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165時間 (8)

 義隆も恵も開眼の啓示が表れているのに、何故か自分だけには一向に開眼の啓示が現れない。つまりそれは魔法使いとして失格という意味ではないのか。それは、茜がこの部屋へ入ってから心の中でずっと思っていた事だ。


 「現れていません……」


 何だか自分がブランや皆の気持ちを裏切っているよな、申し訳ない気持ちになり、茜は俯きながら消え入るような声で答えた。


 「やはり、そうでしたか!」


 てっきり落胆するだろうと思ったブランは、何故か嬉しそうに茜の手を取って明るい表情でそう言った。どういう意味だ。ブランのその表情は落胆と言うよりは、喜んでいるかのようにも見える。


 「私は魔法使いにはなれないんでしょうか?」


 寂しげな表情を浮かべながら茜が尋ねる。それを聞いたブランは驚いたように目を見開いた後に、声を出して笑い出した。いよいよ呆れられたのだろうか。茜が不安な表情になったのを感じ取ったブランが、すぐに手と首を左右に振りそうでは無いと理由を説明する。


 「儀式をしても茜さんには開眼の啓示は現れません」

 「どうしてですか? お父さんも恵も現れたのに」

 「そうですね。彼らは初めてだったから。でも、あなたには現れません」


 ますますブランの話の意味が解らない茜は、眉を潜めながら頭を傾げる。ブランは魔法使いの素質が無い自分に、遠回しに諦めさせようとでもしているのだろうか。


 「儀式をして開眼の啓示が現れない人もいるのですか?」

 「はい。稀にですが」


 ブランは音楽隊へ演奏を中止するように手で合図を送り『開眼の啓示が現れない事例としては二種類あります』と説明を続ける。一つは儀式が失敗している、もしくは成功してもその人の胆力が低過ぎて、開眼の啓示が現れない場合。もう一つは儀式を受けた者が、既に開眼している者の場合。


 「三人の中で最初に開眼したのは、あなただったのですね。茜さん」


 ブランのその言葉に茜の思考が一瞬だけ停止する。自分だけに開眼の啓示が現れない事を気にしていたのに、最初にその開眼の啓示が現れたのが自分だとはどういう意味だ。もしかして、ブランは何か勘違いしているのだろうか。


 「でも、私には何の反応も無いんですよ?」

 「それは、たぶん茜さんが覚えてないのでしょう」

 「覚えていない?」

 「はい。忘れたと言うべきでしょうか」


 忘れたとはどういう意味だ。相変わらず困惑したままの茜は『忘れた?』とだけ不思議そうに呟くと、もっと詳しい説明を促す様にブランの顔を見る。自分の説明が飲み込めていないのを感じたブランが、茜に別の問い掛けをした。


 「儀式の最後の方の事を覚えてますか?」

 「最後の方……たしか私が気を失って……」

 「そうです。その時、何かを見たのではありませんか?」


 何かを。何かとは。茜は開眼の啓示の儀式の事を思い返してみる。あの時は恵にジャンケンで負けて、茜の儀式の順番が最後だった。いよいよ自分の順番だという時に、突然、恵に開眼の啓示が現れた。一瞬、その場が騒然となったが、ブランと藤子のお陰で事なきを得る。その後の茜の儀式はいたって順調に進んだ。しかし、儀式終了とほぼ同時に茜が気を失うという予想外の出来事はあったが、茜もすぐに目が覚め大事には至らなかった。


 「あっ……」


 そこまで思い返し、茜は何かに気付いたように声を上げた。そうだ。あの時。茜の見開いた視線が自分の方へ向くと、ブランは嬉しそうに微笑みながら頷く。『さあ、話してください』ブランの瑠璃色の瞳はまるでそう話し掛けているようだ。


 「私、お母さんに会った。いや、お母さんの中に私がいたような。不思議な真っ白な部屋にいました──」


 「そうです! それを待っていました」


 ブランの顔には明らかな肯定の笑みが浮かぶ。どうしてブランが喜んでいるのか、茜にはまったく解らない。でも、その笑顔と言葉が少しだけ茜の心を軽くする。ブランは茜の顔を見据え、ゆっくりとした口調で説明を始める。


 「私は茜さんの話を聞いて、二つの事を確信しました」


 それが大切な話しであるのを示す様に、ブランの顔から微笑みが消える。


 「まず、一つ目は先程も言いましたが、茜さんは既に魔法を開眼しています。開眼の啓示についての記憶が無いのは、恐らく記憶に残らないほど幼い頃に儀式をしたからでしょう。これは珍しい事ではありません。通常、マギヴェルトで産まれた者は生後すぐに儀式を受けますから」


 ブランがあっさりと口にしたその言葉に、茜は驚きのあまり半開きになった口を締めるのも忘れて話に聞き入った。


 「そして、二つ目は更に重要です。どうやら茜さんが開眼した魔法の中には、特殊な内容のものがある様です」

 「特殊な内容?」

 「はい。何らかの方法で囚われている百合香さんの視界を、一時的に盗み見る事ができるようです」


 自分がそんな魔法を──茜は驚きのあまり声も出ない。無理もない。いつも冷静なブランですら、この可能性に辿り着いた時には、興奮のあまり一人で部屋の中をうろうろと歩き回っていたほどだ。


 それに気付くきっかけは、驚異的な魔力を持つブランだからこそ成し得た偶然だった。儀式の終わりに茜が気を失った時、一瞬だけ茜に注ぎ込んだブランの胆力(チャクラ)が逆流した。


 既に魔法を開眼していた茜に胆力を注ぎ込むことは、溢れ出る湧水の出口に、別の水を流し込むようなものだ。ほんの一瞬なら可能でも、根本的に流れを変える事は不可能だ。そもそも儀式が成立したのも、ブランの膨大な魔力があったからこそと言える。逆流した胆力と共にブランの脳裏には不思議な映像が映し出される。それが囚われている百合香が見ている景色だと言う事に気付いたのは、儀式の後に戻って来た、ドゥンケルの手当てが終わる頃だった。


 救護師の一人が慌てた様子でブランに報告をする。ドゥンケルの舌に異様な傷が残されていたのだ。それは諜報員だけが知る秘密の言語で『目』を現すものだった。その解読に成功した救護師たちは、当初はドゥンケルの目に何か秘密が隠されているのではないかと、必死になって調べるが何も現れない。途方に暮れ在りのままをブランに報告したのだった。


 そこでようやくブランは、儀式の際に見たあの不思議な映像の意味に気付く。バラバラのピースが、一つに纏まる兆しを見せた瞬間だった。そして、足りないピースは残り一つ。それは茜が与えてくれた『確信』だった。


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