2. 復讐
時は少し遡る。
妃の残したメモリの争奪戦に敗れた大和たちは、今後の方針を決めるためにセブンの部屋に集まっていた。
室内は顰め面をした大和にクィンビー、そして一人だけ普段通りの無表情を見せるセブンが部屋の中心に置かれたテーブルの周りに座っていた。
部屋の空気は決して明るい物では無く、特に未だに思い出せない自身の記憶の手がかりを失ったクィンビーの表情は酷く暗い物だった。
気まずい沈黙が室内に流れ始めてから暫く経ち、やがて暗い表情を吹っ切ったクィンビーが口を開いた。
「…とりあえずリベリオンには落とし前を付けさせる。 あんたたちには色々と手伝って貰うわよ」
「手伝うって…、一体何をやる気なんだ? まさか俺たちでリベリオンに殴りこみなんて…」
リベリオンによって怪人に改造され、帰る家や家族を失ったクィンビーがリベリオンに対しての復讐を望む。
事情を知る大和に取ってクィンビーの目的は納得できる物であったが、問題はどのような形でそれを行うかである。
かの悪の組織には未だに多数の怪人や戦闘員が所属しており、クィンビー一体が反乱を起こしても簡単に返り討ちになってしまうだろう。
大和はクィンビーが自棄を起こすのでは無いかと心配していた。
「そんな馬鹿な事する訳無いでしょう。 とりあえず暫くはリベリオンの内側から、色々と調べて見るわ。
私が知った真実、あの白仮面の正体、知りたい事は盛り沢山だしね…」
しかしクィンビーは大和の懸念とは裏腹に、冷静に状況を分析した上で現実的な方針を考えていた。
クィンビーの素体となった妃 春菜と言う少女は、色々と問題はある物の極めて優秀な人材であったのだ。
大和の考えるような無謀な行動をする程、クィンビーは馬鹿では無いと言う事である。
「大丈夫なのかよ? 白仮面がお前の事をリベリオンに知らせたていたら、普通に殺されるんじゃ…」
「その可能性は低いと思われる。 今までの行動や伝え聞く言動を見る限り、白仮面は恐らくリベリオンとは完全には繋がっていない」
「大和の事もだんまりしている位だから、多分私の事も告げ口なんかしないでしょう」
クィンビーがリベリオンに戻るに際して、大和には白仮面と言う一つの懸念事項があった。
もし例の白仮面経由でリベリオン上層部にクィンビーが過去の記憶を一部取り戻したと言う情報が齎されいたら、クィンビーは問答無用で排除されてしまうだろう。
白仮面がリベリオンに所属しているかは不明であるが、少なくともリベリオンと繋がりがある事は明確である。
しかしクィンビーは、白仮面が完全にリベリオンのために動いている訳では無いと推測していた。
例えば白仮面は欠番戦闘員の正体が大和である事を知りながら、その情報をリベリオンに伝えていなかった。
そして姫岸の監視をしていた白仮面は、早い段階からクィンビーがリベリオンが隠したがっている記憶を取り戻そうとしている事を知っていた。
白仮面がリベリオンのために忠実に働いているのならば即座にこの情報を伝え、クィンビーに何らかのペナルティが課せられる筈なのだが、実際はそうはならなかった。
クィンビーは白仮面が自分の情報をリベリオンに齎す可能性は低いと判断した上で、リベリオンに戻る事を決意したのだ。
クィンビーは元リベリオン開発部主任のセブンの知恵を借りながら、これからのリベリオンへの復讐の具体的な計画を建てていた。
あくまで自分の研究が第一である筈のセブンに取って、クィンビーの復讐に付き合うメリットは存在しない。
本来ならセブンはクィンビーに協力する必要性は皆無なのだが、あの白仮面の存在がセブンの考えを変えさせた。
かつてのリベリオンによるガーディアン基地襲撃時、そのどさくさに紛れて白仮面はセブンの身柄の確保を狙った。
それ以降、白仮面がセブンの前に現れる事は無かったが、何れはまたセブンを狙って来るかもしれない。
セブンは自衛のために白仮面の正体を知る必要があり、そのためにクィンビーの行動に乗ることは現時点では有効な手段であると考えたのだろう。
元リベリオン開発部主任と現役リベリオン怪人の間で、リベリオンに反抗するための作戦が次々に練られていた。
「じゃあ私は今晩にでもリベリオンに戻るわ。 暫くこっちに来れないと思うから、連絡の方法はさっき決めた通りに…」
「例の件は準備が整い次第、すぐに連絡する。 恐らく1週間も有れば大丈夫」
「悪いわね。 頼んだわよ、セブン」
しかしセブンの部屋の中にはクィンビーとセブンの姿しか無く、大和の姿は何処にも見られなかった。
戦闘員としての素体にしかなれなかった平凡な人間である大和は、その頭脳も赤点を取らない程度の物でしか無かった。
そのため大和はクィンビーとセブンが行う難しい話に付いていけず、早々に戦力外になってしまう。
そんな役立たずに対してクィンビーは買出しと言う新たな役目を命じ、大和は近くのコンビニへと外出していたのだ。
「…おーい、帰ったぞ」
「あら、遅かったわね、大和」
「一軒目でお前が頼んだ物が売り切れだったから、店を梯子したんだよ…。
そんなに人気なのかよ、蜂蜜魂…」
セブンから合鍵を貰っていた大和は主の助けを借りること無く、アパートの扉の鍵を開けてセブンの部屋と戻ってきた。
両手に買い物袋を持ってセブンの部屋に現れた大和は、テーブルの上に買い物袋を置いて座り込む。
クィンビーは早速、机に置かれた買い物袋を漁って蜂蜜が売りである飲料物、商品名"蜂蜜魂"を取り出した。
まさに蜂蜜と言う黄色の液体が入ったペットボトルの蓋を開け、クィンビーは美味しそうに蜂蜜魂を呑み始める。
「あー、美味しい。 やっぱりこれよね…」
「蜂蜜って…。 お前、ある意味共食いなんじゃ…」
「五月蝿いわね、こっちは色々頭使って糖分が足りなくなっているのよ!
