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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第5章 正義と悪
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4. 傷跡


 今日も大和は自身に内臓された人工筋肉を鍛えるため、ジム内で地味な筋トレに励んでいた。

 マシンに腰を掛けて左右に生えている重いバーに手を伸ばし、息を吐き出しながら全身に力を込めてバーを前に倒して元の位置に戻す。

 大胸筋を鍛えるチェストプレスマシンを使っている大和の額には、大粒の汗が流れていた。

 大和は自分が戦闘員として改造された時に埋め込まれた人工筋肉を酷使して、今日のノルマをこなす為に機械的な運動を続けた。

 腐っても戦闘員である大和の本来の力を出せれば、こんな筋トレなどは余裕でこなすことが出来る。

 しかし今の大和はセブンが用意した特製のボディスーツを着ており、体の動きが普通の人間レベルにまで制限されていた。

 この黒いボディスーツは大和の全身に締め付けるような負荷を与えて、常に意識して力を込めていなければ大和は日常動作すら満足に行えないのだ。


「丹羽さん! 後、10回です、頑張って!!」

「は、はい…」


 セブン特製のボディスーツを着た状態での運動は予想以上に辛く、肉体的にも精神的にも限界を迎えそうになった大和の動きが一瞬止まる。

 しかしその瞬間、萎えかけた大和を励ますように、マシンの隣に控える黒髪の少女からの励ましの言葉が大和の耳朶を打った。

 そこにはセブンが作成した今日の練習メニューを片手に持った、ジャージ姿の黒羽の姿があった。

 長い黒髪を邪魔にならないように後ろで縛った黒羽は、今日も大和のためにトレーナー業に励んでいた。

 この元正義の味方の少女が大和の特訓に付き合うようになったのは、とある事情ががあった。











 元ガーディアンの戦士である黒羽には学校の後輩であり、ガーディアン時代の恩師の血縁でもある三代 八重と言う名の少女の世話を焼くと言う重要な使命を持っていた。

 元来、正義の味方らしいお節介な性格をしている黒羽に取って、色々と私生活に問題がある三代 八重は存分に世話を掛けられる対象なのである。

 ガーディアンを辞めた事で行き場を失った情熱を穴埋めするかのように、黒羽は三代 八重の生活環境改善に全力を燃やしていた。

 三代 八重と言う偽名を使っているセブンにとっては大きなお世話であるが、黒羽はそんな後輩の感情に全然気付つかずにセブンに構い続けていた。

 そして今回、その情熱は対岸に居た筈の大和の方に飛び火してしまったのだ。


「筋トレですか…。 それなら私もお手伝いしますよ、昔と立った杵とやらでその手の知識は詳しいんです!」

「へっ…、それって…」

「そうだ、どうせなら八重くんも一緒に体を動かすべきです? 彼女ももう少し運動が出来るようになったらいいと思ってたんです」

「えっ、あの…」


 切欠は大和の失言だった。

 セブン関係の繋がりで黒羽とたまに電話をする程度の仲になっていた大和は、うっかり彼女に筋トレの話を漏らしてしまったのだ。

 裏の事情を知らなければ人工筋肉の強化プランは普通の筋トレにしか見えないため、この位は話しても大丈夫だと油断していたのだろう。

 しかし黒羽は大和の何気なく口に出した筋トレの言葉に食いついてしまい、100%善意で大和たちに協力を申し出たのだ。

 そして元来押しに弱い大和には、、黒羽の有り難迷惑な申し出を断り切ることは出来なかった。






 宣言通り黒羽は大和と電話をした翌日、私物である練習着を身に纏った完全装備状態の黒羽がジムに現れてしまった。

 わざわざセブン用の練習着を持ってきた黒羽は、この機会にセブンも体を鍛えるべきだと訴えた。

 セブンの親戚と言う設定になっている三代が運動野力ゼロの完全インドア派であると知っている黒羽は、セブンが三代と同じようになってはならないと考えたのだろう。

 勿論、運動が大の苦手なセブンは黒羽の要望を拒絶したが、彼女の抵抗は長くは続かなかった。

 これまでの経緯で黒羽のお節介に苦手意識を持っていたセブンは、学校の先輩からの善意100%の提案を断りきれなかったらしい。


「さぁ、早速始めようか、八重君! 丹羽さんも私がきっちり面倒を見ますから安心して下さい!!」

「は、はぁ…」

「理解出来無い。 何故このような事態に…」


 そして黒羽は目を輝かせながら意気揚々と、大和とセブンの専属トレーナーとして働き始めたのだ。

