11. クィンビー(2)
リベリオンの戦闘員たちと、リベリオンに囚われた人たちの視線は、彼らの中心に立つ緑と黒の影に集中していた。
緑色の影は明らかに人とは異なる緑色の皮膚をしており、その両腕には鋭い鎌が備わっている。
顔もまた人とは異なり、その昆虫種特有の複眼に嫌悪感を抱かない人間は居ないだろう。
黒色の影は全身を覆う黒系のスーツを身に纏い、胸部には赤いブレストアーマー、両腕には赤い手甲を嵌めている。
顔をフルフェイスのマスクを装着して完全に覆っており、マスクの目の部分にあたる赤い瞳の部分が機械的な発光をしていた。
一瞬の静寂の後、向かい合った緑色の影と黒色の影が計ったように同時に駆け出した。
両腕に鋭い鎌を備えた緑色の影、蟷螂型怪人スラッシュは右腕の鎌を上段に構える。
両腕に嵌めた手甲の上に炎を纏わせた黒色の影、欠番戦闘員は右腕の手甲を力強く握り締めながら後ろへ引いて構える。
やがて両者の距離が手が届く場所まで縮んだ。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
スラッシュは欠番戦闘員を真っ二つにしようと、上段に構えていた鎌を勢いよく振り下ろす。
一方の欠番戦闘員はスラッシュの鎌を迎えつつように、後ろに引いていた拳を突き出した。
肩口からアッパー気味に放たれた欠番戦闘員の拳は、スラッシュの鎌を迎撃するように突き進んでいく。
自身の鎌の切れ味に絶対の自信のあるスラッシュは、この時点で勝利を確信していた。
この蟷螂型怪人の最大の武器である鎌は、ガーディアンのバトルスーツさえも容易く切り裂くことが出来る。
手甲ごと欠番戦闘員の腕を真っ二つにする未来を思い浮かべながら、スラッシュの鎌と欠番戦闘員の拳が衝突した。
まるで自動車同士がぶつかり合ったような、凄まじい衝撃音が辺りに響いた。
欠番戦闘員の肉を切り裂く感触を予感していたスラッシュは、右腕から感じる予想外の感覚に戸惑いを覚える。
戸惑いはやがて痛みに代わり、欠番戦闘員の拳に砕かれた鎌を目撃したスラッシュの絶叫が周囲に響いた。
「っ!? ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「騒グナ!」
絶対の自信を持つ鎌が砕かれたことに半狂乱になったスラッシュを尻目に、欠番戦闘員は既に二撃目の体制になっていた。
スラッシュの鎌を潰すために使った右腕を引くと同時に、今度は左腕をフック気味に突き出したのだ。
右腕を戻す時の動作をそのまま利用して勢いを付けた左拳は、うろたえるスラッシュに向かって容赦なく突き進む。
欠番戦闘員の左フックをまともに顔面に受けたスラッシュは、その昆虫特有の複眼を持つ異形の顔を物理的に歪ませられる。
そして欠番戦闘員の力は怪人の顔を歪ませるだけに留まらず、怪人の体を地面から浮かせてしまった。
数メートルほどの空中遊泳を楽しんだスラッシュは、二回ほどバウンドしてから地面に倒れ、意識を消失するのだった。
この場の指揮を取っていた怪人が敗れたことで、戦闘員が散り散りになって逃げて言った。
倒れたスラッシュも戦闘員が抱えて運んで行き、囚われていた人間たちは自由を取り戻していた。
彼らは口々に救い主である欠番戦闘員に礼を言い、足早と危険地帯から逃げていく。
とりあえずこの場での仕事を終えた大和は、近くに停めてあったファントムへと近付いた。
「"完勝ですねー、マスター"」
「"初対決の怪人だったからなー。 俺とまともに正面からやり合ってくれて助かったよ…"」
クィンビーの依頼で欠番戦闘員こと大和は現在、リベリオンの素体捕獲任務の妨害を行っていた。
一仕事を終えた主を労うファントムに、大和はこの戦場での完勝したことに胸をなでおろす。
今回はあの蟷螂型怪人が自分から近付いてくれたお陰で、近接特化型の怪人専用バトルスーツを持つ大和は完勝することが出来た。
既に欠番戦闘員相手に近接戦闘はまずいという情報は、リベリオン内に知れ渡っている筈である。
