7. セブン
「キィィィッ!」
リベリオン日本支部内の研究室、そこの部屋の主であるセブンの視線は正面に居る9711号の姿を注視していた。
セブンの視線を受けつつ、9711号は何時もより気合が入った奇声を出しながら右腕に嵌めたブレスレッド、先の戦闘で奪取したガーディアンのインストーラを操作する。
しかし9711号の気合に反してブレスレッドは何も反応する様子は無く、室内には失望感が溢れていた。
「キィィ…」
「駄目か…」
現在、セブンは幸運にもほぼ無傷で手に入ったインストーラから、ガーディアンの誇るバトルスーツの研究を行っていた。
しかしその研究は最初の段階で躓いていた、何故ならインストーラが彼女たちの操作を全く受け付け無いのだ。
別にインストーラが故障しているという訳では無い、これにはバトルスーツ特有のある事情が関係していた。
「バトルスーツを装着できる人間の殆どは、10台の若者という話を聞いていた。
万が一の可能性に掛けて私とあなたで試して見たが、やはりコアが反応する様子は無いようだ…」
ガーディアンのバトルスーツの性能は、コアと呼ばれる物質の力によって成り立っていた。
コアから引き出される力は装着者に人外の能力を与え、これによってバトルスーツは怪人と互角に渡り合える性能を発揮していた。
しかしこのコアには一つ大きな問題があった、コアは適合者にしかその力を発揮できないのだ。
コアとの相性が良好な適合者しかその力は引き出すことが出来ず、そのためバトルスーツを使い手は限られてしまう。
噂によるとガーディアンでも適格者を集めるのに苦労しており、バトルスーツを使用できる人間が限られているらしい。
残念ながらセブンや9711号はこのインストーラに備わるコアに選ばれなかったらしく、インストーラは彼らの操作に何の反応を示さなかった。
「ガーディアンでもコアを完全に制御出来ておらず、コアを調整して使用制限を解除することは出来ないと言う。
能力を落とした簡易コアなら相性を調整することは可能らしいが、その性能は戦闘員と同レベル程度」
実際、先の戦闘ではどう見ても高校生くらいの少女だった黒羽が怪人と派手に戦い、彼らより一回りは年上に見えたその他大勢は戦闘員相手が精一杯だった。
恐らく黒羽はコアの対象を満たした適格者で、その他大勢は簡易コアし使えない非適格者ということだろう。
怪人になるスペックが無かったために戦闘員にさせられた9711号のように、持つ物と持たざる者の格差は何処にでも存在するようだ。
「バトルスーツの研究をするためには、まずはコアの解析を進める必要がある。
ふふふふふふ、これは実に興味深い…」
「キィィィ…」
セブンは珍しく口を僅かに歪めて笑みを浮かべながら、瞳をらんらんと輝かせてインストーラを触り始めた。
不気味な笑い声を響かせながら喜々と研究を進めるセブンの様子に、9711号は彼女が悪の組織の博士ポジションの人間であると言う認識を深めた。
リベリオン日本支部のとある一室、壁に大型のモニターが設置されているこの部屋に様々な人間・怪人たちが集まっていた。
その中にセブンと9711号の姿もあり、彼らは周りの者たちと同じようにモニターを注視している。
モニターには日本支部の地下に作られた訓練室の様子がリアルタイムで映されおり、訓練室で佇む一体の怪人の姿がそこにあった。
怪人は全身を毛で覆われており、その見た目から恐らくイヌ科の動物をベースに作られた犬型の怪人のようである。
「…テストを開始する」
モニターの下に立つ白衣の男性が、顔に装着していた通信機を使って指示を下す。
白衣の男の指示に合わせてモニター内に数十人ほどの戦闘員たちが、犬型の怪人に向かって襲い掛かってきた。
