7. 炎
ガーディアン東日本基地には、ガーディアンの戦士たちが戦闘訓練に使用する訓練場が幾つか存在する。
訓練場は正式コアを使う戦士たちの力にも耐えられるように頑丈に作られており、此処ならば戦士たちは回りに気にせず思う存分に力を試すことが出来た。
戦略的に狙う価値が無かった事から先のリベリオン襲撃時に訓練場の被害はほぼ無く、施設は今も問題無く使用可能だ。
熱い正義の魂を胸に秘めたガーディアンの戦士たちは勤勉であり、普段の訓練場は何時も訓練に励む戦士たちの姿が見えた。
しかし今日はどういう訳か訓練場に戦士の姿は無く、訓練場には閑古鳥が鳴いている状態だった。
実は丁度今、ガーディアンの戦士たちの殆どは基地内のとある一室でささやかな祝杯を挙げている最中なのだ。
「"…次はコアの出力を80%に上げる"
「"了解です! いやー、自由に動けるって気分いいですねー!!"」
この訓練場を自由に使える絶好の機会を、元リベリオン開発部主任の少女は見逃さなかった。
セブンと三代は無断で訓練場の一つを拝借して、欠番戦闘員こと大和のデータ収集を行っていた。
赤い手甲とブレストアーマーを備えた黒いバトルスーツを纏い、フルフェイスのマスクで顔を覆った大和は思う存分体を動かしていた。
久しぶりに例の筋トレ用のボディスーツを脱ぎ去り、圧迫感から解放された大和の気分は上り調子だ。
浮かれ気味の声が通信機を介して、訓練場の様子を見渡せる観戦席に居るセブンの耳朶に響いた。
強化プランを開始してから二週間ほどの時が経ち、その成果は着実に現れている事はデータから読み取れた。
通常の人間ならば筋トレの成果は数ヶ月ぐらいでやっと出るぐらいだが、大和のそれはリベリオン製の人工筋肉である。
適切な栄養に適切な運動に適切な休養、加えてセブンが定期的に投与する怪しげな薬は短期間で人工筋肉を鍛え上げたらしい。
「この調子ならば、制限付きでコア100%の力を解放するのも夢では無い」
「いいわねー、やっぱり家でもこういうの作れ無いかしら…」
セブンの隣で大和の肉体能力のデータを見ていた三代は、通常の人間では決して出す事が出来ない数値を見て羨ましげな声を上げる。
人間用に使用されるコアは精々三割程度の出力しか使えず、バトルスーツを開発する際に色々と制限が掛かってしまう。
専門家である三代としては、思う存分に腕を震えない人間用のバトルスーツ開発に思う所が有るのだろう。
よりコアの力を引き出せる戦闘員と言う存在は、三代にはとても魅力的に見えたようだ。
「"へー、もうそんなに成果が出てるんですか、筋トレも馬鹿に出来ないですねー。"
"そういえばリベリオンで他の戦闘員たちは、今の俺のように人工筋肉を鍛える事はしないんですか?"」
「"普通はやらない。 人工筋肉を鍛える手間と、それによって得られる戦闘員の強化では吊りあいが取れない"」
戦闘員の人工筋肉が理論上は強化可能であると解っていながら、今まで実際にそれを試した者は居なかった。
リベリオンが作成した戦闘員用の人工筋肉は通常の筋肉より頑丈に出来ており、超回復を促すための負荷を掛けるだけでも手間が掛かる。
そして苦労して人工筋肉を鍛えたとしても、それで戦闘員の戦闘能力が劇的に上がるわけでは無い。
量産型である戦闘員のポテンシャルでは、どんなに頑張っても怪人の性能に追い付く事は出来ないのだ。
そもそも質より量が方針の戦闘員の戦力を強化するメリットは薄く、戦力が欲しければ素直に怪人を用意すればいいだけの話である。
大和のような特殊な状況に置かれている元戦闘員でも無ければ、手間を掛けて人工筋肉を鍛えようとは誰も思わないだろう。
「"無駄話をしている暇は無い、私たちがこの訓練場を使える時間は限られているのだから。"
"慰労会が終わる前に私たちは、此処を離れなければならない"」
「"何か悪いことしている見たいですね、俺たち。 いや、設備を勝手に借りてるんだから、悪いことしてるのか…"」
「"大丈夫、大丈夫。 一応ガーディアンの人間である私も居るんだし、これくらいはオッケーよ"」
セブンたちが訓練場を使える時間は、ガーディアンの戦士たちが慰労会に出ている間に限られる。
