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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第4章 女王蜂の今昔
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18. 過去

 崩れ落ちるクィンビーとそれを介抱する大和の姿を、姫岸は冷徹な表情で眺めていた。

 その姿は怪人調査研究部で見せていた、大和たちを慕う後輩と同一人物とは思えないほど冷たい物だった。

 姫岸はまるで科学者が研究対象を監察するかのように、大和たちの一挙手一投足の様子を注意深く見ていた。

 大和は姫岸の変わり様に驚きを覚えながら、真っ先に思いついた疑問を口に出していた。


「その反応…、妃先輩はこの場所に見覚えがあるんですね?」

「…な、なあ、姫岸。 俺の記憶が無い事に何時気がついたんだ?」

「割と最初の方からですかね。 丹羽先輩、何だか私に余所余所しい感じでしたし…。

 後、丹羽先輩なら良く知っている筈の昔話を、妃先輩と一緒に真剣に聞いていた事も変でした」

「うぐっ!?」


 苦しんでいるクィンビーの姿が目に入ってないかのように、姫岸は大和を相手に淡々と話を続けた。

 やはり面識のある人間相手に記憶喪失を隠すことは難しかったのか、姫岸はすぐに大和の嘘に気付いたらしい。

 自分が記憶喪失であると言う偽装が上手く行っていると思い込んでいた大和に取っては、好い面の皮である。


「決定的に確信したのは妃先輩に対する呼び方です。

 丹羽先輩は妃先輩のことを何時も、"春菜"と名前で呼んでいましたからね…」

「…あ!?」

「本当はもう少しこのままで居たかったんです。

 妃先輩と丹羽先輩が居る研究会を…」


 大和が記憶喪失を隠そうとしていることは、過去の大和と付き合いがある姫岸にはすぐに察することが出来た。

 しかし姫岸は大和と共に研究会の活動をするために、あえて大和の嘘に付き合った。

 妃に再会した時にすぐに妃の預かり物について触れず、今まで口を噤んでいた理由も同じである。

 姫岸は半ば直感していた、妃からの預かり物を返してしまったら全てが終わることを。

 だから姫岸は今までこの事を内に秘め、何も知らない振りをして研究部での生活を楽しんでいた。

 妃 春菜、丹羽 大和が居た怪人調査研究部は、姫岸に取っては今でも夢に見る尊い日々だったのだ。

 ここ数週間の日々は、まるであの輝かしい時代が戻ったと錯覚するほど充実していただろう。

 姫岸は瞼を閉じ、彼女が1年生の頃の研究部の様子を思い返した。

 やがて意を決したかのように姫岸は瞳を開き、鋭い視線を大和に向かって投げた。

 

「丹羽先輩、詳しい経緯は私には解りませんが、あなたたちはこの廃屋に来た事で記憶を失う何かと遭遇した。

 それは一体何なのか、解りますか?」

「それは…、多分、その時の俺たちの自爆だろう。

 俺たちが行方不明になった当時、この場所は狩場跡で無くまだ狩場だったんだ?