「「「イィィィィッ!!」」」
迫り来る戦闘員たちの前で犬型の怪人は拳を腰にあてて構え、何かの力を貯めるように息を大きく吸い込む。
そして次の瞬間、犬型の怪人の口から凄まじい遠吠えが響き渡った。
「アォォォォォォォォンッッッ!!!」
「「「キィィィッッ!?」」」
犬型の怪人の遠吠えは物理的な衝撃波を生みだしたらしく、正面からそれを受けた戦闘員たちはその場から吹き飛ばされてしまう。 地面に叩きつけられた戦闘員たちは、その場で両手を耳にあてながら悶え始めた。
恐らく遠吠えの音によって鼓膜がやられたのだろう、覆面の耳の部分に赤い血の色が染まっていた。
「キィィ、キィィィィッ!!」
運よく遠吠えを避けることが出来た残りの戦闘員たちが、散開して犬型怪人の周囲を囲む。
遠吠えは正面にしか放てないと判断したのだろう、正面に立たないように位置を変えながら戦闘員が犬型の怪人ににじり寄る。
「…アォォォォッ!!」
戦闘員の行動を見た犬型の怪人は、今度は天上に向かって遠吠えをあげた。
今回の遠吠えは先ほどのように衝撃派を伴ったものでは無いようで、その音だけが訓練室内に響き渡る。
「バウッ、バウッ!!」「グルゥゥゥッ!!」「ハッハッ!!」
「キッ!?」
すると遠吠えに呼ばれるように、数十匹の犬たちが何処からか現れて犬型の怪人の元に集まった。
この犬たちは戦闘用に調整された物なのだろう、どれも大型犬かそれ以上のサイズを誇り獰猛に唸り声をあげている。
見るからに凶暴そうな犬たちの登場に、戦闘員は一瞬狼狽した態度を見せる。
「アォォォォォン!!」
「「キィィィッ!?」」
犬型の怪人が再び遠吠えをあげ、それに合わせて犬たちが機械染みた統一された動きで戦闘員たちに襲い掛かる。
戦闘員一体に対して数匹がかりで同時に襲撃をかける犬たち、幾ら戦闘員でもこの多重攻撃は厳しいのか戦闘員たちは次々に倒されていく。
やがて全ての戦闘員たちが地面に倒れ伏し、犬型の怪人と犬たちが勝利の遠吠えをあげるのだった。
「さて、いかがでしょうか、ハウンドの成果は?」
戦闘員が全て倒された所でモニターの映像が消え、白衣の男が自信に溢れた表情で集まった面々に問いかける。
この白衣の男は以前に9711号が資料を届けに行った部屋に居た、セブンの同僚とも言える怪人の研究者であった。
先ほどの犬型の怪人ハウンドはこの男が主設計を行った作品らしく、今日は怪人のお披露目のためにリベリオン日本支部のメンバーが此処に集められていた。
「戦闘員とは言え、あの数を容易く蹴散らすのは見事です。
ですが仮に怪人が相手だった場合、あのように簡単にいったでしょうか?」
「流石に怪人相手ではもう少し時間は掛かるでしょう。
しかしハウンドと我々の開発した戦闘用犬の連携攻撃ならば、例え怪人相手でも勝機は十分にあります」
「あの犬たちは怪人の指示で動くのか?」
「はい、ハウンドは最大で20匹の戦闘犬を同時に操作できます。
これはクィンビーの蜂操作の技術を参考にしてあります」
怪人や他の研究者たちが次々に質問の声をあげ、白衣の男が淀みなく質問に答えていく。
それから暫く、怪人ハウンドに対する質疑応答の時間が続いた。
「では最後に開発主任、あなたにも意見を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「…あの怪人は音波攻撃や戦闘犬の操作にリソースを取られているように見える。
接近戦に備えて、イヌ科の肉体能力を有効利用した方がいいのでは?」
そろそろ質問の種が出尽くして質疑応答が終わりを迎えそうになった時、白衣の男はセブンに対して逆に質問を投げかけた。