それに私は元々蜂蜜が好きなの、あんたも知っているでしょう?」
「知るかよ、お前と違って俺は未だに記憶喪失継続中なんだからな…」
「モグモグ…。 怪人として改造されたクィンビーが記憶を取り戻し、戦闘員として改造された大和の記憶が戻らない。
これも怪人と戦闘員の施術の差が原因となっているのか、実に興味深い…」
セブンもまた買い物袋からコンビニスイーツの定番であるシュークリームを取り出し、袋から取り出したシュークリームを食べ始めていた。
相変わらずその表情は鉄仮面の如く固まっているがシュークリームが一瞬で彼女の腹の中に消えた所を見ると、彼女はそれなりコンビニのシュークリームを気に入ったのだろう。
セブンは怪人の研究者らしく大和とクィンビーの記憶の戻り方の違いを気にしながら、既に二個目のシュークリームに取り掛かろうとしていた。
クィンビーの方も買い物袋からプリンを取り出し、付属のプラスチック製のデザート用スプーンでプリンを口に入れ始める。
女子は甘い物に弱いと聞くが、それは元悪の博士や怪人も例外では無かったらしい。
それから暫くの間、女性陣による甘いスイーツタイムが続いた。
「…で、とりあえず話は終わったんですか?」
「だいたい終わったわよ。 まぁ、後は出たとこ勝負って所かしらね」
「…一体何をする気だ?」
どうやら大和が買い物に行っている間に既に大方の話が済んでいたらしく、セブンとクィンビーは暢気にスイーツタイムに洒落込む事が出来たらしい。
空になった容器を袋にまとめて脇に退けた後、大和は自分が不在の間に決まったクィンビーの作戦内容について尋ねた。
「私はさっき言った通り、暫くはリベリオン内で情報収集に勤しむわ。 まだ無茶をする時じゃ無いしね…」
「ふーん、じゃあ暫く俺は暇人かー」
「何言っているのよ? 暫くはあんたが中心に動いて貰うのよ、大和」
「はっ!?」
クィンビーがリベリオンで情報収集をすると聞いた大和は、自分の仕事は暫く無いと早合点していた。
頭脳労働向きで無いと自覚している大和は、自分が動く時はクィンビーが明確にリベリオンに反抗する時であると考えたのだ。
しかしクィンビーは大和の考えと正反対の事を口にしたため、大和は思わず驚きの声を上げてしまう。
「あなたにはこれから、リベリオンの素体捕獲任務の妨害をして貰う」
「えっ、それって今までもしてきたんじゃ…」
「これまでと違い、あなたにはこれからリベリオンが実行する全て素体捕獲任務に介入して貰う」
「素体捕獲任務の細かい情報は私がセブンに流すから、後はあんたの方で何とかしてよね」
大和はこれまでセブンが開発した怪人専用バトルスーツのテストのために、度々リベリオンの素体捕獲任務に介入してきた。
それはあくまでバトルスーツのテストのためで有り、決してリベリオンの悪行に義憤して起こした物では無い。
そのスタンス故に今までは、貴重なバトルスーツを壊す可能性がある危険度の高い素体捕獲任務をスルーする事も出来たのである。
しかしセブンとクィンビーは今後、大和に素体捕獲任務その物を妨害するために行動しろと言うのだ。
「ちょっと待って下さい!? 何でまたそんな事を…」
「幾らリベリオンでも、素体が無ければ怪人や戦闘員が作り出す事は出来ない」
「素体捕獲任務はリベリオンの戦力を維持するための生命線よ。 それを止めてやれば、確実にリベリオンは弱体化するわ。
まぁ、簡単に言えば嫌がらせよ、嫌がらせ。 それが上手くいけばあの正義の味方たちが、リベリオンを潰してくれそうだしね…」
「嘘だろ…」
リベリオンとガーディアンの戦いが今も続いている理由は、両組織の戦力が吊り合っている状況になる。
もしその戦力比が一方に傾いたら、必然的にもう一方の組織は壊滅する事は明白だろう。
気が長い話ではあるがリベリオンを潰す一番の方法は、リベリオンの戦力をガーディアンに対抗出来なくなるまで減らす事に有ると言える。
そのために大和はリベリオンの戦力補充を防ぐために、素体捕獲任務の妨害を任される事になったのだ。
自分がコンビニに言っている間に勝手に大変役割を振られた大和は、茫然自失の様子となっていた。
 




