165時間 (4)
このままかわし続けるのは不可能だ。そう判断したアルギュロスは、間合いを取るために並外れた跳躍力で後方へ跳ぶ。しかし、パウルはその瞬間を見逃しはしない。青白く輝く槍を構えながら、多脚軍馬(ギルプ二ル)で即座に間合いを詰める。
『火球』
まるでパウルが打って出るのを予測していたかのように、アルギュロスが火球の魔法を唱えた。突き出した左掌から、一瞬の輝きの後に二発の火球が放たれる。パウルは瞬時に突き出した槍で一発目の火球を粉砕すると、火の粉と土煙に包まれた。そして、すぐに二発目の火球が襲い掛かる。土煙の中で衝撃音と主に火の粉が飛び散り、辺りは一層と視界が悪く何も見えない。
「うあぁぁぁ……」
軽魔装騎兵たちから思わず声にならない悲痛な叫びが漏れる。トイフェリアたちから歓声は上がらない。ただ目の前の成り行きを祈る様に見守るだけだ。やがて静寂を破るように、土煙の中に多脚軍馬の嘶きが聞こえる。そして、薄れる土煙の中に馬上で悠然と槍を構え、不敵な笑みを浮かべるパウルが姿を現した。無傷だ。魔力解放により白兵攻撃と魔法攻撃への防御力強化の効果が、一定時間内に限り最大限に発揮されているためだ。その姿を見た軽魔装騎兵たちから歓声が上がる。
パウルはすぐに土煙の中でアルギュロスの姿を追う。油断すれば必ずやつは何かを仕掛けて来る。見くびってはいけない。やつは本物の強敵だ。しかし、アルギュロスの姿が無い。また上か。パウルは即座に上空を見上げる。しかし、そこにもアルギュロスは居ない。パウルの顔に微かな焦りの表情が浮かぶのと同時に、多脚軍馬が激しく嘶き、足踏みをするようにバタバタと暴れた。しまった、下か。土煙の中に確かな気配を感じる。青白く輝く槍を持ち変えて、パウルは土煙の中に突き刺した。微かな手応えが一瞬パウルの判断を鈍らせる。確かにパウルの槍は貫いた。しかし、貫いたのはアルギュロスが着ていた大角剛毛牛(モッカヒラ―ル)の上着だ。
『土塊禁固魔法』
後だ。パウルが振り向くのと同時に、瞬く間に四方の大地が轟音と共に勢い良くせり上がり、パウルと多脚軍馬(ギルプ二ル)を覆う。早い。戦いでは瞬時の判断が命を奪う。パウルは槍で突破するのを瞬時に諦め、手綱を引き踵で多脚軍馬(ギルプ二ル)に合図を送る。跳べ。しかし、既に頭上も半分以上が土で覆われている。もはや選択の余地は無い。パウルは構わず渾身の力で槍を突き出す。槍に込められた魔法が発動し土が弾ける。だが、通り抜けるには不十分だ。パウルは咄嗟の判断で多脚軍馬(ギルプ二ル)の背を蹴って跳躍し、転がる様に辛うじて土の壁から抜け出した。
土の壁に後脚を掴まれた多脚軍馬(ギルプ二ル)が激しく倒れ込む。抜け出そうと土煙を上げて暴れるが、少しずつ土の中へと飲み込まれて行く。多脚軍馬(ギルプ二ル)の悲鳴にも似た嘶き声は、やがて土の中へと消えて行った。
「動くな」
辛うじて命拾いしたパウルが立ち上がろうとすると、背後から首筋に冷たい物を感じ、アルギュロスの低い声が響いた。
「頼む。退いてくれ」
背後から刃物を突き立てる者の言葉ではない。しかし、それがアルギュロスとトイフェリアたちの素直な心の内だ。言い訳をするつもりは無い。だが、望んだ争いでは無い。それだけでは無い。パウルほどの敵を相手に、何度も大量の胆力を消費する高位の魔法を使うような隙は無い。しかも、黒色の肌で目立ってはいなかったが、アルギュロスの脇腹からはパウルの一撃による鮮血が滲み出ていた。
槍を足元に置いたまま手を頭の高さに掲げ、ゆっくりと立ち上がったパウルの瞳には、驚愕と屈辱の念が宿る。パウルのそのような姿を初めて目にする軽魔装騎兵たちは茫然と立ち尽くす。トイフェリアたちからは悲壮感の漂うため息が漏れる。
「うわぁー!!」
突然、軽魔装騎兵の一人が奇声を上げながら、アルギュロスを目掛けて突進した。その目には狂気を孕み、手に持った槍と自分の腕に深紅の輝きを放つ巻物を巻きつけている。アルギュロスもトイフェリアたちも、一目でそれが何か良からぬ事の前触れである事を悟った。
「何をしている! その槍を早く投げ捨てろ!」
パウルが目を見開いて叫ぶ。その姿からもあれが何か異常な物なのが予見できた。巻物は次第に強く激しく脈動するように輝く。
「うごぁぁぁぁぁー!!」
軽魔装騎兵が半狂乱で叫びながらアルギュロスに突進する。しかし、アルギュロスは静かに佇んだまま突進する軽魔装騎兵を見つめる。土煙を上げて近付く軍馬がすぐそこへと迫る。鬼気迫る軽魔装騎兵の息使いまでがすぐそこに聞こえ、激しく輝く巻物を巻き付けた槍を持つ手に力が入る。
「死ね! 蛮族の末裔めぇぇぇぇぇー!」
『空間転送魔法』
その刹那、軽魔装騎兵が体験したのは、まったく得体の知れないものだ。目の前が一瞬だけ暗くなり、瞬きの内に眼前にまったく別の光景が広がった。そして、槍を振り下ろすべき敵が姿を消す。あの盤族はどこへ。パウル様と仲間たちはどこへ。
空間転送魔法で出現した時空の切れ目に入り込んだ軽魔装騎兵は、異空間を通って離れた場所へと跳ばされたことにまったく気付いていない。決死の覚悟で突進した軽魔装騎兵の呆ける顔の横では、槍に巻かれた『爆裂魔法』の巻物が最後の刻と示す魔法臨界に達する。やがて、強烈な閃光に視界を奪われた軽魔装騎兵は、その光の向こうに大戦で先立った兄の姿を見る。
轟音と共に周囲一帯が無に帰す。遠くでその閃光を確認したパウルたちの元にまで凄まじい地響きが届いた。その音でパウルと軽魔装騎兵たちは仲間の居所を知った。その爆音はまるで光りの中に散って行った、軽魔装騎兵の叫び声のようにも聞こえた。
相変わらずルビが上手く振れていない個所があります。上手く振れる個所と、上手く振れない個所の違いがイマイチ解りません。ご不便をおかけして申し訳ありません。




