19. 闖入者
暫くして気が済んだのか大和が口を閉じ、生暖かい目で大和を様子を窺っていた妃が再び口を開いた。
些か場の空気が白けた物になっていたため、クィンビーは真面目な表情を作り、気をを入れ直した上で話を再開する。
「姫ちゃん、あなたは私たちが今の状況になった原因を知っているの?」
「先輩は覚えて無いんですか?」
「まだその辺の記憶があやふやなのよね…、ただ多分それは私が姫ちゃんに預けた物に関係しているって事は解るわ」
「!? やっぱりそうなんですか!!」
此処で漸く当初の本題である、かつて妃が姫岸に預けた物の話になった。
いまだに記憶が完全に戻っていないクィンビーは、自分がリベリオンに襲われた原因について理解していなかった。
クィンビーが思い出した記憶の中では、あの蟹型怪人シザーズはこの場所で妃たちを待ち伏せしていた。
大和と妃はリベリオンに囚われたのは偶然で無く、明らかな意図と持った必然だったのである。
一体妃 春菜と言う少女が、リベリオンに直接狙われるどんな理由があったのだろうか。
「多分、私の家が狙われたのもそれが原因ね。 そして私はそういう最悪の事態を予想して、それをあなたに預けた」
「実は私の家や学校の方にも何回か侵入されたみたいなんですよ。 相手は妃先輩のあれが余ほど欲しい見たいで…」
「えっ、浸入って!? 大丈夫だったのかよ?」
「はい、預かり物は別の場所に隠しておきましたから」
妃家が狙われた理由もその預かり物の件で説明は付いた。
クィンビーは自分が原因で家族が犠牲になった事を認識し、悲痛な表情を浮かべていた。
リベリオンは余ほど妃が残した物を求めたらしく、姫岸の家や研究部の方にも手を伸ばしたらしい。
姫岸が機転を聞かして妃からの預かり物を別の場所に隠しておかなければ、クィンビーは過去の記憶の手がかりを永遠に失っていただろう。
そしてリベリオンが執拗に狙い続ける妃 春菜の預かり物が、数年の時を経て開かれる時が来たのである。
姫岸の先導で大和とクィンビーは、廃墟となったホテルの中に入っていた。
廃墟は中から見ても崩壊寸前と言った様子で、地震でもあったら数秒と持たずに崩れ落ちてしまうだろう。
屋内は当然の如く電気が点いておらず、日の光が届かない奥の方は姫岸が持参した懐中電灯の明かりのみが頼りであった。
大和は足元の様子がおぼつかない薄暗い室内を、足元に散らばる破片に注意しながら姫岸の後を着いて行った。
「なぁ、やっぱり預かり物って言うのは此処に隠して有るのか?」
「はい、灯台元暮らしと言う奴を狙って見ました」
姫岸は大胆にも妃からの預かり物を、妃と大和が失踪した場所であるこの廃墟に隠したようだ。
流石のリベリオンもわざわざこの場所を探す事は無かったらしく、妃からの預かり物は今まで無事に保管されていた。
姫岸は迷い無い足取りで廃墟の奥の方にある非常階段を登り、二階へと上がっていく。
「…知っていますか、先輩たち? 実は妃先輩と同じように、失踪した怪人の研究者やマニアが何人も居るんです」
「えっ、それって?」
道すがら、姫岸は妃と大和に彼女たちの同様の目にあったと思われる存在について触れる。
姫岸は妃たちが行方不明になった後、怪人調査研究部の活動の一環として積極的にリベリオンや怪人についての自称専門家たちと接触を持った。
その過程で彼女は、妃と同じように何かの秘密に触れた行方不明なった人間の存在を知ることになったのだ。
「直接の面識がある方は居ませんが、チャットなどを通して話した事もある人も居ます。
その人たちは消える直前、何時も同じような事を言っていたんですよ。
リベリオンとガーディアンの秘密を掴んだって…」
「リベリオンと…、ガーディアン?」
大和は姫岸が漏らしたガーディアンと言う単語に違和感があったのか、小首を傾げながらオウム返しに姫岸の言葉を呟く。
リベリオンが自分たちの秘密に触れた人間を始末したと言う話は、かの悪の組織らしい話で納得できる。
しかし今の話の流れで、何故正義の味方で有る筈のガーディアンの名前が出たのだろうか。