 実際に黒羽はガーディアン時代の経験からか、この手のトレーニングに精通しており大和たちに的確をサポートしてくれた。

 理論は兎も角、実践経験が皆無であるセブンと二人きりであった時と比べて、経験者である黒羽の加入は大和の筋トレの効率を上げた。

 大和の人工筋肉強化プランだけを考えるならば、黒羽の加入は結果的に成功だったと言えるだろう。

 その代償としてセブンの瞳が濁り、表情こそ変わらない物のその態度からやるせない態度を見せることになったが。











 効率の良いトレーニングには適度な休憩も重要である。

 大和は母特製の栄養ドリンクを口に含みながら、ジム内のベンチに座って小休憩を挟んでいた。

 汗を存分に吸ったタオルを丸めて仕舞い、代わりに綺麗なタオルを取り出して体から滲み出る汗を拭き取る。

 その傍では黒羽が、セブンが建てた人工筋肉強化プラン用の訓練メニューを眺めながらこの後のトレーニングの内容を確認していた。


「あー、疲れた…。 今日はもう終わりにしましょうよ…」

「駄目です。 まだメニューが三分の一ほど残っています。

 後もう一息ですから頑張りましょう」

「うわっ、まだそんなにあるのかよ…」


 まだまだ先が長い事を知った大和は、顔をがっくりと落として見せる。

 大和のオーバーな反応が面白かったのか、黒羽は微笑を浮かべていた。


「博士の奴、上手いこと逃げたよなー」

「八重君は今日はガーディアンの基地の方に行っているんですよね?

 三代さんに呼び出されたとか…」

「はい、何か用があるとかで…」


 何時もなら大和の隣に精も尽き果てた様子のセブンが居る筈なのだが、今日はあのインドア派の博士の姿はジムの中には見当たらなかった。

 セブンは本日、ジムのトレーニングを欠席してガーディアン東日本基地へと行っていたのだ。

 どうやらセブンは本日限定的に復活する事になった三代ラボに用が有るらしく、三代ラボの修復を心待ちにしていたらしい。

 恐らくセブンはトレーニングを抜ける口実が出来たと、喜び勇んで三代ラボに向かったのだろう。

 大和は自分を置いて一人で逃げたセブンに対して、軽く恨みを抱いていた。


「くっそ、あっちー!? もうちょっと冷房効かせて欲しいな…」

「そんなに暑いのなら、そのスーツを脱げばいいのでは?

 見るからに暑苦しそうですし…」

「いや、これを脱ぐのはちょっと…」


 今も大和は特製の黒いボディースーツを身に纏っており、やはりその姿は真夏の季節には似つかわしく無い物だった。

 休憩中に汗を滲ませながら暑そうにしている大和を見て、黒羽は当然のようにスーツを脱ぐことを薦めた。

 何も知らない黒羽から見たら、大和が暑さに我慢しながらスーツを着続けている意図が解らないのだろう。

 大和としてもこんな窮屈なスーツを今すぐに脱ぎたいが、本来の目的である人工筋肉の強化のためにはこのスーツを着続ける必要がある。

 そのため大和はどんなに暑くても、この暑苦しいスーツを脱ぐことが出来なかった。


「えーっと…。 じ、実はこれ、ちょっと見せたく無い傷を隠しているんですよ。

 ほら、こういうの…」

「えっ!? その傷は…」


 とりあえず黒羽にボディスーツを着ている理由を説明するため、大和はスーツの上半身部分の一部を捲って見せる。

 曝け出した大和の体には痛々しい手術跡、戦闘員改造手術を受けた時に刻まれた傷があった。

 リベリオンは戦闘員という低コスト品のために、わざわざ手術跡を消してくれるような良心的な組織では無い。

 大和の体には戦闘員改造手術の爪跡が体の各所に残っており、都合が良いことにボディスーツはその傷跡を全て隠してくれていた。

 どうやら大和はこの手術跡を、ボディスーツを着ている理由に結び付けようと考えたらしい。


「いやー、ちょっと前に大怪我しちゃいましたね。

 結構大手術だったみたいで、手術跡が体の各所にあるんですよ、ははは…」

「すいません、そんな事情があったなんて知らなくて…」


 大和は学校のクラスメイトにはこの手術跡の事を、自分が留年をする原因となった大怪我を治療した時に出来た物だと説明していた。

 手術跡を見て息を呑む黒羽に対して、大和は学校の時と同じ説明をして黒羽を誤魔化そうとする。

 醜い手術跡を晒したくないと考え、ボディスーツで体を隠すことはそれほど不自然な事では無いだろう。

 黒羽も大和の手術跡を実際に見て、あの暑苦しいスーツを着続けている事に納得してくれたようだ。

 即興で考えた割りには良い言訳が出来たと、大和は内心で自画自賛するのだった。


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