白衣の男の質問に対して、セブンはハウンドの性能に対して疑問を呈する。
「ふっ、ハウンドの能力なら敵に近づかれることなく勝利を掴むことが出来ますよ。
まあ、万が一に備えて、ハウンドには平均的な怪人の肉体能力持たせて有りますが…」
「…」
ハウンドには戦闘犬の操作や遠吠えによる音波攻撃が備わっており、その能力は中距離での戦闘で真価を発揮する。
セブンは怪人の肉体能力が物を言う接近戦について懸念を示すが、白衣の男はその懸念を一蹴した。
「貴重なご意見をありがとうございます、開発主任。
このお礼はあなたの怪人のお披露目の時に、私の意見を述べることで返させて頂きますよ。
どうですか、そろそろスランプを脱して新しい怪人の設計が出来ましたか?」
「…今はまだ次の怪人のプランを検討している段階」
「おやおや、大丈夫ですか。 たしか開発主任は半年近く、怪人の開発から離れています。
私も若く才能豊かな開発主任がスランプに陥っている今の状況に心を痛めていましてね…」
「…」
セブンを心配する体を取りつつ、白衣の男は慇懃に彼女を貶していた。
白衣の男の態度に怒りを感じている9711号の横で、セブンは白衣の男の嫌味に対して無言を貫いていた。
「ガーディアンのバトルスーツは強力な怪人に相対するため、各々に固有の能力を持っている」
お披露目が終わって研究室に戻ったセブンは、心配そうに自分を窺う9711号に気付いたのか唐突に怪人の話を始めた。
怪人は改造手術によって基本的に人外の肉体能力を持ち、それはバトルスーツを装備したガーディアンでも正面から挑むのは難しいものだった。
そのためガーディアンは怪人との力比べを避け、バトルスーツに備わる固有能力を持って対抗していた。
例えば以前の戦闘で黒羽が使用した氷や剣や、白木の炎の弾丸がそれだ。
「現在の怪人はガーディアンの能力に対抗するため、肉体能力より特殊能力を重視した怪人が主流となった。
しかしそれは特殊能力にリソースを取られることで、怪人の最大の長所である肉体能力の性能を殺す結果になっている。
最近では怪人が近接戦闘でガーディアンに敗れると言う例もあった、これは本末転倒と言える」
怪人クィンビーなどは本人が最新モデルと自画自賛していたように、セブンが語る特殊能力を重視した怪人と言える。
確かに巨大蜂を操るクィンビーの能力は強力だが、戦闘中に怪人の土俵で有る筈の接近戦を嫌う行動も取っていた。
恐らくセブンが語るように巨大蜂の操作能力を重視したことで、近接戦闘に必要に肉体能力が十分なものでは無いのだろう。
「私はあくまで怪人の本分は、その肉体能力を最大限に発揮する近接戦闘にあると考えている。
かつて一度、上の意向に従って仕方なく特殊能力型の怪人の設計も行ったこともあるが、私が考えている最強の怪人はあくまで肉体能力型の怪人」
セブンは己の信念を曲げて、肉体能力を二の次にした怪人を設計した過去を後悔していた。
そのためその怪人の設計を最後にここ半年の間、怪人の開発作業から離れてしまっている状況だった。
ちなみにこの信念を曲げて設計された怪人が、現在掃除班として日夜清掃に励んでいる例の蜥蜴怪人である。
「そして私の考える最強の怪人を生み出すためには、これの力が必要不可欠」
「キィッ!?」
セブンが指し示した物、それは敵対するガーディアンの使用するバトルスーツのインストーラだった。
敵の技術まで使用して己の信念を貫き、最強の怪人を生み出そうとするセブンの姿勢は鬼気迫るものである。
無表情の中に凄まじい物を秘めているセブンの態度に、9711号はこの若さで悪の組織の博士ポジションに収まる彼女の強さに圧倒されていた。