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165時間 (6)

「さて、それじゃあゲームでもしようか?」


 藤子(とうこ)は悪戯っぽい笑顔で(めぐむ)に話しかける。もちろん恵は大喜びだ。何度か大爆発を起こしそうになりながらも、修行が始まって最初の1時間で『真っ暗闇の中に一つだけ蝋燭の炎が浮かび上がるのをイメージしてごん』という簡単なアドバイスで、恵はあっという間に火球(プロクシー)のイメージを掴んだ。そして、更に30分足らずで掌の上に拳大の歪な火球を作り出すまでになっていた。流石は私の孫だね。藤子はそう言って恵の頭を優しく撫でる。


 「いいかい? ルールは簡単さ。私の真似ができたら恵の勝ちさ。ご褒美をやろう。そうだね、美味いアップルパイにバニラビーンズの効いたコクのあるバニラアイスクリームを添えるなんてのはどうだい?」


 恵の目が大きく見開き輝く。やる、やる、やる。美味しいアップルパイにバニラアイスクリームがご褒美で、ゲームまで出来るならやらない理由が無い。恵の反応を見て藤子は徐に人差し指を突き立てた。


 『火球(プロクシー)


 その言葉で人差し指の先にピンポン玉ほどの小さな火球が出現した。それを見た恵が小さくて可愛いと笑って、包み込むように手をかざす。


 「さあ、最初はこれだ。これと同じくらいの大きさの火球を出して見ておくれ?」

 「わかった! そんな小さいの簡単だよ!」

 

 そう言って恵は人差し指を差し出し、得意気に呪文を唱える。


 『火球(ぷろくしー)


 恵の指先に歪なテニスボール程度の火球が出現した。藤子が指定したものよりやや大きい事に戸惑う恵を脇目に、藤子は内心で二ヤリッとほくそ笑む。ある意味、申し分ない火球だ。指定した大きさより大きく形も歪だ。じつは小さな綺麗な形の火球を保つのは、見た目以上に難しい胆力の操作が必要となる。とくに技術が伴わないままに膨大な胆力を有する恵にとっては、かなり難しい事であり、今後のために胆力(チャクラ)の操作方法を覚える事は基礎中の基礎でもあった。しかし、恵は一発目から火球の大きさを、僅かではあるが意図的に小さくする事に成功した。つまり感覚的に胆力の操作方法の基礎を理解しつつあると言う事だ。


 「ちょっとタイム。今のは無し!」


 そう言って恵は慌てて右手を伸ばし、人差し指を立てると、再び集中して呪文を唱える。


 『火球(ぷろくしー)


 またも見事に火球は現れた。先程のものよりやや綺麗な球体に近い気がするが、大きさはほとんど変わらない。それを見た恵の眉毛が八の字を描く。


 「焦る事はないよ。何度でもチャレンジしていいんだ」


 恵は言われた通り繰り返し何度も呪文を唱える。しかし、一向に火球はピンポン玉の大きさにはならない。当然と言えば当然の事だ。このような修行は、本来ならだいぶ魔法を使いこなす様になった者が行うもので、決して駆け出しの魔法使いが出来る様なレベルの修行では無い。だが、この失敗の繰り返しすら、藤子からすれば筋書き通りに事が進んでいると言えた。現に修行が始まってすぐには、何度か胆力の操作がままならず、大爆発を引き起こしかねない状態が続いたが、今ではその心配もほとんど必要ない。これは少しずつではあるが、恵が胆力の操作方法を知らず知らずに学習しているためだ。


 恵はいつになく真剣だった。茜にまだ現れていない開眼の啓示が、いち早く自分に現れた。お母さんを助け出すためには自分が活躍しなくては。その優越感と使命感が、恵のやる気を最大限に引き出していた。


 「コツさえ掴めば案外それほど難しくないさ。魔法はイメージが大切だ。まずはしっかりとピンポン玉をイメージしながら火球を出す事さ」


 それを聞いた恵はなるほどと大きく頷き目を瞑る。ピンポン玉、ピンポン玉、ピンポン玉、そう何度も呟きながら静かに目を開き、人差し指の先に視線を集中する。


 『火球(ぴんぽんだま)


 その言葉と同時に、恵の指先に少し歪だが、今までのものより小さな火球が出現した。目を見開いた藤子の、一方の口角が僅かに釣り上がる。こいつは本当に物になるかも知れない。


 「お婆ちゃん! これどう? 同じくらい?」

 「ああ。合格だ」


 厳密にはまだまだ形に安定感が無く、藤子の出した火球よりやや大きめだったが、これが出来るなら次の段階へ進める。そう藤子は判断したのだ。


 「やったー! アップルパイとバニラアイスクリーム!」


 恵が大喜びでぴょんぴょんと跳ねならがら歓声を上げる。藤子は優しい笑顔で、約束だからすぐに準備してあげるよと言って、荷物の中から装飾のされた銀色のクロッシュが乗った大皿を取り出した。その大皿を恵の前に置くと、ちょっと待ってと恵に合図を送る。そして、クロッシュの取手を掴み魔法のような言葉を発した。


 『(ボルナン)(アティッタ)がれ』


 その言葉に反応する様にクロッシュが微かに輝く。恵が待ちきれない様子でぺロリッと舌舐めずりをして、大皿に覆いかぶさるように食い入るように見つめる。ゆっくりとクロッシュが取り除かれる。すると、そこにはキツネ色に焼き上がったアップルパイとバニラアイスクリームが現れた。


 「お婆ちゃん、これ食べていいの?」


 恵がはち切れそうな程の期待感を込めた笑顔で聞いた。勿論さ。全部お前の分だよ。藤子はそう言って笑顔でフォークとスプーンを手渡した。


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