「失踪する直前の人間が漏らした僅かな情報ですが、リベリオンが隠したがっている秘密にはガーディアンが絡んでいるらしいんです」
「そういえば姫岸は全部知っているじゃ無いのかよ? 妃が預かった物の内容を、此処に隠す前に見なかったのか?」
「私は妃先輩の預かった物の中身を見ていません。 妃先輩からそれを預けられた時に、決して中身を見ないように注意されたんです。
多分、先輩は秘密を知ることで私が狙われる危険性が出てくると考えたんですね」
「兎も角、全部私が姫ちゃんに預けた物を見れば全てが解るわ。 さっさと行きましょう」
後輩の身を案じた妃は、自分が預けた物の中身を見てはならないと姫岸に忠告した。
先輩に忠実な後輩は律儀にその約束を守り、預かり物の中身を見ること無くこの廃墟に隠した。
そのため姫岸もまた、妃が狙われる原因となったリベリオンの秘密について、詳しいことは何も知らなかった。
その秘密はこの先にある妃の預かり物の中に眠っているのだ。
大和たちはまるで宝探しのような気分で、廃墟の中を進んでいった。
そこは廃墟の三階にある部屋だった。
恐らく昔はラブホテルだったと思われる部屋の中は、けばけばしいピンク色の壁紙が四方に広がっていた。
何年も手入れがされていない部屋の中は埃まみれで、壁紙を所々が破れている。
姫岸を先頭にして部屋に入った大和たちは、その部屋の光景を見て驚愕の表情を浮かべる。
彼らは朽ち果てた部屋に驚いたのでは無い、部屋の真ん中で彼らを待ち構えるように立っている男の存在に驚いたのだ。
男は白系統の配色を施した首から下の体を全て覆う、スーツタイプのバトルスーツを身に纏っている。
そして首から上に、顔全体を全て隠す白い仮面を身に付けている。
大和とクィンビーはその男に見覚えがあった、それはかつてガーディアン基地で猛威を振るった謎の白仮面の男だった。
「なっ、お前は…」
「白仮面!? どうして此処に…」
「そ、それは妃先輩の…」
白仮面は見せびらかすように、手に持ったスティックタイプのUSBメモリを大和たちの方に向ける。
恐らくあのメモリの中に、妃が残したリベリオンの秘密が記憶されているのだろう。
大和とクィンビーは白仮面が手に持つメモリを取り返すため、ほぼ同時に飛びかかろうとする。
しかし白仮面は大和たちに先じて、その場から180度回転して大和たちに背を向けた。
そしてそのまま正面の壁を破壊し、強引に部屋からの脱出を図ったのだ。
激しい破壊音と共に廃墟の壁は簡単に外へと繋がり、何の躊躇いも無く白仮面は三階に位置する部屋の外へと飛び出した。
白仮面の思わぬ行動に唖然となり、大和たちは一瞬の間だが動きを止めてしまう。
我に返って白仮面が開けた穴から顔を出した大和は、廃墟の三階からの地上の風景を見下ろす。
大和の眼下では地上に降り立った白仮面が、大和たちを一瞥することなく廃墟から離れていく姿が目に入る。
このままでは白仮面に、妃が残したあのメモリを持ったまま逃げられてしまうだろう。
「ふざけるんじゃ無いわよ!!」
「おい、待て!? 此処には姫岸が…」
自分の過去の手がかりが掛かっているクィンビーは、白仮面の暴挙に激しい敵意と怒りを見せていた。
怒り心頭となったクィンビーは、すぐさま白仮面を追跡するために今の脆弱な仮初の体から本来の体に戻ろうとする。
その動きに気付いた大和の警告も耳に貸さず、妃 春菜の姿をしていたクィンビーの体は変異を始めてしまう。
「先輩!? その姿は…」
「うわっ、やりやがったよ…」
「待ちなさい、それは私の物よ!!」
妃 春菜としての美しい少女の姿はあっと言う間に消え去り、そこには蜂を彷彿させる人外の怪物の姿があった。
黄色と黒の斑模様の体に昆虫特有の複眼を持ち、その背には翅が折りたたまれている。
本来の姿に戻ったクィンビーは、背中に生えた翅を広げて廃墟から飛び立った。
姫岸は呆然とした表情で、白仮面の後を追っていく変わり果てた先輩の姿を見詰めていた。




