がるどころか、指先を自由に動かす事すらできない。声を出す事もできない。いろいろ試したが、唯一、動かせるのは眼球だけのようだ。ここはどこなのか。義隆や藤子たちはどこへ行ったのか。茜は困惑する思考を必死で落ち着かせようとする。やがて茜は別な違和感に気付く。体を自由に動かせないだけでなく、動かすつもりの無い箇所が勝手に動くのだ。そして、茜はある物を見付け一つのとんでもない結論に達する。これは百合香の体だ。自分は百合香の体に入り込んでしまったのではないか。茜にそう思わせたのは、左手の薬指にはめられた見覚えのある指輪だった。何がどうなっているのか解らない。もはや小学三年生の茜に、これ以上この状況で冷静を保つ事は不可能な要求だった。そのとき自由にならない右手が勝手にすっと動き、人差し指が線を引くような動作をした。何だろう。何をしているのだろう。


 「茜! 大丈夫か!?」


 気が付くと目の前に義隆と恵と藤子の顔があった。義隆は軽く涙ぐんでいるようにも見える。そして、ブランが抱きかかえる様に茜の背中に腕を回して支えてくれていた。


 「私どうしたんだろ……」

 「お姉ちゃん、いきなり倒れちゃったんだよ。ブランさんがダッコしてくれたから大丈夫だったね」恵が心配そうな顔で一所懸命に説明する。

 「魔力(ヴェッケン)開眼(・マギリオ)は見た目以上に胆力を消費する儀式ではあるが、気を失うほどの胆力を消費することは通常では有り得ないのだが──」

見る限り儀式には何の不備も見当たらなかった。藤子は腑に落ちない様子で茜の顔を覗き込む。とりあえず大事に至らなかった事は幸いだった。茜も恵にように突然、開眼の啓示が現れて大変な事になるのではないかと心配したが、気が付くと儀式は終わっていて、皆に囲まれていた。茜はほっとして笑みを浮かべる。


 コン。コン。コン。コン。突然、和やかな雰囲気を掻き消す様にけたたましくドアがノックされた。


 「お取り込みのところ失礼いたします。ドゥンケル様がお戻りになり、至急、お伝えしたい事があるとのことです。いかがなさいますか?」


 声の主はフルークであった。ドゥンケルが戻って来た。それはブランが『予知夢(オラクルス)』で視た未来が到来した瞬間でもあった。義隆は驚嘆の連続で歪みきった心の中の時間軸が、フルークの知らせと共に綺麗に繋がり、先の霞む一本の道が目の前に出現したように感じていた


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