しかしリベリオンの怪人は総じてプライドが高く、特に初戦の相手は大和を舐めてかかる傾向があるらしい。
正直、今のスラッシュの用に近接戦闘をしてくれる怪人は、近接特化の大和に取ってはカモでしか無い。
「"おーし、次だ次。 早くしないと他の場所のリベリオンに逃げられてしまう"」
「"面倒なことしますよねー、連中も"」
今回のリベリオンは素体捕獲任務は広範囲で行われており、スラッシュが担当していた場所は作戦の一部分でしかない。
とりあえず相手戦力が一番少ない場所から手を付けたが、残念な事に次は複数の怪人が配備されている戦場らしい。
加えてスラッシュが倒された情報は既に相手に知られている筈であり、怪人たちは大和を警戒して待ち構えているに違いない。
次の戦場は今回のように上手くいかないだろと悲観的な想像をしながら、大和は渋々とファントムに乗り込む。
大和はファントムに無線を傍受させて把握した、リベリオンの怪人が待つもう一つの作戦地域へと向かった。
そこには蟷螂型怪人スラッシュと同じように今回の作戦に参加した、三体のリベリオン怪人たちの姿があった。
一体は全身を赤い鱗に覆った、爬虫類をそのまま人型にしたような怪人。
一体は全身を厚い体毛で覆った、犬をそのまま人型にしたような怪人。
一体は黄色と黒の斑模様が浮かび、背中に折りたたまれた翅を備えた、蜂をそのまま人型にしたような怪人。
どれも人間とは明らかに姿が異なる、人を超えた力を持つ異形の集団であった。
「何っ!? スラッシュがやられた?」
「戦闘員の情報では相手は例の欠番らしい。 直にこちらにも来るだろうな…」
「くっくっく、屈辱の機会が訪れた訳だ」
スラッシュの敗北の情報は大和の想像通り、瞬く間に怪人たちの耳に入った。
今回の素体捕獲任務に寄越された蜥蜴型怪人リザドは、勝手にライバル認定している欠番戦闘員の登場に喜びを隠せない。
そして同じく今回の任務に派遣された犬型怪人ハウンドもまた、欠番戦闘員の再戦に歓喜しているようだ。
ハウンドに従う戦闘用犬たちも主の戦闘意欲に呼応したのか、獰猛な唸り声を上げ始めた。
怪人たちの戦意ははち切れんばかりに高まっていた。
「ひっ!?」
「ああ、命だけはお助けを…」
「…」
怪人たちから少し離れた場所で、今回の素体捕獲任務の犠牲者となった人間たちが戦闘員たちの檻の中に閉じ込められていた。
四方を戦闘員に囲まれてしまい、どうしようも無くなった者たちはただ自分たちの不幸を呪い、ただ嘆くことしか出来ない。
囚われた人間たちの数はスラッシュが居た場所より明らかに多く、複数の怪人たちが派遣された理由も自ずと理解できた。
そんな哀れな人間たちを密かに窺う、一体の蜂型怪人が怪人たちの中に居た。
クィンビーは怪人たちに囚われた人間たちの姿から、怪人へと生まれ変わる前の自分のことを考えずにはいられなかった。
かつて妃 春菜という少女であったクィンビーは、今の彼らのようにリベリオンに捕まったのだろうか。
盲目的にリベリオンに従っていた頃には、今のようにリベリオンに囚われた人間のことなどクィンビーは気にも留めなかった。
しかし今は違う、クィンビーは彼らに憐憫の情に近い物を覚えてしまっている。
怪人として人間を捕まえる側に立っているクィンビーの胸中には、複雑な心境が入り乱れていた。
「いいか、欠番戦闘員は俺が倒す! お前たちは手を出すなよ!!」
「馬鹿を言うな、奴は俺の獲物だ! お前こそ引っ込んでいろ!!」
「ふんっ、ならば早いもの勝ちという事だな…」
「面白い…」
「私はあんまり興味無いから見学するわ。 あんたたちで勝手にやってなさい」
他の怪人たちはクィンビーの不穏な様子に気付くはずも無く、彼らの頭には怨敵である欠番戦闘員の事しか無かった。
我が強い怪人たちは互いに欠番戦闘員は自分の獲物だと譲らず、一時は仲間割れに発展しそうにもなった。
結局、早い物勝ちというありきたりな結論になった怪人たちは、欠番戦闘員の登場を待ち構える。
そして大和と戦う気は無いクィンビーは、欠番戦闘員を譲る振りをして体良く戦闘を免れるつもりで居るのだった。