欠番戦闘員がガーディアン基地に潜入している姿を、三代以外のガーディアンの人間に見られる訳にはいかないのだ。
セブンに急かされた大和は、怪人専用バトルスーツと大和自身のデータ収集を続けた。
大和の頑張りによってデータ取りはスームズに進み、セブンが望むデータの収集は一通り完了した。
その時点でガーディアンの慰労会が終わるまで時間があったので、大和は訓練場である試みを試す事にしていた。
大和の使う怪人専用バトルスーツは、セブンの個人的な趣味によってコアから出力される力のほぼ全てを肉体能力の強化に当てている。
その反動によってコアが持つ固有能力である炎の操作能力が殆ど使えなくなり、出来ることと言えば精々炎を両腕に纏わせる事だけだった。
確かに肉体能力に特化したこのスーツの力は凄まじく、近接戦闘ならば怪人さえも圧倒する事が出来た。
しかしこのスーツの真価を発揮するためには、近接距離にまで相手に接近する必要があるのだ。
大和が今まで戦ってきた怪人たちの大半は中距離や遠距離用の攻撃手段を持っており、近距離戦闘しか出来ない大和はそれらを掻い潜って前に進むしか道が無い。
心情的に飛び道具の一つでもあれば今後の戦いが楽になると考えた大和は、遠距離攻撃の方法を模索しよとしていた。
「痛っ!? くそっ、駄目か…」
かつてこのコアを使用していた白木は遠距離戦闘用のバトルスーツを使っており、巨大な火の玉を打ち出す事が出来た。
そのイメージがあった大和は腕にから放出される炎を圧縮して、それを放つことが出来ないか試したらしい。
結果だけ言えば、大和の試みは失敗に終わった。
まず大和は意識を右腕に集中させて、炎を集めるイメージを頭の中に描いた。
すると大和の上でか湧き上がる炎が圧縮されて球状に変化し、炎をコントロールする事に成功した。
後はこれを飛ばすだけだと大和は、右腕を前に突き出して圧縮された炎を放つイメージを浮かべた。
しかし大和の右腕に作られた圧縮された炎は、大和の手から離れる事は無くその場で爆発してしまったのだ。
爆発の反動が大和の腕にもろに伝わり、その衝撃で肩の骨が外れかけた大和はその場に蹲ってしまう。
やはり近接戦闘用に特化したこのスーツでは、炎を飛ばすと言う芸当は不可能らしい。
「うーん、やっぱり炎を飛ばしたりは出来ないんだな…。 結局、近接戦闘にはなるけど今の爆発は使えるか?
いや、あれが当てられる距離まで近づけたのなら、殴った方が早いな…」
大和は右腕の五指を忙しく動かしながら、自身の使うスーツの能力の使い道について考え始める。
先ほどの圧縮した炎を爆発させた技はそれなりの威力が有りそうだったが、大和の望んでいた近接以外の武器とは言えないだろう。
やはり今の大和の近接特化型のバトルスーツでは、炎を飛び道具に使う事は不可能なのだろうか。
「今のままじゃ、俺の炎って焼きごての代わりにしか使えないなー。 もうちょっと、良い使い道があれば…
あれ…、そういえばこの炎って、腕以外からでも出せるのかな?」
今の大和の炎の使い道と言えば、拳に炎を纏わせて打撃の威力を上げるだけだろう。
それ以外でこの能力が役に立ったのは、リザドの粘着液を溶かした時ぐらいだ。
折角の能力をもっと有効活用出来る手段が無いかと、頭を悩ませていた大和はある疑問に辿り着く。
今まで何となくそう言う物だと考えて腕から炎を出していたが、もしかしたら腕以外からでも炎を出せるのでは無いかと。
物は試しと大和は腕から炎を出す時と同じ要領で、両足に意識を集中させた。
「おー、出た出た。 へー、これって腕以外にも出せるんだ」
「"大和、そろそろ撤収の時間"」
「"あ、了解です"」
結果は見事に成功、大和の両足は両腕と同じように炎に包まれた。
この調子なら腕や足と同じように、大和の体の何処ででも今のように炎が出せそうである。
残念ながら遠距離攻撃の方法を手に入れることは出来なかったが、自分の炎の能力を色々と試す事は出来た。
この炎の能力に関して新たな使い方も見つけたので、今回の試行錯誤はそれなりに有意義な結果だったろう。
新事実を見つけて何となく嬉しい気分になった大和に、セブンから時間切れの連絡が入った。
急がなければガーディアンの人間たちに見付かってしまうと、大和は急いで訓練場を後にした。