 そんな危険な場所に近付いたんだから、仕方ない…」

「違うんです。 妃先輩は確かに無茶な人でしたけど、自殺まがいの事をするほど愚かな人じゃ有りませんでした」

「えっ…」


 クィンビーの様子を気に掛けながら、大和は姫岸の疑問に答えた。

 大和は自分がリベリオンに捕まった原因は、幼馴染である妃に連れられてリベリオンの狩場に自分から出向いた事だと考えていた。

 しかし姫岸は大和の認識を真っ向から否定してみせた。







 大和が今日、この後輩に度肝を抜かれたのはこれで何度目になるか解らないだろう。

 すっかり姫岸の話術に引き込まれた大和は、固唾を呑んで次の後輩の言葉を待っていた。

 しかし大和の後輩が口を開く前に、この場に居るもう一体の蜂型怪人が横槍を入れる。


「…此処はあの当時の時点で、既にガーディアンに発見されていた狩場の跡だった。

 私は何かリベリオンの痕跡が無いか調べるため、大和を連れてこの場所に…、あれ、私、どうしてこんな事を…」

「妃!? お前…」

「そ、そこで…、私は…、私は……」

「妃!? しっかりしろ、妃!!」

「妃先輩」


 姫岸の言葉を補足するかのように、つい先ほどまで苦しんでいたクィンビーが喋りだしたのだ。

 かつて妃 春菜と言う少女は、この場所が既にリベリオンが放棄した狩場跡と知った上で此処の廃墟に向かったのだ。

 しかしその事実を、何故過去の記憶を失っている筈のクィンビーが知っているのだろうか。

 クィンビー自身も自分の口から出た言葉に驚いた様子で、呆然とした表情を見せた。

 やがてクィンビーの頭の中では過去の映像がフラッシュバックしっていき、その衝撃に耐え切れずにクィンビーは地面に蹲ってしまう。

 蜂型怪人クィンビーとしての過去、そしてそれ以前の妃 春菜としての過去が頭の中で次々に映像として呼び出される。

 そしてクィンビーの脳内に、妃 春菜と言う人間としての最後の記憶がおぼろげに蘇っていた。











 それは一瞬の出来事だった、近くでバイクを置いた妃と大和が廃屋に足を踏み入れた途端に黒い影が四方から現れたのだ。

 黒ずくめのの影、リベリオン戦闘員は慣れた手つきで大和の意識を落とし、妃も抵抗する間もなく捕まった。

 廃墟の床の上では大和が白目を向いて気絶し、妃は左右からリベリオン戦闘員に両腕を捕まれており身動きが取れない。

 怪人の端くれである戦闘員の腕力に女の身ではとても敵わない事は、日々リベリオンの研究をしている妃が良く知っていた。

 妃は早々に肉体的な抵抗を諦めて、この後の展開を窺った。

 やがて廃屋の奥の方から、妃の目の前にはリベリオンが誇る怪人の姿を見せた。

 その怪人は腕に巨大な鋏を備えており、恐らく蟹をベースにした怪人なのだろう。

 蟹型怪人は鋏を無意味に揺さぶりながら、囚われの妃に対して尊大な態度で話し始めた。


「ほう、その表情からするに、あなたは自分がこのような目にあった原因について察しているのですね。

 そうです、これはあなたの責任ですよ。 余計な事に首を突っ込まなければ、このような事にならなかったのに…」

「わざわざ私を狙ってくるって事は、やっぱり私の推測は正しかったのね?

 一体どうしてあんな茶番を…」

「あなたにはもう知る必要は無いですよ。 此処で全てを失うことになるあなたには…」


 気丈にも妃は目の前で佇む怪人相手に、強気の口調を崩さなかった。

 しかしよく見れば少女の体は僅かに震えており、少女が虚勢を張っているだけなのは明白だった。

 妃の態度を愉快そうに眺めていたシザースは、やがて彼女が時々視線を外している事に気付く。

 その視線の先に気付いた怪人は、配下の戦闘員たちにある指示を下した。


「ああ、おまけの方も一緒に連れて行きなさい。 戦闘員の素体くらいには使えるでしょう」

「キィ!!」

「!? 止めて、大和は関係無いでしょう! 殺すなら私だけを…」

「いえいえ、殺すなんて勿体無い事はしませんよ。

 安心してください、あなたのボーイフレンドの体、そしてあなたの体は我々が有効利用してあげますからね」

「ま、まさか、あんたたちは…。 いや、いやぁぁぁぁぁっ!!」

「…少し五月蝿いですよ」

「っ!?」


 意識を失った大和の体を戦闘員が担ぎ上げ、その場から連れ去っていく。

 戦闘員に拘束された妃には幼馴染を助けることが出来ず、ただ声をあげて叫ぶことしか出来なかった。

 やがて妃の声が耳障りだったのか、蟹型怪人が妃を殴りつけて意識を失わせる。

 最後に頭に激しい痛みを感じると同時に、そこで妃 春菜の記憶は途切れた。












 大和は突然その場に倒れたクィンビーの様子を、その横で心配そうに見詰めていた。

 姫岸の所持品であるバッグを即席の枕にして、クィンビーが意識を失ってから数分の時が過ぎた。

 やがてクィンビーは呻き声を上げなら瞳をゆっくりと開き、焦点の合わない目で自分の顔を覗きこんでいる大和を見詰め返す。


「…ぅぅん、此処は?」

「おい、大丈夫かよ! 突然倒れて…」

「え、ええ、大丈夫よ、大和。 …話を続けましょう、姫ちゃん」

「その呼び方…、記憶が戻ったんですか、先輩!?」

「…ちょっとだけね、まだ全部は戻ってきていないわ」


 怪人としての体を手に入れる前の、人間としての最後の足取りを辿った事はクィンビーの記憶を大きく揺さぶることになった。

 クィンビーは妃 春菜としての最後の記憶を思い出した事で、それをを切欠に怪人以前の記憶についても取り戻し始めたようである。

 その証拠にクィンビーの大和や姫岸に対する呼び方が、自然に妃 春菜の時代に使っていた物になっていた。

 クィンビーは可愛い後輩である姫岸に親しげに微笑む、それは先ほどまでのクィンビーが決して見せなかった表情である。

 久々に見る敬愛する先輩の姿に、姫岸は思わず涙腺が緩みそうになるほど感激した。

 しかし美しき先輩後輩の感動の再会に無粋な横槍を入れる、元戦闘員の悲痛な叫びが辺りに響いてしまう。


「えぇぇぇぇっ!? 何でお前だけ、俺だって記憶が戻ることを期待したんだぞ!?

 何でこの展開でお前だけ記憶が戻って、俺は何時まで経っても忘れたままなんだよ!? 絶対差別だ、畜生ぉぉぉっ!!」

「先輩…、そこまで…」

「大和、あんたって子は…」


 大和とクィンビーは同じようにリベリオンに捕まり、それぞれ戦闘員と怪人として生まれ変わった。

 此処までの足取りは大和も通った道であり、普通ならば大和の方も記憶が戻る切欠が生まれる筈であろう。

 しかし現実はそうはならず、大和はここまでの過程で頭痛一つ起こさず、全く記憶が揺さぶられることは無かった。

 大和は同じ立場である筈のクィンビーと自分の差に憤ったのか、八つ当たり気味に湧き上がる怒りをぶちまける。

 そんな大和の様子を妃と姫岸はそれぞれ、哀れみの視線を持って見守っていた。


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